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青春の岐路(三)  作者: 松島 圭(本名・成尾五邦)
1/1

第四章 「出会い(続き)」 & 第五章「少女客と中年ストーカー」 

 青春の岐路(三)


  第四章 出会い(続き)


         3


 オクミヤは、車から距離を置いて、荒れた芝生の上に立った。

 オクミヤは、ゴリラ顔にあざけるような冷笑を浮かべて、ゆっくりとジャンパーを脱いで、濃いブルーの長袖シャツ姿になった。 

 上体が、シャツのボタンがはじけそうに、大きく盛り上がっている。

 何のつもりか、片目をつぶって見せながら、タケオカにジャンパーをあずけた。

 タケオカは何か言いかけたが、思いとどまって、ただうなずいて、ジャンパーを受け取った。

 吉井も、フード付きのコートを脱いで、房状の胸飾りのついたブルゾン風の軽装になって、剛志にコートを預けた。

 「おまえ、そんな小さな身体からだでおれとタイマンはろうなんてどたまがどうかしてんじゃねえのか。おまえのクソ度胸どきょうには感心したから、あやまったら見逃みのがしてやらんでもないぞ」

 オクミヤは、吉井など眼中にないような上から目線で、そう言った。

 吉井は、両足をやや開き、両手をダラリと下げて突っ立ったまま、剛志が耳をふさぎたくなるような言葉を返した。

 「頭がおかしいのはあんたの方じゃないのか」

 「なんだとっ!」

 「子供ガキでもわかるような規則こともわからん脳味噌あたまじゃないかよ。 馬鹿面ばかづらしやがって!」

 「なにっ! こ、この野郎、ず、図に乗りやがって!」

 形相を変えたオクミヤが、いきなり、頭を下げて突進した。

 軽量の吉井が、重量級のオクミヤの体当たりに抗しきれるはずがなかった。ひとたまりもなく、腰から落ちて、仰向あおむけに倒れた。

 オクミヤは、大きな体を乱暴にかぶせていって、あばれる吉井を押さえつけておいて、顔面を殴りつけようとした。

 下になった吉井は、たくみに顔をらして、交互に襲ってくる両拳りょうこぶしけながら、押さえられた身体からだひねって、オクミヤの身体の横になる位置にもっていったかと思うと、両足を縮めると同時に瞬時しゅんじに伸ばして、相手の腹部のあたりから自分の身体を蹴り離しておいて、素早すばやく立ち上がった。

 吉井の動きは敏捷びんしょうだった。

 立ち上がりかけたオクミヤの後首元うしろくびもとに、ヤーッ、と、鋭い気合い声をあげて、右踵みぎかかとで猛烈な後回うしろまわし蹴りを見舞った。

 立ち上がりかけていたオクミヤは、前屈まえかがみの中腰の姿勢になっていたので、倒れ方が半端はんぱじゃなかった。うつぶせに激しく倒れて、地面に鼻柱はなばしらをしたたか打ちつけた。小柄な相手が、これほどの気迫とわざで立ち向かってくるとは夢にも思っていなかったのだろう。

 オクミヤは、右手を鼻のあたりに持って行って、一瞬、痛みをこらえているように見えたかと思うと、すぐに、野郎やろう、とわめきながら、起き上がってきた。

 吉井が、もう一回、回し蹴りを入れようと、身構みがまえたとき、アライが横から飛び出してきて、吉井の顔面にパンチを見舞おうとした。

 アライの動きを警戒していた剛志は、迷わなかった。

 吉井のコートを投げ捨てて、駆け寄ると、うしろからアライの厚手あつでの防寒コートの後襟首うしろえりくびを両手でつかんで、力一杯、引っぱった。

 アライは、不意ふいをつかれて、仰向あおむけに転倒した。

 剛志は、間髪を入れず、右膝を折って、全体重に加速度をつけて、アライの腹部に膝蹴ひざけりを入れた。

 剛志は、すぐさま立ち上がって、もう一回、膝蹴りを入れるつもりで身構えたが、アライは、苦しそうにしていて、起き上がる気配を見せない。

 吉井は、その間に、スニーカー右踵みぎかかとが当たる得意の回し蹴りを、今度は、オクミヤの腹部に、二、三度、見舞っていた。

 オクミヤは、両膝りょうひざを落として、身体からだを二つ折りにして、腹をかかえている。

 呆然ぼうぜんと見ていたタケオカが、まだ二人を油断なく見守ったまま身構みがまえている吉井と剛志に向かって、初めて、口をきいた。

 「くやしいけど、あなたたち、強いわね。もうわかったからいいわ。わたしが仲直りさせてあげることにするわ。この人たち、これですませるような人たちじゃないのよ。あなたたちを地の果てまで追いかけて、どんな手段使ってでも、復讐しかえしをするはずよ。手打ちをしておかないと、殺されるかもしれないわよ。今度は油断しないはずだし、命知いのちしららずの仲間も多勢たくさんいるのよ」

 タケオカがうそを言っているとは思えなかった。

 こんな女の前で赤恥あかはじをかかされたという理由だけでも、二人がこのまま引き下がるとは思えなかった。

 「・・・その・・・手打ち、ってのをさせていただけませんか?」

 吉井が、珍しく、丁寧ていねいな言い方で、折れて出た。

 タケオカの啖呵おどしにビビっていた剛志はほっとして、

 「お願いします!」

 と、馬鹿丁寧ばかていねいに頭を下げた。

 タケオカは、表情をやわらげると、口元にみを浮かべた。

 タケオカは二人に向かってうなずいておいて、オクミヤのところへ歩み寄った。

 オクミヤは、大きなしりを地面にえたまま、面目めんもくなさそうに、苦笑にがわらいを浮かべている。

 タケオカは、手にしていたジャンパーを背中に着せかけてやってから、顔をのぞき込むようにしながら、オクミヤの前にかがみ込んだ。

 「・・・鼻がれてるわ。大丈夫? ・・・そう・・・少し、痛みがあるだけね」

 タケオカは、ちょっとを置いて、意味不明の言葉を続けた。

 「オクミヤ君、あなた、ホンキになってなかった? 喧嘩に勝ったりすることが目的だったのかしら?」

 ゴリラ顔が、面目なさそうに、頭をいた。

 タケオカは、アライの前にも、しゃがみ込んだ。

 アライも、地面に腰を据えたままだ。

 「アライ君、大丈夫? ・・・おなか、どうもない?」

 アライは、苦笑いを浮かべて、剛志の方にあごをしゃくった。

 「あいつの膝蹴ひざけりはこたえたよ。腹部はらだったからよかったようなものの、肋骨あばらぼねにでも当たっていたら、折れてたかもしれん」

「そうなってたら、天罰だったと言ってやるしかなかったわ。横から手を出そうとしたんだもの」

 「ごめん、ごめん。オクミヤがあっけなくやられそうになって、つい、手を出そうとしてしまった」

 アライは、肩をすくめて、頭をいた。

 いかつい風貌なのに、それが自然に見えた。

 冷たい風がやや強くなって、寒々とした海面が、波立っている。

 タケオカの長い髪が横に流れて、白い襟足えりあしが見え隠れした。

 オクミヤが立ち上がって、吉井の方へ歩み寄って来た。

 吉井は身構えたが、オクミヤの顔は笑っている。

 「もういい。警戒するな。おれは屋宮勇二おくみやゆうじってもんで、S大の二年生だ。あいつは新井正二郎あらいしょうじろうという男で、K大の二年生だ。こう見えて、現役の大学生だ。彼女こっち竹岡里沙たけおかりさ、新井と同じK大の二年生だ」

 剛志はびっくりした。

 K大は国立の難関大学で、S大も私立の中では有数の大学だ。

 吉井も驚いたようだが、屋宮の自己紹介に応じて、こう言った。

 「おれは、吉井和己、というもんで・・・九月に高校を中退して・・・今は、無職少年、ということになってます」

 剛志も吉井を真似まねた。

 「おれは、村山剛志、というもんで、県立K高の一年です」

 新井も起き上がってきた。

 「こいつは驚いたな。高校生くらいの年齢としだとは思ったが・・・。屋宮は相撲や柔道できたえてるし、おれはボクシングジムに三年近く通ってる。先刻さっきは、君たちを甘く見て、無様ぶざまなことになった。もう一回やったら、負けるとは思えんが、ま、いいだろう」

 新井は、そう言いながら、屋宮の横に立った。

 「君の気合い声を聞いて、回し蹴りを見て、何か特殊な武道の修練を積んでると気づいたもんだから、屋宮が危ないと見て、つい、横から手を出そうとしてしまった。何かやってんだろう?」

 「おれは小さい頃から極真をやってます。村山こいつも同じ道場に通ってます」

 屋宮が、安堵ほっとしたような顔をして、

 「道理で・・・やっぱり、そうか」

 と、言った。普通ただの高校生に負けたと思いたくなかったのだろう。

 「怪我けがをさせたくなかったんで、手加減てかげんするつもりだった。しかし、本気ほんきでやっても、やられてたかもしれんな。吉井君とやら、おまえ、タダモンじゃないな」

 新井が、剛志の方に顔を向けて、あごをしゃくった。

 「こいつの膝蹴りもこたえたよ。ボクシングで腹筋はらを鍛えてなかったら、こうして立っていられなかったかもしれんな」

 竹岡が、屋宮と新井に向かって、

 「この二人、わたしたちのソシキにはいらないかしら? 役に立ちそうな気がするんだけど・・・」

 と、意味不明のことを言った。

 剛志は、竹岡に口をきくチャンスだと思った。

 「ソシキ、って何ですか?」

 「あ、ごめんなさい。わたしたちのこと話してなかったわね・・・だけど・・・そうねえ・・・どこから、どの程度、話せばいいかしら・・・?」


         4


 竹岡が、ちょっと考えてから、ソシキの説明を始めた。

 「簡単に言えば、わたしたちは、いじめられっ子をいじめっ子から守ってあげる活動を組織的にしてるってことになるわね。いじめられっ子ほど学校や大人おとなを信じていないみたいなの。自分ではどうしようもないのに、誰にも言わないのよ。誰かに訴えたら、もっとひどい目にわされると思い込んでるのね。結局、泣き寝入りするしかなくて、自殺に追い込まれた子供たちだっているのよ。こんなことっといていいと思う? なんとかして助けてあげる方法が見つかればいいとは思わない?」

 剛志は、竹岡の言ってる意味ことはわかるような気がしたが、どう答えていいのかわからなかった。吉井も同じだったろう。

 竹岡は、二人の反応に構わずに、続けた。

 「この問題に関心を持っていた仲間たちが集まって、活動を始めることにしたの。でも、実際に始めてみると、専門的な知識が必要な上に、いろいろな方面に関係かかわりが出てきて、とても個人や少人数でできるような問題じゃないことがわかってきたのね。それで、いろいろな方面ところに足を運んで、趣旨を訴えて回ったの。その結果、専門家や関係機関のお墨付すみつきやご協力をいただけることになって、賛同する仲間も増えて、結局、『いじめバスターズ・きずな』って組織が生まれることになったの。名前が長くて、気障きざでしょう? だから、『きずな』って略称で呼んでるの。NPO法人として認定されてるのよ」

 竹岡は、剛志と吉井を一人前に扱って、‘ソシキ’のことをきちんと説明しようとしていた。

 吉井は、神妙に耳を傾けているように見えたが、‘ソシキ’の意味がわかった途端に、

 「言ってることとやってることが違うじゃないですか。パチンコ店でおれをおどしつけてきた屋宮さんは何だったんですか。あんなのを『いじめ』って言うんじゃないんですか。いじめどころか、殺されるんじゃないかと思って、正直ほんと言うと、こわかったですよ」

 「えっ! ほんとなの? 全然まったく、そうは見えなかったけど・・・ほんとだったら、屋宮君も満足なはずよ。だって、そう見えるようにするのが、目的だったんだもの」

 「・・・どういう意味ことですか?」

 「あは、はは。意味わけのわからないことばかり言ってるように聞こえるわね。説明しないと、わからないと思うけど・・・でも・・・そうねえ・・・説明はなしても、あなたたちにわかってもらえるかしら・・・?」

竹岡は、右手をほおにあて、ひじを左手で支えて、考え込む姿勢になった。

 剛志は、話してください、わかると思います、と、すぐに言った。

 竹岡がここで話を切り上げてしまえば、もう会えなくなるかもしれないと思ったのだ。 

 吉井は、強い口調で、こう言った。

 「おれたちを甘く見ないでくださいよ。なんでこんなことになったのか、何か理由わけがあったということでしょう。話してくれなきゃ、このまま引き下がるわけにはいきませんよ」

 吉井にしてみれば、当然の言い分だったろう。

 竹岡は、思案する姿勢を解いて、うなずいた。

 海からの冷たい風が強くなっていた。

 竹岡が右眼にかかってきた長い髪を右手でかきあげると、化粧っけのない顔が、はっとするほど魅力的に見えた。

 「実は、今日は、ケンシュウだったの。ケンシュウ、ってわかる? 準備段階の実地学習のことなんだけど、わたしたちは、いろいろなことを想定して、ケンシュウをやってるの。仕上げの段階では、実際の現場に近い条件を設定してね。これをやらないと、実際の活動に移ってはいけないことになってるのよ。

 『絆』には、企画班や実行班があって、実行班の中には、暴力型いじめ対策班、非暴力型いじめ対策班、裏サイト対策班、などの活動班があるんだけど、屋宮君と新井君は、対暴力型たいぼうりょくがたの対策班に入ることになってるの。こんなことになって、あなたたちに迷惑をかけてしまうことになったけど、今日のこの騒ぎは、暴力型いじめバスターズ班の実地学習の一環いっかんだったってことになるわけね」

 吉井は、神妙に聞いていたが、納得できないような顔をしている。

 「バスターズ、って?」

と、吉井が訊いた。

 「らしめて・・・やっつける・・・そんなことをする人たち、って意味かな」

 「暴力型いじめバスターズ班、って?」

 「いじめをする生徒たちや若者たちの中には、暴力の番長格や腕力を売り物にしてるような連中がいるでしょう? 言葉でいくら言ってもわからないような連中に、いじめをやめさせて、効果的に反省させるためには、彼らを上回る迫力やすごみを持った対策班が必要になることがあるのね。そのグループが『暴力型いじめバスターズ班』ってことになるわね。

 弱い者いじめをする連中をらしめて、二度といじめをする気を起こさせないようにすることを目的にしてるから、いかにも怖そうな人たちのグループだと考えてもらっていいわね。新井君や屋宮君にはいってもらうことになったのも、あのどう猛な・・・」

 竹岡は、失言に気づいて、ペロッと舌を出した。

 「言っとくけど、二人とも、人一倍、思いやりがあって、優しいのよ。でも、見たところ、怖そうでしょう? 腕力に加えて、すごみのある風貌や態度や言葉遣ことばづかいは、対暴力班のメンバーに必要不可欠な条件なのよ。ところで・・・これは屋宮君や新井君に限ったことではないんだけど、この組織に入って活動してみようと思うような人たちは性格や気持ちが優しいのよ。だから、腕力や暴力を売り物にしているような連中に対抗できるだけの凄みや迫力が出せない、そんなことも想定しておかないといけないことになるわね。実際の場では失敗が許されないから、事前にいろいろためしてみて、どんな場面でも、一発で効果的な対応ができるようでなければ・・・」

 吉井が あきれたように 言った。

「それで、おれを実験台にしてためそうとしたってわけですか・・・それにしても、なんで、パチンコ店なんかにいて、りにって、なんで、おれを・・・」

 竹岡は、ごめんなさいね、とあやまってから、言いにくそうな様子で、こんな釈明しゃくめいを始めた。

 「あやまってすむようなことじゃないけど・・・それに・・・言い訳の仕方が難しいんだけど・・・・あなたたちは、私たちが選んで入ったお店に、たまたま、いたってことになるわね。

 あの繁華街を研修場所に選んだのは企画班だったんだけど、選択肢がいくつもある中で、あのパチンコ店に入ったのは、ここにいる三人だったんだから、やはり、私たちに責任があるってことになるわ。歳末の歓楽街のスロットコーナーには若者が多いから、機会が作れるかもしれない、機会が作れなくても元々だ、そんな考えでいたのよ。そしたら、私たちが想定していた年齢頃としごろの吉井君がうまく引っかかって・・・」

竹岡は、言い方がまずかったと気づいて、右手で口をたたくようにして、ふさいだ。それが、子供っぽくて、かわいい仕草に見えた。

 吉井は、思わず、笑ってしまった。

 「あは、はは。ひでえ話だな。それって、ほんとのことなんですか? でも、屋宮さんはゼッタイ本気だった。先刻さっきも言ったけど、正直ほんと、怖かった」

 屋宮が、ジャンパーのファスナーをあごの下まで閉めながら、割り込んできた。

 「そうは見えなかったぞ。退けって、おれがおどすだけで、すぐにおそって退くかと思ってたんだ。素直に従ってくれたら、おれの方が先にあやまって、そのまま、スロットを続けさせてやるつもりでいたんだ。ところが、全く動ずる風もなく、小生意気に言い返してきやがった。おれも形無かたなしだ。泡喰あわくった。おまえ、やっぱり、タダモンじゃないな」

 竹岡が、うなずきながら、続けた。

 「まさか、あんなことになるとは思わなかったわ。無茶な言いがかりをつけてでも、脅しつけて、言うことを聞かせることができれば、研修の目的は達成できるはずだったんだけど、それが、想定外の展開になったってわけ。吉井君がどういう若者かわかっていなかったことが間違いの元だったってことになるわね。でも、今後これからの活動のことを考えると、収穫があったわ。それに、屋宮君の演技力は評価してあげてもいいようね」

 屋宮が、苦笑にがわらい浮かべて、頭をいた。

 「いや、そう言われると、赤面の至りだ。吉井君とやらの口のきき方や態度が最初からしゃくさわって、わかっていながら、頭に血がのぼった」

 新井は、えりを立てたコートのポケットに両手をつっこんで、屋宮の言葉にうなずいていたが、やはり、面目なさそうに、

 「そうだな、おれも本気になりかけたもんな。修行をし直さんといかんな。頭をって、座禅ざぜんを組んで、滝にでも打たれて・・・」

 竹岡が笑い出した。

 「あは、はは・・・。あきれた人たちね。二人とも、短絡的おっちょこちょいなところが似てるわね。メンバー失格、少なくとも、ペナルテイものだわ。・・・それにしても、対暴力班の活動は、本気でからだらなきゃできないし、非常に危険を伴うことが改めてわかったわ。本気にならなきゃ、迫力が出せないこともね」

 新井が、薄笑いを浮かべて、竹岡に言った。

 「おれたちがやられた後の竹岡さんの啖呵たんかがすごかったな」

竹岡は、今度は、るようにして、手をたたいて、笑い出した。

 「あは、はは・・・ 。極道ごくどうおんなたち、ってとこだったわね。私のおどしもまんざらじゃなかったでしょう? 吉井君も、村山君も、すぐに折れてくれたんだもの」

 吉井が、あきれたような顔をして、言った。

 「ひどいなあ。あれって、ただの脅しだったんですか? ドスやハジキを持ったニイさんたちがすぐにでも駆けつけて来そうだったんだけどな」

 剛志は、竹岡が喜んでいるようなので、上乗うわのせした。

 「暴力団かなんかに追いかけられて、半殺はんごろしの目にうんじゃないかと思いました」

 竹岡が、調子に乗って、はしゃいだ声で言った。

 「ほら、ほら、聞いた? 屋宮君も新井君も私を見習いなさいね。脅すときは、これから、私に相談するのよ。わかった? あは、はは・・・」

 苦笑いを浮かべた新井が、うなずくのと、首を振るのを同時にやった。

 吉井が、面白がって、新井の斜めにうなずく頭の動きを真似た。

 それを見て、竹岡が吹き出した。

 屋宮も笑い出した。

 剛志は、そんな雰囲気の中で、竹岡にまともに顔を向けて、話しかけることができた。

 「これからも、キズナとかいうソシキの活動を続けるんですか?」

 「もちろんよ。深刻な相談や問い合わせが増えてるもの。あなたたちは、そんな経験ないの? まさか・・・いじめなんかしてないでしょうね?」

 吉井が、それに反応して、すぐに言った。

 「二月ふたつきほど前だったかな。村山に暴力をふるった村山こいつの学校の上級生たちを痛めつけてやったことがあります。村山だけじゃなく、下級生たちにわけのわからん言いがかりをつけて、暴力をふるってた連中やつらなんだけど、先刻さっきの話だと、おれがやったことも、いじめ、ってことになるのかな? ・・・剛志、あの三人とは、もう、何もないんだよな」

 「おとなしくなってるみたいだ。校内で見かけても、向こうからおれを避けてるよ」

 この会話やりとりを聞いていた屋宮が、われわれのお株を奪うようなことをしたんだな、と言うと、新井が、竹岡さんが先刻さっき言ったように、組織に入れたら、役に立つかもしれんな、と、応じた。

 剛志は、竹岡に面映おもはゆげな視線を移して、訊いた。

 「その‘ソシキ’ってのにはいったら、どんなことをするんですか?」

 竹岡は、ゾクッとするような魅力的な微笑を浮かべて、こう答えた。

 「私たちが指示する場所に来てもらうことになるわね。連絡は、当面、私がすることになると思うけど・・・」

 剛志は、竹岡が連絡役になると聞いて、

 「和己、おれ、入れてもらおうかな」

 と、すぐに言った。他の条件ことはどうでもよかった。

 「そうだな・・・面白おもしろそうだな」

吉井も、そんな言い方で、賛成した。

 竹岡は、二人のそんな無造作むぞうさな態度に、危惧きぐを感じたようだ。急に表情を引き締めると、語調を改めた。 

 「十八歳未満なのに、平気でパチンコ店に出入りするなんて、あなたたちも相当な不良ワルのようね。メンバーになるには学習や研修が必要なのよ。

 組織の規則ルールをよく理解した上で、児童心理学、青年心理学、行動原理学、救急救命法、事例研究、など、専門的な講義や研修を一定時間以上受けてからでないと活動してはいけないことになってるのよ」

 竹岡は、故意かどうかわからなかったが、難しい言葉を並べたてた。

 剛志も、吉井も、ポカンとして、聞いているしかない。

 「よく考えてから、決めた方がいいわ・・・そうね・・・とりあえず、あなたちの連絡先だけは教えといてちょうだい」

 二人は、それぞれ、自分の携帯電話の番号を教えた。

 竹岡は、それを小さな手帳に書き込んだが、自分たちの連絡先は教えてくれなかった。


 

   第五章 少女客と中年ストーカー


           1


 二月も末の日曜日、剛志と吉井は、大型パチンコ店・Mにいた。

 Mは、九州一円に店舗を展開しているチェーン店の一つで、F市南東部の郊外にも出店していた。宣伝が派手で、K町のあたりまで、各新聞に頻繁に折り込み広告を入れてあり、地方紙や中央紙のテレビ欄の下にも、目立つカラー広告を出していた。

 〔月に一度の誕生祭・大放出・新台入替・新機種大量導入〕の宣伝文句に引かれて、剛志が吉井を誘ったのだ。剛志は、学校の出欠席はけじめをつけていたが、パチンコから足が抜けなくなっていて、そんな派手で阿漕あこぎな宣伝にも乗せられるようになっていた。

 その日、剛志が何回目かに座った遊技台の左隣に若い女が座っていた。

 もっとも、この言い方は正しくない。

 剛志が、その女にかれて、そこに座ったのだ。

 横顔が竹岡里沙に似ていた。

 少女っぽい年齢に見えるのに、背伸びしたような厚化粧、茶色に染色した髪は、里沙のイメージとは正反対だった。

剛志は、左隣が気になって、その女が台を離れたり、戻って来たりするたびに、気づかれないように、そっと横目を使っていた。

 服装が、アンバランスで、センスのかけらもない。毛糸編みの純白のハイネックのセーターは上質であたたかそうに見えたが、下は、着古した薄青のジーパンに、薄汚れて型くずれした白いスニーカーだった。

 胸のあたりが大人おとなっぽくふくらんでいたが、剛志は自分と同じ年齢頃としごろだと直感した。

 パチンコ玉をはじいている女を『少女』と呼ぶのは抵抗があるが、以下、『少女』とあるのは、この女のことだ。

剛志がその台に座ったのは午後の一時を過ぎた頃だったが、少女は、午前中からそこに座っていたらしく、かなりの金額を注ぎ込んでいる様子だった。

 剛志は、見切りをつけた台の残り玉が一箱近くあったので、それほど金を使わずにねばっていることができたが、少女は、眉をひそめながら、千円札を次々に入れていた。

 少女の左隣の台に、中年の男が座っていた。下瞼したまぶたふくらんだ四十がらみの男で、幅の広い派手なネクタイをし、縦縞たてじま入りのダークブルーの気障きざっぽい背広を着ていた。

 その男の背後の床には、玉で満杯になったプラスチックの箱が、三つと二つ、合わせて五つほど積んであった。

 男は、今日はツイてないね、と言いながら、自分の受け皿から少女の受け皿に遊技玉を入れてやったりしていた。

 剛志は、男の態度や言葉がれしいので、二人は知り合いかと思っていたが、どうやら、そうではないらしい。

 少女は、受け皿に玉を入れてもらっても、少し頭を下げるだけで、男を無視するような態度を取り続けていた。

 少女は、両替のためか、一、二度、台を離れたが、剛志が座ってから一時間ほど経ったと思われる頃、ついに座ったまま、動かなくなった。

 少女が、呆然と台の前に座り込んでいると、男が、

 「これ、使っていいよ」

 と、言った。

 剛志が驚いて横目を向けると、男は、少女の方にからだごと顔を向けて、背後の五箱を手で示して、たるんだ顔に愛想笑あいそわらいを浮かべている。

 「えっ! ほんとですか?」

 「ほんと。もちろん、無償ただ。返してくれなんて言わないよ。すぐ出かけなきゃいけない商談とりひきがあってね、ちょうど出ようと思ってたんだ」

 「そんな・・・」 

 「いいから、使ってよ。このまま、ここに置いておくわけにもいかないんだ」

 男は、そう言いながら、立ち上がると、からになった少女の箱に、自分の箱の残り玉をザーッと流し込んでしまった。

 「遠慮しないで、ね」

 男は、機嫌きげんを取るように、そう言いながら、右の手の平で少女の背中をさすっている。

 剛志は、こら、勝手に触るな、と怒鳴ってやりたかったが、もちろん、口には出さない。

男は、賭博パチンコ客の心理を熟知していて、持ち金をすってんてんになるまで使い果たしてしまった少女の心の中を見透みすかしているようだった。

 中年男は、結局、呆気あっけに取られている少女を残して、出て行ってしまった。

 男は帰って来る気配がない。

 剛志は、素知そしらぬ顔をして、パチンコ玉を弾いているしかない。

 「どうしようかな・・・店員さんに言って、預かってもらおうかな」  少女は、剛志に聞こえるように、ひとり言を言った。

 右隣に座っている若い男が事の次第を聞いていたのに気づいていたのだろう。剛志は、直接話しかけられたわけではないので、何も言えない。

 「ずっと大当たりが来なかったんだから、そろそろ、連続の大当たりが来るはずだわ」

剛志を意識していることは明らかだった。

 少女は、剛志を横目でうかがうようにしながら、男にもらった遊技玉をはじき始めた。

 大当たりの機会に恵まれないまま、台の前の箱がからになった。

 少女は、ちょっと躊躇ためらっているようだったが、結局、空になった箱を床に積んであった五箱の中の一箱と置き換えた。

 それも打ち込んでしまったが、大当たりは来ない。

 後へ引けなくなったようだ。

 少女は、また一箱置き換えると、ついでに残りの三箱も自分の背後の床に移し替えてしまった。

 剛志は、確率変動が一回きて、連続にはならなかったが、二箱の持ち玉があったので、少女の隣に座り続けていることができた。

 吉井が途中で様子を見に来た。  

 剛志が、まだねばれそうだと言うと、おれも大丈夫だ、と言って、少女の方にチラッと目をやってから、スロットコーナーの方へ帰って行った。

 来ないとなると徹底的に大当たりが来ない台がある。

 少女の台は、まさにそういう台の一つだったのだろう。

 五箱打ち込んでも、見事に大当たりが来なかった。

 午後の四時半を過ぎる頃には、男の持ち玉を全部なくしてしまっていた。

 少女は、台を離れるわけにもいかない様子で、すっかり落ち込んでしまっている。

 剛志は、気の毒になって、思い切って、話しかけた。

 「使っていいと言ったんだから、気にしなくったっていいんじゃないの?」

 年齢はそう変わらないと見ているので、自然にくだけた言葉遣いになった。

 少女はほっとしたような顔を向けた。

 声をかけられることを期待していたようだ。

 「・・・でも、全部使っちゃうとは、思ってないんじゃないかしら」

 「構わんさ。黙って帰っちまえばいいよ。アイツと知り合いというわけでもないんだろう?」

 「そうね・・・でも、また会うかもしれないわ・・・あのひと、いつもあたしの近くの台に座るの。店の外まで、後をつけてきたこともあったわ。もう、何回もそういうことがあるのよ」

 「ひでえ野郎だな。それって、ストーカー、って言うんじゃないの。そうだったら、なおさら、ここにいちゃいけないよ。すぐ逃げっちまえよ。二度とここに来ないようにすればいいんだからさ」

 「そうね・・・でも・・・」

 「パチンコなんかしないほうがいいよ。なんでこんなところに来るようになったの?」

 剛志は、自分のことはたなに上げて、訊いた。

「それがね・・・仕事先の飲み会に出た時、一緒に働いている年輩の男の人に誘われて、この店に入ったことがあったの。よく面倒見てくれてた人だったから、誘われると、断れなかったのよ。少しだけつきあって、すぐ出るつもりでいたの。ところが、座って間もなく大当たりが来て、それが次々に連続して、もう終わりかと思うと、またまた大当たりが連続して・・・機械がこわれたんじゃないかと思ったわ。結局、十六箱にもなったのよ」

 剛志も同じような経験をしていたので、少女がパチンコ店に出入りするようになった気持ちがよくわかるような気がした。

 「その時は、ほんと、驚いたわ。日給の半月はんつき分くらいのお金が、一,二時間で・・・」

 少女は、そう言いかけて、言葉をんだ。

 剛志の後方に視線を泳がせて、目を見開いている。

 剛志が振り向くと、例の男が近づいて来るところだった。


                      青春の岐路(四)に続く

                           (*乞 タイトル入力後、検索) 

                    





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