薬用シロップを作ろう!
リツとジークが正式に夫婦になる前のエピソードです。
今日も今日とて、辺境の空には太陽が昇らない。
これまで真っ暗な空を見上げ、何回憂鬱な気持ちになったことか。
けれども今はジークがいる。
彼女の明るい赤毛を目にするたびに、太陽みたいに眩しくて美しいと思ってしまうのだ。
極寒としか言えない村の冬に、ジークもさぞかし驚いたのではないか。と思っていたが、彼女は「演習で登った山のほうが寒かった」なんて言ってのける。
風邪なんて幼少期以来、一度も引いたことがないらしい。
ジークのお母様に向かって、彼女を健康に産んでくださってありがとう、と感謝してしまった。
すっかり安堵していたある日、ジークの声が少し掠れているのに気付いた。
指摘すると、ジークは喉に手を当てて首を捻る。
「そうだろうか……けほ、けほ!」
突然咳き込み始めたので、驚いてしまう。
「ジーク、喉、どうかしたの?」
「いや、平気だ。一晩眠ったら治るだろう」
「そんなわけないよ!」
喉にわずかな違和感があると言う。
慌てて棚から薬用シロップが入った瓶を取り出した。
「ジーク、これを舐めて!」
「なんだ、それは?」
「クーシ、針葉樹の新芽で作った薬用シロップだよ。うちの村では、喉が痛いときはこれを舐めるんだ。絶対よくなるから」
「なるほど」
説明もそこそこに、ジークは疑いもせず、薬用シロップを舐めてくれる。
「これは――おいしい。爽やかで、美しい森の中にいる気分になれる」
「そう?」
「ああ。薬と言っていたから、苦いものだと思っていた」
そうなのだ。この薬用シロップ、けっこうおいしい。
幼少期に喉を痛めたときは、喜んで舐めていたような記憶が残っている。
しばらくすると、喉の違和感は和らいだようだ。
「すごいな。たったひと匙のシロップでここまでよくなるなんて」
「そうでしょう?」
春から初夏にかけて、森の針葉樹は黄緑色の新芽を生やす。
それを摘んで集め、喉を痛めやすい冬に備えて薬用シロップを作るのだ。
「春になったら、作り方を教えるね」
「楽しみにしておこう」
そんな約束を、ジークは春になるまで覚えていたようだ。
狩猟をしに森に入ったある日、ジークは針葉樹を指差しながら言った。
「リツ、これが薬用シロップを作る新芽か?」
「そうそう。あ、シロップの作り方を教えるって話していたね」
新芽の部分だけ少しずつ摘み取りながら森の中を進んで行く。
「リツ、採る新芽と採らない新芽があるのだが、新芽の中でも何か違いがあるのか?」
「ないよ。一カ所で取り過ぎると、森の仲間達――リスやトナカイが困るでしょう?」
思いがけない答えだったからか、ジークは一瞬ポカンとした表情を見せたあと、ぷっと吹き出すように笑った。
「そうだな。森の恵みは私達だけで独占するのは悪いことだ。私も気を付けながら集めよう」
「うん、お願いね」
太陽よりも眩しい微笑みを浮かべながら、ジークは新芽を集めてくれた。
森から帰ると、ジークに薬用シロップ作りを伝授する。
「まず、新芽を水でしっかり洗うんだ」
ぎゅ、ぎゅっと揉み込むように洗い、水に浸けたまま一晩放置する。
翌日――水を切って軽く洗った新芽を鍋に入れ、砂糖と水を入れてしっかり煮込む。
とろとろになるまで煮詰まったら、煮沸消毒した布で漉すのだ。瓶に詰めたら、薬用シロップの完成である。
「じゃーん! できました」
「新芽のシロップとは思えない、きれいな琥珀色だな」
「うん、そうだね。今年は特別きれいにできたかも!」
摘んだあとすぐに煮込んで作れるベリーとは異なり、新芽はあく抜きが必要だし、煮込み過ぎたら味わいにえぐみもでる。手間暇がかかるものの、上手く仕上がったときの喜びはひとしおだ。
「さて、せっかく作ったから、少しだけいただきましょうか」
「喉を痛めていないのに、食べてもいいのか?」
「平気だよ。薬用とか言いながら、たまに食べちゃうんだよね」
アイスクリームに垂らしたり、パンケーキにかけたり、といろんな物によく合うのだ。
「春のオススメは、トナカイのホットミルクかな」
偶然にも、シロップ作りと同時進行で作った、煮沸消毒済みのトナカイのミルクがあった。
これに薬用シロップを垂らして飲む。
濃厚なトナカイのミルクが、薬用シロップを入れることによってすっきり爽やかな味わいになった。
ジークと顔を見合わせ、同時に「おいしい!」と言ってしまう。
「リツが子どもの頃、このシロップを舐めるのを楽しみにしていた理由がよくわかる」
「そうでしょう?」
ひとまず喉を痛めた日までお預けとなるわけだ。
「リツ、また来年も新芽を取って、シロップ作りをしよう」
「うん、しよう、しよう!」
ささいな約束だが、ジークはきっと一年後にも覚えてくれているのだろう。
そんな律儀で真面目な彼女の性格が、愛おしく思ってしまった瞬間だった。