初夏の困りごと
春を迎えても残る雪だったが、さすがに初夏に近づくにつれて溶けてなくなる。
やっと夏がきたー! と喜ぶのもつかの間のこと。
暖かくなったらなったで、別の問題が生じるのだ。
もっとも頭を悩ませるのは虫の存在である。
外にちょっと出ただけで、虫に刺されてしまうのだ。
自然豊かな中で暮らす弊害とも言えよう。
可能ならば虫とも仲よく共存していきたいところなのだが、いつも刺されたり血を吸われたりするばかり。
人間は虫に翻弄されるばかりなのだ。
そんなわけでこれから庭のお手入れをする前に、対策をさせていただこう。
庭にジークを呼んで、防虫対策について説明する。
「これから虫除けを行います!」
「庭でか?」
「そう!」
やり方はごくごくシンプル。
「防虫効果がある薬草を燃やしながら作業をするんだ。そうすれば、虫は寄ってこないよ」
「なるほど、そういうわけだったんだな」
数日前から庭にある薬草を摘んで集め、束にして乾燥させていたのだ。
「一つ目は〝ローズマリー〟」
主に蚊を忌避する効果がある。
「ローズマリーには樟脳っていう、防虫作用が含まれているんだ」
他にもノミ、ダニが嫌うラベンダーやハエ、アリが嫌うペパーミントなど、乾燥させた薬草をこれでもかと用意する。
「薬草にはそのような防虫効果があったのだな」
「そうなんだ」
すべては父からの受け売りである。
「軍人時代に知っていたら、どんなによかったか」
「ジークも虫に困っていたの?」
「虫というか、なんというか、まあ、演習のときにな」
森の奥地へ入るため、夏のシーズンは虫が大量発生していたらしい。
「私は我慢できていたんだが、他の者達が痒い痒いとうるさくて」
「ああ、そっちね」
ジークは虫刺され用の薬を携帯していたので、それほど被害を感じることはなかったようだ。
「夏期の演習は虫対策しておかないと大変のことになるとわかっているのに、皆、薬を用意するのを忘れていて――」
最初はジークも分け与えていたが、それが何回も続くと面倒を見切れなくなっていったという。
「薬草を燃やすだけだったら、夕食時の焚き火を囲む時間にもできるからな」
「そうなんだよね」
話を聞きつつ、ジークと協力して焚き火を起こす。
火が安定してきたら、薬草の束を火にくべた。
すると、もくもくと煙が巻き上がる。
「すごいな」
「この煙が虫を遠ざけてくれるんだよねえ」
ただ火を熾すわけでは終わらない。
昨日の晩にパン生地を仕込んでいたのだ。鋳鉄製の鍋に入れたパン生地を、焚き火で焼いていく。
「そんなわけで、防虫対策もしながら、パンも焼けるというわけ」
「すばらしい作戦だな」
「でしょう?」
庭の雑草をぷちぷちと抜いている間に、パンが焼けるいい匂いが漂ってくる。
「そろそろかな」
蓋を開くと、こんがりおいしそうに焼き上がっていた。
お昼の時間にしよう、とジークに声をかける。
「ジーク、パンを切ってくれる?」
「わかった」
俺はその間に家から持ってきたフライパンでベーコンと卵を焼いていく。
ベーコンは豪勢に分厚くカットした。
塩コショウで味付けし、お皿に盛り付ける。
「リツ、パンはこんな感じでいいか?」
「ありがとう!」
焼きたてのパンとベーコンエッグという、最高でしかない食事が完成した。
それを、ジークと一緒に庭でいただく。
パンにはルルポロン特製、ベリージャムを塗っていただこう。
焼きたてのパンは皮がパリパリで香ばしく、中の生地はどっしりみっちりで食べ応え抜群。甘酸っぱいベリーと合うのだ。
薬草と一緒に焼いたからか、パンを頬張るとふわりと香る。これもまたいい。
一枚目はベリージャムで楽しみ、二枚目はベーコンと目玉焼きを載せて食べる。
「うーーーん、最高!」
「外で食べるのもいいな」
「虫もいないしね」
ジークと一緒に初夏のごちそうを堪能したのだった。