本当の宝物
夏の森は生命の輝きに満ち溢れている。
一日中太陽が沈まない白夜の恵みが、自然にこれでもかと活力を与えるのだ。
俺とジークは、大きな籠を持って森に入る。
「ジーク、これはね、ミリスという薬草で──」
別名『スイートシスリー』と呼ばれるこのレース状の葉を付けた薬草は、種はリキュール作りに使い、根も食べられる。
「春から初夏にかけて、白い花を咲かせるのだけれど」
花を摘まんで見せると、ジークは顔を近づけさせて香りを楽しんでいる。
「甘い匂いがする」
「そうだね」
甘い芳香は果物との相性がいいので、パイやコンポートのアクセントとして添えたりする。
「花も可憐だ」
ミリスはちょうどこの時期、可愛い白い花を咲かせる。
ジークは花を愛でる趣味があるようで、目を細め、頬を緩ませながら眺めていた。
「そういえば、ジークはどんな花が好きなの?」
今後の贈り物の参考にしたいと思い、聞いてみる。
「これといって、特別思い入れのある花はないが、リンゴやアーモンドの花を見ると、春を実感していたな」
まさかの樹単位の花とは。さすがジークリンデ、規模が違う。
「リツが毎日摘んでくる、村に咲いている小さな花も好きだよ」
「そ、そっか。よかった」
本当はジークに「好きです!」と言いながら毎日花を渡したいんだけれど、恥ずかしいし重たいと思われたくないので食卓に飾っているだけにしている。
花が咲くのは初夏から秋口にかけてまでなので、今だけなんだけれど。
こっそりしていたことなので気づいてくれていた上に、好きだと言ってくれて嬉しい。
森では籠いっぱいになるまで薬草を集める。
乾燥させたり、オイル漬けにしたりして、保存しておくのだ。
「よし、行こうか」
「ああ」
今日はキノコを採るため、森から山のほうへと登って行く。
うっかり熊と出会わないように、腰には熊避けの鈴を下げ、熊が嫌う煙を漂わせておくのも忘れない。
一応警戒はしているけれど、採取していると無防備になりがちだ。だから、対策は重ねて取っておきたい。
ジークと共に、どんどん傾斜を上っていく。
この辺りは伯爵家の私有地で、他の村人は入ってこない。そのため、キノコやベリーが豊富なのだ。
ただ、急斜面が多いので、あまり頻繁にやってこないけれど。
「この辺りは岩がすごいな」
「転げ落ちたら大怪我だね」
斜面には柔らかな草花は生えておらず、岩肌が剥き出しになっている場所もある。そういうところには、近づくなとお祖父さんから口を酸っぱくして言われていたのだ。
「ジーク、大丈夫? この先も坂が続くけれど、きつくない?」
「ああ、平気だ。軍の演習に比べたら、可愛いものだ」
「そ、そっか」
軍時代のジークは、いったいどんな過酷な訓練をしていたのか。想像もつかない。
しかし、そのおかげで彼女はここでの暮らしに適応できるのだろう。
「──ん?」
「ジーク、どうかした?」
「いや、岩のほうで何かが光って見えたのだが」
「光?」
岩の斜面のほうへと近づいてみる。
「リツ、落ちないようにな」
「うん、大丈夫」
この辺は特に風と雪の影響が強い場所だと言われている。
そのため、地表が削られて、このように岩が剥き出しになっているのだ。
冬は絶対に近寄れない。夏の時季だからこそ、こうして散策ができる。
ジークが指差した岩に近づくと、直射日光を受けてキラキラと光るものがあった。
鞄の中から金槌とナイフを取り出し、岩に刃を当てて柄を金槌で叩いてみる。
数回打つと岩の一部が割れて、輝きの正体が明らかとなった。
「こ、これは──」
「アメシストだな」
ジークが綺麗な発音で、紫水晶と言った。
その色は、熟したぶどうのごとく。
なんて美しい紫色なのかと、思わず見入ってしまった。
「リツ、ここは雪や風で山の一部が削れていると言っていたな」
「うん」
「もしや、アメシストが採れる鉱床なのではないか?」
「今、俺も思った」
よくよく見てみると、この辺の岩質は村の精霊石に似ていた。
「精霊石ってここから運んで持ってきた岩かも?」
「確かに、そっくりだ」
「……」
村には大きなアメシストの原石があるってこと?
「もしかして、お祖父さんはここのことを知っていて、あまり近づかないように言っていたのかな」
「その可能性もある」
ということは、ここは宝の山ということになる。
ジークと二人、アメシストの原石を見つめたまま、言葉を失ってしまった。
しばし考え、一つの答えを出す。
「ジーク」
「なんだ?」
「このアメシストは、見なかったことにしてもいい?」
「もちろんだ」
ジークはその場にしゃがみ込み、ナイフで地面を掘る。そして、手に持っていたアメシストの原石を埋めてしまった。
割った岩には、その辺に転がっていた石を積んでアメシストの紫を隠した。
「リツ、これでいいか?」
「ありがとう」
この地でアメシストの採掘事業を行えば、多大な資産が転がりこんでくる可能性がある。
しかし、そうなればこの山を失ってしまうだろう。
壊した自然は、二度と元には戻らない。
それに、失くしてしまうのは草木や花だけではない。
野生動物や、この地に棲む精霊も、二度と戻ってはこないだろう。
それは、とても恐ろしいことである。
レヴォントレット伯爵家の財産は、この広大な自然なのだ。
「俺は、アメシストよりも──」
足元に生えていたキノコを手に取る。
「このキノコのほうが、ずっと価値があると思うんだ」
「私も同じ考えだ」
「ジーク!」
思わず、ジークを抱きしめてしまった。
「嬉しい!」
でも、申し訳なくも思う。
「この先も、贅沢な暮らしはできないけれど」
「そんなことはない。このキノコを、新鮮なまま食べることが、私にとって贅沢なことだ」
「ジーク……ありがとう」
彼女には、ありがとうと何度言っても言い足りない。
同じ価値観のもとで暮らしていける尊さを、改めて実感した。
そして、ジークのことがさらに好きになった。
この気持ちは、明日摘んだ花に込めて贈ろう。
今日のお昼はキノコのバター焼きにしようか。
そんな話をしながら、家路についた。
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夫婦、初めての共同作業編です。カッコイイテオポロンと美人なルルポロンの作画にもご注目ください。
五話より
作画:白樺鹿夜先生
◇◇◇
今回のお話は、北欧貴族の作画を担当してくださっている白樺先生が考えた、精霊石の中身は宝石の原石なのでは? みたいなお話からアイデアを得て書かせていただきました。
お聞きした瞬間、素敵だな~っと思ったのですが、なんと調べてみたら、リアルの北欧の村でもアメシストが採掘されるようで。
白樺先生はご存じだったのか。
光の速さで設定を取り入れました(/・ω・)/




