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5 タンポポ

6倍数の御題(http://www3.to/6title)様より6つの春の御題1を拝借しております。第五回は「タンポポ」です。

「すぴばる」と「小説家になろう」に投稿しております。


 6倍数の御題(http://www3.to/6title)様より6つの春の御題1を拝借しております。第五回は「タンポポ」です。



 あ、踏んじゃった。

  水族館前の小道に気の早いタンポポが咲いていた。普段なら踏んだことにも気づいていないかもしれない。けれど気が張っているせいなのか、今回は気づいちゃいましたね。まだ花の開ききっていないタンポポは、無惨に茎からぐしゃっと折れていた。

  あらら。申し訳ない気持ちで見ていると、チケットと一緒に智明の声が降ってきた。

  「大丈夫だ、タンポポは強いから」

  うん、まあ仕方ないよね。なんだか不吉な気持ちをポケットに押し込んで、水族館のチケットを受け取った。


 エレベーターを降りるとそこはもう海の底。少し暗めに設定してある照明が雰囲気を盛り上げる。目の前一面に広がる大きな大きな水槽には海の中にいる生き物がごっちゃに詰め込まれている。エイ、ひらめ、タコ、イカ、イワシの群れ、いろいろな貝、名前のわからないその他のたくさんのお魚たち。職員がダイバースーツを着込んで餌をまいている。高いところにある天窓からは、太陽の光がさんさんと降り注いでいる。水の中でお魚に、貝殻に、ガラスに、餌に光が反射して、きらきらきらきら瞬いている。


 智明と一緒だと無理して話さなくてもいいから、とても楽。ほら、今もこんなに綺麗な海の底を一緒に楽しんでいる気配が伝わってくる。無理に会話を探そうとしなくても落ち着ける。

 智明は普段はとても寡黙だ。人の多い、例えばゼミのようなところではそれなりに喋るんだけれど、自分が話に加われなくても一向に気にならないタイプである。

 ゼミで知り合った最初のころはそういうところがわからなくて、陰気な静かなヤツというイメージだったんだけど、思うところがある時は何分でも喋りつづけられるし、特に伝えたいことがないときは無理して会話に加わらなくても平気らしい。

 私自身には、人の話を聞かなくてはという固定観念があって、どんな話にでもとりあえず混ざることを第一にしてきたので、智明のそういうスタンスに慣れてからはとても楽だった。

 私は気を抜くと人の話の途中でもトリップしてしまう癖があるので、人に誤解を受けやすいのだが、智明はいくらトリップしてても気にしないでいてくれる。「またあっちに行ってたな」というくらい。


「ほら、またあっちに行ってたな。もうすぐイルカのショーが始まるらしいぞ。行くだろ?」

「う、うん。行く! 見たい、イルカのショー」


 またトリップしてたみたい。だめだなあ。今日はきちんとデートを完遂しようと思っていたのに。

 そういえば萌ちゃんのことはどうしたんだろう。まさか私が知っていると思ってないだろうから、黙ってるつもりだよね。きっと。私は社会人だし、智明たちは学生だもんね。もう付き合っているのかな。聞いてみたらびっくりするかな。

「なにを百面相してるんだ? もうすぐ始まるぞ」

 その言葉を合図に大音響で音楽が鳴り響き、イルカのショーが開幕した。


「おもしろかったね、火の輪くぐりみたいなヤツ」

「ああ、大きな輪を投げてイルカがその中をくぐるっていうのは、初めて見たな。おもしろかった」


 ほら、やっぱり智明はラクチンだ。言いたいことを確実にキャッチしてくれる。

「腹減っただろ、昼ご飯にするか」

 そう思っていたところだったんだ、ちょうど。そう思いながら智明にニコッと笑いかけた。


 お昼ご飯を食べてから、なんとなく外に散歩に出ようということになった。自動ドアを開けて外に出てみると、かすかに潮の香りがした。

 あ、タンポポ、立ち上がってる。朝、確かに踏みつぶしたはずのタンポポは、今、何事もなかったかのようにすっくと伸びている。ほんとだ、タンポポって強いなあ。

「大丈夫だっただろ」

 タンポポをしゃがんで見つめている私の上から、智明の影がかぶさる。タンポポも私も智明の影の中。智明はそんなに大きくないから、タンポポと私を包んでちょうどぴったりのサイズ。


「ねえ、智明、私たち付き合おうか」

 思わず出てしまった言葉に、智明の声が答える。

「俺はもうそのつもりだったよ」

 驚いて智明の顔を見上げると、

「萌子姫は断ったから。知ってたんだろ?」


 今日初めて智明の笑顔見たかも、そんなことを思いながら、智明の影につつまれて私はじっと座りこんでいた。



 ***

 読んでいただきありがとうございました。次回最終回は「遠足」です。

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