四字熟語ってよく分からん
「やってきました!遊園地!」
椎名が子供のように両手を上げながら、この遊園地のマスコットキャラクターである『デビルちゃん』という愛称で慕われているきぐるみの小悪魔に抱きついていく。
手を繋いでいるミチも早く遊園地を回りたいのか、握る力がいつもより強く感じた。
「椎名、友達を置き去りにするとはどういう思考してるんだか」
オレは一人騒いでいる自分の妹を見ながら溜め息を吐く。
「いいんじゃないの?椎名ちゃん楽しそうだし!」
そう言ったのは駅前で落ち合った、椎名の友達の……たしか八橋鈴香という名前だったような気がする。
第一印象は……なんというか男なら一度は気にしてしまうところが大きいくせに、椎名と身長が同じという体型で、性格は明るく、しかし面倒見のいい姉的な感じである。
椎名は動きやすい事を意識しているのか、黒いストッキングに茶色のショートパンツ、ピンク色のフードがついてる服装だ。
そして八橋は薄い色の服に少し派手な色のジャケットを羽織り、長めのスカートを履いている。
ミチは……いつもどうりのシンプルな服装である。
「小鳥君、小鳥君」
鈴香のほうを見てみると、手先を曲げていたので鈴香に近づいて「どうかしたか?」と言うと、耳元に唇を近づけて、ある事を耳打ちされた。
「な、なんでお前とそんなことしなきゃならないんだよ!」
「いいじゃ~ん。二人にならないと話せないことがあるからだよ」
「どうかしたの?お兄ちゃん」
椎名の方を見ると、デビルちゃんの耳を頭につけ、尻尾も装備していた。そして手には、ここでしか手に入らないお菓子やおもちゃを持っていた。
「椎名ちゃん可愛い!」
そう言いながら鈴香は椎名に抱きついた。
「ちょ、いきなりやめてよ……っ!」
明らかに普通以上のスキンシップである。
オレは苦笑いをすることしかできなかった。
「今からアトラクションとかに乗るんだろ?オレが持っててやるよ」
「いいの!?ありがとうお兄ちゃん」
そう言って椎名は鈴香の手を引っ張りながらこの遊園地最大の絶叫マシーンへと向かった。
その時の椎名の笑顔は、もしかしたらこの町にきてから一番の笑顔かもしれない。
前も言ったと思うが、オレは乗り物が苦手で、妹の椎名もその事を分かってくれている。それに、この頃ミチがオレと一緒に何かをしていても怒らないようになってきてくれた。
「ミチ、メリーゴーランドにでも乗るか?」
ミチは「うん!」と言いながら首を大きく上下に揺らした。
メリーゴーランドとはファンシーな馬とか馬車が上下にゆっくりと揺れて、小さな子供の笑顔を見守るかのようにシャッターを切る親や、一緒に乗る親がいたりと、遊園地の中で平和の象徴であるはずのメリーゴーランド。
今オレの目の前にあるものはメリーゴーランドスペシャルデラックスという前にもこんな名前で、生死を分けた戦いをしたときに聞いたような名前だ。なんでもかんでも盛るのはやめたほうがいい。
そして何故小学生以下は禁止なのだろう。
悪い予感しかしないので帰らせてもらおう。
オレは踵を返して、親子やカップルが仲良くしている飲食店の近くにある平和な場所へ行こう。
「ひぐっ」
ま、さ、か。
「うえぇぇぇぇぇえええぇぇえぇぇ」
ついにこの時が来てしまった。
小さなお子様限定の最終奥義。その場でのた打ち回るかのように、泣きながら体を動かし、保護者を恥辱の海へと溺らす必殺技……名付けて!
今は名付けてる時ではない。
「分かった!乗るから泣くな!」
すると、すぐにミチは泣き止んでくれたが、オレは悪意があるように見えて仕方ない。
オレは捻くれている人間だ。
すぐに人の行動に裏があると勝手に想像してしまう。
前に絶対感動して泣いてしまう映画を椎名に勧められて見たのだが、その映画で批判できるポイントを探して、感動の初恋の人と出会う泣けるシーンでは嘲笑いながら「こんなの現実でなるかよ」と言ったりした。
オレは駄目な人間だ。
「はじまったよ」
ミチの一声でオレは我に返ってしまう。あのままナイーブな気持ちで、優しい医者の注射を受けるように、一旦現実から目を逸らしたらいつの間にか終わっていました。てきな奴をしたかったのに。
ベルトをしたオレとミチが乗った馬が空へと羽ばたいた。
吐いた、気持ち悪さのあまり吐いてしまった。
吐くだけなら自分も覚悟をしていたが、まさか吐いている最中をカメラに撮られたとはね……。
ほら、アトラクションのアルバイトの人が、オレの写真を見て笑いを堪えている。
「つぎ、いこう?」
オレの手を握っているのは小さな子供ではなく、最終奥義を会得した小悪魔かもしれない。
▽▲▽▲▽
「お兄ちゃん!」
その声と共に頬がヒリヒリとした痛みが伝わった。
重い瞼を開けると、椎名がビンタをして、ベンチの上で膝枕をしてくれているようだ。
椎名が少し心配そうな顔をしながら、怒っていた。オレって椎名のこと怒らせてばっかだな。
「アトラクション苦手なのにどうして乗ったの?」
メリーゴーランドスペシャルデラックスに乗った後、ミチの最終奥義の前に何度も屈服してしまい、結局のところ、遊園地の全ての絶叫マシーンに乗った。
ここで嘘を言っても仕方が無いので、ミチが最終奥義を会得した事と、実はミチがデビルだということを話したのだが、椎名は小首を傾げながら頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいた。
「まぁ、小鳥君も元気になりましたし!最後のアトラクションと行きましょうよ!」
鈴香は手を叩きながらベンチから立ち上がった。
空を見ると既に空の色がオレンジへと変わり、オレ達から伸びた影の向こうには、カラスも鳴いている。
「最後はあれだよね!」
そう言って鈴香はこの遊園地で最も高く、町のシンボルといっても過言ではない観覧車を指差す。
「やっぱりそうだよね、鈴香ちゃん」
椎名も乗り気である。ミチも当然のごとく目を輝かしていた。
オレは体を起こして、深呼吸をする。
「行くか」
オレはベンチから立ち上がり、観覧車に向けて歩き始めた。
刹那、視界が一瞬歪み、オレ達の目の前に二人の男女が現れた。
「おぉ、イスラームが来てる来てる。やっぱりボクの作戦大成功じゃん!」
無邪気に笑いながら黒い服を身に着けたオレと同じ年齢ぐらいの男がこちらを見ていた。
「アンタの作戦は途中で失敗するのがおちよ」
同じく黒い服を身に纏った、大人の女が少し不機嫌そうに呟いた。
どちらも黒いフードを被っているのでしっかりと顔の人相は見れない。
それに、あの男のほうがミチのフルネーム、ミチ・イスラームを知っている。
そして、オレの後ろで震えながら隠れているミチから分かる事は、この二人はミチにとって危ない存在だという事だ。
かといってこいつらの身元が分からないので、下手に喧嘩でもして大事になっては困るから、逃げるしかない。
「あとはアンタだけでも充分でしょ」
「あたりまえだ」
女のほうは後ろを振り向いて、歩き始めたと思った瞬間、すでにその場から跡形も無く消えていた。
「さぁて、イスラームを連れて行きましょうか」
男がゆっくりと近づいてくる。
その一歩一歩の足音は重く、近づいてくるたび心臓の脈がだんだん速くなる。
直感が「逃げろ!」と反応した。
「椎名!鈴香!ミチ!逃げるぞ!」
そう言って周りを見回したが、見えたのは男に腹を殴られ、倒れていく椎名と鈴香だった。
「次はお前の番だ『一匹狼』」
その声が耳に入った時には、既に立っていた場所から数メートルほど殴り飛ばされていた。
ミチの手を握っていたオレの右手は風を切っていた。
背中から地面にぶつかり、転がりながらも手で地面にブレーキをして、立ち上がろうとするが、ただ一発殴られただけなのに足腰に力が入らなかった。
「おいおい、能力使ってくれよ。さすがに『一匹狼』でも能力を使ってなきゃ、ボクでも倒せるよ」
「何……言ってんだ」
「もしかしてまだ能力解放してないのか。はぁー、つまんねぇな。『一匹狼』がどれだけ強いか見たかったのにな。拍子抜けだ。『一匹狼』の能力が解放されてないときは手を出すなって言われてっからなー。じゃあなー」
さっきの女のようにすぐに跡形も無く消えてしまった。