6 遠足
6倍数の御題(http://www3.to/6title)様より6つの春の御題1を拝借しております。第六回最終回は「遠足」です。
「すぴばる」と「小説家になろう」に投稿しております。
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行くだけじゃなくて帰ってくるまでが遠足、という言葉を聞いたことがあるけれど、全くその通りだと思う。智明は、今日何度目かのため息をついた。
今日はゼミの宴会。ゼミの先生がそういうのが好きな人で、毎年お花見をしていたのだが、今年は遅くなったから藤棚の下で宴会、としゃれ込んだのだ。
卒業生も呼ぼう、ということで近郊にいる卒業生にも声をかけて、結構大所帯の宴会になった。麗香さんにもきちんと声をかけた。智明が言わなくても、大学院生の佳乃子さんからもう声がかかっていたらしいが。
藤の綺麗な公園が3駅くらい向こうにあるので、現地まで電車で集合。方向音痴の麗香さんは必ず迷うので、智明がいつものようにナビに配備された。
お日柄もよく、和気あいあいとお花見は始まった。藤の花だけど。
ところが、お酒が一巡したあたりで少し雲行きが怪しくなった。空気が読めないことで有名な美人の田中助教授が、智明に爆弾発言をかましたのだ。
「そういえば、智明くん、萌子姫に告白されたんですって? 学校中の噂よ」
この田中助教授は、美人でナイスバディのくせに対人スキルがゼロと、ある意味残念な人だ。うちのゼミとは全く専攻が違うのだが、実はうちの石川助教授の彼女ということで(いや彼女になる以前から)よくこういう宴会には彼女のゼミ生ともども参加している。
「衆人環視の食堂で真昼間からの告白だもんな。そりゃ噂にもなるさ」
これは彼女のゼミ生A。以前から萌子姫にご執心だともっぱらの噂なので、やっかみ90%であろう。
「萌子姫に告白されて、まさか断ったりできないよな。うまいことやったな」
酒の勢いで一発、智明の肩を叩いたのはゼミ生B。飲みかけていたビールが半分こぼれるくらい、強烈な一撃だった。
智明はそっと麗香さんを窺う。特段普段と変わった様子はないが、智明とは目を合わせようとしない。警戒レベル3ってところか。
「萌子姫にはきちんと断ったから」
その場に、声にならない声と、声に出せる大声が渦巻いた。
「なに? おまえ、なんともったいないことを!」
「本気か? あんな上玉、二度と手に入らないぞ!」
「お前、つきあってる女でもいるのか?」
智明はまた麗香さんをそっと窺う。レベル4に上がったかも。しかし、これはある意味、通らなくてはならない関門かもしれん。
「好きな人いるよ。だから萌子姫を断った。この話はこれでおしまいだ」
智明の誤算は、いつもしゃべらない智明がここまで言うのだからみんな黙ってくれるだろうと勝手に思い込んでいたことだ。学生はそれでいけたかもしれない、しかし、今日はこの人がいたのだ。
「あらあ、智明くん、萌子姫を振ってまで好きな人ってどんな人なの。さぞかしきれいな人なんでしょうね」
田中助教授のすごいところは、このセリフに全くイヤミも悪意もこもっていないところだ。彼女は純粋に知りたいだけ、なのだ。
しかしこっちはそうはいかない。さっきから一言もしゃべっていない麗香さんは、きっとレベル5まで上昇していることだろう。警戒警報発令だ。
もうやけくそだ。発火した瞬間に消火すれば、大火事は防げるかもしれない。智明の気分は『バックドラフト』だった。
「俺にとっては素敵な人ですから」
その瞬間、何杯めかわからないジョッキを飲み干す麗香さんが見えた。そして、口元を抑えて立ち上がり、佳乃子さんに付き添われながらトイレに消えていく後姿を見送ることになったのだ。去り際にこちらをチラッと見上げた涙交じりの麗香さんのまなざしと、佳乃子さんのなにもかもわかったようなとってつけた微笑みが、いつまでも智明の脳裏に張り付いて離れなかった。
智明が、新歓コンパの悪夢をその時思い出していたのかどうかはわからないが、これから再現されるであろうことは確実となりつつある現状であった。
さて、これにて「石川ゼミ春の宴」に幕を引くことにしましょう。春爛漫、きれいな藤の花が咲いているうちに。皆さんに幸多からんことを。