意中之人
「スパイって…意味が分からん」
オレが溜め息を吐きながら言うと、由美先輩がオレの目の前に顔を持ってきて、話し始めた。
「出来るだけこの話は広めたくは無いんですけど、千春さんと連さんは両思いなんですよ」
ピーシーちゃんは千春っていう名前だったのか、んで腐二君は連っていう名前か。
良かった、このまま名前を知らずに生活を共にするところだった。あ、でも先生の名前はわかってねぇな。つうか名前を知らないのは、めんどくさがりやのあの先生のせいだよな。
「どうかしましたか?狼紅さん」
オレがなにも反応を示さないので心配して、言ってきたんだろうが、今本当に危ないのはオレの後ろにいる椎名がお手製のダガーを携えて今にも襲い掛かるほうが危険だ。
いつもならもうすでに襲い掛かってくるが、オレを傷つけたら一緒にいるミチが泣き始めて先生が来るかもしれないと思い、とどまっている様子だ。
「ちゃんと話聞いてましたか?」
由美先輩は小首を傾げて聞いてきた。
「えーと、たしか千春先輩と連先輩が両思いなんだよな」
「そうです。でも、二人はまだ付き合ってないんですよ。千春さんは連さんの前では恥ずかしくて暴力的になっちゃいますし、連さんは恥ずかしさのあまり話せなくなってしまうんです。それで前々から私がたてておいたデート作戦がありましてね、作戦遂行のために人数が必要で、先生を連れて行こうと思ったんですが、狼紅さんが来てくれて助かります。それに椎名さんやミチさんまでいるんで絶対成功しますよ」
いきなり饒舌になった由美先輩は、このまま川のせせらぎのごとく綺麗で簡潔な作戦内容を話してきた。
そして、作戦決行は今日の放課後となった。
「そうでした、なんで狼紅さんの妹さん達がいるんですか?」
いまさらかよ。と内心でつっこみながら、通学中に妹が言ってきたとおりにでっち上げられた嘘の話をする。たまに間違うと背中に刃物が少し突き刺さった。
それとミチはオレの妹だと思っているらしい、好都合である。
数分後、由美先輩は納得してくれたようだが、すぐに次の刺客が現れた。
「グッモーニング!元気かエブリワン」
本当にキャラを安定させて欲しい。どう絡んでいいかまったく分からない、腐二君改め連先輩が現れた。
「機嫌がいいときは英語を織り交ぜてくるんです」
隣から由美先輩がとーっても重要なことを教えてくれた。いますぐにでもメモ帳に書き記したいぐらいだ。
しかし、妹とミチはオレの後ろに隠れながらホラー映画でも見てるように、ビクビクしながら連先輩を見ていた。
「今日はブルースカイだな!」
要約するといい天気だと言いたいのだろう、このテンションに今日はついていくのか…。
それと、連先輩がなにかを発するたび、オレの後ろにいる二人がビクッと体を震わすので、一発連先輩を殴りたくなった。
「むむっ!レッドフルフの背中に隠れているのは誰だ!」
無駄にマントを翻して、格好をつけながら発した。
連先輩はオレを「レッドフルフ」と呼んでいる。ただ単にオレの名前を簡単に英訳して順番を変えただけである。
「妹達だ」
オレがそう言うと、連先輩は「なるほど」と言いながら一歩、また一歩と妹たちに近づいていく。
何を分かったんだ、何を理解したんだ!?
「…恐がってる」
昨日の夜も聞いた声がすると同時に、連先輩は力なく倒れこんだ。
前日と同じように連先輩の首元に鋭い手刀が入り、オレ達のすぐ横を何も無かったかのように、ノートパソコンのキーボードを打ち込みながら歩き去るピーシーちゃん改め千春先輩。
「やっぱり今日は千春さんもテンションが高いですね」
ニコニコと嬉しそうに微笑みながら由美先輩が言った。
「まったく同じっぽく見えるんだが」
オレからだと千春先輩は昨日とくらべて何も変わっていないように見える。
「キーボードを打つのが少し早かったでしょう?」
え、こんなの分かって当たり前でしょう?と言いそうなほどのドヤ顔で言われた。
「そんなの分かるか」
ここで千春先輩のテンションの計測方法が分かったのだが、これはメモ帳に書いて覚えても実践するのは相当難しいだろう。
「エターニティの眠りから覚めた」
そう言いながら連先輩は起き上がり、反省したのか妹たちに「悪かった」と言って教室に向かった。
まずエターニティは永遠、永久だから、死から蘇った事になるし、それと妹に謝るときこそ「ソーリー」というべきだろ。
などと頭の中でつっこみをしながら、自分がつっこみをする部類なのが少し嫌だった。
「どうしたんすか~?こんなところで」
やばい。さすがに先生は騙せないから、来る前に椎名たちは隠れていることにしていたのに。
「もう鐘が鳴るっすよ。あれ?新しい転校生っすか?聞いてないっすね~」
いつもの笑顔で、言った。
本当に勘違いをしているのか、それとも分かっていてわざと勘違いしているのか分からない先生だ。
「まぁ、確認するのめんどくさいっすから、今日から俺が担任っす」
そう言って、先生はオレ達四人を教室に入るように促した。
▽▲▽▲▽
「一時間目は歴史っすよ」
先生はそう言いながら黒板に白いチョークで文字を書いていく。
昨日聞いたのだが、このSクラスは特別なので、一つでも単位を取得できれば留年はしないという制度があるらしい。しかも先生が勝手に授業を組んでいいので、めんどくさがりやの先生は一日の授業が平均二時間であり、本当に一つだけ取得できるぐらいの授業である。
由美先輩、千春先輩は努力家なので、帰宅すれば真面目に勉強に勤しんでいるが、連先輩はまさかの天才であり、一回授業を受ければ授業内容を全て覚えることができるのだ。しかし、あまりにも少ない授業数なので、単位はギリギリだったらしい。
「それでは狼紅君、これについて説明してみるっす」
いきなりの問いかけに脳の活動をすぐさまその問いかけに対する答えを探す活動へと移す。
質問の内容は『神開拓戦争』について説明せよ、だった。
『神開拓戦争』別名『リメイクロゴス』(神による作り直し)
この世界には神が自由にこの地へと行き来ができるようになっているが、神は数百年に一度しか降りてこない。神がこの地に降りてくる理由はいままで一つしかなく、それはこの世界を破壊する事であり、破壊の理由は進化の衰退が一番の理由だ。進化の衰退とは、神が創りだし人間が進化をすることをやめ始めたときである。神は人間の個々の命を尊重するのではなく、地球という大きな一つの命のために動いているため、人間が地球の害だと神が思えば躊躇無く攻撃をして、また一から地球を作り直すのだ。神は人間により、より良い新しい地球を生み出してくれると信じているのだが、人間は神を満足させられないまま進化の衰退に陥る。それを繰り返して、すでに5回目となる。人間の反抗は神にとって、痒いという反応でしかない。なぜこの歴史が残るかというと、神が書物として残している。
このことを先生に言うと、先生は「正解っす」と言ってまた黒板に文字を書いていく。
小中高全ての学校は『神開拓戦争』を勉強の中で最も重要視している部分なので、これでもかというほど椎名に詰め込まれており、自信がある。
「お兄ちゃん、すごい」
優しく手と手を叩いて音が出ないようにしながらオレに向かって椎名が言ってきた。
「椎名はもっと詳しく知ってるだろ」
先生に聞こえないように小声で話す。
そんな風にしてどこにも躓かず授業は進み、二時間目の授業も終わった。
そして、放課後になった。