3 出会いの季節
6倍数の御題(http://www3.to/6title)様より6つの春の御題1を拝借しております。第三回は「出会いの季節」です。
麗香さんと智明くんがまがりなりにも、初めてデートといえるものをしてから三日経った。今日は水曜日である。今度の日曜日には二度目のデートの約束もした。携帯の5分おきのコールにも出ず寝呆け、大幅に三時間以上の遅刻をした麗香さんは、今度の日曜こそはいわゆるデートというものを完遂するのだと、必要以上に張り切っていた。
それというのも麗香さん、実はデートというものは初めてといっていいかもしれない。以前惚れていたイケメンくんにはつれない仕打ちをされ、あまりまともに付き合ってもらえなかったらしい。これ以上は麗香さんの名誉にかかわることだから言えないが、なんでも水族館などというところに男女二人で出向くことも初めてというから、大学生活のいかに多くを空費してきたかわかるというものである。
しかし、いかんせん場数が足りない。経験値が低すぎるのである。このあいだ初めて二人で街を散歩したとき、泣いておらずテンパっていない状態において、二人で会うのは初めてだ、と気付いた麗香さんが緊張しまくったのである。麗香さんの中では智明くんは、悲しみにテンパっているときの慰め要員としての位置づけしかなかったといえよう。
それには少々訳がある。麗香さんのゼミは、基本、来る者拒まずのスタンスをとっているので、新入生であろうと、落第生であろうと、卒業生の人数だけはゼミ生の判断で新しく引っ張ってきていいことになっていたのだ。それによって毎年ゼミの構成員数は変化しないというわけである。
そしてその年の被害者、というか新しくゼミに入る三人(そのうちの二人が麗香さんと智明くんであったわけなのだが)を歓迎して、新歓コンパが盛大に催された。麗香さんが二年、智明くんが入学したばかりのころである。
麗香さんお目当てのイケメンくんは一年のころからゼミに在籍していたので、もちろん麗香さんも後を追ってゼミに入ることになり、この日の歓迎会となった次第である。
歓迎会でもイケメンくんは人気者で、麗香さんは狙っていた隣の席を確保できずに、智明くんの隣に座ることになった。その時の麗香さんのあからさまにがっかりした表情に、智明くんは少なからず傷ついたわけだが、麗香さんはそんなこと歯牙にもかけず、ひたすらイケメンくんを目で追っていた、らしい。
らしい、というのは、肝心の麗香さんは途中で意識が無くなり、隣りにいた智明くんがおぶって送っていくことになったのだが、道中で意識を取り戻した麗香さんが、イケメンくんでないといやだと背中でだだをこね、揚句に大量の吐しゃ物を浴びせる、という大失態を犯したからである。この日のことに関して麗香さんは覚えていないの一点張りだし、智明くんもよほど言いたくないのか黙り込んでしまうので、正確なところは誰も知らないのであるが。
いずれにせよ、この智明くんは、その時から麗香さんに愚痴の一方的な吐き出され役として認識されたらしく、何か麗香さんの気に食わないことがあるたびに呼び出され、泣き言を聞かされる羽目に陥ったというわけである。
もちろん智明くんには同情を禁じ得ないのであるが、本人はどこかさばさばしており、この任務をむしろ粛々とこなしているように見受けられた。その姿は修行僧のようでもあり、ゼミ生の間で智明くんは、ひそかに「雨にも負けず」と呼ばれていたことは本人には内緒である。
話を元に戻そう。麗香さんは二度目のデートを日曜日に控え、緊張していた。いままで泣き言の吐き出し口として便利に使っていた智明くんを、恋人として格上げするのである。そこには、今までのような、イケメンでないからと眼中にない扱いをしないと誓う、真摯な麗香さんがいるのである。
本物の恋人というのはどのようなことを話し、どのような行動をとるのであろうか。経験値の足りない麗香さんは、日曜の本番を前に悩み続けているのである。
そしてここに、もう一人悩める男がいた。もちろん智明くんである。智明くんも麗香さんと同じで経験値は非常に低い。最低ラインぎりぎりといったところである。しかし彼はそのことで悩んでいるのではない。彼の悩みは違うところにある。
実は彼は、眼が悪いわけではないが、ほかの人の目に見えている麗香さんとは違う麗香さんが見えるらしいのである。といっても霊能力者とかその類のことではなく(むしろ智明くんの霊能力は一般人のその能力よりもはるかに劣っているといって差し支えない)、智明くんには麗香さんが純情可憐なオトメに見えるのである。
今まで麗香さんに呼び出されたときはそこまでのことはなかったが、最後に呼び出されたとき、麗香さんがやけにはかなく見えて困ったらしい。挙句の果てに、桜の木の下で緋色の着物に身を包んだ麗香さんがよよと泣き崩れているのが見えたというのだから、重症だ。それ以来、麗香さんがほかの女性とは違ったオーラをまとっているように見えるというのだから、もうお手上げである。
智明くんも聡明な男であるから、自分のこの状態はいつもの常態ではないと気づいてはいるらしく、時々自分で軌道修正しようとしているらしいが、いまだその努力は報われていないようである。
いつもと違う状態で二度目の本当のデートに臨んだとき自分はどうなってしまうのか、智明くんは悩んでいた。麗香さんに思いっきり引かれてしまうのでは、いやその前に自分のこの思いは正しいのか。真面目で融通が利かないと麗香さんに言われている智明くんらしく、真剣に悩んでいるのである。
このような二人が、本当のお互いにいつか出会うのか、また出会わずに終わるのか、それは神様だけがご存じのはずであろう。我々はただ二人の幸せを祈るのみである。
いかがでしたでしょうか。ご意見などいただけると嬉しいです。次回は「花より団子」です。