氷炭相愛
放課後。
それは一般の生徒ならば、長く辛かった授業が終わり、その褒美として学校側から用具や場所を提供させて貰う。部活をするために部室棟へ向かう者、友達と遊ぼうとする者、勉強を始める生徒だっている。放課後は学校に通い、真面目に授業に取り組んだ生徒が、与えられる有意義な時間なのだ。
しかしオレが在籍しているSクラスの放課後は、二人のクラスメイトを尾行するという、青春を謳歌する花の高校一年生と、思えないような行動を行っているのだ。
「あ、やっと来ましたよ」
妙にテンションが高い由美先輩が、今にも飛び出してしまいそうな勢いでコンクリートを背に、クラスメイトを見ている。
由美先輩の視線の先には、いつも以上にキラキラとシルバーアクセサリーを着けて…いや身に纏いと形容した方がしっくりくるぐらいの量を装備している連先輩がいた。太陽光が反射してとても目に悪い、それより直視が出来ない。
そして後からやってきた千春先輩。いつもパソコンを弄ったりしてるので、根暗なイメージを持っていて、デートなのに、部屋着やジャージで来る心配をしていたのだが、今の服装は春の時期に良く合うパステルカラーのワンピースで、清楚や大人しさを兼ね備えつつ可愛らしさもあるというシンプルイズザベストの理にかなって痛ッ!
「椎名、いきなり足を踏むな」
オレの足のつま先を椎名は踵でグリグリと踏んできた。
「見とれてるから悪いんでしょ」
頬を膨らませながら、腕組をして睨んできた。
「見とれてなんかねぇよ、ただ驚いただけだ」
オレに顔を近づけながら心を探るようにオレの瞳を見た後「分かったわ」と言って、足を踏むのをやめてくれた。
「アベシッ!」
前にも聞いたことがあるような断末魔が由美先輩の視線の方向から聞こえた。
「眩しい…着替えろ」
連先輩の方を見ると、腹を抑えながらギラギラと光っている人がうずくまっていた。
さすがに千春先輩もあの服装は許せないのか、着替えることを命令したらしいな。
「つうか、よくやるよな、由美先輩」
「今回は絶対成功させたいですしね」
オレの両耳には小型の盗聴器のイヤホンがある。由美先輩、椎名、ミチも装着している。
「どこに発信機つけたんだよ」
千春先輩は制服からワンピースに着替えているのだから、制服にはつけてはいけないし、ワンピースにつけるためには近づかないといけど近づいたら怪しく思われるよな。
連先輩にはアクセサリーにつけたのだと容易に想像できるけど。
「簡単ですよ。着替えといっても下着までは着替えないと思います。だからブラジャーのホックに着けました」
「どうやってそんなところにつけた」
「企業秘密です」
不適に由美先輩は笑うと、急に動き出した。連先輩たちが動き出したのだ。
「迅速かつ確実に動いてくださいね」
それは作戦についての最後の注意だろう。
それと、最初にあだ名でひぃ子ちゃんと呼んでいたが、まったく印象が変わった。
猫のときも自分が率先して立ち向かい、誰も傷つけたくないから囮をしていた。とても仲間思いのある先輩なんだろう。
「分かった」
由美先輩の注意に対して頷き、オレ達は作戦遂行のため、オレとミチ、椎名、由美先輩の三つに分かれて、たくさんの人が行き来する交差点へと紛れ込んでいった。
▽▲▽▲▽
作戦1。
連先輩と千春先輩、二人の距離を縮める。
心と心の距離を縮めるという訳ではなく、物理的に縮めるのだ。
『予想通り二人はモールへと向かっています』
これまた由美先輩自腹のトランシーバーから由美先輩の、朝早く勝手に部屋の中に入って、寝ている人を驚かす感じの番組によくあるかすれた声が聞こえる。そんなことをしなくても連先輩たちには気づかないはずなのに。
「これから作戦1を開始する」
オレはトランシーバーに向かって話す。
『了解』
少し嬉しそうな椎名の声が聞こえた。
通信を終わらせ、トランシーバーをズボンのポッケへと滑り込ませ、カチャという音がする。
オレはそのモールの中で、低価格だけど高品質が売りの二階にある服屋で待機することになっている。
由美先輩が作戦の内容はここまで筋書き通りである。待ち合わせに派手な格好をして連先輩が来る事や、千春先輩がそれを嫌がり、着替えを要求して、このモールに入ってくる。
少し恐怖を覚えるぐらい当たっている。まぁ連先輩や千春先輩のテンションの高さをすぐ見破ってしまうぐらい、連先輩たちのことを理解してるからこそできることなのであろう。
内心オレはとても楽しんでいた。
中学の頃に喧嘩ばかりしてたこんなオレでも、小さい頃はヒーローや戦隊物、スパイなど格好良いものに憧れた時期がある。もちろんそんなことは出来るはずがないと年月を重ねていくにつれて、分かっていくものなのだが、今はその童心をくすぐらされている気分である。
「ここ暑いよぉ」
ミチが今朝椎名に借りた服のすそをパタパタと上下に動かし風を自分に送る。
「もうちょっと待ってろよ」
オレとミチは在庫セールで売ってある、コートやジャケット、ジャンパーなどが置かれているコーナーに周りから見られないように隠れている。周りには秋冬用の服がたくさんあり、息苦しくて、暑い。
服の隙間から連先輩たちが見えた。
(物理的な方で)二人の距離は一メートルほど離れていた。互いに顔を合わせようともせずにいて、連先輩は顔を紅くしながら汗が噴出しているし、千春先輩はポーカーフェイスを保とうとしているが頬が赤く染まっている。
連先輩と千春先輩はぎこちない歩き方で入ってきた。
写真をとって保存をしてやりたかったが、生憎オレの携帯はダンボールの中で眠っている。
千春先輩が店内を忙しく歩き回り始める。まずここでばれないようにしないといけないので、息を潜めて、千春先輩の行動を見守る。
ふと、見えた千春先輩の顔は、頬を紅く染めながら優しく微笑むかのように笑っていた。
「ねぇ、なんで笑ってるの?」
突然ミチからそんな問いかけをされる。
「わかんねぇよ」
本当に分からないが、千春先輩が笑っているのを見ると、周りの服の気持ち悪い暑さではなく、暗く寒い夜にぽっと灯ったロウソクにあたっているような気持ちの良い暖かさが心を刺激した。
そんなことを考えていると、作戦決行の時が近づいてきた。
千春先輩が服を選び終え、連先輩が待っている試着室へと足を運ぶ。
オレ達と連先輩たちの間には一つの木造製の商品棚が立ち塞がっている。
そして、トランシーバーを入れているポッケにはもう一つ、棚にとって重要な物が入っている。
それは、棚を倒れないようにするための留め具である。別にこの店内にある全部ではなく、オレ達と連先輩達の間にある商品棚のやつだけだ。
『これ…』
ガサッと、布と布が擦れる音と千春先輩の声が盗聴器から聞こえる。
『せ、せんっきゅう』
たぶん連先輩は「サンキュー」とお礼を言いたかったのだろう。
オレは苦笑いをしながら作戦を始める。
ミチにはここで隠れてるように言っといた。
この店の人には悪いが、商品棚を倒させてもらい、連先輩達に商品棚をぶつけるつもりで押す。
ギギッという音がすると、商品棚は少しずつ千春先輩の方へと傾き、そして、大きな音と共に商品棚が倒れる。
すぐさま盗聴器に耳を傾ける。
『…上半身…裸で抱きつく…変態』
『そんなことより我に助けて貰ったのだ。貶すより、礼はないのか?』
『………ありがとう』
『次から気をつけるのだな』
いつも聞いてる連先輩の声と、少し焦っている千春先輩の声が聞こえた。
成功なんだが、由美先輩はどんな考えをしているのか分からない。
今回の作戦は、オレが商品棚を倒し、着替えている連先輩が外の異変に気づき、助けるために千春先輩を更衣室に連れ込む。というものだ。
由美先輩曰く「この時間帯に店に入る人はいませんし、怪我人はでないから思いっきり押してください」だそうだ。千春先輩が怪我するという事は考えなかったのだろうか。いや、由美先輩は連先輩を信用してたんだな。
連先輩達との会話を聞く限り、連先輩は着替えるために上半身裸だったのだろう。もし下半身がパンツだったら大変なことになってただろう。
オレが棚を直すと、店員が走りながら近づき、お客が埋もれているかと思っているのか、商品のことには目もくれず、新しい服を自分の後ろに放り投げていく。
オレとミチは連先輩達に気づかれないように服屋を出て行った。
次は作戦2だ―――