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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
一章『北欧貴族と猛禽妻の雪国仮暮らし』

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第二十三話 近づいた距離

「じゃあ帰ろうか」


 ソリとトナカイ用意して、村に帰る為の準備が完了したとジークに告げる。

 前まで荷物がある時は二つの橇を連結させて走っていたが、長い極夜の期間に二人で乗れる荷台付きの橇を作ったのだ。

 先に自分が乗り込み、次にジークに手を貸そうと伸ばす。


「どうした?」

「え? いや、なんでもないです」


 後ろの席に座ったのを確認してすぐに振り返ったのがジークの目には不審に映ったらしい。何でもないと奥さんの顔を見ない状態で首を振る。


 今までの二人乗りの橇とは違い、背もたれを作ってあるので体が密着する事は無いが、先ほどのジークの「家でだったら構わない」という言動が頭の中から離れないので、挙動不審となってしまうのだ。


「……」

「出発します」

「頼む」

「はい」


 ……駄目だ。意識しまくってしまう。


 頬にお礼の口付けなんてぱっとして終わらせれば良かったと後悔。

 勿論しても良いとジークが言うのなら、喜んでしてしまう。だったら何の後悔かといえば、今の緊張している自分がこの上なく気持ち悪いという。


 空を見上げれば澄んだ青空が広がっている。日が暮れる前に帰ろうと、トナカイに指示を出した。


 景色はまだまだ冬だ。雪は深く、森も白く染まっている。


「あ、鹿」


 橇の直進する位置から遠く離れた雪原に鹿が走っていた。


 雪に紛れるようにして現れた白い鹿は七頭程の群を作っている。普段ならば喜んで追っていたが、今の時季は狩猟をしない期間なのでそのまましばらく珍しい白鹿と並走していた。


 地平線に太陽が重なる頃に帰宅となる。暗くなる前に帰れて良かったなあと一安心。迎えに出てくれたミルポロンにお土産の香辛料のパンを渡せば、お礼だとばかりに胸を拳で打ってから受け取ってくれた。そんな彼女の表情筋は動く事はない。普段と同じ通常営業をしている使用人に「ただいま」と言ってから家の中へと入る。


 風呂が沸いているというので、ジークに先に入るように勧めた。

 居間で待機をしていると、ルルポロンが温かいベリージュースを持って来てくれる。


「ありがと」


 ルルポロンはにっこりと笑いながら胸を拳でぽんぽんと叩いて出て行った。今になってミルポロンは父親似だな、と気が付いた。


 再び一人になれば、袖を捲ってジークが贈ってくれた腕輪を眺め、繊細に編まれたすずの細工を指先でなぞる。

 昔、父が母から贈って貰ったという腕輪を自慢された話を思い出してしまった。

 母親は村の中でも腕の良い職人だったようで、父親の腕輪には雪の結晶を象った錫細工が付いていたのだ。


 それが羨ましくて、何度も父に譲ってくれとお願いをしていたが、一度も首を縦に振ることはなく、「結婚したら嫁さんに作って貰え」と冷たく突き放すのだ。大人気ない父親だったなと振り返る。


 物思いに耽っていればジークが風呂から上がって来た。


「ジーク」

「なんだ」


 まずは本日の功労者に休んでいただく為に自分が今まで座っていた一人掛けの椅子を勧める。手でどうぞと示せばジークは胸に手を当て、膝を軽く折り曲げた後に座ってくれた。


「今日はありがとう。その、市場に出す品を作ってくれたり、店番を頑張ってくれたり」

「別に、妻として当然のことをしたまで」

「……」

「いちいち礼など不要だ」

「……分かった」


 ジークのぶっきらぼうだけど温かい言葉が、胸にじんわりと染み渡る。


 彼女からしたら一年間にも及ぶ夫婦の仮契約のお仕事をこなしているだけなのかもしれない。でも、そんなジークの頑張りが、本当の奥さんになってくれるのではと期待をしてしまうのだ。


 そんな風に脳内会議では及び腰な自分だったが、口から出てきた言葉はとんでもないものだった。


「――ねえ、ジーク。市場で言った言葉は覚えてる?」


 自分が発した言葉を聞いた瞬間に、ジークの顔が強張っていくのが分かった。頭の中に浮かんでいたのは後悔。踏み込んだ行動をすれば契約違反だと、責められるのではないかと不安になった。


 ところが、彼女の返しは思いも寄らぬものだったという。


「無論、覚えている」

「……はい?」

「聞こえなかったのか?」

「いいえ」


 こ、これってキスしてもいいよ!! ってこと!?


 そろそろと手を伸ばして風呂上りで紅潮している頬に触れたら、ジロリと猛禽類のような目で見つめられる。だが、今となってはその視線もぞくぞくとしてしまうだけだった。


 まあ、嫌だったらこの前のエメリヒみたいに蹴り飛ばされるよね、と今までの弱気が嘘だったかのような行動に出る。


「ジーク、目を閉じて」

「……」


 今日の奥さんは従順だった。


 瞼を閉じるのを確認してから、顔を近づける。いきなり口にして嫌われたら、明日からの生活が悲惨な事になってしまうので、唇の端のすぐ隣にキスをした。


 顔を離せばジークも瞼を開く。

 彼女の綺麗な灰色の目は困惑の色に染まっていた。


「ごめん」

「いや、謝ることは」

「……」

「……」


 気まずい空気も笑って誤魔化してしまう駄目な自分。


 風呂に入ってから居間に戻ればジークもいつもの感じに戻っていたので、明日からまた楽しい生活に戻れると分かり、深く安堵をしてしまった。


 ◇◇◇


 晴天が広がる清清しい朝。食事を済ませた後に、ジークと共に森に出かける。

 森の深い場所も雪解けが始まったので、周囲の銀世界は薄まりつつあった。


 今回の森散策の目的は狩猟ではない。今は四足動物の出産の季節なので、狩りをしないというのが暗黙の了解なのだ。


「あ、この樹だ」


 目的の白樺の樹の前で立ち止まる。


「何か違うのか?」

「うん。他の樹より太くて立派」


 本日の目当ては白樺の樹液。

 森の恵みの一つとされる貴重な樹液は、雪解け水を吸い取って作られる。そんな樹液は今の時季のたった半月の間にしか採れないものなのだ。


 採取の方法は簡単だ。樹の表面を刃物で引っ掻いて傷を作り、容器に立てた棒を傷に当てるだけだ。一晩放置するだけでかなりの量が採れる。


「この樹液は何に使う?」

「女性だったら美容水として使ったり、歯磨きをする時に使う粉の原料にしたり、煮詰めて砂糖の代わりにもするよ」

「へえ。万能の妙薬という訳か」

「そう」


 なんだったか、父上が白樺の樹液の成分を調べて絶賛していたのを思い出す。

 あ、キシリトール! そんな感じの名前だった気がする。口腔内の殺菌をしてくれる効果があるらしく、異国では自然甘味料として使われているのだという。昔の人はそんなものが配合されているなんて知らないで使っていたのだなあと思うと、やっぱり古人の知識は偉大だと思ってしまうのだ。


 樹液を採取する為の容器を何箇所かに設置して、その場を後にする。


 翌朝、白樺の前に置いていた容器を取りに行けば、どれもなみなみと樹液が溜まっていた。それを零さないように慎重に持ち帰る。


 樹液は勿論このままでは使えない。一度きめ細かな布に通して混じり物を取り除かなければならないのだ。


 樹液を濾過するのに一日。

 樹液は日持ちしないので、次の作業は迅速に行わなければならない。

 化粧水として使えるのは数日だけ。なので、石鹸を作るときに混ぜたり、直接飲料水として飲んだり、料理に使ったりするのだ。


「少しだけ貰ってもいいだろうか?」

「どうぞ」


 ジークに小瓶に入った白樺の樹液を手渡す。


「化粧水?」

「ああ。顔のシミが消えないものかと思って」

「え!? そばかす消しちゃうの!? なんで!? 可愛いのに!!」

「……」


 ジークはこちらの発言を聞いて、すっと目を細める。非難をするような眼差しであった。


「……そばかす、顔を近づけないと見えない位薄いから、消すとか勿体無い」

「……」

「ねえ、ジーク。樹液は飲んでも美味しいよ?」

「……」


 依然として、ジークは厳しい視線をこちらに向けていた。

 そんな中で、そばかすを気にしているジークが可愛いなんて口が裂けても言えない。


「いつ、私の肌を確認した?」

「いつ、だったかなあ~」


 そろそろとゆっくり後退をしながら、その場からの逃走を図ろうと目論む。


「では、わたくしはこの辺で失礼を」

「待て!」


 回れ右をして走り出そうとしたが、すぐさま首根っこを掴まれて捕獲をされてしまった。


 そして、軍人仕様となったジークから、厳しい尋問を受ける事となってしまったのだ。


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