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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
一章『北欧貴族と猛禽妻の雪国仮暮らし』

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第二十五話 チョコレートの味

 硬くなっていた土を解せば、今度は野菜がよく育つように畑に栄養分を作る。

 土の中に入れるものは秋に集めておいた落ち葉や雑草、トナカイの糞などを混ぜ込む。


 この状態で半月ほど放置をするのだ。

 三ヶ月程空ければ混ぜ込んだものなどが腐り、完熟状態となる訳だが、この地域の雪の無い期間は長くは無い。なので、悠長に待っている時間も無いという訳だ。


 畑仕事をしていた自分よりも遅く帰宅をしたジークは珍しく疲れた表情をしていた。


「お帰りなさい」

「遅くなってしまった。すまない」

「いいえ、お疲れ様です」


 ジークは窓辺に置いている一人掛け用の椅子にどっかりと座って眉間の皺を深めていた。


「疲れた?」

「ああ、まあ……」

「初めてする仕事ばかりだからね」

「それもあるが」

「?」

「慣れない人間と一緒に仕事をするのは気を使う」


 あのジークがこんな風に漏らす程だから、余程辛い作業だったのだなと申し訳なく思ってしまった。


「大丈夫?」

「心配は要らない。女の集まりに慣れていないだけだ」

「そっか」


 こういう時にどういう言葉を掛けて良いか本当に分からなくなる。母が居れば彼女を支える事も出来るのになと、不在を惜しんでしまった。


 今、彼女の為に出来ることは皆無と言えよう。

 ぎゅっと抱きしめても心癒されるのはきっと自分だけ。


「どうした?」

「え?」

「急に黙り込んだから」

「……や、両親は一体どこに居るものかと思ってねえ」


 世界をほっつき歩き続けて早十年。母は各地で伝統工芸品を売り、父は日雇いの仕事をしながら世界を冒険するという中年夫婦は余生を楽しみまくっているのだ。半年に一度は手紙が来るものの、たまには息子の報告も聞いて欲しいと思う所。


 物思いに耽っていれば、ジークの視線を感じたので、心配ないよと言って安心をさせる。

 だが、納得したような顔は見せてくれなかった。


「迷惑でなければ……」

「ん?」


 ジークは何かを迷っているような、そんな表情をしていた。

 深く聞くべきでは無いのかもしれないが、好奇心の方が勝ってしまう。


「ジーク、なに?」

「……いや、なんでも」

「ジークにされて迷惑に思うことは何もないよ」


 そう。綺麗な回転蹴りでさえも、喜んで受けるだろう。……多分。


「だったら言わせて貰おう」

「はい」

「私はこの村が気に入った」

「!?」

「だから、ずっとこの地で余生を過ごそうと、思っている」

「本当!?」

「嘘は言わない」


 ジークの言葉に興奮をして、今までのもやもや気分も一気に吹っ飛んでしまう。

 夫婦関係の契約はどうであれ、ジークはずっとここに居てくれる。両親のように居なくなったりはしないのだと、嬉しくなってしまった。


「元気になったようだな」

「ありがとう、ジーク!」

「どこかに行くとでも思っていたのか?」

「だって仮の夫婦だし」

「……」


 年甲斐もなくはしゃいでいた自分に呆れられてしまったからか、今度はジークが黙り込んでしまった。

 ご機嫌を直して貰おうと特別なお酒も振舞った。が、一杯目に注いで以降、酒が進む事もなかった。


 ◇◇◇


 そして、村人にとっては待望となる観光の季節がやって来る。

 忙しい合間を縫って話される事と言えば、どういった銀細工を買うかという話題ばかりであった。


 観光客の目的であるオーロラも空気を読んだからか、毎晩のように現れて夜空を見上げる人々を楽しませてくれているようだ。


 この忙しい時期がやって来る前に、畑の種まきは終わっている。以降の水遣りや追肥、雑草抜きは子供達の仕事となっているのだ。


 そして、思わぬ所でジークリンデ効果が現れていた。


「ジークリンデ様! お会いしとうございました!」

「こんなに遠くまで来てくれるとはな」

「勿論です!!」


 ジークの取り巻きの女の子達が噂を聞きつけて遊びに来てくれたのだ。しかも何組も。

 悪いと思ったジークは彼女達に付きっきりとなり、一緒に食事をする暇さえ滅多にないという日が続いた。


 そんな不満を漏らしつつあったが、自分も忙しい日々を送っていたのだ。


「領主様! 子熊が売り切れたんだけど、どうにかならないよねえ」

「え、もう!? 昨日納品したばかりなのに……」


 そして、まさかの土産不足が発生するという。


「多分、今乾燥しているのが明日には乾くと」

「ああ、良かった」


 正直ぼったくり価格だと思っている白樺の食器もほとんど無くなっていた。これはすぐに作れる品でもないのでおかみさんも諦めているという。木彫りの子熊は急げば半日に一体作れて、色を塗り仕上げの蜜蝋を乾燥させるのに一日と、他の伝統工芸品に比べたら手早く完成をさせる事が出来るのだ。


「鷲も取り合いだったわねえ」

「あれはすぐには作れないかな~。残念だけれど」


 ジークをモデルにして作った木彫りの赤鷲は取り巻きの女性陣から予約してでも買いたいというご要望も受けている。これは観光期が終わってからの製作になると言っても、噂を聞きつけたご婦人からの注文が入るのだ。


「ジークリンデさんの効果がここまでとは思わなくて、村人一同驚きだよ」

「なんか申し訳ないね」

「いやいや、嬉しい悲鳴に決まっているさ」


 立ち話をしていれば、腕輪を納品しに来ていた奥様がやって来たので土産屋を後にする。このまま帰って大人しく小熊作りをしたい所であるが、まだまだ村でしなければならない仕事は山積みなのだ。


 そんな中で、村で唯一の食堂も厨房は悲惨な状況となっていた。裏の窓からその様子を窺い、こっそりと中へ入って溜まっていた皿を洗う作業を手伝う。


「ねえ、皿洗いが終わったら野菜剥いてちょうだい!!」

「!」


 今まで使用済みの皿があった机にどん! と野菜の入った籠が置かれる。自分が部外者であることも気付いていないようだった。

 籠の中にあったのはジャガイモやカブなどの根菜類。皮を剥いた後は水に晒さなければならないので大きな器を探すが、残念ながらどれも使用中。仕方が無いので放置されている焦げのこびり付いた鍋を洗い、器を確保する事となった。


 その後もどんどんと仕事を押し付けられる。自分が領主だなんてここで働いている奥様方は気が付いていないのかもしれない。

 あと皆目が血走っていた為に恐怖を覚え、用事を言われてもお断りをしたり領主だと名乗ったりする空気でもなかったのだ。


 昼食の時間を乗り切り、さあ自分達も食事を、という時にようやく隙を見て抜け出す事が出来たのだ。


 男性陣は何をしているかといえば、主にトナカイの解体作業を行っていた。禁猟期間というこの時季の肉と言えばトナカイが中心となる。

 それから湖に行って魚釣りをして来る者も居た。少しだけ癖のあるトナカイ料理を苦手に思う客も居るので、魚も需要があるのだ。


 夜も仕事はたくさんあった。オーロラ観測をする為に要塞にある展望台まで連れて行き、体が冷えないように温かい飲み物を用意したり、寒さを訴える客には毛皮を貸したり。


 しかしながら、仕事はこれで終わりではない。帰ってからは子熊さんを彫るという作業が待っているのだ。


 そんな生活を続けていれば体もふらふらとなる。それを外に出す訳にはいかなかったので、完全な空元気状態で働いていた。


 ◇◇◇


 今日も今日とて色んな場所を冷やかして歩き、次は食堂にと思っていた所に何者かに腕を掴まれ、建物と建物の間にある僅かな隙間に引き込まれてしまう。


 一体何事かと路地に引き込んでくれた人物の顔を見れば、なんとまあ、知った顔だったのである。


「あ、あれ?」

「やっと捕まった」

「ジークリンデ……」


 ジークは建物の壁に背中を預けてからため息を吐いていた。

 彼女の顔をしっかり見るのは何日振りだろうかと、向かい合った状態で考える。


「顔色が悪いな」

「そうかな?」


 まあ、本調子ではないことは否定出来ない。

 来る日も熊さん、熊さん、熊さん、と徹夜までとは言わないが、夜遅くまで木彫り作業をしていたので、三十前という老い始めの体が悲鳴を上げているのだなと考える。


「ジークは元気?」

「ああ、この通り」


 本人の言う通り、多少草臥れているような感じはしたが顔色も良かったので、一安心することが出来た。


 少しの間静かな時間を過ごしていたが、ジークは突然何かを思い出したかのようにポケットの中から何かを取り出して手渡してくれる。


「なにこれ」

「チョコレートだ」

「どうしたの?」

「知り合いに貰った」

「ジークは食べたの?」

「……」


 ジークがくれたのはチョコレートの入った小箱だった。


 手の平に治まる程の小さな容器に入った品はまだ手が付けられていない。

 空腹だったので戴くことにしようと、丁寧に結ばれていたリボンを解き、中にある宝石のように美しく模られたチョコレートを摘んで、まずはジークにと思い、口の前に持っていく。


「口を開いて」

「……」


 素直にこちらの指示にしたがってくれたので、そのまま親指でチョコレートを口の中に押し込んだ。


 それから自分も一つ戴くことにする。


「美味しいね」

「……」

「もう一個食べる?」

「……いや」

「貰ってもいいの、これ?」

「同じ品を二箱貰ったから」

「そう。ありがとう」


 いつもより頭も口も回らないので、感謝の気持ちが伝わるようにと笑みを浮かべたが、上手く出来ているか謎であった。対面するジークも無表情である。


 改めて用事は何かと聞けば、ふらふらとしている姿を村の中で何度か目撃していたので、心配をしていたのだという。


「あまり、無理をするな」

「はい」

「夜はきちんと寝ろ」

「そうだね」

「お金は要らないから、余計な仕事は請け負うな」

「分かった」

「それから……!?」


 なんだか調子が出ないのはジークとゆっくり話してなかったからだということが発覚して、会話を続けるうちに心が満たされたような気分となる。だが、忙しさの最高潮はしばらく続くなと思い、数日分の補給をしておかなければと考えた自分は、あろうことかジークの唇に自らの唇を押し当てていたのだ。


 身動きが出来ないように体を壁に押し付け、頬を両手で包み込むように固定させてから唇を貪るように重ね合わせていた。


 頭の中はぼうっとしていて、何も考えられない。感じるのは快楽だけ。


 不思議なことに人通りもなく、この、狭い路地の中の行為を邪魔する者は誰も居なかった。


 しばらくすると正午を告げる鐘が鳴り響く。それと同時に体を離した。


「ありがとう。すごく元気になった」

「……」


 早く食堂の手伝いに行かなければと、ジークに別れのキスを頬にしてから路地を出る。


 そして、忙しい時間を過ごし、暗くなった夜空の下で冷たい風に晒された時になって我に返った。


 ――あれ、自分、ジークに何をした!? と。


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