紅蓮の鷲は傷ついた妖精に涙する
ジークリンデ視点です。
太陽が昇らない極夜。ここの村に来て、初めて体験した自然現象だ。
一ヵ月間、まるまる太陽が昇らないと、人は滅入るという。
あのリツハルドでさえ、鬱々とする日があったと話していたのは驚いた。
「驚いたでしょう、こんな真っ暗な中で生活するのは」
「いや、軍には夜間勤務があって──」
「夜間勤務?」
夜間勤務とは、一ヵ月ぶっ続けで夜間に働く任務のこと。
「昼間寝て、夜働く仕事だ」
皆、昼には眠れず、苦労していたらしい。私は昼夜問わず眠れる体質だったようで、別に苦ではなかった。
「確かに、言われてみたら、夜間任務の時の同僚は、普段より元気がなかったり、イライラしていたりしていたように思える」
「そうなんだ。みんな、太陽の光から元気をもらっているんだよ」
陽光を糧とするのは植物だけではないようだ。
「でも、よかった。ジークは極夜が平気みたいで」
「幼い頃、夜は早く眠るようにと厳しく躾けられていたから、暗い中起きていると、なんだかドキドキワクワクするんだ」
子どもみたいだろう? と問いかけると、リツハルドは眩しいものを見るかのように目を細める。
ここ最近、リツハルドはこのような目をする時があった。
そんなことよりも、気になることがある。
それは、リツハルドの手のひらのマメだ。
おそらく、極夜だからと根をつめて作業をしているに違いない。
極夜になったら、のんびりできる。そんなことを言っていたのに、彼は食事以外、作業部屋に籠って、木彫りの熊やククサ作りに精を出していた。
今日くらいは、のんびり過ごしてもいいだろう。
そう思って、ある提案をする。
「リツ、今日は編み物をしないか?」
「編み物?」
「羊の毛糸を母が持たせてくれたんだ」
ここの村では、羊毛は叩いてフェルトにして使う。編み物をする暇がないからだろう。
極夜の時くらい、ゆっくりのんびり編み物をしてもいいだろう。
花嫁修業の際に、母から編み物を習ったのでリツに教えることにした。
まずは、習作として自分用のマフラーを編む。
色とりどりの毛糸の中で、リツハルドは真っ赤な毛糸を迷わず掴んだ。
「リツ、その色は……」
「ジークの髪の色でしょう? 綺麗だと思って」
リツハルドはまるで大事なものに触れるかのように毛糸を掴み、頬に寄せる。
自分がそういうことをされているわけではないのに、なんだか照れてしまった。
「ジークはどの色にする?」
「そうだな」
私は白い毛糸を手に取る。
リツハルドの髪と同じ、森の大地や木々に積もる雪のような色合いだ。
長椅子に並んで座り、編み物を教える。
リツハルドはもともと器用だったこともあり、すぐに編み方を覚えた。
もしかしたら、すでに私よりも上手いかもしれない。
蝋燭の光を頼りに、毛糸を編んでいく。
部屋の中では薪が燃える音と、外から聞こえる風の音がするばかり。
リツハルドは集中して、編み物をしていた。
ふいに、彼の手のひらに血が滲んでいるように見えて、ぎょっとする。
編み物をする手を掴んで、傷はどこかと確認してしまった。
「ジーク、どうしたの?」
まんまるの青い目が、私に向けられる。
再度、手のひらに視線を落とすと、そこには固いマメがあるばかりだった。
「血が、流れているように見えたんだ」
「毛糸だよ」
「ああ、そう、だったんだな。しかし……これは酷い」
言おうかどうか、ずっと迷っていたのに、リツハルドはぽかんとした表情で私を見る。
「編み目、雑だった?」
「そっちではない。リツの手のほうだ」
「ああ、これね。いつものことだよ」
テオポロンのように、一向に手の皮は厚くならないんだ。リツハルドは軽い調子で言う。
こんな風になるまで木彫りをしないと、私達は生活できないのだろうか。
だとしたら、リツハルドの負担があまりにも大きくて……辛い。
「わっ、ジーク、どうしたの?」
そう言って、リツハルドは私の頬に触れる。
涙を拭ってくれたようだ。どうやらいつの間にか、泣いていたらしい。
「何か、悲しいことを思いだした?」
「だって、こんなに、手のひらにマメを作って……」
「え、ジーク、俺のために、泣いているの?」
「……」
そういえば、人前で泣いたのは初めてのような気がする。
いい歳なのに、恥ずかしい。
「ジーク、ありがとう」
「え?」
「こんなふうに想ってくれる女性がいるなんて、俺は幸せだ」
そうか、そうだったんだと、リツハルドは呟く。いったい何に気づいたのか、じっと問いかけるように彼を見てしまった。
「ジークは俺を心配して、編み物をしようって誘ってくれたんだね」
どうやら、泣いたせいで編み物に誘った目論見もバレてしまった。
本当に、恥ずかしい。
リツハルドは再度、目を細めて私を見る。
「ジーク、君は本当に、俺の──」
それに続く言葉は、なんだったのか。
たぶん、照れるようなことを言うだろうと思って、聞かなかった。
こうして完成したマフラーは、冷え切った首元を温めてくれる。
リツハルドが赤いマフラーを巻いているのを見るたびに、今日のことを思いだして恥ずかしくなるのは、言うまでもなかった。




