ジークリンデと母の日
森を散策していると、美しい白い花がちらほら咲いているのに気付く。
摘んで帰ったら義母が喜ぶかもしれない。
しかしながら森の中には毒を持つ植物がたくさんあるので、摘む前にリツハルドに聞いてみることにした。
「リツ、あの白い花について知っているか?」
「ああ、あれは〝ヴァルコヴォッコ〟っていってね、春を告げる花の一種だよ」
この辺りではヴァルコヴォッコが咲いたら春がやってきたと実感するようだ。
「まだ雪が残っているから、ヴァルコヴォッコが咲いているのに気付かなかったよ」
リツハルドは嬉しそうに、「もう春なんだ~」と呟く。
「この花はねえ、母の日に渡す定番の花なんだ」
「そうなんだな。ちょうど、お義母様への土産にどうか、と思っていたんだが、毒性があるかどうかだけ気になっていて」
毒について話を聞いた途端、リツハルドの表情が暗くなる。
「実はこの花、毒があるんだよね」
「そうなのか?」
「うん、父が教えてくれたんだ」
なんでも幼少期のリツハルドがこの花を摘み、母の日の贈り物としてあげようとしたところ、毒があると指摘されてしまったらしい。
「ヴァルコヴォッコはキンポウゲ科のお花らしくて」
キンポウゲ科の花で有名なのが〝トリカブト〟だという。
「トリカブトは耳にしたことがある」
なんでもトリカブトには〝アコニチン〟という猛毒成分があり、場合によっては死に至ることがあるようだ。
「ヴァルコヴォッコには〝プロトアネモニン〟って毒だったかな」
皮膚や粘膜などに刺激性を発揮し、炎症を起こすことがあるという。
「村に自生している分は父や祖父が全部刈り取ってしまって、母の日のシーズンが近づくと注意喚起もしているんだ」
「そうだったのか」
リツハルドは「今年もしなきゃなあ」なんて寂しそうに呟く。
「村ではヴァルコヴォッコを贈る習慣はなくなったんだけれど、ここ最近、ヴァルコヴォッコを象ったクッキーを土産店で販売するようになってね」
リツハルドは一度もお義母様にクッキーを贈ったことがなかったという。
「ならば、クッキーを作ってお義母様に贈らないか?」
「いいかも! 絶対喜ぶよ!」
そんなわけで、帰りがけに土産店でクッキーの材料を購入し、家路に就いたのだった。
「リンデちゃん、おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
お義母様は息子をおんぶした姿で出迎えてくれた。
アルノーはお利口に留守番をしていたらしい。
受け取ると、眠っていたのか体がホカホカだった。
「あら、リッちゃんは?」
リツハルドはクッキーの材料を裏口に置きに行ってくれたのだ。
「まだ作業があるようで、すぐに戻ってきます」
「そう~」
クッキーはサプライズで渡したい。そのため、材料も隠しておく必要があるのだ。
しかしながら問題はいつ作るか、である。
お義母様とはほぼ一緒にいるので、二人でこそこそ作る時間なんてないのではないか。
なんて思っていたら、リツハルドが夜に作ろうと提案してくれる。
「母さん、アルノーが泣かない限り夜は起きないから、深夜にこっそり作ってみようよ」
「そうだな」
今晩、アルノーの寝かしつけはお義母様が担当してくれるので、またとないチャンスである。
そんなわけなので、すぐに作戦を実行した。
ルルポロンには窯の火を消さないようにとお願いしていたので、居間でクッキー生地を作っていく。
急遽作ることになったので、花の型はない。そのため手作業で花の形を作っていく。
バレないかヒヤヒヤだったものの、作業は順調に進み、焼きの工程まで終えることができた。
焼き上がったクッキーは暖炉の灯りだけを頼りに作ったこともあってか、少し歪だった。
リツハルドと一緒に花には見えないクッキーを見て笑ってしまう。
最後に、白いアイシングをクッキーの表面に塗ったら、ヴァルコヴォッコに見えてきた。
「いい感じかも」
「そうだな」
きっとお義母様は喜んでくれるだろう。
そのあと、私とリツハルドは泥のように眠ったのだった。
翌日――お義母様にクッキーを贈った。
「わあ、ヴァルコヴォッコのクッキーだあ」
お義母様は少女のように頬を染め、無邪気に喜んでくれた。
「昔、リッちゃんがヴァルコヴォッコを摘んできてくれたの、嬉しかったなあ。思い出してしまったわ。二人とも、ありがとう!」
夜中に頑張った甲斐があったものである。
リツハルドと顔を見合わせ、大成功だと微笑み合ったのだった。