肉の日!
肉が美味しい時期と言えば冬だ。実りの秋にたくさんの肉を付け、寒さに備えて脂肪も甘くなる。肉も引き締まっていて美味しい。
逆に、夏の肉は動物もバテていて、それに伴って肉質も悪くなると言われていた。
まあ、夏季は禁猟期間であるので、野生の獣肉は手に入らないけれど。
狩猟で肉を獲られない代わりに、川や湖で獲れた魚が食生活の中心となる。
『紅蓮の鷲亭』で出す料理も、季節によって品目を変えていた。
肉団子のパスタは秋になるまで販売停止にして、今は燻製肉とトマトのパスタを出している。魚料理は酒蒸しや揚げ物、煮込みスープなど、母とアイナが考えた様々な品を日々提供していた。
夏にも、なんとなく肉が恋しくなる日がある。
どうしても肉を食べたい時は自分のトナカイを解体するか、商人から家畜肉を買い取ったりする。
ジークが来てくれた年はトナカイを一頭捌いたけれど、今年は温存したい。
村にやって来る商人は鶏一羽とか、豚一頭とか、丸まま買わせようとしてくるのだ。
せっかく食べるのであれば、いろいろな肉を食べたい。
なので、手っ取り早く港の市場に行くことに決めた。
「という訳でジーク、港にお肉を買いに行こう!」
ジークの両手を握ってお誘いする。
「あ、もちろんアルノーと母さんと、みんなでね」
「リツ、あ、あの――」
ジークが困った顔をしていた。急過ぎたかなと、勝手な決定を反省していたが……。
「リッちゃん、リンデちゃんと二人で行っておいで」
「!?」
突然の背後からの声に、びっくりして振り返る。
すぐ後ろに、アルノーを抱いた母が居たのだ。全く気付かなかった。
家族で居る時はジークの手を握ったりとかしないので、非常に恥ずかしい。
ジークには母が見えていたのだ。だから、あんな困った顔を……。
母は止めを刺すような一言を言ってくれる。
「お父さんと、お母さんは、仲良しねえ」
――母さん、恥ずかしいからやめて!! アルノーに言わないで!!
顔が熱い。完全に油断をしていた。
「お母さんとアルノーちゃんはお留守番をしているから、二人で一緒に行っておいで」
今日は日差しが強いので、アルノーもきついだろうと母は言う。
「あ、そっか、言われてみたらそうだね。ジークはどうする?」
「アルノーを残して行くわけには……」
子守は任せてくれと、母はジークに言ってくれる。
「リンデちゃん、たまには甘えてくれると嬉しいなあ」
「え、ええ……でしたら」
「決まりだね! ジーク、一緒に行こう」
母は食事でもして、ゆっくり過ごしてくればいいと言ってくれる。
早速、身支度を整えて港町に向かうことにした。
玄関先で母とアルノーが見送りをしてくれる。
「アルノー、何か欲しい物はあるかな?」
「くま!」
「あ、うん、あったらね」
アルノーの熊熱は止まることを知らない。
母が熊の絵本を読もうと言ってくれた。
数日前に、祖父から熊の絵本が大量に届いていたのだ。
「じゃあ母さん、アルノー、行って来るね」
「はあい、行ってらっしゃい」
「しゃい!」
母に抱っこされたアルノーも手を振ってくれる。
こちらもジークと二人で手を振りながら、出掛けることになった。
◇◇◇
港に向かう馬車の中はジークと二人きりだった。
「なんか、『腸詰めと麦芽酒』祭りを思い出すね~」
「そうだな」
今日のジークも女性用の民族衣装を着てくれている。
いやあ、眼福眼福。結構な目の保養です。まあ、普段のジークもすっごい綺麗だけどね!
「来月はアルノーの誕生日だから、何か良い贈り物があればいいけれど」
「そうだな」
アルノーが生まれてからの一年はあっという間だった。
すくすく元気に育って行く子供を見守る毎日はとても楽しい。
「ああ、幸せだな~」
ジークの肩に寄りかかりながら、しみじみ呟いてしまった。
彼女は微笑み顔を向けながら、頭を撫でてくれた。
港に到着すれば、軽く市場を見て回る。
野菜に果物、パンにお菓子、お花などなど。帽子や衣類など、食べ物以外の店も多く出店していた。
「あ、熊発見!」
オモチャを扱うお店に、熊のぬいぐるみを売っている店があった。
「ジーク、どう思う?」
「いいな」
大き過ぎず、小さ過ぎず、ちょうどいい。目がくりっとしていて、可愛い熊だった。
職人が作った一点ものらしい。輸入費もあるのでそこそこのお値段がしたが、気に入ったのでアルノーへの贈り物として購入することにした。
ぬいぐるみは屋台の焼き物の匂いが付かないように、革袋の中に入れて背負った。
雑貨系のお店を抜け、瓶詰を売る商店の先を歩けば、食べ物を売る屋台が並ぶ所に行きつく。
今回の目的である、肉を焼く匂いが漂ってきた。
朝食はしっかり食べて来たのに、市場で動き回ったからか、すでに空腹を訴えていた。
「どうしよう。食事はレストランがいいかな?」
「どちらでもいいが」
「だったら、ジークの顔を見ながら食事をしたいから、レストランにしよう」
ジークの手を引いて、以前母と行った船上レストランに行くことにした。
まだお昼前だからか、店内は空いていた。窓の外に大海が広がる席を案内してもらった。
「綺麗だねえ~」
窓の外を眺めるジークが。今日はこんなことばかり考えている。だって、二人っきりだし。
「リツ、決まったか?」
ジークばかり見ていました、なんて言えずに、慌てて料理を選ぶ。
「たまには牛肉を食べてみようかな」
「そうだな」
ジークの国はどちらかと言えば豚肉料理が多い。ヴァッティン家に滞在をしていた時でも、牛肉は週に一回出てくるか、こないかだった。
なんとなくがっつり肉の塊を食べたい気分なので、焼いただけの肉を選んだ。
ジークは牛ほほ肉のワイン煮込みを注文。自分は厚切り肉の炭火焼を注文した。
アルノーの誕生日会の計画を話し合っているうちに、料理が運ばれてくる。
肉の焼ける匂いが食欲を刺激してくれる。
精霊に祈りを捧げ、さっそく戴くことにした。
分厚く切られた牛肉にナイフを入れる。
家畜として育てられた牛肉は驚くほど柔らかい。力を入れなくても、すっと肉が切り分けられる。肉汁もじわっと滲み出てきた。
一口大に切って、柑橘系のソースに絡めて食べる。
「おお、あっさり」
ベリー系のソースとは違うさっぱりあっさりな味わいだ。夏のバテている時にでも食べられそうな。肉汁との相性も良い。
それにしても、牛肉はまったく癖がないし、柔らかくって美味しい。
「ジークのはどう?」
「ああ、ワイン煮込みの中では一番美味しいような気がする」
「そっか」
ジークは肉を匙で掬い、こちらに差し出してくれた。
これはもしかして、あ~んをしてくれているのだろうか!?
「い、いいの?」
「ああ」
お言葉に甘えて、ジークの分けてくれたワイン煮込みを戴く。
「あ、美味しい!」
ジークが食べさせてくれたので、余計に美味しく思えた。
「じゃあ、お返しに俺も――」
切り分けていたら、隣の席に漁師のおじさんたちがやって来た。
周囲の目があると恥ずかしいので、切った肉は小皿に置いて分けることにした。
食事を終えれば、市場に肉を選びに行く。
「肉、どうしようかな?」
「色々な種類を少しずつ買って帰るか」
「そうだね。でも、牛だけでたくさん部位がある。どれがいいものか……」
「牛は先ほどのほほ肉にするか?」
「それがいいかも」
数少ない肉屋で牛ほほ肉と鶏もも肉、豚の肩肉を購入する。
赤ワイン煮はアルノーには味が濃過ぎるので、野菜煮込みにしようと八百屋に寄って帰った。
帰りの馬車は満員でぎゅうぎゅうだったけれど、ジークと密着出来て得をした気分になった。
このようにして、肉を求める買い物は終了する。
「あ、ぬいぐるみ、どうする?」
「そういえば、土産に熊を買ってくると約束をしていたな」
「誕生日用にと思っていたけれど、いっか、今日渡しても」
「そうだな」
結局、ぬいぐるみはすぐに渡すことにした。
誕生日には木彫りの熊でも渡そうかなと計画を立てる。
アルノーは熊のぬいぐるみを一目で気に入ったようで、ずっと抱きしめている。
その姿の可愛いことといったら!!
――そんな感じで、休日は楽しくも愉快に過ぎていった。