悪戦苦闘
作戦1は何も事件が起こらず遂行できたのだが、作戦2は大変なものだ。
作戦2は椎名が担当する事になっており、今椎名が隠れている所は大きなショッピングモール内にある遊園地だ。
なぜ全員で行動をとらないかは、作戦の内容的に少数精鋭が一番いいし、作戦失敗時にはどんなことが起こるかわからないためである。
オレは溜め息を吐きながらショッピングモール内にあるカフェでコーヒーを啜っている。オレが担当する作戦は終わり、後は最後の由美先輩が考えたフィナーレに協力するだけなので、今から夕方まで時間つぶしをしてないといけない。
椎名が担当する作戦を見てもいいが、万が一のため連先輩達に存在がバレる危機は避けなければいけない。
しかしまぁ、目の前に座ってるミチが瞳をキラキラさせながら、なにかオレに言いたそうな顔をしている。
なにを言いたいかは分かっている。「遊園地に行きたい」だ。
作戦のことを含めても遊園地には行きたくないが、作戦なんかよりオレは懐の心配をしている。
懐はすでに氷点下を下回っている。
なぜそんなに冷たいかって?それは、オレの所持金が八円だからだ。
財布は家に忘れてきたあげく、財布は持っているだろうと錯覚をして、優雅にコーヒーとミチのためにストロベリーサンデーを頼んだのだ。
ミチならストロベリーサンデーでも食ってたら遊園地の事なんて忘れてしまうだろうという甘い考えをしていたのだ。
それと、決して『ストロベリーサンデー』と『甘い』はかけてるつもりはない。
ミチはストロベリーサンデーをものの数分で食べ終えて、遊園地の事も忘れていなかった。
ミチはなんだかんだで泣き虫なので、もしかしたら駄々っ子のように地面に寝て、手足をバタバタ動かすという親に醜態をさらし、親が羞恥心に負けて商品を買ってしまうという子供の最終奥義の奇行にはしってしまうかもしれないので、早いうちに手を打っとくべく子供の好きな甘味料を与えたのだが、このまま気を逸らし続けるのは長丁場になると思い、財布の中身を確認しようとしたときに気づいたのだ。
つまり、今オレが飲んでるコーヒー代とミチが数分で食べ終えてしまったストロベリーサンデー代が払えないのだ。前から話してると思うが携帯は所持していない。
「あそこいってみたい」
やっとの事で言えたような顔をしながら遊園地のシンボルである高い観覧車を指差す。
ミチが言葉を発すると、オレの肩は一気に飛び上がった。
冷や汗が滝のようにあふれ出す。
もしこのままミチが泣くような事でもあったら、羞恥心のあまり、オレはこの周辺は歩けそうにない。
何か言い訳を…。
「も、もう少し、ここでゆっくりしような。まだコーヒー飲み終わってねぇし」
「コーヒー飲み終わったらあそこにいく?」
「も、もちろんだ」
咄嗟にでてきた言い訳だが、ミチは納得してくれているので、その言葉に甘えて三十分ごとにコーヒーを一口啜ろう。この量ならば四時間はいられる。
本当に、店員にとっては最悪な客だよな。
カフェの店員さん、服屋の店員さん、本当にすみません。
「どうかしたのか?」
オレが店員さんに懺悔をしていると、ミチが向かい側の席からオレの隣に座ってきた。
「となりのほうがいいと思って」
なにが良いのか分からないが、今は店員さんからの「なにか頼まないのかしら?」という視線に耐えるので精一杯だ。金が無いので頼めないし、帰れもしない。
テーブルに両肘を置き、両手を重ねた上に額を乗せて思慮をする。
普段ならば、エアコンや植物によって環境が良く、友達と笑い合ったり、カップルでイチャイチャするという天国のような場所なのだが、まるで今は地獄で煮えたぎったお湯の中に入れられたかのような、体中にチクチクと痛む視線や、大量の汗が噴出されている。
頼む、妹よ。双子の妹である椎名ならばオレを見つけ出して助けてくれ。
「こーひー飲み終わったよ?」
突然に隣のミチが、オレの袖を優しく引っ張りながら言ってきた。
「何を言って……」
ミチと目が合う前に捉えたのは、オレが頼んだコーヒーが無残にも消えており、残ったのはオシャンティーなコーヒーカップであった。なんか頭がおかしくなってきた。
「すこし舌が変な感じしたけど、おいしかったよ」
「そのことを……苦いって言うんだよ」
「そうなんだ」
さて、これでこの店にいる理由が無くなってしまった。
次にミチはどんなことをしてくるのだろうか。やはり最終奥義を…。
ゆっくりとミチの方を見ると、とても綺麗に手を空高く伸ばしてるじゃないですか。
「お客様どうかなさいましたか?」
うん、やっぱり店員さんがくるよね。
「おかいけ――」
「スペシャルデラックスストロベリーサンデーを一つで!」
ミチの言葉にかぶせて店員さんに話す。
「か、かしこまりました」
一つお辞儀をして颯爽とその場から店員さんがいなくなる。注文を繰り返すことを忘れるほどびっくっりしららしいな。
ストロベリーサンデーの中で、というよりメニューのなかで一番カロリーが多く、重量もトップサイズの食べ物であると、メニュー表のおすすめにあった。
噂では発売してから三年これまでに三個か四個売れただけ、というメニューだ。
それと、ミチはなぜ『苦い』という表現が分からないのに『お会計』という言葉がでるんだよ。
「たべてもいいの?」
と、ミチが瞳を輝かせながらこっちを見てくるので虚勢を張って「もちろんだ」と言ってみせた。
さてストロベリー代八百円、コーヒー代三百五十円、スペシャルデラックスストロベリー代一万六千八百円。
妹に殺されそうだな。
オレは自嘲気味に乾いた笑いを漏らす。
三十分後、よく運送業者がつかう荷台を二人の店員さんが押して例の商品を持ってきた。
オレとミチの目の前には大きな山があった。ピンク色の山に豪雪が降ったごとく生クリームがのせられ、火山が噴火したように赤いストロベリージャムがたくさんかかっていた。
だいたい高さは一メートル二十はあるかもしれない。
テーブルの上に置くと壊れるので、荷台の上にあるまま食べてくださいということだった。
見てるだけでも胃もたれがおきそうである。驚愕の甘い匂いが鼻にツンと突き刺さり、吐き気もしてくる。
もともと甘いものが苦手だから、コーヒーを飲んでいたのに。
「それでは、二人で一時間以内に食べ終わる事が出来れば、三千円の賞金とこれが無料になります。スタート!」
ん?なんか今ものすごい情報が耳に飛び込んできたような…。
メニュー表のスペシャルデラックスストロベリーサンデーをもう一度しっかり、見間違えないように見てみると、間違いなく店員さんが言っていた「二人で一時間以内で完食をすれば無料!しかも賞金まで!」と記述されている。
「これなら…」
メニュー表から視線をずらし、スペシャルデラックスストロベリーサンデーを見てみる。しかしいくら常に腹が減っていても、この量を一時間で食べる事は無理である。
絶望…言葉どおり希望が絶えた。
あれ?おかしいな、山の大きさがさっきまでより二十センチほど小さくなっている。
「おいしいよ?たべないの?」
隣を見ると口の周りにクリームがたくさんついているミチが言ってきた。
ものの数分で二十センチをたいらげやがった。
暗闇に一筋の光を見つけ出す。
「喰ってやる。たいらげてやる!」
オレはスプーンという勇気の剣を手に、自分の生死を分ける戦いへと身を投じた。