春になったら
極夜が終わり、厚く降り積もっていた雪が解け、辺境の地は春を迎える。
暖かさとは無縁であるものの、雪が解け、晴れの日が続くというのはありがたいものである。
けれども春がやってきた! と浮かれている暇はない。
畑を耕したり、雪で壊れた建物や施設がないか調べて回ったり、商人と取り引きをしたり。そうこうしているうちに、トナカイの出産シーズンを迎える。
毎年、春は慌ただしく過ごしているのだ。
けれども村に帰ってきた父が領主時代にいろいろと仕組みを変えたようで、領主である自分に回ってくる仕事は少なくなっていた。
いろいろと問題のある父だが、領主として有能だった部分もあったのだな、としみじみ思う。
そんなわけで、いつもの年よりは余裕のある春を迎えていた。
午前中はテオポロンと一緒に薪に使う木を伐採に行き、午後からはミルポロンと一緒に薪割りをしていた。
次は何をしようか、なんて考えているところに、ジークがやってきた。
「リツ、アルノーと一緒に散歩に行かないか?」
ジークがにっこり微笑んできた。つられてにこにこしながら、「もちろん!」と言葉を返す。
「去年、村でアルノーといいものを見つけたんだ」
「えー、なんだろう?」
アルノーと手を繋ぎ、ゆっくりゆっくり歩いて行く。
去年は抱っこをしていろいろ見て回っていたのに、今はこうして歩けるようになった。
子どもの成長は驚くほど早くて、一瞬たりとも目を離せない。
「ジーク、こっちの方向でいいの?」
「ああ。リツにも見せたかったのだが、去年は忙しそうだったからな」
「そうそう。春はバタバタしていたんだよねえ」
ジークが声をかけられないくらい忙しそうにしていたなんて。
周囲の様子が見えなくなってしまうのは悪いところだ。これからは気をつけなければ、と思った。
普段はあまり立ち寄らない村の外れまでやってきた。
「こっちい~!」
「はいはい」
アルノーが舌っ足らずなかわいい言葉遣いで案内してくれる。
「楽しみだなー。何があるんだろう?」
「秘密!」
ジークが「見てからのお楽しみみたいだ」なんて、アルノーの発言を解説してくれた。
ようやく行き着いた先には、紫色の小さな花が咲いていた。
これがジークの言う〝いいもの〟のようだ。
「うわ、きれい! こんなところに花が咲いていたなんて」
「アルノーとの散歩中、偶然見つけたんだ」
「え、こんなところまで来ていたの!?」
家からここまで、大人の足でも三十分ほどかかる。
「アルノーは体力があるんだ」
「さすが、ジークの子だ!」
足腰が強い子だな、と思っていたが体力まであるなんて。
我が子ながら、将来有望だと思ってしまう。
近くまでいって、花の前にしゃがみ込む。
「なんて花なんだろう?」
「ミスミソウだ」
春先はずっと忙しくしていたからだろうか。
こんな美しい花が村に咲いていたなんて知らなかった。
「土産店のおかみさんから聞いたのだが、この花は別名、〝雪割草〟とも呼ばれているらしい」
なんでもミスミソウは寒さに強く、雪を割るように芽吹くことから、そのように呼ばれていたようだ。
「花言葉は忍耐――」
「雪国にふさわしい花ってわけだ」
「そうだな」
なんでもジークは長い冬を過ごす期間、このミスミソウも頑張っているから、自分も何かせねば、と考えていたらしい。
「厳しい冬を耐え、頑張っていれば、春を迎えたときに何か芽吹くのではないのか、と思ったのだ」
「あー、いい話だ。俺もミスミソウみたいに冬を生きるようにしなきゃいけないな」
「いや、リツは十分ミスミソウのように可憐で、忍耐強いだろう」
忍耐強いのは光栄として、可憐とは?
三十を過ぎた成人男性にふさわしい言葉ではないような気がするのだけれど。
なんて考えていたら、ジークが美しい笑みを浮かべながらアルノーを眺めていることに気づく。
アルノーもきゃっきゃと楽しそうにミスミソウを眺めていた。
家族の笑顔を見るだけで、幸せだな、と思ってしまう。
これからもみんなが笑って暮らせるように、頑張ろうと改めて心の中で誓ったのだった。