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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
一章『北欧貴族と猛禽妻の雪国仮暮らし』

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第十四話 狩り暮らしは今日も続く

 ジークが嫁いで来て一ヶ月が経った。

 仮夫婦の新婚生活は甘いものではなかったが、それでも毎日会話を交わせる相手が居るのは嬉しいし、彼女と一緒に過ごすのはとても楽しい。


 そんな生活の中、ジークは慣れない環境の中でも、努力をしているのを知っている。

 この国の言葉を勉強し、村に出かけて交流を図ろうとしたり、狩猟の技術を学んだりと、忙しい日々に追われているようだ。


 苦労をさせて申し訳ないと思いつつも、彼女のひたすらに頑張る姿は美しいと、そんな風に思いながら見守っていた。


 日常の一部となっている狩りも極夜に備えて時間を多めに取って行っている。

 狩猟初心者ではあったが、ジークは元軍人とあって、狙撃の腕は一流。狙いを定めてから発射するまでの見極める時間や、弾丸の装填などもかなり早くて驚くばかりであった。


 そして、今日も狩りへと出かける。

 雪深い森の中で獲物を探したり、銃の射程距離まで追い詰めたりするのは猟犬の仕事だ。


 猟犬は狩ったばかりの動物の耳をその場で与えて匂いを覚えさせることをしながら育てるのだ。古くから村に伝わる育成法である。


 そんな猟犬を森に放ち、テンテンと続く足跡を追いながら進んで行く。


 途中、細長く、薄茶色い毛並みを持ち、顔だけ白いという小さな獣が自分達の前に出くわす。


「リツ、あれは?」

「クロテン」


 クロテンの毛皮は高級品として貴族のご婦人方に愛されたが、乱獲のお陰で数が減少してしまい、今は国で毛皮の流通が禁じられている。


 狩猟民族でありながら、貴族が統治するこの村でもその法律が言い渡されたが、元々テンは食用にも毛皮用にもしない生き物だった。理由は獣臭さが酷いからである。匂いを取る技術もあるにはあったが、帽子の一つを作るのにテンの小さな体から取れる毛皮を何匹分も使うので、加工が面倒だという事情もあった。


 こちらと目が合ったクロテンは少しだけ飛び上がり、その場から逃げていく。


 そんな可愛らしい獣に手を振りながら別れ、先を進んだ。


「あ、駄目だ、ここ」

「?」


 森を歩いていると、あるものを発見してしまう。

 目の前の木の樹皮が鋭利な爪で裂かれ、歯で内皮を軽く噛み砕いたかのような痕跡があったのだ。


 犬笛を鳴らして先導させていた犬を戻す。


「なんだ、それは?」

「熊が爪で剥いだ痕。ここは熊の行動範囲みたいだ」

「!」


 ジークに木の痕跡を覚えておくように言ってから、犬が戻って来たのを確認すると、早足でその場を後にする。


 熊は森の中で一番危険な生き物だった。

 村でも襲われて絶命した人も多い。三世紀前の村で起こった害獣被害は熊によるものだった。

 人の味を覚えた熊が村を襲い、何十名という被害者を出したという悲惨な事件である。


 今から五年前であったか。テオポロンとの狩りで熊に遭遇をしたのは。

 テオポロンは自らの野生の勘(?)で獲物を探す。その当時、それが面白くて何度も彼の狩りに同行をしていた。


 風の匂いを嗅ぐようにしながら森を歩くテオポロンの後に続いていると、必ず獣に出会う。野兎に鹿、猪に狐。テオポロンは銃器を使わずに、果敢にも槍一本という、心細い武器だけで獣に立ち向かうという狩りを行っていた。


 それも見ていて良い勉強になると、かつての怖いもの知らずだった自分は思っていた。


 しかしながら、最後に出会ったのは最低最悪の森の白熊さんだった。


 熊はこちらに気がついた途端に襲い掛かって来る。咄嗟に銃を構えたが、テオポロンの突然の雄叫びを聞いて撃つ時機を逃してしまう。


 当然熊は大声を上げたテオポロンに襲い掛かって来る。


 熊はテオポロンに跳びかかって一気に押し倒した。


 体の大きな彼よりもずっと大きな熊だった。すぐにもう駄目だと思った。


 テオポロンを押し倒した熊を殺す為に銃を構えれば、白い巨体を持つ獣は組み敷いていた男の手によって投げ飛ばされる。胸にはしっかりと槍が刺さっており、倒れた熊に跨ってその槍を深く突き刺していた。


 押し倒されたのはわざとだと気付いたのは、熊が息絶えた後のこと。

 これはいくら目の当たりにしても自分には出来ない狩り方だと思ったのと同時に、言葉が通じない相手の狩りに同行をするのは止めようと決心した瞬間でもあった。


「熊は本当に危ないから」


 ジークにもしっかりと熊の行動範囲の特徴を伝える。

 樹皮を剥がした木や、肉食獣の排泄物の特徴である毛の含まれた糞について、雪面にある足跡を気にしたり、木の枝を折った大きな鳥の巣穴のようなものは熊棚と言って、熊が木の実を食べた後に出来るものなのだと説明する。


「美味しいんだけどねえ、熊」

「……とても美味しそうには見えないが」

「売っていたら買っちゃう程の美味しさ。誰も狩らないから売っていないけどね」


 そう。熊は大変美味である。

 体のほとんどは脂肪であるが、丁寧に臭みを消してからじっくりと煮込めば舌の上でトロける極上の肉なのだ。内臓は漢方薬の材料として高値で取引され、手の平までもが珍味として食べられているという。


 途中の木にナイフで十字印を入れる。

 これはこの先は熊の行動範囲であるということを他の人に知らせるためのものだ。


 家族以外に積極的に関わらないようにしている村人達ではあるが、このように狩り場では情報の共有を行い警戒するようにと伝える習慣がある。

 熊は十字、山猫は三角、狼は星形、クズリは四角とナイフで切りつける形も決まっているのだ。


 そんな話をしながらの帰宅となる。


 帰宅後は解体などの作業を数時間行い、その後に風呂に入る。風呂場は一箇所しかないのでいつも先にジークが入るように勧めている。我が家は全て女性優先と決まっていた。


 夕食の後はたいてい遊戯盤をして遊んでもらっている。

 本日は白と黒のます目模様の盤に、女王・王・僧正・騎士・城を模った駒を使って遊ぶものだ。これは戦略と戦術が重要になり、頭を悩ますものでついつい夢中になってしまう。


 本日も自分の領地は蹂躙され、王手詰めの宣告に遭ってしまった。


「あーあ」

「もう一度するか?」

「いや、また明日。敗因を分析するから」


 そう言いながら盤上の駒の位置を記憶しつつ、広げていたものを箱の中へと収納する。


 そして、机の端に置いてあったジークとの交換日記を開いた。本日も中に書かれてあることは「異常なし」である。

 軍人の報告書ではないのだからと言えば、聞きたいことがあれば直接聞くので、特別書き込むこともないと言われてしまう。


 本人は目の前にいるが、日記にペンを滑らせた。


 好きな色は何ですか? と書き込む。


 こうなればこちらから何か書かせるように仕向けるしかない。そう思って日記帳に質問を綴った。


「別に好きな色などを意識したことは無いな」

「今ここで答えたら意味ないじゃん! あと考えて、もっと!」

「そういう情報を把握してどうするのだ?」

「ジークの事を知って仲良くなりたいから」

「……」


 反応が無いのでジークの顔を思わず見てしまうが、残念ながら無表情であった。


 彼女は自分の奥さんなのに謎は多い。あまり口数も多くないし、感情もほとんど顔に出ないのだ。

 何が嫌で何が好きなのか、じっくり観察しても分からないという隙の無さ。それがジークリンデという仮の奥さんなのだ。


「本当、勝手な話なんだけどさ、ジークが来てから毎日が楽しくて仕方がないんだ。だから、ずっとここに居て欲しいし、二年目も可能ならば契約更新をして欲しい」


 でも二年目は仮契約ではなくて、本契約をしたいのだ。


「でもまあ、こんな環境だから、無理には引き止めないけどね」


 ここでジークを追い詰めたら気の毒なので、一応強がりで言ってみる。この先また一人になると事を想像すれば、ジクリと胸が痛むような不思議な感覚を覚えたが、顔に出さないように努めた。


 ジークはペンと交換日記を掴んで手元に寄せ、何かを熱心に書き始める。それはすぐに自分の目の前に差し出された。


 交換日記にはこう書かれてある。


 ――好きな色は今度探してみる。それと、ここでの生活は、とても刺激的で至極愉快だ、と。


 書かれてあった文章を読み、こわばりかけていた表情も緩んでしまう。


「これって、悪くないってこと?」

「交換日記の内容を答えたら意味が無いのだろう?」

「!」


 そんな風に言いながらジークは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 いきなりの不意打ちで見せられた微笑みに、うっかり心を鷲掴みされてしまった。


 このようにして自分達の仮暮らしは続いていく。


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