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第3話 彼らの名はイタインジャー!(後編)

シーン9 西小木市内 一番星商店街


 西小木市の駅前には、表通りを挟んで二つの商店街がある。一つは小見谷(こみや)通り商店街。そしてもう一つがこの一番星商店街だ。二つの商店街には、それぞれ一つずつ百貨店が隣接している。小見谷通りには宮崎屋百貨店。そして一番星商店街にはミウラ百貨店。両百貨店はライバル関係であり、常に熾烈な商戦を繰り広げていた。

 西小木市内在住のフリーター 土居(どい)啓資(けいじ)は、商店街のアーケードの下、ミウラ百貨店の前で行き交う人にティッシュを配っていた。そのティッシュには『ミウラ百貨店 本日の特売品!』と赤字ででかでかと書かれた小さなチラシが付随していた。この日の土居のノルマはティッシュ五千個。それももう残り数十個となっており、ようやくこの単調なアルバイトから解放されて家に帰れることに土居は心躍る気分だった。

 そんな土居に、背後から迫る影があった。


 土居は不意に後ろから羽交い絞めにされた。一体何が起きたのか、彼には分からなかった。時を同じくして商店街に悲鳴が響き渡った。周りを見ると、そこでは黒い目出し帽を被った男たちが、道行く人々を次々と取り押さえていた。店の中にいた店員と客も無理やり引きずり出され、次々と拘束されていた。きっと自分もこの一味に後ろから襲われたのだろうと土居は判断し、なんとかこの枷を解こうと必死にもがいた。しかし、彼を羽交い絞めにした男の力は思いのほか強く、それは徒労に終わった。悲鳴の数はどんどん増えてゆき、最後には五十名余りの人間がこの一味に捕らえられたようだった。もちろん、土居もその一人である。彼らは皆、黒い目出し帽の男たちに手足を縛られた。

 するとどこからか「うむ、人間どもを一列に並べよ!」と声が響いた。

 手足を縛られた人々が商店街にずらっと並べられた。土居をはじめ、人々は不安と恐怖で震えていた。声を上げて泣き出す者や、失禁してしまう者もいた。土居は、その一番右側に並ばせられた。そこで、ふと土居は目の前に立つ影に気が付き、その顔を上げた。――そこには、巨大な羊が二本の足で立っていた。一瞬、目を疑った土居だったが、その角、その体毛、そのひづめ、その顔、全てが羊そのものであった。羊は、なにやら赤い物体を手に持っていた。そして、にやりと笑ったかと思うと、突然土居の口の中に、その物体を無理やり押し込んだ。それを見ていた周囲の人々から悲鳴が起こった。土居も悲鳴を上げたい気分だったが、その得体の知れない、ひんやりとした、生臭い物体が口の中を圧迫して声を出すことすらできなかった。



シーン10 喫茶店『みなと』


「ただいまー」

 店内に明るい声が響いた。そらが買出しから帰ってきたのだ。

 そらは買い物袋をレジの後ろに置き、いつものように視線をカウンターの中に移した。しかし、そこには誰もおらず、少し視線を動かした先――店の一番奥のテーブル席に座る四人の人影が目に入った。そこに座っていたのは、博士、光輝、雄、そして健次郎だった。そらは、彼らと一緒に健次郎が席についていることに、少し驚いた。

 未代里は立ったまま階段の手前の壁にもたれかかって彼らの話を聞いていた。そらの帰宅に気付くと、「あ、おかえりー。そらちゃん」とはにかんだ。その声を聞いた博士はゆっくりと顔を上げ、彼女も同じ席に着くよう促した。そらは黙ってそれに従い、健次郎の横に座った。

 「さて、大地くん以外は揃ったし、まずはメンバー紹介からだな」

 博士は健次郎の目を見ながら話を始めた。 

 「まず、こちらの彼――瓜生(うりゅう) 光輝(こうき)くん。彼が、イタインブラックだ。イタインジャーでは大地くんの次に古株だね。武器はイタインボウ。遠距離の戦いを得意としているよ」

 その金髪の青年――光輝は、紹介を受けて「よろしくな」と健次郎の肩を叩いた。

 「次に、こっちの彼が、藤木(ふじき) (ゆう)くん。イタインイエローだ。彼はまだ入隊して三ヶ月程度で、まだ試用期間中だね。でも戦闘では、もう大地くんや光輝くんと同等に戦えてるよ。武器は、今のところイタインアックスを使ってもらっている。近距離戦で大地くんのサポートに回ることが多いかな」

 雄は、その眼鏡を押し上げながら、無言のままで軽く会釈した。

 「そして、こっちの娘が。(すめらぎ) 未代里(みより)くんだ。見ての通り、西小木商業高校の学生だよ。彼女も入隊して三ヶ月。イタインピンクだね。武器は……よく壊すからいつも新開発のものを使ってもらってるんだけど、こないだ作ってあげた鞭もまた壊しちゃったようだねえ」

 博士は少し呆れたように笑った。それを聞いて、未代里は悪びれた様子も無く答えた。

 「でも、ハカセ、鞭は使いやすかったよ! 次の武器もまたあれがいいなー」

 「考えとくよ」と博士は笑顔で答えた。

 「そして、こちらが――」

 博士がそらの紹介をしようとした時、思わず健次郎が口を挟んだ。

 「あ、あの、すいません。今、鞭を作ってる、って……?」

 突然言葉を遮られ、博士は少し驚いた表情をした。しかし、すぐにまた口元に微笑を浮かべてそれに答えた。

 「ああ、先に言うべきだったかな? イタインジャーの装備は、全部僕が作ってるんだ」

 「え、全部、ですか?」

 「そうだよ。変身用のスーツも、武器も全部僕のお手製だね」

 「じゃ、じゃあ、あのロボットも?」

 「グレートイタインのことかな? あれは年代物でね。大地くんが生まれた頃に作ったものだよ。僕の兄――つまり、そらと大地くんの父親と一緒にね――」

 それを聞き、そらは物憂げに俯いた。健次郎は彼女の様子には気付かず、さらに質問を続けた。

 「えと、そういうのって、どこで作ってるんですか?」

 「武器やスーツはこの建物の地下で作ってるよ。でも、グレートイタインみたいに大きいものは――」


 と、その時、会話を妨げるように鋭い電子音が鳴り響いた。


 ――ピピピピピピピピピピピピピピ!


 それは、怪人出現を知らせる音――四人の携帯電話が鳴り響いた音だった。



シーン11 一番星商店街


 商店街は、手足を縛られたまま口に赤い物体を押し込まれて気絶している人々で溢れていた。羊の怪人は、嬉々としてそれを人々の口に詰め続けていた。――そこに最初に駆けつけたのは大地だった。大地は倒れた人々を目にして激怒した。

 「これは……一体何をした、エスクロン!?」

 羊はその声を耳にして振り向いた。

 「うむ? イタインジャーか?」

 その手から赤い物体がぼとぼとと足元に落ちた。大地はそれを見て問いかけた。

 「それは……何だ? 生肉か?」

 「うむ、思わず落としてしまっていたか。その通り、これはラム肉だ」

 羊は足元のラム肉をかき集めながらにやにやと笑った。よく見ると、人々の口に詰められたものも同じもののようだった。大地は、怒りに燃えた。

 「このご時世に、生の肉を無理やり口に突っ込むとは、なんと非道な!」

 「うむ? それは心外だな。我はこの人間どもに、ラム肉の素晴らしさを伝えておるのだ。我が主、エッセン様の理念 "食こそ人類最上の幸福"! それを、至高の食材であるラム肉で実現しようというのだよ」

 「無理やりに、しかも生で食わせるのが幸福だと言うのか!? ラム肉が駄目な人間もいるだろう?」

 「そんな者はこの世には存在せぬ。ラム肉こそ至高であり究極なのである」

 「……これ以上、話す必要は無い様だな! 覚悟しろ、怪人!!」


 ――「チェンジ!イタイン!!」


 変身の言葉と共に、大地の身体を光が包んだ。そこに、一人の赤い戦士が現れた。

 「行くぞ、怪人!」

 「うむ、我が名はラム・ムートン。貴様の口にもラム肉を突っ込んでやろう」

 「させるか! イタインソード!」

 レッドはイタインソードを構え、怪人に向かって一直線に突き進んだ。それを見た部下の男たちが、レッドと怪人の間に立ちはだかろうとしたが、怪人はそれを制止し、部下を自分の後ろへ下がらせた。レッドと怪人の間を遮るものは何も無かった。しかし、怪人はにやりと笑い、落ち着いた雰囲気で言った。

 「うむ、我に攻撃をするか? 後悔するぞ、イタインレッド」

 そして、レッドの加速の付いた一撃が、怪人の胴体へ入った。レッドは、確かな手ごたえを感じた。しかし、怪人はにやにやと笑みを浮かべていた。

 「うむ? 今、何かしたか? 我は微塵も痛みを感じておらぬぞ?」

 それを聞き、レッドはすかさず同じ場所へ第二撃を叩き込んだ。そして舞うように剣を繰り出し、第三撃、第四撃を怪人の右腕に、第五撃を左腕に、第六撃と第七撃をその両足に一撃ずつ見舞った。その全ての攻撃に全力を込めた。

 しかし、怪人はなおも微動だにせずそこに立っていた。余裕の笑みを浮かべ、怪人は言った。

 「うむ、効いておらぬ。我の体毛は全ての衝撃を吸収するのである」 

 「ならば、体毛に覆われていない、その頭を狙うだけだっ!」

 レッドはイタインソードを構え、怪人の頭を狙って振りかぶった。

 「それは正解だ。しかし、それを予測していないと思ったか?」

 怪人はにやりと笑い、レッドに向かって手をかざした。次の瞬間、レッドは腹部に大きな衝撃を受けて吹き飛ばされた。すかさず受身をとって着地したものの、何が起こったのか分からず、レッドは戸惑った。怪人はにやにやと笑みを浮かべながら、もう一度その右手をレッドに向けた。次の瞬間、またもレッドは腹部に衝撃を受けた。その身体は宙に舞った。

 倒れこんだレッドを見つめ、怪人は笑みを浮かべた。

 「うむ、因果応報とはこのことか。いかがかな、我が技、"ムートンの呪い"の威力は」

 「の、呪いだと!?」レッドは立ち上がろうとしながら聞き返した。

 「我が羊毛に溜められた衝撃は、全てこの手から放出されるのだ。貴様が我に打ち込んだ攻撃は、全て貴様に還った。これぞ我が最強の技、"ムートンの呪い"である」

 「くっ……!」

 先ほど全力で叩き込んだ七発の攻撃と同等の衝撃はあまりにも大きく、レッドはまだ立ち上がれなかった。そんな彼の様子を確認するや、怪人は笑みを浮かべて部下の男たちに指図した。男たちは、その手に金属パイプを手にしていた。

 「うむ、とくと見よ。この技はこういう使い方もできるのだ」

 怪人が合図をすると、男たちは一斉に怪人の身体を殴った。男たちは、何度も何度も全力で怪人の身体を殴り続け、その衝撃は次々と怪人の羊毛へと溜められていった。怪人は顔を歪めて笑った。

 「さて、この全ての衝撃、まとめて放てば貴様の身体が粉々になることは間違いあるまい。我が呪い、受けてもらうぞ、イタインレッド」

 レッドはまだ動けなかった。歯を食いしばり、なんとかその場から逃れようとした。そんなレッドに向かって、怪人の右手が向けられた。そして、衝撃波が彼に向かって放たれた――。次の瞬間、轟音と共に、商店街の床のレンガが盛大に吹き飛び、そして土煙が上がった。それは怪人の放った衝撃波の大きさを物語っており、それを正面から食らった者が無事で済む道理は一つも無かった。勝利を確信し、怪人は口を歪めた。

 「うむ、最も厄介な相手――イタインレッドに勝った! ……第三話、完!」

 そう呟き、歯を見せて笑った。しかし、その土煙の中に現れた影を見ると、その緩んだ口元がきゅっと締まった。そこに現れたのは、巨大な両手斧――イタインアックスであった。イタインジャーの武器の中でも、最も重厚なその武器が、レッドの前に壁となって怪人の攻撃を防いでいた。そして、その斧の横から黄色の戦士――イタインイエローの姿が現れた。レッドはまだ力の入らない身体でなんとか立ち上がりながら彼を見た。

 「……雄か?」

 「……無事ですか。大地さん」

 そして、さらに背後から「大地!」と呼ぶ声がし、彼は振り返った。そこには、さらに三人の戦士が立っていた。

 「大丈夫かよ、お前!?」土埃にまみれた大地の姿を見て、ブラックが心配そうに声を掛けた。

 「心配ない。それよりも……」レッドは怪人の方を向いて身構えた。怪人はにやにやと笑みを浮かべて五人の戦士の前に立ちはだかった。

 「うむ、揃ったかイタインジャー。さあ、我に攻撃を仕掛けるが良い!」


 健次郎はその戦いの様子を、商店街の片隅にあるタバコの自販機の陰からそっと見守っていた。

 「……今度は羊が喋ってるな。まあ、いまさらそれじゃ驚かないんだろな、あいつらも……」

 独り言を言いながら、目に入ってくるものの様子を次々とそのメモ帳に書き入れていった。 


 「……行きます」

 イエローが斧を構え、怪人を睨みつけた。それを慌ててレッドが制止した。

 「待て! 雄! あいつの体毛に攻撃は通じない!」

 イエローはその言葉に素直に従い、斧を下ろした。怪人は「ちっ」と舌打ちをしつつも、笑みを浮かべて言った。

 「うむ、その者の言うとおりだ。この素晴らしき羊毛がある故に、貴様らの攻撃は我に通じぬ。しかし、我の攻撃は貴様らに通じるのだぞ」

 怪人は再び合図をした。すると、またも金属パイプを持った部下の男たちが怪人の羊毛に攻撃を加え、衝撃を溜め始めた。男たちが懸命に金属パイプを振り回す中、怪人は言った。

 「うむ、次は先ほどの倍の威力で放ってみようか。貴様らがそれをどこまで防ぎきれるか見物である」

 「くそっ、またあの攻撃か!」レッドは呟いた。

 「おいおい、なんかよく分からねーが、あれはヤバいんじゃねーのか!?」

 ブラックが慌ててレッドに呼びかけた。

 すると、レッドは暫く考え、意を決したようにブルーに言った。

 「そら、"メランコリーヴォイス"を使え!」

 

 それを聞いた瞬間、レッド以外の四人の戦士は、ぎくり、とした。四人の身体が固まった。さらに、先刻まで金属パイプを振り回していた男たちも、その単語を耳にした途端、思わず手を止めた。怪人は、なにごとか、といった表情で戦士たちと部下たちの様子を見た。

 「うむ? どうした貴様ら。早く我の羊毛を叩かぬか!」

 怪人が部下たちを叱責した。しかし、部下の男たちはそんな声に耳を貸す様子も無く、ただガタガタと震えていた。

 「何なのだ? 何故そんなに震えておる? 奴らの技が何であれ、我が羊毛には通用せぬぞ」

 怪人は、"メランコリーヴォイス"という技など、これまで聞いたことが無かった。ただ、部下の男たち――これまで幾度もイタインジャーとの戦闘を経験してきたエスクロンの戦闘員たちは、その技の恐ろしさを十二分に理解していた。彼らは、恐怖で身体を震えさせながら、ブルーの動向を注視した。


 「え、と、お兄ちゃん、結構周りに人がいるけど、本当に使っていいのかな?」

 ブルーは辺りを見渡しながら、不安気にレッドに問いかけた。

 「構わん! あの怪人を倒すにはそれしかない!」

 レッドは毅然とした態度で答えた。それを聞き、他の三人の戦士は慌てた様子だった。

 「えっ! ちょっと、本気で!? あたし、今日、耳栓持ってきてたかな!?」

 「ヤベえぞ、おい! そら、ちょっと待て、いま耳栓つけるから!」

 「……耳栓、装着しました」

 

 そして、自販機の陰から見守る健次郎に対し、ブラックが大声で呼びかけた。

 「健次郎! 遠くに逃げるか、耳を塞げーー!」

 健次郎は、一体何故彼らがそんなに戸惑っているのか、理由が分からずに首を傾げた。


 「イタインブック!」

 ブルーは、どこからともなく一冊の本を取り出した。そのA3サイズほどの大きさの分厚い本は、重厚感のある青いハードカバーで外装が整えられていた。彼女は、その本をゆっくりと開いた。

 その様子を見た瞬間、目出し帽を被った男たちの中から「逃げるぞ!」と声が響いた。その声がするや否や、男たちは阿鼻叫喚の悲鳴を上げながら、まるで蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。怪人は目を丸くした。

 「うむ!? ちょ、ちょっと待て! どこへ行こうというのだ!?」

 しかし、男たちは怪人の制止など聞く耳も持たず、全員商店街から逃げ出した。怪人の足元には、その主を失った金属パイプがころころと転がっていた。

 一方、戦士たちもまた只事では無い様子だった。ブルー以外の全員が耳栓をし、ピンクは耳栓の上からさらに両手で耳を塞ぎ、商店街の片隅に縮こまっていた。ブラックとイエローはブルーから距離を取り、遠巻きにその様子を見守っていた。レッドはブルーの横で腕を組んで堂々と立っていたが、その肩はわずかに震えていた。

 ――"メランコリーヴォイス"とは一体何なのか? 健次郎は固唾を飲んでそれを見守った。

 また、怪人はその得体の知れない技に少し不安の念を抱きつつも、それでもなお自らの羊毛の力を信じてその場に残った。

 「うむ! 貴様の技がどれほどのものかは知らぬが、それは全て貴様に還る! "メランコリーヴォイス"とやらを放ってみせよ、イタインブルーよ!」

 それを聞いたブルーは「本当にいいのかなー?」と不安そうに首を傾げながらも、「じゃあ、メランコリーヴォイス、行きます!」と、イタインブックのページを捲り、そこに書かれた文を読み上げた。


 ――「え、えーと、これにしようかな。『フランダースの犬』……むかしむかし、アントワープの――」

 「はぁあっ!?」怪人は思わず声が出た。健次郎も唖然とした。

 ブルーが読み出したのは、なんと誰もが知っている物語だった。ブルーは、そのストーリーを朗々と読み上げていく。最初こそ驚いた健次郎であったが、いつしかそのストーリーに引き込まれていった。その澄んだ美しい声による、情感のこもった朗読。これに引き込まれない者など存在しなかった。それは怪人も同様であった。

 ――そして十分後。物語は佳境を迎えた。そのときすでに、怪人と健次郎はブルーの語る物語の中にすっかり引き込まれてしまっていた。アロアの父がネロの届けた財布を見て後悔の涙を流したとき、怪人と健次郎も同様に涙し、雪の中を大聖堂に走るパトラッシュの姿を想像して、二人は固唾を飲んだ。そして、最後に天使たちと共に天へ昇るネロとパトラッシュの情景が語られたとき、二人の目からはとめどなく涙が流れていた。

 「――を見つけたのは、翌朝のことであった。おわり」

 ブルーは物語を読み終え、ふう、と息をついて本を閉じた。


 その時、怪人は両手を地面について、涙をこぼしていた。とめどなく感情があふれ出し、コントロールが効かなくなっていた。当然、健次郎も同様の状態に陥っていた。自販機にもたれかかり、その目からはほろほろと涙が零れ落ちていた。これこそ"メランコリーヴォイス"――心の痛む話をすることで、敵の感情を支配する、というブルーの得意技である。ちなみに、イタインブックには、悲劇を中心に後味の悪い話が百編以上収録されている。

 怪人はその顔をくしゃくしゃにして嗚咽を漏らしていた。「ネロ……ネロぉ……」と、物語の主人公の名を何度も呟いていた。怪人は戦闘中であることも忘れ、物語の結末を何度も思い出し、その度に涙した。そして、ふと気配を感じた怪人が顔を上げると、そこにはイタインレッドが赤いオーラを纏った剣を片手に立っていた。怪人は思わず呟いた。

 「え……」

 レッドを前にした怪人だったが、その驚きよりもまだメランコリーヴォイスによってもたらされた悲しみの念が上回っていた。押し寄せる感情によって身動きが取れなくなった怪人の頭上に、レッドは無情にもその刃を浴びせた。

 「……ペインフル・スマッシャー!」

 「う、うおおおお!! パトラーッシュ!!」

 怪人はその脳天に激痛の刃を受けてようやく我に帰った。しかし、時は既に遅し。イタインジャーの必殺の刃を受けた怪人に残された道は、もう一つしか残されていなかった。

 怪人は、迫り来る激痛の中で、羊毛から赤い薬瓶を取り出した。

 「う、うむ、まさか、これを使うことになるとは……」

 それはペインフル・スマッシャーの特効薬にして、巨大化の副作用を持ったジーファーの新薬である。そして、その薬を口に流し込もうとした、その時――


 ――パアン!

 商店街に銃声が響いた。薬液を湛えた薬瓶が、怪人の手の中で、ぱりん、と音を立てて割れた。その中身は派手に飛び散り、怪人の羊毛を赤く染めた。特効薬を失った怪人は、慌てふためいた。

 戦士たちは銃声のした方を振り向いた。そこには、銃を構えた警官が立っていた。

 「こんな街中で巨大戦なんかやられちゃ、たまったもんじゃないからねえ……」

 その警官――鈴木がにやりと笑みを浮かべながら呟いた。一発で薬瓶を破壊したその銃口からは、うっすらと硝煙が上がっていた。

 一方、怪人はその全身を激痛で貫かれていた。唯一の救いの道であった特効薬を失った以上、彼の取る行動はたった一つだけだった。怪人は、羊毛の中から起爆スイッチを取り出した。こんなこともあろうかと、エッセンは怪人の身体に自爆用の爆薬を埋め込み、その起爆スイッチを怪人本人に託していたのである。怪人は一刻も早くその身を襲う激痛から逃れようと、迷わずそのスイッチを押した。そして、爆音と共に、怪人の身体が四散した。辺りには焦げたような臭いと共に、赤黒い肉片が散らばった。赤く染まった羊毛がふわふわと舞った。


 全てが終わったことを確認し、戦士たちは背を向けて歩き出した。

 ――その時、ブラックは自販機の陰でうずくまる人物の存在に気付いた。健次郎だった。ブラックは思わず声を掛けた。健次郎から返事は無く、その身体は小刻みに震えていた。

 「ちょ、おい、健次郎? まさか、メランコリーヴォイスを全部聞いてしまったんじゃ……」

 健次郎の顔はくしゃくしゃになっていた。そして、大粒の涙を流しながら、ただ呟いていた。

 「ネロ……ネロぉ…………」

 「まずいなこりゃ、完全にイッちゃってるぜ……」

 呆れるブラックの横から、不意にレッドの手が伸びた。レッドは健次郎の腕を掴み、その身体を持ち上げた。そして、健次郎をその背中に背負い、レッドは呟いた。

 「ったく! だから巻き込むなと言ったんだ……!」



シーン12 とある建物の地下二階


 『ミウラ百貨店に大型トラック突っ込む。

 ――負傷者多数。一番星商店街、一時封鎖へ――写真:涙に咽ぶ市民たち』


 そう書かれた夕刊の新聞を片手に、マルスは仮面の下でその目に怒りの表情を浮かべた。

 「いやあ、また負けてしまいましたなあ! ゲハハハハ!」

 そんなマルスの表情に一切気付くことなく、エッセンは下品な笑い声をあげた。それがまたマルスの神経を逆撫でした。マルスの手がプルプルと震え、持っていた新聞がカサカサと音を立てた。それに気付いたローティアは思わずマルスから目をそらし、そっと部屋から出て行こうとした。

 すると、部屋の出口でジーファーと出くわした。ジーファーは、ローティアの姿には目もくれず、マルスに話しかけた。

 「マルス様、西小木市警察の鈴木巡査殿がいらしております」

 ジーファーの後ろから、中肉中背で浅黒い肌の警察官が、その背中を曲げて部屋に入ってきた。ローティアはこの場に警察官が現れたことに驚いた様子で、思わず一歩後ずさった。マルスは(へりくだ)った態度でそれを出迎えた。

 「これはこれは、鈴木巡査。本日は一体どういうご用件かな?」

 「ご無沙汰だねえ、マルスさん。今日はイタインジャーの件で、ひとつ良い提案があって来たんだがね――」

 薄暗い部屋の中で、鈴木の目がきらりと光ったように見えた。



 よく考えると、生肉攻撃とか不謹慎極まりないですね。でも、悪の組織のやる事だし、広い心で許してやってください。

あ、ちなみに、怪人の設定自体は一週間以上前から考えてあったので、狙ってやったわけではないです。あくまでも偶然です、うむ!



 次回予告!


 健次郎は詩乃と共に、西小木市郊外のショッピングセンターに取材に向かいます。そこで、偶然にも光輝と遭遇してしまい……


 第4話「スナイパー対決! 射抜け狩人!」にご期待ください。

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