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2 春眠暁を覚えず

6倍数の御題(http://www3.to/6title)様より6つの春の御題1を拝借しております。第二回は「春眠暁を覚えず」です。

 佳乃子から電話がかかってきたのはもう日付の変わるころだった。明日のこともあるし寝る支度を済ませてベッドに入り、体もいい具合に温まりかけてきた、その時だった。

「もしもしー、元気してる? 卒業してから一度も電話してないから元気かなと思ってー」

 佳乃子酔ってる。はあ、これはまた2時間コースかな。なかなか切ってくれないのよね。

 でもまあ相談したいこともあるし。

「まあ、ぼちぼちね。仕事は忙しいけど何とかやってるよ」

「アンタ、受付やってんだってー? すごいじゃん、今度遊びに行くかな」

「げ、それだけはご勘弁。制服着てやってますよ、真剣に」

「そいつは結構、結構。ところでー、あっちの方はなんか進展あったの?」


 いきなりきたか。こちとら、まだ傷が癒えておりません。言いたくないな。でも言わないと相談できないし。

「……振られた」

「そんなのいつものことじゃん。アンタあきらめないのが信条でしょうが。それとも、決定的なことがー、なんかあった訳―?」

 あ、そんな突込みするか。オトメゴコロが微妙に傷ついたぞ。

「電話して告白したら、ずっと好きな人がいるから付き合えないって言われた」

「うひゃ、アンタ、電話したんだ。卒業の時はあんなにハッパかけたのに告白しなかったくせに」

 酔ってるとはいえ、友の遠慮のない言葉はグサグサ響く。

「何度もそれらしいことは言ってたんだよ。でも全然振り向いてもらえなかったから、言い出せなかったんだよ」

 言い訳じみてて自分でもいやだ。

「それでー、一度はあきらめたけど、就職してみてもアイツ以上のイケメンはいなかったと。こういうわけですかねー」

 いちいちハラの立つ物言いをするわね、今日は。

「佳乃子さんのおっしゃる通りでございます」

 思いっきりイヤミな口調で言ってやった。

 しかしテキは全然こたえてない。

「そりゃ、あんなイケメンはそん所そこらに落ちてませんよー」

 はあ、それ以上言わないで。やっぱり悲しくなってくるじゃない。あんな格好いい人見たの初めてだったから、何とか親しくなりたいと無謀な努力をした4年間。誰に何と言われても好きだったんだから仕方ないじゃない。

 好きだったなあ。廊下を向こうから歩いてくるだけでホントはドキドキしてた。同じゼミに入ってからは周りに余り気づかれないようにドキドキしないように、平常心を保とうとしてたけど。何かの拍子に笑いかけられたときなんか、目がカメラにならないか、この笑顔を残しておけないかと思って、瞬きも我慢した。あんな爽やかな笑顔を振りまかれたらこっちは胸が痛くて痛くて……。


「ちょっと、アンタ、聞いてんの!?」

 はっ、自分の世界に入ってた。失敗、失敗。

「ごめん、戻ってきた」

 もう、アンタすぐトリップするの悪い癖よ。会社ではしてないでしょうね」

 佳乃子さんもいつもの調子に戻ってきたようですね。語尾がしっかりしてきましたよ。

「なんとかうまくやってるよ」

「ふーん、そう。それじゃ、イケメンくんはあきらめたのね」

「……向こうからあんなにはっきり断られたら、打つ手ないでしょうが。それにあっちは卒業したら地元に帰っちゃったし」

「イケメンくんをもう拝めないのは損失だわね。見てるだけでいいから、っていう子も結構いたのよ。アタシもだけどね」

「佳乃子もやっぱりそうだったの?」

「そりゃそうでしょうが。あのゼミに入ってた女の子はみんなそうに違いないわよ」

 鋭いご意見をどうもありがとう。やはりゼミの女子はみんなライバルだったのね。もう今更どうでもいいけど。


「それでアンタ、どうするつもりなのよ」

「どうって……べつに」

「もう智明にしときなさいよ。あの子だってまあまあのイケメンじゃない」

「いや、智明は別にイケメンじゃ……いや、そうじゃなくて、その智明なんだけど」

 そう言った途端、佳乃子さんの食いつきが非常によくなった。

「なになに? やっと告白したの、あのバカ?」


 こういうことにかけての女子力の高さたるや、佳乃子さんに勝てる者はいない。佳乃子さんによると智明が私を好きなのは周知の事実、わかってないのはアンタだけということらしい。まさかそんなとも思うけれど、実は心当たりがないわけでもない。初めて智明に泣いているところを見られてから3年、ことあるごとに智明を呼び出しては慰めてもらってた。ちょっと真面目で融通の利かない後輩、私の中では今でもそのイメージなのだが。

「それで、智明がどうしたのよ」

「……いつものように愚痴聞いてもらってたら、今度遊びに行こうって言われた」

 電話の向こうで「おおー」とびっくりしている声がする。そうなんです、ワタシもまさかそんな展開になるとは。

「来たねー、智明、やりましたねー」

 佳乃子さん、なんかやり手ババアみたいですよ、その言い方。

「それで、アンタは当然受けるんでしょ?」

「うん、一応、明日に約束はした」

「いいねー、いいねー」


 この調子で、明日何着ていくだの(いつものワンピにコートです)、智明はそんなに背が高くないからヒールは3㎝にしろだの(ヒールなんて履いていくつもりありません)、勝負下着がどうのこうの(無視してやった)、よくもまあそんなにいろいろ思いつけるというくらいさまざまなことを心配してくださった。

 そのあまりの激しさに私はもう相談する気も失せていたのだが、佳乃子さんは最後に思い出したようにこう言った。

「それでアンタ、これから智明と付き合う気あるの?」


 これなのだ、本当に私が相談したかったことは。

「それなのよ。どうしたらいいと思う? 年下だし、あっちはまだ学生なわけでしょう。私はまだ自分の気持ちも」

「そんなこと私にはわからないわね。自分で決めなさいよ。それじゃね、明日は楽しんできてねー」


 いきなり話を折られ、その上電話まで切られた。「もう、なんなのよ。佳乃子はいつもこうなんだから」受話器に向かってぼやいてみる。

 それでもこれ以上話していると、私が早まった結論を出しそうな気がしたんだろうな、と思い直し、話を打ち切ってくれた親友に感謝することにした。

 が、時計を見るともう午前3時を回っている。

「佳乃子、眠くなったのね!」

 私も急いで眠ることにした。明日のデートの予定は午前9時。待ち合わせ場所には1時間かかるから、7時には起きなくちゃ。


 季節は春。恋の始まる季節である。

 しかし、「春眠暁を覚えず」

 夜更かし、惰眠が身上の麗香さんが明日、デートの時刻に間に合うかどうかは、神のみぞ知るといったところである。二人の未来は前途多難であります。

いかがでしたか。第三回は「出会いの季節」です。お楽しみに。

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