吃驚仰天
「遅いよっ!どこ行ってたの!?…それとなんで上半身制服がなくてジャージを着てるの?」
マンションのドアを開いた瞬間目の前に妹である椎名と怒号の声が聞こえる。
心配していてくれたのか、いつもしっかりとしている椎名の服装は制服のままで、折角の新品もしわだらけで、目も少し腫れていた。
「心配かけて悪かったな。上半身の方は…喧嘩したけど…他校だから大丈夫」
頭を撫でてから、一緒に部屋の中へ入るように椎名の体の向きを部屋の方へと向けて両肩を押していき、玄関に入って後ろから扉の閉まる音が聞こえた瞬間、椎名は体の向きを無理矢理変えて、抱きついてきた。
「本当に心配かけないでよ…!何で電話にも出てくれないの…?」
そういや携帯は買った初日で、説明書の多さと数々の機能を見ていたらオレの頭がショートして、引越しするためのダンボールの隅に入れたっきり一度も見てないかもしれない。
「本当に悪かった。今日はいろいろあって疲れたからすぐに休みたいんだ」
オレがそう言うと、抱きつく力が一気に増した。バキバキと音がなり、背骨にヒビがはいったと思うほどの痛みが伝わる。
「なにしてきたの…?友達…?まさか…女友達…じゃないよね?」
「痛い痛い!一回ストップ!話すから!」
これ以上力が増したら、本当に骨が粉砕してしまう。
「…分かった」
椎名の腕の力が緩み束縛から解放された後、確認のため腰を回してみると少し痛かった。
「早く話して」
さっきまでのウルウルとした涙目から、光が消えた瞳で睨んできた。
「ただ、クラスの奴らが強制的に町のイベントに参加されて遅くなったんだ」
イベントのことはまた後で話そうと思うが、そのせいで帰られなくなってしまった。椎名に公衆電話で連絡をしようと思っていたのだが、電話番号なんて覚えていなく、肩を落としていたら四角いケースの中で、もう酔っぱらいと同じような絡み方で腐二君が入ってきて、抱きつくという奇行をしてきたりしたのだ。
無理矢理帰ろうとすると、腐二君に能力を使われて殺されそうになったので、どうすることもできなくて、二十二時という時間に帰ってきてしまったのだ。これでも早めに帰られたほうだと思う。
「そうなんだ…。女性の方はいた?」
「そんなことどうでも―――」
全国空手道選手権大会一位の拳がオレの頬を掠めて、後ろのドアにぶつかり、鋼鉄製であるはずのドアがパラパラと欠けた。
「どうでもよくないよ。下手に嘘は吐かないほうがいいよ、私達双子だから」
この頃、というか引越しをした時から、椎名の行動がデンジャラスになってきたような気がする。このままいけば死ぬ事もそんな遠くない話になりそうだ。机の中に遺書でも書いてしまっておこうか。いや、毎晩気づかれないように部屋に入ってきてなにかを物色してくる妹にすぐ見つけられそうだ。
「オレのクラスさ、噂のSクラスっぽくって、生徒がオレを含めて四人しか―――」
「女性の方は何人?」
「…二人」
「嘘じゃないみたいね」
椎名は一つ溜め息をした後、さっきまでの表情が嘘だと思うほどに綺麗な可愛らしい笑顔になった。
「まぁ、理由は分かったし、今日は許してあげる。でもあんまり変なことはしないでね」
オレは笑顔の椎名にデコピンをくらわすと「はぅ」という声が聞こえた。
「お前はいつからオレの母さんになった?」
「いつも言ってるでしょ?私のほうが精神年齢が高いって!」
今回は両手を使ってダブルでデコピンをくらわしてやると「はうぅ」といういつもより長い悲鳴?が聞こえると、オレもなんだか笑いがこみ上げてきた。自室に戻り、ボロボロとなった制服を脱いで、タンスに入ってる寝巻きに着替える。
「お兄ちゃん、晩御飯の準備できてるよ。一緒に食べよ」
「お前、食ってなかったのか?先に食べときゃいいのに」
「嫌だよ~。お兄ちゃんと食べるから美味しくなるんだよ!」
「オレもお前と食べると美味しいよ。でも次からは食べてろよ、心配するから―――」
二発目の拳がさっきと全く一緒の所を通過して、次はオレの頬から血が伝った。
「次から…ってどういうこと?こんなに私が心配したのにまたやるの?お兄ちゃんは妹を守るのが義務だと思うんだけどなぁ?」
「授業が終わったらすぐさま迎えにいきたいと思います」
怪しい人が襲ってきたら、むしろオレが足手まといになりそうで、一人のほうが安全なのだが。と言いたかったがそれは心の奥底に閉じ込めといた。
「なんか隠し事あるの?」
「そんなのねぇよ」
「ふーん…」
オレの顔をジロジロと舐めまわすかのように見た後「まぁいいよ」と言ってくれた。
椎名を先頭に玄関からやっとリビングに入ってこれたと思った瞬間、椎名が作ってくれた晩飯の匂いがしてきた。
椎名がキッチンに入っていき、数分後、綺麗に盛り付けられた皿がたくさん並んだ。
「なんかいつにもまして豪華だな」
いままで椎名が作ってくれたいろんな晩飯を食べてきたが、今日の料理は見ただけでも椎名がドヤ顔で「腕を振るいました!」と言って来そうなほど豪華だった。
「今日はなにかいいことでもあったのか?」
「入学初日なんだからいいじゃん!さぁ、食べよ食べよ」
椎名は向かい側のイスに座って、手を前で合わせて「いただきます」と言った。
あきらかに様子がおかしい。
「お前…友達でも出来たのか?」
椎名が顔をにまにまと、笑うのを我慢しているのだが、笑いそうになってしまうという表情をしていた。
椎名は親のために努力をして文武両道であり、才色兼備の肩書きを持ったのだが、小さな頃からしっかりしすぎたのか普段なら友達と他愛の無い話をする時間である、休み時間や放課後はすべて勉強したり、塾や稽古へ通っていた。
気がつくと、周りには誰一人もいなくて、いじめはないが、他の人たちに話そうとしても避けられてしまう存在になっていた。
「良かったな」
「な、なんで、勝手に決め付けてんの!?」
テーブルをバンッと叩きながら椎名が立ち上がった。
「お前も言っている通り、オレ達は双子だからな」
照れ笑いをしたあと「そうだよ」と優しげな笑顔と共に言った。
「あ、でも!男じゃないよ!女友達だから心配しないでね!」
心配など微塵もしていない。
椎名に襲ってくる男がいたら、その男は数秒でその時の記憶を消したくなるほどの悲惨な状況になることは分かっている。
「そういうお兄ちゃんも嬉しそうだね」
「そりゃあ妹に友達ができたら嬉しいに決まってんだろ」
「違う、玄関で会った時から―――」
ドンッ!
何かが落下してきた音で、オレの部屋からだ。
「なにかな…」
少し怯えながら椎名がオレに聞いてくる。
「大丈夫だ。オレがいってみる」
「危ないよ」
「お兄ちゃんは妹を守るのが義務なんだろ?」
「そ、そうだけど…」
渋々椎名はここに待機することになった。
オレはすぐさまリビングにあったフローリングを拭くための一メートル三十センチメートルほどの棒に丸い形のモップがくっついている、前に通販で紹介されていた遠心力で水分を抜くというモップを片手に自分の部屋に向かって歩いていった。
ドアの前に来ると、部屋の中ではゴソゴソと何かを漁っている音が聞こえる。
その音がやむと、次に足音がドアの所へと向かってきた。
「来るなら来い」
そう言って、自分を鼓舞する。
ドアがゆっくりと開いていき、その隙間から小さな手が出てきた。
「ママー、どこーひぐっ」
小学五年生ほどのちいさな女の子が泣きながらオレの部屋からでてきた。