表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
最終章 『自然と暮らす民の物語』
136/158

最終話 北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし

 今年の夏、心待ちにしていたイベントを開催する。

 それは、アルノーの誕生日!

 もうすぐ一歳になろうとしている息子は毎日すくすくと育ち、歩けるようになったり、喋れるようになったりと、その成長は片時も見逃せない。


 そんな喜びに満ちた暮らしの中で、驚きの手紙が届く。

 アルノーの誕生日に合わせて、父が帰って来るらしい。

 ちょっと前に戻って来たような覚えがあったが、一度帰って来たら里心(?)が刺激されたのか。よく分からない。

 父との同居について若干の不安を覚えるが、こちらから歩み寄るしかないだろう。

 ジークと一緒に頑張ろうと、励まし合っている。


 ここ最近はいつもの生活に戻りつつある。

 『紅蓮の鷲亭』はアイナとエメリヒを中心に、母やジークが手伝っている。近々、従業員を増やす予定だ。


 養蜂はぼちぼちといったところ。まだ、販売出来るほどの量ではない。

 まあ、これは地道に頑張ろうと思っている。


 今日は久々にジークと森の中でベリーを採りに行った。アルノーは家で昨日帰って来たばかりの父が面倒を見ている。若干の不安を覚えるものの、母も家に居るので大丈夫かと思うことにしていた。


 ジークにとっては久々のベリー狩りであり、二回目の辺境の夏だった。

 今日はアルノーの誕生会をするので、張り切ってケーキ用のベリー摘みをしなければならない。


 深い緑の中に、鮮やかなベリーが至る場所に実っていた。

 ジークとお喋りしながら、一つ一つ丁寧に摘んでいく。

 空腹を覚えて時計を見れば、昼食の時間となっていた。


「ジーク、お弁当を食べよう」

「もうそんな時間か」

「そうみたい」


 母とジークが準備してくれたお弁当を食べるために、開けた場所まで移動する。


「そういえば、一昨年見た白い花が咲いている場所はこの近くだったか?」

「あ、そうそう。行ってみる?」


 夏に咲く可憐な花、『森の星』。

 結婚一年目にジークと見に行った花で、覚えてくれていたようだ。


 草木をかき分け、森の星が咲いた花畑に到着した。


「おお、満開!」

「見事なものだ」


 見渡す限りの可憐な白い花が咲き乱れている。今まで見た中で一番綺麗に咲いていた。

 草むらに座り、花を眺めながら昼食を摂ることにする。


 お弁当の中身はハムサンドとベリージュース。


「――うん、美味しい」


 ハムはジークと二人で作ったもの。

 作り方は簡単。香草に胡椒、塩などをまぶし、肉に揉み込んでいく。それを清潔な布に包んで左右をキャンディみたいに絞る。その上から紐でぐるぐると縛って、氷室で保管。

 一週間後、そのままの状態で二時間ほど煮込む。

 茹った豚肉は布を取って水を切り、燻製させたら完成。

 これはお義父さんから習ったもので、驚くほど美味しい。

 生ハムはちょっと手間がかかるので作っていないが、いつか暇が出来たら挑戦したい。

 あの時食べた、三年物の生ハムの味が忘れられないのだ。


 お弁当を食べ終わったあとも、ジークと一緒に花を眺める。


「この花、母さんも好きなんだ」

「そうなのか。だったら、苗にして持って帰るか?」

「いいかも」


 立ち上がってジークに手を差し出し、握って引き上げる。


「――うわ!」

「!?」


 足を引いた先が窪んでいて、ジークを引き上げたのと同時に後ろに倒れ込んでしまった。

 最悪なことに彼女も巻きこんで。

 とっさにジークの体を抱き締め、衝撃がいかないようにした。

 花畑がクッション代わりになって、そこまで痛くなかった。


「ジーク、ごめん、大丈夫!?」

「ああ……」


 申し訳なさ過ぎて、花畑に倒れ込んだまま硬直してしまう。

 起き上がろうとすれば、ジークの異変に気付いた。

 どうしてか、肩を震わせている。


「ジ、ジーク?」


 どこか怪我をしたのではと思ったが、笑っているだけだった。

 何が面白かったのかと聞けば、二人揃って転んでしまったのが笑いの壺に入ってしまったらしい。


「す、すまない、今、退く」

「待って、しばらくこのままで」


 夏の草花に囲まれ、腕の中にはジークが居る。なんて素敵な状況なのか。

 そう思って、咄嗟に引き止めてしまった。


「重たくないのか?」

「全く」

「だったらいいが」


 しばらく黙ったまま、森の空気や花の香り、鳥のさえずりなどを楽しむ。

 もちろん、ジークの抱き心地もしっかりと堪能していた。


「ここに初めて来た時――」

「うん」

「リツが地面に寝転んでいただろう?」

「そうだったっけ?」

「そうだった」


 ジークはどうして森の中で寝転がっていたのか、疑問に思っていたらしい。


「今、理由が分かった。こうしていると、森の素晴らしさの全てが分かる気がする」

「あ、そうだ。そうかも!」


 こうして草花の地面に転がっていれば、森の全てを感じることが出来る。

 今まで無意識のうちに夏の森を謳歌していたようだ。


 ジークと二人、緑豊かな自然を十分に楽しんでから、森の星を根から採って持ち帰ることにした。


 ◇◇◇


 村を囲う城塞に入り、窓口で軍人に挨拶をする。


「お帰りなさいませ、領主殿」

「ただいま帰りました」


 交代でアールトネン隊長が番をしていた。


「今日は坊っちゃんの誕生日ですよね」

「はい」

「良かった。これ、城塞の皆で用意したもので」

「うわあ、ありがとうございます!」


 なんと驚いたことに、城塞の軍人達がアルノーの誕生日の贈り物を準備してくれていた。

 中身は絵本らしい。ジークと一緒にお礼を言うことになった。


「領主殿、これから、忙しくなりますね」

「ええ、頑張りましょう」


 アールトネン隊長に手を差し出せば、しっかりと握り返してくれた。


 アルノーの贈り物を小脇に抱え、家路に就く。

 相変わらず、村の奥様方は忙しそうにしている。

 途中、土産屋に寄ることにした。土産屋のおかみさんに声をかける。


「いらっしゃい……って、領主様じゃないかい」

「こんにちは」


 二人並んでいる姿を見て、「いつも仲良しだね」と言われる。「おかげさまで」と言葉を返す時、思わずにやけてしまった。


 頬を緩ませていたら、木彫り熊の進捗状況を聞かれる。

 一気に現実に引き戻されてしまった。


「み、三日以内には」

「頼んだよ」

「はい」


 土産屋ではケーキ作りの材料を買って帰る。

 隣の『紅蓮の鷲亭』は本日定休日。

 外から覗き込めばアイナとエメリヒが居たので、中に入る。


「あのこれも、美味しい、すごく」

「だから、そうじゃなくって――あ、領主様」


 机の上に並ぶのは大量のお菓子。どうやら二人で試食会をしていたようだ。

 アイナはちょうどいいところに来たと言う。


「この人、何を食べても美味しいしか言わないの! 試食の意味がないわ!」

「で、でも、アイナちゃんの料理は全部美味しいし」

「だから、それじゃ参考にならないじゃない!」


 エメリヒにとって、アイナの料理の全ては至高のものらしい。

 二人のやりとりを見て、微笑ましい気持ちになる。


「だから、領主様も試食を――って今日はアルノーの誕生日だっけ」

「そうなんだ」

「そう。だったら、隣のおかみさんに頼むわ」

「ごめんね」

「いえ、大丈夫」


 アイナとエメリヒはお祝いの言葉を贈ってくれた。後日、お祝いのお菓子も用意してくれるらしい。


 寄り道をしながらも、帰宅する。庭先は誕生会の準備が整いつつあった。


 敷物が敷かれ、人数分のクッションが置かれている。

 今日はランゴ家とルカを招待していた。


「今帰ったのか?」

「あ、ルカ」


 ルカとミルポロンが、大きな皿に載っている魚を持って来ていた。


「うわ、すごいね魚。これどうしたの?」


 大きな魚について聞けば、ミルポロンが嬉しそうに説明をしてくれる。


「トウサンと、ルカ、ツッタ」

「釣ったつーか、力づくで捕まえたと言うか」


 ルカはテオポロンと釣りに行ったらしい。いつの間に仲良くなったのか。

 いやはや、家族ぐるみのお付き合いが出来るなんて、ルカってばいい子だなと思った。


「リツ、そろそろケーキを作ろう」

「あ、そうだね!」


 誕生会の開始時刻が迫っていた。

 屋敷の裏の簡易台所で、ジークと二人でケーキ作りを開始する。

 まずは、鶏小屋で卵を頂いた。


 ジークが材料を量っている間に卵白を泡立てる。

 ふわふわなケーキはしっかりと泡立てることが大事なのだ。


 アルノーのためのケーキなので、砂糖は控えめ。その代り、甘いベリーをたくさん入れる。 

 小麦粉や溶かしバターなどを入れてさっくりと混ぜ合わせ、型に入れて焼く。

 ケーキはおいしそうに焼けた。


 誕生会の会場に戻れば、敷物の上は料理で満たされていた。

 ルルポロンは随分と腕を揮ってくれたらしい。ごちそうが並んでいる。


「リッちゃん、ケーキ、焼けた?」

「うん、バッチリ!」


 中心に置くように指示される。

 アルノーは大好きな熊おじさんテオポロンの膝に座り、満足げな顔で居る。


 準備は整った。

 皆、席に座り、ルルポロンより飲み物が配られる。


 まずは集まってくれたみんなに、挨拶をすることにした。


「え~本日はお日柄も良く、息子、アルノーの一歳の誕生日に集まって頂き、まことにありがとうございました」


 夏のこの期間は白夜なので、陽は暮れない。

 時間を気にせずに楽しんでくれと伝えた。


 乾杯の音頭を取り、ベリージュースが入ったククサを掲げる。

 採れたてのベリーを使ったジュースは甘酸っぱくて、美味しかった。


 本日の主役であるアルノーはお腹が空いていたのか、どんどんもぐもぐとごちそうを食べている。

 ルルポロンはアルノーが食べるのを、笑顔で手伝っていた。

 テオポロンの膝に食べ物がこぼれていたけれど、一切気にしていない様子だった。珍しく頬を緩ませながら、膝の上のアルノーを眺めていた。

 ミルポロンはルカにチーズを食べさせようとしていたけれど、顔を真っ赤にさせて拒否していた。まあ、そういうの、恥ずかしい年頃だよね。

 母さんは料理を取り分けてくれている。ジークも手伝っていた。

 父さんはこんな時でも何かを熱心に書き移している。

 途中、母さんに食事をするようにと怒られていた。


 しばらく経てば、アルノーを迎えに行った。

 テオポロンとルルポロンにお礼を言って、息子と手を繋いで歩いて行く。


 アルノーはよちよちと歩けるようになった。その姿の可愛いことといったら!

 席に戻り、膝に座らせる。

 そろそろケーキが冷えたころだろうと思い、小さく千切って与えてみた。


「まい!」

「そっかあ、美味しいかあ」


 お父さんとお母さん、二人で作ったんだよ~と言えば、にっこりと笑ってくれる可愛すぎるアルノー。

 ふわふわケーキは気に入ってくれたようで、一切れをあっという間に食べきっていた。

 お腹いっぱいになったからか、うとうととし始める。

 その様子は、どれだけ見ていても飽きない。


「リツ、どうした?」

「ん?」


 どうやらアルノーの様子を眺めながら、感激をしていたらしい。

 目頭が熱くなっていることに、今更気付く。


「ジーク」

「なんだ?」

「あとで、みんなにも言うけどさ」


 伝えたいのは感謝の気持ち。それから、引き続きお世話になりますという言葉。


「これからも、よろしくね。俺の奥さん」


 そう言えば、ジークも言葉を返してくれる。


「ふつつかものですが、これからもよろしくお願いいたします。……私の旦那様」


 互いに顔を見合わせ、微笑み合う。


 今日は白夜で太陽は沈まないし、森の恵みたっぷりの料理も美味しい。腕の中にはアルノーが居て、隣にはジークが居る。


 なんて素敵な誕生日なのかと思った。


 ジークと結婚をして三年目。

 周囲の状況は激変した。

 忙しい日々は続いているけれど、家族が居れば頑張れる。

 そんな気がしてならない。


 ――狩って、採って、食べる。ただそれだけの、でも愛しき日々。


 自分達の暮らしは、これからも、続く。



 北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし めでたし めでたし


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ