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北欧貴族と猛禽妻の雪国狩り暮らし  作者: 江本マシメサ
最終章 『自然と暮らす民の物語』
131/158

突然過ぎる客人 前編

 夕方、久々に我が家に手紙が届く。差出人は父だった。

 連れ去られて以来、月に一度は手紙をくれるようになった。

 アルノーの様子を知りたいらしい。

 今まで手紙を送ることを知らなかったのではと疑っていたが、そうではなかったようだ。

 というか、アルノーの力は偉大だなと思う。


 夕食後、いつものように、家族の前で手紙を読む。


「ハル君、ジークリンデさん、お母さん、アル君、こんにちは――」


 手紙の本文は大変短かった。たった一行しか綴られていなかったのだ。


 ――お父さん、今度村に遊びに行きます。


「……えっと、以上?」


 二枚目がないか確認をしたが、どこにも見当たらなかった。

 日付とか、何日滞在するとか、詳しい情報は一切ない。酷い。酷すぎる。


 母は「お父さん帰って来るんだ~」とのほほんしている。


「アルノーちゃん、お祖父ちゃん、帰って来るって」


 母に話し掛けられたアルノーは、「あう」と返事をしていた。

 最近、「にゅ」とか「うう」とかいろんな言葉(?)を喋るようになった。もう少しできちんとした言葉を喋れそうな気がする。食事も自分で匙を持ちたいと、手を伸ばすようになった。歯も生えてきたし、掴まり立ちや伝い歩きも出来る。一人遊びまで出来るようになった。息子の成長を見たら、父は驚くだろう。


「父さん、いつ来るんだろう……」


 自由な父の手紙の内容を聞いたジークは苦笑いをしていた。

 お布団を干して、父の好きなスコーンを焼かなきゃいけないね、と話していたところで、玄関の扉が叩かれる。


 こんな夜遅くに一体誰だろうと首を捻りながら、玄関に向かった。


「は~い。どちら様でしょうか~?」

「――私だ」

「ん?」


 どちらの私かな? と思ったけれど、この低くて渋い声の持ち主は一人しか居ない。


「お、お祖父さん!?」


 慌てて扉を開く。

 玄関先には、祖父と父が居た。

 びっくりして、夢なんじゃないかと思う。


「え、お祖父さんに父さん、一体、どうして」


 頭が理解を追いつかない。

 突然の訪問に、ポカンとしてしまう。


「こいつを一人で行かせるわけにはいかなかったからな」

「はは、信用ない~」

「当たり前だ、この馬鹿息子が!」

「ま、まあまあ……」


 いやでも、本当に驚いた。まさか、手紙と同じ日に来るなんて。

 そのことを言えば、祖父は大激怒した。

 お知らせの手紙はもっと前に到着しているものだと思っていたらしい。


「お前の非常識さにはほとほと呆れる!!」

「なんか、お仕事頑張っていたら、日にちが迫っていて」


 二人のやりとりを呆然と見ていたら、ジークと母がやって来る。


「まあ、お義父様!」


 母はおっとりとした様子で出迎え、ジークはどうぞ中にと勧めていた。

 そういえば、外はまだ白い息が出るほど寒い。

 母とジークはお茶を沸かすために台所へ行った。


「夕食はまだですか?」

「いや、船の中で食べてきた」

「そうでしたか」


 居間の椅子を引いて、座るように勧めようとした。が、祖父はすでに別のものに食いついていた。


「おお、アルノー!」


 赤子用の椅子に座っていたアルノーに蕩けそうな笑顔で近づき、抱き上げていた。


「大きくなった。実に素晴らしい」


 アルノーは祖父に「だあだあ」と話し掛けている。祖父は嬉しそうに「そうかそうか」と相槌を打っていた。


「父さん、アル君を抱っこしたいから、代わって」

「お前はあとだ」


 はっきりと断られ、父は寂しそうな顔でこちらを見てきた。アルノーを抱っこしたいんだけど、と言いたげな顔だったが、満面の笑顔で息子と話をする祖父を見ていたら、交代を申し出るのは不可能だと思って首を横に振った。


「あ、そうだ。ハル君にお土産」

「え?」


 その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感しかしなかった。

 父は背中に背負っていた革袋を机の上に置いた。


「――な、何これ」


 大きな革袋は、もぞりと動いたのだ。


「お、お前、何を持って来たんだ!?」


 ごそごそと動く革袋を見て、祖父が怒り出す。

 どうやら、知らぬ間に持って来ていた模様。


「と、父さん、これ、なんなの?」

「猫」

「は?」

「城塞の入り口で震えていたから、可哀想だな~って」


 いや、でも、猫って。なんで外に?

 祖父も気付かないくらいの早業で捕獲をしていたらしい。


「あ、もしかして!!」


 アイナのところの猫かもと袋を開く。

 だが、覗き込んだ袋から顔を出したのは、茶色い毛並みの猫だった。


「違った……」


 みゃあ、と猫は鳴く。

 大人しかったので、首根っこを掴んで持ち上げた。

 顔はアイナの猫よりも一回り大きい。足もでかい。

 明らかに普通の猫ではなかった。


「父さん、これって……」

大山猫イルベスの子猫だね」


 やっぱり。


 お腹が空いているのか、みゃあみゃあとこちらに何かを訴えるように鳴いている。

 困ったなあ……。


「ハル君の使っていた哺乳瓶を使ってお乳をあげようか」

「俺の哺乳瓶なんかあるの?」

「あるある」


 父は軽い足取りで、外にある物置小屋に向かって行った。

 途中で灯りを持って行っていないことに気付き、慌てて後を追い駆けることに。


 父の言う通り、哺乳瓶はあった。

 それを煮沸消毒させて、人肌まで冷ましたトナカイの乳を与える。


 大山猫の子猫を見た母は「あらあら」と言って軽く受け流し、ジークは目を丸くしていた。

 アルノーは猫の真似をして「にゃあにゃあ」と言っている。


 子猫はよほどお腹が空いていたのか、物凄い勢いで乳を飲んでいた。

 乳よ、もっとたくさん出ろ! と先ほどからお腹をぐいぐい押してくれる。

 子猫でも爪が鋭く力強いので、服に引っかかって穴が開いてしまった。

 がっかりしていたら、ジークがあとで綺麗に縫ってくれると励ましてくれた。

 飲みほしたあと、アルノーにしているようにポンポンと背中を軽く叩けば、「けぷ!」と息を吐き出した。これをしないと赤ちゃんが苦しくなってお乳を吐いてしまうのだ。

 子猫はどうだか分からないけれど。


 祖父は険しい顔で父を睨んでいた。


「おい、馬鹿息子」

「はい?」

「この猫はどうするつもりなんだ」


 それは自分も聞きたかった。

 飼うことなんて絶対に出来ない。

 大山猫はうちの犬よりも大きくなる。それを飼うとなったら餌代だけで大変な思いをしそうだ。

 加えて、大きな問題があった。比較的大人しいと言われている大山猫だが肉食だ。

 人間と共に生きることが出来る個体ではない。


 だからといって、母親と別れた子猫を外に放つのもなんだかなあと思ってしまう。


「大丈夫。都の動物園に連れて行くから」

「ああ、なるほど」


 この国の首都には大きな動物園があると聞いたことがあった。

 そこだったら、大山猫を保護してくれるかもしれない。


「帰りに寄る予定だったから、ちょうどいいかな~?」


 よかった。考えなしに拾って来たわけじゃなくって。


「父さん達は何日くらい滞在するの?」

「三日くらい?」

「まあ、そうだな」


 それくらいだったらお世話も出来るかな?


「こら、アルノー、お前は駄目だ」

「にゃん、にゃ!」


 アルノーも興味があるのか子猫に手を伸ばしていたが、これはちょっと、お触りは無理だろう。先ほどから、自分の上着を噛み千切ろうとしている。歯が生えそろっていないので、無理だけど。


「おいルーカス、猫の世話はお前の仕事だ! 滞在中、しっかり管理をしておけ」

「やっぱりそうなるよね~」

「当たり前だ!」


 とりあえず、子猫は父が客間で世話をすることになった。

 母も一緒にするというので、問題はないだろう。


 父は「アル君を抱っこしたいんだけどなあ~」とぼやきながら、子猫を持ち上げて二階へと上がって行く。母もあとに続いた。


「あ、嵐が去ったって感じ」

「まったく、呆れた奴だ!」


 静かになったところで、ようやく近況を話し合う余裕が出来た。


「店を始めたんだったな」

「はい」


 辺境酒場『紅蓮の鷲亭』のことは手紙で伝えていたのだ。

 明日、お店に行くのを楽しみにしていると言ってくれた。


 向こうの国での父の様子も聞かせてもらった。

 祖父は自由な行動をする父に、大変手を焼いているようだ。


「父さんは相変わらずというか、なんというか」

「帰りは安心しろ。あれは私がきっちりと連行する」


 息子を抱いたままキリッとした顔で言うので、笑ってしまった。


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