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不即不離

「お兄ちゃんに何してんの!?」

 椎名がミチを抱きかかえて、オレとミチの間を遠ざける。

「ご、ごめんなさい。また会えてうれしかったから」

 ミチは椎名に怒鳴られて、少し泣きそうになっているが、顔色がさっきより断然良かった。

「つうか「また」ってどういうことだよ」

 ミチに問いかけてみると、困った表情をしたあとに泣き始めた。

「も、もしかして…うっ忘れちゃったの?」

 まったく見覚えは無いが、ミチの後ろに鬼の形相で佇んでいる椎名に殺される前に手を打っとかないとな。

 まず一応ここは外なので近所の人たちにに迷惑がかかるから、部屋に入るため、泣いているミチを抱えようとしたとき、椎名に思いっきり拳で殴られた。

「誰との間に生まれた子供?」

 と椎名が、まるで夫婦が不倫をして、不倫相手の子供と休日に仕事があると嘘を吐いて公園で遊んでいるとき、たまたま通りかかった妻に見られて、その場所などお構いなしに喧嘩をし始めるという、なんとも昼ドラによくあるパターンの台詞だが、この状況でその台詞はおかしい気がする。

「オレは本当に知らないんだって、こいつのことなんて」

「一緒に暮らしたり、一緒に寝たのに…」

 あからさまにおかしい爆弾発言を泣きながらミチは淡々と言った。

 本当に爆弾が爆発したかと思うほど、オレの顔面に入った拳の衝撃はすごかった。

 死んでしまうかもしれないと思いながら意識が遠のいていった。



 目を開けると、見慣れた自室の天井が広がっていた。ちいさな暖かみのある明かりが部屋を薄暗く照らし、いつもの白い天井がグレー色に変わっている。

「起きた?」

 重い瞼を擦りながら、声がしたほうを見てみると、キラリと薄暗い部屋の中でも反射する果物用ナイフが椎名に握り締められていた。

 部屋の暗さもプラスして、椎名が今にも人を殺しそうなぐらい恐かった。

 ベッドに手をつきながら上半身を起こし、椎名のほうを向く。

「ちょっと待て、おちつけ、まだ話し合う時間はあるはずだ」

 出来るだけ相手を刺激しないようにゆっくりと言葉を発する。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。隣を見てごらん」

 笑顔で椎名はそう言うと、果物用ナイフを床に置いた。

 もしかしたらオレが隠し持っていた『喧嘩日記帳』が見つかったかもしれない。

 喧嘩日記帳とは中学生の頃あまりにも喧嘩が多かったため、こうなりゃ家計簿みたいに喧嘩してきた奴でも記録するかと、思いたって記録をし始めたのだ。

 内容は一日に喧嘩した人数と名前を記していた。

 記録してなにが良いのかと言うと、ただの自己満足なんだが、倒した奴らの名前を確かめていると、前にボコボコにした奴が再戦してくることが分かるので面白いと思って書いていたのだ。まぁここまでなら、自慢する書物となっているが、見せたくないものがはさんでいる。

 それは、自分の能力を勝手に考えた小さなアイディア帳なのだ。本来ならば腐二君と同じように中二病なのだが、自分には『マスターナンバー』があるのですごい能力があるんだよな、とか思っていた時期が少しだけあった。時期といっても一週間とかそこらへんなのだが、せっかく書いたのに捨てるのはもったいないと思い、保管しているのだ。

 例えば『全てを無に帰す』能力だとか『全てを破壊する』能力だとか、今考えれば頭が痛くなりそうなものばかりである。黒歴史なのだ。

 絶対見られないように、隠すところは細心の注意を払ってしていたのだが、見つけられたというのか。

 オレは首が勢いで跳ぶくらいの気持ちで、振り返る。

 あったのはすやすやと静かに寝息をたてているミチだった。

 顔にはたくさんの涙が通った跡があった。

「お兄ちゃんが気を失った瞬間、ものすごい大きく泣き始めて、お兄ちゃんは寝ているだけだよって言ったら、次は安堵して泣き始めて大変だったんだよ。でもその子はお兄ちゃんの近くによると、すぐに泣き止んだんだよ。だから今は特別」

「そ、それじゃあ、なんでナイフを…?」

「お兄ちゃんが寝言で変な事言ったり、寝相が悪かったからってその子に変な事したら、殺して、自分も死のうと思って」

「冗談だよな」

「………だといいね」

 互いに視線を合わせて、沈黙が流れると、椎名が「もう遅いから寝るね」と言って笑顔になって床に置いた果物用ナイフを拾い上げた。

「おやすみ」

 椎名はそう言って、オレの部屋から出て行った。

 ドアが閉まった瞬間、ドアの閉まった音と共に廊下側から果物用ナイフが壁を貫通して、刃先がこちらを向いていた。

 


▽▲▽▲▽



 目覚まし時計が自己主張するかのように大きな音をたてて、朝だということをオレに教える。

 起きたくない思いを飲み下して、ベッドから起き上がろうとしたとき、隣に寝ていたミチが寝ながらオレの裾を掴んで、離そうとしない。

「おい、起きろ」

 ミチの体をゆすりながら声を掛けてみるが、反応が無い。

 無理矢理引っ張って離してもいいのだが、そのせいで急に泣かれては困る。

「お兄ちゃん!朝食できてるよ!」

 そんな言葉がリビングから聞こえる。

「わかった。すぐ行く」

 軽く返答をした後、オレはある行動をした。

 ミチを無理矢理起こしたり、手を離そうとしたら泣かれるかもしれないし、かといって掴まれたまま着替えて、ミチの近くで着替えをしているという変な疑惑がかかるかもしれないので、オレはリビングまでお姫様抱っこをして連れて行くことにした。

 幸い掴まれてるのは利き手ではない左なので、飯ぐらいは食べられるはずだ。

 食べている間に起きてくれればいいのだが。

「椎名、おはよ―――」

「その状況を十文字で簡潔に述べよ」

 オレの目の前には椎名の箸があり、もう少し前にいけばオレの目が失明するかもしれない。

「ミチが裾つかんでる」

 椎名に言われたとおり十文字以内にまとめた。

 すると椎名が溜め息をして、イスに座ることを促してくれた。どうやらオレは生き延びたらしい。

「私にはそんなことやった試しがないくせに」

「ケースバイケースだ」

 昨日と同じように椎名は不満気な表情をしながら、味噌汁をすすった。

 オレも「いただきます」と言って朝飯を食べていく。

「お兄ちゃん」

「どうかしたか?」

「私、今日休む」

「おー、分かっ……は!?」

 思わず口に含んでいた今日の朝飯のほうれん草のおひたしを変な風に飲み込んで、むせ返る。

「今日はお兄ちゃんのクラスに行ってみる」



▽▲▽▲▽



 結局椎名は反対をしても、ついてきた。本当に一回決めると頑なに曲げてくれなかった。それでも大変なのに…

「今からどこ行くの?狼紅兄ちゃん」

 ミチもついてきたのだ。

 朝食を食べ終えた時にはミチも起きたのだが、ミチはオレから離れると決まって泣いた。

 椎名が置いていくのは可愛そうということでつれてきた。

 ミチが一体何者か分からないが、自分の家が無い事や、行動から両親がすでにいないと思う。今日の学校が終わったらミチから色々話を聞くつもりでいるが、本当にオレの予想が合ってたら、大変そうだ。

 始発のバスに乗り、いつもなら二人用の席でオレと椎名が席に座るのだが、今回は最後尾の席に座る。

 オレは昔から乗り物には弱いので、外の景色が見れるように窓側と決めている。

 つまり、いまの席順はオレ、ミチ、椎名の順番に座っている。椎名がとても不満気だ。



▽▲▽▲▽



 バスから降りて、ほとんどの生徒が出入りする正門ではなく、椎名が先生や同じクラスの人に見つからないように裏門から高校に入る。

 椎名を旧校舎を紹介すると、やはり双子なのか感想がまったく同じで、ミチは既に涙目だった。

 旧校舎の中に入って、教室に向かおうとしたとき、教室の前にある自習室からひぃ子ちゃんが手招きをしていた。

 前にM子ちゃんと呼んでいたが、あのときの傷は町に被害を与えないようにするため猫の『ナンバービースト』の囮をして、傷がついたと昨日の放課後教えてくれた。

 というか、未だ本名を知らない。別に自己紹介時間という春先によくある、一人一人が自己PRをするやつは無いが、たった五人のクラスなのに一人の本名すら分からない。それと先生の本名も。

「どうした?先輩」

 ひぃ子ちゃんのもとへと歩いていく。

「椎名、殺気を出すな」

 となりからものすごくどす黒いものが漂っている。

「…わかった」

「分かってないだろ。鞄の中にあるダガーから手を離せ」

「…ッチ」

「ガチでしたうちしたな」

 ひぃ子ちゃんは頭の上にクエスチョンマークを浮かばせていた。

「えー、こっちがオレの妹の椎名、んでこっちが…ミチ」

 ミチのことをなんて説明すればよかったのか分からず、曖昧になってしまう。

「よろしくおねがいします椎名さん、ミチさん。私の名前は佐藤由美です」

 深くひぃ子ちゃんもとい、由美先輩がお辞儀をした。

「それで、さっそくなんですが狼紅さん一緒にスパイをしましょう」

「…は?」

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