冬支度と鹿肉料理
長い長い冬を乗り越えるためには、多くの保存食を作る必要がある。
そのため、狩猟解禁となった秋は大変な忙しさとなるのだ。
ジークにとっては二回目の辺境の冬だけど、秋は初めてだ。
「そんなわけで、けっこう忙しくなるけれど」
「了解した」
ジークはキリリとした表情で、そんなことを言ってくる。
あ~、今日もジークがカッコイイ。
「どうした?」
「なんでもない」
ジークが素敵すぎてくらくらしていました! なんて言えるわけもなく。
「それで、私は何をすればいい?」
「この前の鹿の毛皮を売りに行って、ちょっと買い物もしてきてほしいな」
「わかった」
ここで、ジークと別れる。
本日は先日狩った鹿肉で干し肉を作る。
とは言っても、今日は下ごしらえだけだ。
まず、鹿肉を薄切りにして、薬草と塩、コショウをたっぷり入れて揉み込む。
これを二週間置いて味をしっかり染み込ませる。一日一回揉み込むのを忘れずに。
二週間後、肉を半月ほど乾燥させたら干し肉の完成となる。肉の旨みがぎゅっと濃縮されていて、とても美味しい。
干し肉は最高のつまみになる。その上、スープの具材にできることはもちろんのこと、リゾットや麺料理にも合う。
長い冬に欠かせない保存食だ。
一昨年だったか。
良質の鹿肉が手に入り、かつ、味付けと干し方がよかったのか、絶品の干し肉が完成した。
でも、分かち合える相手がいなくて、一人で寂しく食べた切ない記憶が甦る。
今はジークがいる。
なんて幸せなことなのかと、しみじみしてしまった。
続いて、乾燥キノコを作る。これは、作るというのは大袈裟と言ってもいいくらい簡単だ。
分厚いキノコは薄切りにして、日陰で乾燥させるだけ。天日干しにすると、風味が飛ぶ上に変色して美味しそうに見えなくなる。
焦らずじっくり時間をかけるのがポイントだ。
干しキノコに適さない種類は塩漬けにする。これも、スープの素晴らしい出汁と具材になるのだ。
戻ってきたジークに、ミルポロンと裏にある森に薪を取りに行くように頼んだ。
その間に、昼食を作る。
肉を保存する保冷庫から取り出したのは、昨晩仕込んでおいた鹿肉の塊。
切り込みを入れた鹿肉に塩コショウで下味をつけ、そのあとおろしニンニクに蒸留酒、オレガノ、バジル、ローズマリーなどの薬草を混ぜたものに漬け込んでいた。
この一晩じっくり味を染み込ませた鹿肉を、居間にある暖炉の火の熱でじっくりと炙る。
吊るした肉からは液汁が滴るので、これが出なくなるまで加熱するのだ。
匂いがこもるので、窓は全開にする。北風が吹き込んで寒いけれど、我慢だ。
肉が焼ける匂いは空腹時にはたまらない。
焦げるのを阻止するために火の調節をしなければならないので、この場を離れるわけにはいかない。
そのため、この場で帳簿付けをする。
二時間後、ジークが帰ってきた。
「ただいま戻った」
「お帰りなさい、ジークリンデ」
森は寒かったのか。頬や耳が赤くなっている。早く、暖炉の部屋へ連れて行かなければ。
手を引いて、まっすぐ居間に向かう。
振り返ると、ジークは顔をさらに赤くしていた。
視線は握った手にあったので、照れているのだろう。
なんという可愛らしさ。紅潮した頬にキスをしたい。
ダメもとでお願いしてみようかと思ったけれど、先にジークに話かけられてしまった。
「なんか、良い匂いがするな」
「あ、そう。これ、作ったの」
昨晩から用意していた、最高傑作かもしれない鹿肉料理!
「暖炉で作った燻製鹿だよ」
「うまそうだ」
そうだ。ほっぺにキスなんかしている場合ではない。ジークはたくさん働いて、お腹が空いているのだ。
昼食の用意はできている。
まずは、燻製鹿を薄く切り分ける。きちんと熟成させていたので、肉質も柔らかい。
切った鹿肉はパンの上に載せる。
これで終わりではない。
串に刺したチーズを暖炉で軽く炙り、それを上から乗せる。
「鹿肉パンの完成!」
一個目はジークに進呈する。
「ありがとう」
「熱いうちに召し上がれ~」
「ああ」
ジークはガブリと、鹿肉パンを頬張る。
相変わらず、良い食べっぷりだ。
「ジーク、どう?」
「美味しい! 鹿肉のほどよくスモークされていて、とても柔らかく、肉の旨みがリツの味付けによってさらなる深みが出ている。これがまた、チーズとパンとの相性が抜群で、最高に美味い」
「よかった~」
ジークが食べ終えるまでじっと見つめていたら、今度はジークが俺の分のチーズを炙ってパンに載せてくれた。
「ジーク、ありがとう」
大口を開けてかぶりつく。
パンからチーズが伸び、肉汁がじゅわっと溢れた。
ジークの言う通り、鹿肉のスモークは絶品だった。
今まで作った中で、最高の出来だろう。
ただそれは、ジークと一緒に食べるということが、隠し味になっているに違いないと思った。
彼女が一緒ならば、どんな料理でも途端にご馳走になってしまうのだ。
それを今日、実感してしまった。
本日、無料漫画サイトコミックPASH様(http://comicpash.jp/)にて、北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし第二話が更新される予定です。
二話もジークが大変なイケメンです。読んでいただけたら、嬉しく思います。