有終完美
視界が朦朧となり、体のいたるところに鉛を入れられているように重い。
胃の中にふぐがいるかのように、胃がはちきれんばかりに膨らみ、チクチクと刺激を与える。
吐き気が襲ってくると、すぐに口を閉じ、こみ上げてくるものを飲み込む。
残り時間は十五分。
オレの目の前に置かれた皿には、容器から取り出した最後である苺が七粒、半分にされたバナナが一個だけである。
これはオレにとって生死を分ける戦いであり、勝てば(パフェを完食すれば)妹に殺される心配はないが、負ければ(パフェが完食出来なければ)妹に殺される。
視線をパフェから隣にいる店にとってはあまりにものブラックホースであったミチへと移す。
ミチは寝息を立てながらスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。
五分前にミチは「おなかいっぱい」と言って、寝てしまったのだが、ミチの食べた量はミチの体積の二倍はあるので、相当食べた事になる。
オレも加勢をして直径十五センチもあるアイスを一つ食べた。それですでにこの状態である。
オレの周りには店の中にいた客が全員、オレ達の挑戦に固唾を飲んで見守っていた。その騒ぎを聞きつけてこの店の店長までも厨房から飛び出し、オレと時計を忙しなく交互に見る。
吐き気が静まると、片手に力を入れてスプーンを握り、苺をスプーンの上に乗せて口の中にいれ、両手で口を押さえ込みながら噛む。
その瞬間、日本チャンピオンにボディーブローをされたように腹へと衝撃が伝わる。やられたことは無いけど。
吐いてはだめだ、吐いてはだめだ!
自分に言い聞かせながらこみ上げてくるのを飲み込む。
馬鹿らしく思えるだろうが、こっちは大真面目である。
吐き気がおさまり、もう一つ苺を口の中に入れる。
世界チャンピオンのボディーブローが襲ってくる。
「残り十分!」
パフェを運んできてくれた店員の一人がタイムウォッチを見ながら叫ぶ。
五分で苺二つでは間に合わない。
オレはスプーンを置き、皿ごと持ち上げて苺を五粒全て口の中に放り込んだ。
「お兄ちゃん、こんなところでミチちゃんとデートとはどういうこと?私も入れるべきじゃないかな?」
背中に寒気と、首もとに死神の鎌が構えられている感覚に陥る。
「それに、食べているのって一万以上するものだよね」
ゆっくりと首を回し、後ろを振り返ると、満面の笑みである椎名がいた。後ろには黒いオーラで纏った死神が見える。
何か話さなければと思い、恐さのあまり吐き気なんてどこかへと吹っ飛び、口の中にあった苺を飲み込む。
「あははは……はは……は。ごめん」
妹に殺される方と胃が破裂しする方ではどちらが苦しいかを考えてみると、断然妹のほうである。
手でバナナを持ち、噛まずに一気に飲み込んだ。
朦朧としていた視界がばっさりと暗くなった。
▽▲▽▲▽
「お――――」
誰かの声が聞こえる。
「お兄――」
中学生の朝によく聞いた声だ。
「お兄ちゃん!」
そう、椎名だ。
瞼を上に持ち上げると、光と椎名の顔が瞳に映る。
未だ重い上体を起こし、周りを見てみる。
八個のロッカー、角には植物が置いてあり、そして中央の二つの長椅子の一つにオレは寝ていた。店の休憩所といったところだろう。
「お兄ちゃん」
さっきまでの心配している声ではなく、地獄から這い出てきたような声が妹の口から発せられる。
「悪かった」
すぐさま姿勢を正座にして、少し頭を傾けて謝る。
「あーんはしたの?」
寝耳に水のようなおかしな言葉が聞こえた。
「……は?」
聞き間違いだろうと思い、もう一度聞き返す。
「だから、ミチちゃんとあーんはしたのか聞いてるの!」
「あーん」というのはあれだよな。二人のうち片方がもう片方に食べさせてあげるというキャッキャ
うふふのカップル同士がするやつだよな。
「するわけないだろ」
オレが当然のことを言うと、何故か椎名は溜め息を吐いて胸を撫で下ろしていた。
「まぁ、今回は許す。次はないと思え」
オレはなにも言い返すことはできなかった。
「むにゃむにゃ」
椎名の影になってよく見えなかったが、ミチはもう一つ長椅子に寝ていた。
「そういえば、椎名、作戦はどうだった?」
「完璧だよ」
即答してきたので本当に自信があったようだ。
「私もああいう恋愛してみたいな」
少し悲しそうに椎名は呟いた。
「お前だったらすぐできるって」
椎名の頭を撫でると、俯きながら嬉しそうに笑った。
さて、これ以上いると迷惑になるので、退散でもするか。
代金は椎名が既に払っといたようなので、外で煙草を吸いながら休憩中の店長に一言お礼をしてから店から出て行った。
時刻は四時になっていた。最後の作戦は五時からなので、さっそく待ち合わせに向かって歩く。
最後の作戦は、連先輩と千春先輩に突飛で奇抜な奇跡を見せる。
あ、その前にトイレに行こう。オレの腹がゲシュタルト崩壊しそうだ。