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アイナの蚤の市

 今年も極夜カーモスの季節が訪れようとしている。

 一ヵ月もの間太陽は昇らず、真っ暗闇の中に包まれる最低最悪の期間だ。


 保存食作りを行い、冬籠りのための準備に余念がない。


 極夜中、普通の家では作業部屋に灯りと暖炉を点けて、家族みんなで工芸品を作る。

 力持ちのお父さんは、白樺で作ったククサを。

 手先が器用なお母さんは、すずを編んで作ったブレスレットを。

 子ども達はそれぞれの両親から、工芸品の作り方を習う。


 けれど、うちのお祖父ちゃんは私やお母さんが民芸品を作ることを酷く嫌がった。

 一人部屋に閉じこもって、黙々とククサを作っていたのだ。

 なんでも、女子供に生活費を稼がせることは、恥だと思っていたらしい。

 家族を養える男こそ、一家の主であると。そんな考えだったのだ。


 そんな私達一家にも、変化があった。

 私とエメリヒが結婚したからだ。

 育った家を出て、リツハルドお兄ちゃんが用意してくれた家にエメリヒと二人で暮らしている。

 慣れないことばかりだけれど、この家は私のお城だ。

 カーテンも絨毯も長椅子にかける布だって私が好きなものを使っている。


 午後から母を呼んで、お茶とお菓子を楽しむ時間は、贅沢でかけがえのない時間だった。

 変化はそれだけではない。  

 エメリヒはお祖父ちゃんに、ククサの作り方を習ったらしい。けれど、上手くできず売り物にならないと言われてしまったようだ。

 さらに、工芸品作りはよそ者にできるものではないのだと、追い返されてしまったという。

 リツハルドお兄ちゃんに習ったらと助言したけれど、エメリヒは首を横に振る。

 なんでもエメリヒは昔から不器用で、工作の時間は泣きながら居残りしていたようだ。

 だから、お祖父ちゃんの言うことに間違いはないと。

 工芸品はできないが、別の仕事を探してきたらしい。

 異国の本を、この国の言葉に翻訳するようだ。

 たくさん仕事を引き受けたようで、一人で張り切っている。

 私も、何か生活の足しになるものを作りたい。

 初夏を迎える前に、蚤の市キルプットリがある。

 そこに出す品物を作るために、布を集めて回った。


「ねえ、アイナちゃん。一緒の部屋で作業しない? 一人だと、寂しいし」

「良いの? 集中力はなくならない?」

「ううん、平気。アイナちゃんがいたほうが、頑張れるから」

「だったら、別にいいけれど」


 口ではこんなふうに言っていたが、本心はすごく嬉しかった。

 私はずっと、極夜中、家族が一つの部屋で集まって、ぬくぬく過ごすということに憧れていたのだ。


 こうして、私はエメリヒと共に、蚤の市に出す品物を作り始めた。


 ◇◇◇


 一ヵ月後──ついに、空に太陽が顔を覗かせる。

 眩しくって、目を細める。


「アイナちゃん、すごい! 極夜が明けた──ぎゃあ!!」


 エメリヒははしゃぐあまり、雪に埋もれていた階段から踏み外してしまう。

 幸い、上手く受け身を取ったようで、怪我はなかったようだ。


「ちょっと! 何をしているのよ!」

「うっ、ごめん! で、でも、昔から、大怪我はしたことがないほど悪運が強くて……」


 軍人時代、七メートルはありそうな高さがある崖下に落ちたことがあったらしい。しかし、上手い具合に着地し、腕の骨折だけで済んだのだとか。


「あなたね、それ、自慢にもならないわよ」

「ごめんなさい。でも、普通だったら死んでいる高さだったとか言われたから」


 ちなみにそれは演習中で、ジークリンデさんが助けてくれたらしい。


「意識のない俺を縄で括って、吊り上げてくれたんだ」

「それ、すごいのはあなたじゃなくて、ジークリンデさんじゃない」

「そうだった」


 とにかく、怪我には気をつけてほしい。

 かけがえのない家族なのだから。


 ◇◇◇


 天気がいいので、エメリヒはお祖父ちゃんと狩りに出かけた。

 私は家の掃除をして、洗濯物をし、食事を作る。

 暇になった時間を使って、極夜に作った蚤の市に出す品物をテーブルの上に並べてみた。


 テーブルクロスに、クッションカバー、枕カバーに手袋、毛皮の帽子、靴など。

 どれも、トナカイや雪、狼などの模様を入れている。時間が有り余っていたので、一つ一つ丁寧に作ってみた。


 どれも気に入っているけれど、売れるだろうか?

 というか、蚤の市に行ったことがないので、どんな物に需要があるのかわからない。


 不安になったので、土産屋のおかみさんに蚤の市について聞きに行くことにした。

 作った物を籠に詰め、家を出る。


 外は雪深い。けれど、エメリヒが中央広場までの道のりを雪かきしてくれていた。

 雪かきしていなかったら三十分くらいかかりそうだったけれど、たった十分で到着する。

 そっと、窓から土産屋を覗いた。

 数名の客とおかみさんがいる。極夜明けなので、商品が入荷したからだろう。

 なんだか忙しそうで、声をかけたら悪いような気がした。

 また今度にしようかどうしようか。

 そんなことを考えていると、背後から声をかけられる。


「アイナ、どうしたの?」

「きゃあ!!」


 声をかけてきたのは、リツハルドお兄ちゃんだ。

 気配なく近寄ってきたので、驚いた。


「あ、おかみさんの店に、商品を売りにきたの?」

「違うわ!」

「じゃあ、どうしたの?」

「それは……」


 リツハルドお兄ちゃんに事情を説明する。


「ああ、なるほど。そういうことね。大した手間じゃないから、聞いてみようよ」


 そう言って、リツハルドお兄ちゃんは私の背中を押す。

 つんのめるようにして、土産屋に入った。


「おや、アイナちゃんじゃないか。いらっしゃい。極夜は大丈夫だったかい?」

「えっと、はい。何事もなく。雪下ろしも、夫がしてくれて」

「よかった。旦那さんが頼りになったんだねえ」


 そうなのだ。雪下ろしは毎年お祖父さんの仕事だったけれど、腰を悪くしてから上れなくなってしまった。

 私やお母さんが屋根に上ろうとしたら怒るので、ミシミシ鳴る屋根の恐怖に怯えていたのだ。

 今年は、私の実家の雪下ろしもエメリヒがやってくれた。

 彼には感謝してもし尽せない。


「それで、どうしたんだい?」

「そ、それが──」

「蚤の市で出す品物を、おかみさんに見てほしいんだって。値段とかも、付けてくれない?」


 そうだ。値段もつけなければならないのだ。蚤の市に出たことがないので、相場がわからない。


「おかみさん、お願いね」

「お、おねがいします」


 結局、リツハルドお兄ちゃんが頼んでくれた。

 おかみさんは「任せな!」と言って、胸をどん! と叩いていた。


「わあ……! これは、見事な刺繍だ」

「へえ、アイナ、上手いじゃん。この手袋もいいね」


 おかみさん曰く、私が作った品物は良くできているとのこと。


「人目を引きつける綺麗な模様だから、きっと高値で売れるよ」


 おかみさんはすべての商品に、値段を付けてくれた。

 本当にこの値段で売れるのかドキドキだけれど、頑張るしかない。


 ◇◇◇


 蚤の市当日。私は母と二人で出店することにした。

 母も初めての蚤の市らしい。


「アイナ、すごい人ね」

「ええ」


 場違いな気がしたけれど、頑張らなければ。


「でも、こんなに高値で売れるのかしら?」

「そうねえ。私も、相場がわからないから」


 失敗しても、次に生かしたらいい。そう、母は私を励ましてくれた。


 台に敷物を敷いて、枕カバーを置く。これは、トナカイの模様だ。


「あ、それ、カッコイイね!」


 声をかけてきたのは、大きな銃を背負った隣の村の狩人だ。

 母が置いた狼柄の手袋もおしゃれだと褒めてくれる。


「手袋と枕カバー、二つともくれるかい?」

「あ、はい。二つで三十マルカですが」

「ああ、問題ないよ」


 おかみさんが付けた強気の価格設定だけれど、案外問題なかったようだ。

 それから、驚いたことに台に出した途端、商品が売れていく。

 たった一時間ほどで、完売してしまった。


「驚いたわ……」

「本当に! アイナ、あなた、すごいわ」

「あ、ありがとう」


 まだ、信じられない。胸がドキドキと高鳴っている。


「たくさん作って、頑張ったのね」

「うん。エメリヒが一緒だったから」


 せっせと仕事をするエメリヒの後ろ姿を見ながら、作業していた。

 極夜なのに楽しくて、充実した一ヵ月だったと思う。


「来年は、お母さんも一緒に、何か作らない?」

「ええ、いいわね!」


 母は服作りが上手だ。だから、来年は可愛い服を作ろうかと話し合う。


 初めての蚤の市だったけれど、とても楽しかった。

 来年もまた、参加したい。


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