ジークリンデのひとりごと~暖炉の前の舞踏会~
夜、暖炉の火がパチパチと鳴る部屋で、リツハルドと過ごす。
「ジーク、これ、五年物のあんず酒! さっき発掘したんだ」
リツハルドが作った手製の酒は、驚くほど美味しい。五年物ということは、熟成されてさぞかし味が深まっていることだろう。
「しかし、いいのか?」
「ん、何が?」
「良い酒なのだろう? 何か、特別な日に飲むとかしなくてもいいのかと思って」
「う~ん、じゃあ、今日は五年物のお酒を見つけた記念日! ということで」
リツハルドの提案に、思わず笑ってしまった。
あんず酒は、ククサに注がれる。琥珀色で、とろりとしていた。
リツハルドは砂糖を入れた松葉炭酸で割っている。
「これ、土産屋に卸そうと思って、キツめに作ったんだよね」
村の男達は酒に強いようだ。一方で、リツハルドはすぐに真っ赤になる。
「たぶん、ジークが好きな感じに仕上がっていると思うな」
「楽しみだ」
ククサを掲げ──あんず酒を見つけたリツハルドの手柄に乾杯した。
まずは一口。
あんずの甘い芳香がふわりと漂っていたが、すっきりしていて酸味が強い。ほのかに甘みもあって、上品な味わいがあった。
「これは、いい酒だ」
「よかった!」
リツハルドが二杯目を注いでくれる。
「ジーク、どうしたの?」
「いや、いつも私ばかりごちそうになって、返せるものが何もないなと」
「そんなことないよ。俺、ジークからいろんなものをもらってる」
そうだろうか?
平和で満たされた日々に、辺境の恵みなど、リツハルドはありとあらゆるものを私に捧げてくれる。
「こうして、ジークが一緒にお酒を飲んでくれることだって、涙が出るほど嬉しいんだ。今までは、ずっと一人だったから」
パチンと、木が爆ぜる音が聞こえた。リツハルドは火掻き棒で炭と化した薪を潰しにいく。
私に何ができるのか。物思いにふけっていると、リツハルドがある提案をする。
「だったらさ、ジーク。俺、ジークの祖国での話を聞きたい」
「私の、話か?」
「そう。いつでもいいよ。少女時代とか、成人したばかりの時とか」
「敢えて聞くほど、面白いものでもないが?」
「ううん、すっごく聞きたい!」
期待に応えられるかはわからないが、少しだけ思い出話をすることにした。
◇◇◇
それは、二十代半ばくらいの話だったか。
貴族の社交期真っ盛りとなり、毎日のように晩餐会や舞踏会の招待状が届いていた。
その日は、実家で開催される舞踏会の知らせだった。当時のヴァッティン家は、兄達の花嫁探しをするために、積極的に夜会を開いていたのだ。
添えられた父親からの手紙には、絶対参加と書かれていていた。週末は休日であったが、気が乗らない。その頃の私は、まったく結婚願望がなかったのだ。
ため息交じりで招待状を眺めていたら、エメリヒが夜会に行きたいと言い出したのだ。
別に、貴族女性と知り合いたいわけではない。夜会というものの雰囲気を知りたいのだと。
一般家庭で育った彼にとって、夜会は未知の世界だったようだ。
どうしても行きたいと頼み込まれ、私はエメリヒを伴って実家に帰ることになった。
私の帰りを一番喜んだのは、従姉妹だった。彼女らに捕まってしまい、夜会前までお喋りに付き合うことになる。
行きたいと熱望していたエメリヒは、借りてきた猫のようになっていた。
なぜかと言ったら、従姉妹に睨まれていたから。
私が男を連れてきたので、恋人関係にあるのかと警戒していたようだ。
そうこうしているうちに、夜会が始まる。未婚の兄達は、気合を入れてめかし込んでいた。
私は軍の正装を纏って参加する。
一方で、エメリヒは正装を持ってきていなかった。通常の、緑色の軍服しか持ってきていなかったのだ。
正装の私と、平服のエメリヒ。並ぶと、上官と下官にしか見えなかった。
まあ実際、私のほうが階級は上だったわけだが。
夜会会場へと向かうと、視線を浴びてしまう。
軍服で参加していたのは私達だけだったので、目立ってしまったようだ。
酒でも飲みながら時間を潰そうとしていたら、思いがけない事態となる。
貴族令嬢の付添人がやって来て、令嬢とダンスを踊ってほしいと頼まれたのだ。
もしや、男と勘違いをされてしまったのか。
やんわり弁解するも、なんと、その令嬢は私を女と知っていて声をかけたらしい。
軍での噂を聞き、私に会えるかもしれないからと、我が家の夜会にわざわざやって来たようだ。
そこまで言われたら、一曲踊らなければならない。
ダンスは従姉妹の練習相手を務めていたので、男性パートは踊れるのだ。
やってきた令嬢は、社交界デビューしたばかりの、あどけない少女だった。
なんとか一曲終えたあと、さらなる付添人に囲まれる。次から次へと、ダンスを申し込まれてしまったのだ。
結局、その日は何人と踊ったか覚えていない。
くたくたになった上に、兄達に「なんでお前が一番モテているんだ!」と怒られてしまった。
以降、私はヴァッティン家の夜会は出入り禁止となっている。
◇◇◇
「──という、話だが」
「ジークってば、どこに行ってもモテモテだったんだね」
「モテるのは同性ばかりで、異性にモテたことは皆無だがな」
「そのおかげで、俺はジークと結婚できたんだけどね」
リツハルドは私のつまらない話でも、満足してくれたようだ。
ホッと安堵しつつ、あんず酒を飲む。
「そうだ。俺、ジークと踊ったことない!」
「リツも踊れるのか?」
「お祖父さん仕込みだよ」
リツハルドは私の目の前に片膝をつくと、手を差し伸べてきた。
「私と踊ってくれませんか?」
「リツ、残念ながら、私は女性のパートは踊れないんだ」
「大丈夫! 教えてあげるからさ」
そう言って、リツハルドは私の両手を引いて立ち上がらせる。
腰を抱き寄せ、体を密着させ、あっという間にホールドの状態となった。
「難しく考えなくてもいいから」
リツハルドの鼻歌で、ダンスが始まる。
男性パートしか踊ったことがないので、何度かリツハルドの足を踏んでしまった。
そのたびに、大丈夫と言っていたが……。
くるくると回っているうちに、だんだんステップを覚えてきた。
女性パートの動きを理解したら、より一層楽しくなる。
最後に、リツハルドが私の体をくるりと回し、腰を抱き寄せてくれた。
「ジーク、上手いよ! 驚いたな」
「そう、だったか?」
「うん!」
ダンスがこんなに愉快なものだとは、知らなかった。
リツハルドのおかげで、思いがけず楽しめた。
しかし、また私はリツハルドに借りができてしまった。
また、何か話をして返さなければならない。
今度は、どんな話をしようか。
ネタを探しておこうと思った。
本日、無料漫画サイトコミックPASH!様で漫画版『北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし』の四話が公開されました。こちらも、軍人時代のジークのエピソードです。
どうぞよろしくお願いいたします。




