I want free time! ただの願望です
目を開けると広がっていたのは、静寂に包まれた遊園地だった。
周りを見渡すための光りは、天空に上る満月だけであり、なんともいえない寂しい光りが遊園地に降り注いでいた。
上体を起こして周囲の状況を確認すると、椎名、鈴香、ミチは寝息を立てながら寝ている。
「椎名ちゃぁん」
そんな寝言を言いつつ鈴香は、まるで起きているかのように軽やかなステップで椎名のもとへと行き、抱き枕のように抱きついた。
椎名は少し嫌気が差している顔のようだが、ニコニコと微笑んでいる。
「こんなところでどうしたんすか?」
ミチの状態を見ようとしたとき、不意に後ろから声が掛けられた。
独特な口調と気だるそうな声。
「逆に、オレがお前に何故ここにいるかを聞きたい」
深夜の遊園地、普通の人ならまず入ってこないはずだ。
「たまたまっすよ」
「それはおかしい」
先生の返答にすぐさま切り返す。
「なんでっすか?」
小首を傾げながら手を顎の下に持ってくる。
「こんなところで寝ているオレ達を従業員は気づくはずだ。何故従業員が気づかないのに先生は気づいた」
「生徒を見守るのは先生の役目だからっすよ」
まるで作っておいた台詞のように淡々と話す。
「信じられない」
オレは立ち上がり、少し身構える。
先生の瞳が、前にも見たようにどこか暗く深い井戸のような底冷たい瞳をしているからだ。
「んー、起きるみたいだから逃げるっす」
先生は突然にそんなことを告げて、後ろを振り向き暗闇の中に走っていった。
追いかけようと体に力を入れた瞬間、呻き声と共にミチが目を覚ました。
先生を追いかける事を渋々断念して、ミチのもとへと駆け寄り体を支えて顔を見てみると、ミチは頬に涙が通った痕があり、目が赤く腫れていた。
一体この少女は何者なんだろう。
いままで避けてきたように思える一つの疑問が頭に広がった。
その後、椎名、鈴香と順番に起き上がった。
オレ以外は、黒い服装の男に襲われたという記憶は持っていなかった。
代わりに、空から降ってきた流れ星が当たって気絶してしまった。という捉えようにはものすごくファンシーのようなものだが、実際そんなことが起きたら『神開拓戦争』と勘違いして全世界がパニック状態に陥るだろう。
そんな根も葉もない事を椎名と鈴香は信じており、ミチは本当に何が起こったのかが分からないらしい。
▽▲▽▲▽
あの後、オレ達は無人の遊園地から自宅に帰ってきたのだが、鈴香は電車通学で、もう終電が過ぎていた事もあり、オレ達の部屋に泊まることとなった。
「椎名ちゃんのご飯美味しい!」
茶碗を高々と上げながら鈴香は椎名が作った夕飯……夜食と言ったほうがいいかも知れない食事に舌鼓を打ちながら食べていた。
椎名も笑いながら「ありがとう」と返している。
夜食を食べ終わると椎名と鈴香とミチで風呂に入っている。
静かになったリビングで一息つきながら自分で淹れたコーヒーを啜りながら今日あった出来事を頭の中で整理していると、突然その思考が妨げられた。
「小鳥君……」
耳に吐息がかかるほど近くに唇を寄せられ、後ろから腕を回されながら抱きついて、髪がオレの頬を掠め、シャンプーのいい香りがする。そしてタオル越しに背中に当たるなんか柔らかいもの……『お』で始まるあれだ。
この大きさから分かる事は、椎名ではない。ミチが突然変異で大きくなるはずが無いので、残るは鈴香だけになる。
「どうしたんだ?」
そう言って、コーヒーを一口啜る。
「あれ!?え!?興奮とかしないの!?」
鈴香が驚きながら体をグリグリと近づけてさらに密着させる。
「まぁ、諸事情でその欲求イコール死という本能が昔から定着してるからな」
脳裏に椎名の顔も出てくるが、一番強い印象は母さんの方である。
母さんはオレが悪戯や性欲に少しでも心が揺れると、食事を与えられずに一週間監禁されたり、見知らぬジャングルに放置されたりと、何度も三途の川を見てきた。
まぁそんな事をされていたから喧嘩が強かったかもしれない。
しかし、母さん曰く「自分の正義のためならば拳を振るえ」という少し連先輩に近いような腐二で喧嘩はある程度は許された。
「つうか、早く離れろ」
「良かった!」
抱きつくのをやめ、笑顔のまま鈴香はオレの向かい側の席に座った。
タオルから半分はみ出た大きな『お』から始まるあれは男の夢と希望の集大成と言っているが、はっきり結論から言うと脂肪の塊である。
「鼻血でてるよ」
鈴香から苦笑いをしながら言ってきた。
近くにあったティッシュを鼻に入れ、応急処置をする。
「脳で抑えられても、体が反応してしまうからな」
出来るだけ格好良く、それでいて華麗に言い訳をしたつもりだが、たぶん変態の戯言に聞こえただろう。
「そうだ、今日観覧車乗れなかったから今話すね」
遊園地で遊ぶ前に鈴香はオレとある約束をしており、その約束が『一緒に観覧車に乗る』というものだった。
二人きりでしか話せないことがあるという。
「話してみろよ」
コーヒーを啜る。
「私は椎名ちゃんの事が好き…」
だんだん声が小さくなり最後らへんよく聞こえなかった。
「もう一回言ってくれ」
顔を赤くして、もじもじしながら鈴香は意を決したかのように話し出す。
「椎名ちゃんが好き!友達としてではなく、異性同士が恋をするかのように私も椎名ちゃんに恋をしました!」
口に含んでいたコーヒーが気管に入り、盛大に咳をしながら吐き出す。
「今、なんつった?」
息が苦しいなか、聞き間違いだという事を願い、もう一度聞き返すが、無情にも鈴香は言い放つ。
「椎名ちゃんに恋をしました……」