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1 桜吹雪

6倍数の御題(http://www3.to/6title)様より6つの春のお題1を拝借しております。第一回は「桜吹雪」です。

 助手席の彼女はぼんやり窓の外を見ているので、こちらからは顔が見えない。手を膝の上で握りしめているため、薄手のスカートがしわになっている。


「夜景が見たいの。連れて行って」

 その言葉を何度聞いただろう。その度に駆り出されるのはこの俺と、おんぼろの愛車。なぜ夜景が突然見たくなったのかも、しばらくご無沙汰だった俺に声をかけたのかもお見通しなのに、俺は毎回懲りもせず車を出してやる。そんな義理はないのだが、なぜか彼女は俺に声をかけるし、俺も何も言わず付き合ってやる。そういうことがもう3年以上続いている。


 街を見下ろす高台の広場に車を停めた。広場にはさっきまで花見客が大勢いたらしく、宴の後の雰囲気が漂っている。高台の下に俺たちの住むちっぽけな街の灯りが広がっていた。

「桜の嵐みたいね。何も見えない」

 フロントガラスを透かすように彼女は見上げている。フロントガラスの向こうも、ドアの窓も、窓という窓には桜の花びらが乱舞している。車も、彼女も、桜の花びらの嵐に埋もれていくようだ。

「桜の木の下には鬼がいるんだ」

 どこかで聞いたセリフを口に出してみる。車に乗り込んでから初めて聞いた彼女の声に少し気を良くして。この桜で彼女の気持ちが少しでも明るくなればいいと期待して。


「ここにもいるわ」

 聞き取れないほどの呟き。

 俺はゆっくりフロントガラスの桜吹雪に目を戻す。

 彼女が桜の木の下に立っているのが見えたような気がした。緋色の着物に桜吹雪がまるで模様のように降り注いでいる。その絵の中で彼女は、今見たのと同じように泣いていた。


「もうあきらめろよ、アイツはアンタのものにはならないよ」


 ずっと言い出せなかった言葉。返事はなかったけど、かすかにうなずく気配がした。フロントガラスには桜の花びらが休むことなく降り注ぎ、降り積もり、何も見えなくなっていた。


いかがでしたか。第二回は「春眠暁を覚えず」です。どうぞご期待ください。

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