【二創企画】VSアリア アリアはピポピポを集めています
中條利昭様の『VSオカン』の二次創作です。
ご本人の許諾は得ています。本文の後にリンクがありますのでよろしければそちらの方も。
それは、ある夕飯時に交わされた何気ない会話が始まりだった。
「アリアはピポピポを集めています」
探偵でありアリアの叔父でもある真壁 征志朗は、アリアの話す意味を理解する事が出来るのだろうか?
この作品は二次作品という形を取った『振り向けば、そこに探偵事務所』の外伝的作品でもあります。
それは、ある夕飯時に交わされた何気ない会話が始まりだった。
俺は懇意にしている取引先からお歳暮として頂いた缶ビールを飲んでいた。バーボンやラム酒などの洋酒を好む人間からしたら、アルコール度数が低い上に炭酸が入っている酒は些か物足りない。本来、好みではないが頂き物なのだから致し方ない。なによりビールに対する不満を聞きつけて、墓の下のカール大帝が起き出すかもしれない。ここは大人しくビールを飲むとしよう。
俺は缶ビールの蓋を開け、ビールをグラスに注ぐ。
不承不承にビールを飲んでいたのが良くなかったのだろう、アリアとの会話を話半分で聞いていた。
「――なので征志朗、アリアはピポピポを集めています」
はっ?
一瞬、反応が出来なかった。
アリアが語るピポピポが一体何なのか全く予想出来ない。
せめて聞き逃した前半部分さえ分かれば、ある程度予測できたのだがビールにかまけて聞き逃してしまった。致しかたない、とりあえず適当に相槌を打って時間を稼ぐしかない。
「そうか、それは大変だな。俺にピポピポの収集で協力出来ることはないのか」
「協力ですか? まあ、確かに征志朗から協力して貰うことに間違いはないのですが。変な言い方をするのですね」
アリアは俺のある部分を見つめながら、微妙に納得しかねるような言い方をする。
どうやらピポピポの収集は俺にも手伝える作業らしいが、左程労力を要しない作業のようだ。やはり聞き逃した前半部分の会話にヒントがあるのかもしれない。残念ながらそれをアリアに聞く事は出来ない。当然だ。聞き返したら俺がアリアとの会話を話半分で聞いていた事がバレてしまう。
思うに、ピポピポとは正式名称ではなく方言や愛称、もしくは対象を指し示す擬音のような気がする。ここまでは絞り込んだが、あまりに特殊な名称故に手詰まりとなってしまった。
いや、もしかしたらアリアの話した内容を間違えた可能性があるのではないか?
例えば、「アリアはピポピポを探しています」だったとしたら。
この文章から推測すると、ピポピポとは汽笛なのではないだろうか。だが、俺の知るところアリアが鉄オタだったなどと聞いた事がない。第一、アリアは移動手段として鉄道より自動車を好む。
違うな。
ピポピポとは少なくとも汽笛ではない。
ならば、ピポピポとは擬音ではなく何かの愛称だとしたら。俺は特に根拠はないのだが、ピポピポとはヒポポタマスの略称ではないかと思えてきた。ヒポポタマスだからといって動物のカバとは限らない。オーガニックタオルにヒポポタマスという名のブランドがあるのを俺は知っている。このブランドが学生の間で流行っていて、ピポピポの愛称で呼ばれているとしたら。
いや、それないな。
思いだしてほしい、アリアは俺のある部分を見ていたのだ。
そもそもヒポポタマスという名のブランド商品を、俺は身につけてはいない。
アリアが俺のどこを見ていたのか覚えていればよいのだが、探偵の全てがホームズやポワロのような観察眼を持っている訳ではない。大体、殺人現場に探偵はお呼びでないのだ。
少なくとも日本では。
などと自分の観察力不足を正当化する。
では、「アリアはピポピポを求めています」だとしたらどうだろう。
なるほど、これなら俺が協力する余地がありそうな文章だ。少し違和感を感じなくもないが物品を購入する時などは求めると使う。となると、ピポピポとは購入できる品物ということになる。
いや、これも違うな。
そもそも財布として協力してほしいなどと遠回しな表現をアリアはしない。質の悪い女性のような言葉使いをアリアはしないし、俺もそのような言い回しは好きでない。なにより俺が好きでない事をアリアは基本的にしない。お互いの機微に気を回せる程度には信頼関係を築いているのだ。
それにしても求めてと変えると、微妙に卑猥な表現に聞こえるのは俺の考え過ぎだろうか。
名義上とはいえ姪である美しい少女。
金髪が特徴的な少女が求めて来たとしたら、俺は大人としてどこまで理性を保てるだろうか。アリアの顔を見つめながら取りとめもなく考えていると、俺の変化に気付いたのかキョトンとしながらも笑顔を返してきた。
その笑顔で我に返った。
どうやら少し酔っているようだ。自分がどうしようもなく背徳的な思考に陥っていた事に気付く。これ以上、思考の深みにハマるのは良くない。背徳的な思考はビールでアルコール消毒することにした。
(征志朗様、アリア様が通われている学校活動でございます)
考えがまとまらない俺を見かねたのだろう、我が忠実な執事マイヤーが助け舟を出してくれた。
学校活動か。
学校活動という前提から考えて、アリアの話した内容は『アリアはピポピポを集めています』ということで間違いないようだ。
俺の聞き違いでなかったか、それなら良いのだ。
なにが良いのだ?
五月蠅い。
先程の感情が再び噴き出して来たが、そいつはビールで胸の奥に押し込む。
食卓に空き缶がもう一つ増えるが、構うものか。
「征志朗、飲み過ぎです」
「大人には色々あるのだ」
「そうやって征志朗はすぐ私を子供扱いしますよね」
「……子供扱いはしていないさ」
俺の言葉を信じたのか、アリアはそれ以上追及してこなかった。
そういえば先程のマイヤーの表情は少し不自然だった。
明らかに苦笑い。
アリアに気付かれないように浮かべている笑みだった。
あのマイヤーが苦笑いをするのだ。
ピポピポとは方言ではなく、そもそも異なる名称を誤って覚えたのではないだろうか。それがマイヤーのツボに入っているため苦笑いを堪えていたと考えれば、マイヤーの変化を理解出来る。
であるのであれば、ピポピポとは対象を操作したとき生じる音が名称となったと考えて間違いなさそうだ。気泡緩衝材がプチプチの名称でも通じるあれだ。もっともプチプチは立派に商標登録されていていたりするのだが。
それにしてもピポピポとは、随分変わった擬音だ。
ピポピポで最初に想像できるのは救急車だが、いくらなんでも学生が救急車を集めたりはしない。百歩譲ってミニカーかカタログだろうが、そのような物を学校活動で集める必然性があるとは思えない。
どうにも考えがまとまらない。
ここは、一旦、ピポピポという擬音から離れて考えよう。
アリアが通っている学校はミッション系の私立校ということもあってか、なにかとボランティア活動が盛んだ。『集めています』と言っている以上、案外その類なのかもしれない。それも俺の協力を必要としない程、簡単に行えるものだ。
ボランティア活動で集めるモノと言えば、次のような物品が考えられる。
まずはセオリーから考えて金だ。
だが、金に関しては俺が協力する余地がないのだ。あの学校は生徒が汗を流して稼いだ賃金を募金する事に意味を見出している。新聞古雑誌や廃品回収など町内会でもやっている活動以外に、募金のためのアルバイト活動を推奨していたりする。
些か順序が違う気がしないでもないが、キリスト教徒の思考を俺が理解出来る筈がない。
とにかく、集めているのが金である可能性は低いのだけは確かだ。
他となると海外向けならノートや鉛筆などの文房具か。
手動の鉛筆削りなら近い擬音がしないでもないが、あれはギリギリだろう。
いや、もっと手近な物品を見落としていたか。アルミ缶のプルタブやペットボトルキャップを集める活動だ。なるほど、ありそうな話だ。
問題はどちらもピポピポという擬音がしない点だが……ひょっとしてアリアが見つめていたのは……。
俺は飲み干したビールの缶からプルタブを引き千切ってアリアに渡す。
「征志朗。ピポピポを集めるのに協力してくれるのは嬉しいですが、飲み過ぎは良くないです」
当たりのようだ。
「協力者にその言葉はつれないな、お嬢」
「私は征志朗の体を心配しているのですよ」
「まあ、いいじゃないか。折角協力しているのだ、酌をくらい要求しても罰は当たらないと思うが」
「しようがないですね。今日だけですよ、征志郎叔父様」
ややからかう様な口調だったが、それでもアリアの表情が満更でないのを俺は知っている。
結局、プルタブをピポピポと呼ぶ理由は分からないが、その辺の事情は酌を受けながらゆっくり聞くとするさ。