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第3話 彼らの名はイタインジャー!(中編)

シーン5 西小木駅前 バスターミナル


 健次郎はバス停前のベンチに腰掛けて帰りのバスを待っていた。まだ顔が熱を持ち、ひりひりと痛んだ。健次郎は赤くなった鼻先をそっとさすった。

 不意に健次郎のズボンから振動と共に音楽が流れた。携帯電話が鳴っていた。

 滅多に鳴らない彼の携帯電話が立てた音に、健次郎は驚いた。あたふたと電話を取り出してその画面を見ると、そこには相手方の電話番号と共に『浅木編集長』という文字が表示されていた。


 「よう、只野ちゃん! 原稿読ませてもらったよ!!」

 電話口に軽快な声が響いた。その声は紛れも無く、西小木ネットワーク誌の編集長――浅木(あさぎ)幸一(こういち)のものだった。呆気にとられた健次郎は、「あの、もしもし……?」と遅れて言った。そんな健次郎に構わず浅木は続けた。

 「いやあー! なかなか斬新な設定でちょっと驚いたなあ! でも、ウチの伊藤も言ってたけど、少ーし世界観がぶっとびすぎてたかなあ!?」

 「はあ……」

 ――あの原稿、読んでくれたのか……有難い話だけど、やはりエンタメ系として捉えられていたか……。

 健次郎は落胆した。

 「でも、只野ちゃんもこういう小説に興味があったんだねえ! うん! いいよ! なかなかいい心がけだ!」

 「え……あの、でも、あれは本当にあったことで……」

 「でも、やっぱりもう少しリアリティがあったほうが受けると思うんだよね、俺!」

 健次郎の声にまったく耳を貸す様子も無く、浅木は一方的に喋り続けていた。ヒートアップする浅木の声に、健次郎は――だめだこりゃ、と思った。

 「うん! いきなり亀が喋りだすのもなかなか斬新だったよ! でも、やっぱそこで少しはリアリティが無いとさ、読者が置いてけぼりにされてっからさ! そういうところ直したら、もっと面白くなるんじゃないかな!? あと、ノンフィクっぽく書くのも切り口が変わって面白いけど、やっぱりエンタメ系はエンタメなりの書き方するのが一番だよ! なあ!?」

 「はあ……」

 健次郎は呆れた様子で返事をした。――ノンフィクなんですけど……、と口から出そうになるのを思わず堪えた。

 「ま、この作品だとウチの雑誌で連載は難しいけどさ、また書いたら持ってきてくれよ! あ、伊藤は純文学専門だから、エンタメ系なんか見せたらまた怒られるぞ! コイツ、怒ると超怖いからな! 次からは俺に直接持ってきていいぞ! じゃあな!」

 そんな浅木の声の後ろから「編集長、余計なこと言わないでくださいよ!」と詩乃の声が聞こえた。そしてぷつりと電話が切れた。まるで突風のように押し寄せて過ぎ去っていった電話に、健次郎は唖然とした。そして携帯電話をしまいながら「リアリティか……」と呟いた。

 この数日間で、健次郎はあまりに多くの出来事に遭遇した。路地裏では喋る亀に襲われ、百貨店の屋上ではヒーローたちが悪者を蹴散らすところを目撃し、公園ではカマキリと巨大ロボの戦いを見た。そのヒーローが居酒屋で皿洗いのバイトをし、さらには喫茶店でウェイターをしているところにも居合わせた。確かに、それらは一般の常識で計ると、まるで現実味(リアリティ)の無い出来事ばかりだった。いや、間違いなくそれは現実だったのだが、健次郎もその目で見なければそれを受け入れられなかっただろう。

 「でも、これを現実だって気付かせる書き方があるはずだ……」

 健次郎は両手を組んで、天を仰ぎながら独り言を言った。とても現実とは思えないものを、現実と思わせる書き方……、それを一生懸命考えた。健次郎のライター魂に火が付いた。しかし、徹夜明けの健次郎にはまとまった考えが浮かばなかった。彼は両手を上げてかるく伸びをし、大きな欠伸(あくび)をした。目から少し涙が出た。

 「……帰って寝てから考えよう」

 バスが目の前に滑り込んできた。彼はその扉の前に立ち、目を擦った。



シーン6 富ヶ岡ニュータウン 喫茶店『みなと』前


 翌日の昼下がり、白いアーチの下に顔面から突っ伏している男がいた。

 大地は喫茶店の扉を閉めながら、その男に「もう来るなよ!」と叫んだ。


 その男――健次郎は「いってぇー!」と声を上げながら仰向けになり、すりむいた鼻先を触った。この日、健次郎は店内に入るまでも無く門前払いを喰らった。その扉を開けようと近づいた瞬間、庭の手入れをしていた大地に見つかったのだ。その結果、またも投げ飛ばされて顔面から着地するという体に至った。健次郎は顔面の痛みが引くまでの間、しばらく広がる青い空を見ていた。

 ――やっぱりイタインジャーのことについて聞き出すのは難しそうだな……。

 健次郎は流れる雲を見ながら思案に耽った。イタインジャーのこと。エスクロンのこと。それらを原稿に現実味(リアリティー)溢れるように書き出そうとしても、彼にはそれができなかった。彼はあまりにそれらについて知らなすぎた。ならば、知るほかない――そう思い、喫茶店『みなと』を訪れたのだ。

 ――いや、でも、負けるもんか。いつか必ずイタインジャーの秘密の全てを探り出して、それをノンフィクションとして原稿にする! もう二度とエンタメ系なんて言わせるもんか! 見てろよ、大地! 見てろよ、詩乃さん!

 

 そう決意を新たにした時、健次郎の顔に黒い影が被さった。

 茶髪の女子高生――昨日、ミヨと呼ばれていた娘が、いつの間にか健次郎の横に立ち、その顔を覗きこんでいた。ぱっちりとした瞳に、長めの睫毛、やや厚ぼったい唇が印象的だった。突然現れた少女の姿に、健次郎は呆気にとられた。少女は彼の顔を見て、にやりと笑い、問いかけた。

 「ただの けんじろう?」

 突然名前を呼ばれ、健次郎は戸惑った。

 「え……、うん、そうだけど……?」

 「そっか」と少女は笑顔で答えた。そして続けた。

 「昨日ね、そらちゃんと大地が話してたから、そうなのかなーって」

 「はあ……」

 「こんなところで寝てるの?」

 「いや、さっき乱暴な店員に投げ飛ばされてね――」

 健次郎は、「いてて」と呻きながらゆっくりと上半身を起こした。

 「ふーん」と呟いて少女は右手の人差し指で顎を触り、白いアーチの外を見た。そこには、汗だくになりながら魚見坂(うおみざか)を登ってくる三人の女子高生の姿があった。

 「ちょっと、ミヨ、登るの速いー!」と叫び声が聞こえた。

 ミヨは「がんばれー! もう少し!」と手を振って声援を送った。

 程なくして、三人の女子高生はアーチをくぐり、その汗をハンカチで拭きながら喫茶店の扉へと向かった。彼女らと合流したミヨは「じゃあね、ケンちゃん!」と手を振って店の中へ入っていった。

 健次郎はその背中を呆然と見つめていた。そこでふと彼は視線を感じ、二階の窓を見た。そこには、先ほど彼を投げ飛ばした"乱暴な店員"が、早く帰れ、とばかりに彼を睨みつけていた。周章した健次郎は、慌てて立ち上がり、魚見坂に向かって白いアーチをくぐった。

 魚見坂を下りながら、健次郎はふと思い出した。

 「そういや、あのミヨって娘、この坂を登ったのに汗一つかいてなかったな……?」

 健次郎は小首を傾げた。



シーン7 さらに翌日の 喫茶店『みなと』前


 白いアーチがきらりと光った。輝く太陽の下、またも男は顔面から突っ伏していた。

 「しつこいぞ!」と叫んだ"乱暴な店員"は、喫茶店の扉を閉めた。


 健次郎は「いってぇー!」と声を上げながら仰向けになり、またもすりむいた鼻先を触った。今日は店の扉を開けるまでは順調に行った。その扉の向こうで仁王立ちになっていた"乱暴な店員"――大地の姿を見るまでは――。そして、まるで昨日、一昨日と同一の軌道をなぞるように健次郎の身体は投げ飛ばされ、またもや顔面で着地した。健次郎は、今日もまた仰向けのまま広がる青い空を見ることとなった。


 その時、またも健次郎の顔に黒い影が被さった。

 そこには、金髪の若い男性の顔があった。見知らぬ顔だった。突然現れたその男に、健次郎はぎくりとした。その男は背が高く細身で、黒いジャケットを羽織り、全身に銀色に輝くチェーンやらアクセサリーやらを身につけていた。いかにも軽薄そうな容姿のその男は、健次郎の顔を見てにやりと笑った。

 「ただの けんじろう?」

 突然名前を呼ばれた。妙な既視感(デジャヴ)を覚えながら健次郎は答えた。

 「え……はい……」

 「俺、瓜生(うりゅう) 光輝(こうき)。よろしくな」

 いきなり自己紹介をされて健次郎は戸惑った。光輝はすっと手を差し出した。健次郎はそれを掴み、身体を起こした。

 「んで、こっちにいるのが藤木(ふじき) (ゆう)だ」

 白いアーチの横に青年が立っていた。彼は表情を変えないまま、軽く会釈した。学生風のその青年は色の濃いジーンズを履き、灰色のパーカーを羽織っていた。ふちなしの眼鏡を掛け、その後ろ髪はぴんと跳ねていた。健次郎は会釈を返しながら、遊び人風の派手な金髪の男と学生風の地味な男というアンバランスな二人組を怪訝そうに見つめた。そんな様子を見て光輝が笑った。

 「あはは、いきなり自己紹介されても困っちゃうよな!」

 「はあ……」

 「でも、俺たちが会うのは初めてじゃないぜ。どこで会ったか分かるかい?」

 光輝は笑みを浮かべながら、左手の親指を立て、ぐっと突き出した。それを見て健次郎は何かを思い出しかけた。――そういえば光輝の声や口調、そして雄の持つ独特な雰囲気には覚えがある。どこで会ったろうか……、と健次郎はその記憶を探った。そして、その答えを導こうとした瞬間――

 「……西小木市民公園」と雄が呟いた。

 そのキーワードを得て、一気に答えにたどり着いた。健次郎は思わず目を見開いて「あっ!」と叫んだ。

 「ちょ、雄! 先に言うんじゃねーよ、まったくよー!」

 光輝はしらけた表情で雄を見た。雄は相変わらず無表情のままだった。光輝は頭をぽりぽりと掻いた。

 「ま、気付いたみたいだな。俺はイタインブラック。んで、こいつはイタインイエローだ」

 「えっ……!」

 なんとも意外な形で現れた素顔の二人の戦士を見て、健次郎は呆気にとられた。そして慌てて頭を下げた。

 「あ、はじめまして! 只野 健次郎です!」

 それを見た光輝は、思わず吹き出した。

 「だから、はじめまして、じゃねーってば! 面白(おもしれ)ーな、健次郎!」

 「あ、そうか」健次郎は赤面した。

 そして光輝は健次郎の右手をぐっと握った。

 「ま、どうぞよろしくってことで!」

 「あ、よろしくお願いします……」

 まだ戸惑いを隠せない健次郎をよそに、光輝は言った。

 「さて、立ち話もなんだし、中でお茶でも飲もうぜ」

 健次郎はそれを聞いてうろたえた。店の中で仁王立ちする"乱暴な店員"の姿が脳裏に浮かんだ。

 「え……でも……」

 「大地のことなら心配いらねーよ。俺がなんとかしてやっから」

 光輝は自信に満ちた笑顔でそう語り、喫茶店の扉に手を掛けた。



シーン8 喫茶店『みなと』 店内


 ――まるで、その"乱暴な店員"の周りだけ時間が止まったようだった。


 光輝と雄が店に連れてきた男を見て、彼はひどく驚いた。どうして彼らが健次郎と一緒にいるのか……彼は混乱し、言葉を失った。あまりの衝撃にその身体が固まった。光輝はそんな大地の横を余裕の笑みを浮かべながら通り抜け、いつも彼が座る一階の一番奥のテーブル席へと向かった。その後に続き雄が、そして大地の顔色を伺いつつ健次郎が通り抜けていった。三人は同じテーブルに着くと、光輝が叫んだ。

 「おう、大地。コーヒー三つな!」

 その言葉ではっと我に返り、大地は彼らを睨みつけた。いや、正確には光輝と健次郎の二人を睨みつけていた。大地は冷ややかな目を浮かべながらつかつかとそのテーブルに歩み寄り、不意に健次郎の胸元に手を伸ばした。腕に力が入った。それを見て、健次郎は一昨日店内で投げられた時のことを思い出した。――また投げられるのか!? 思わずぎゅっと目を閉じた健次郎だったが、その身体は投げられるどころか椅子の上から微動だにしなかった。健次郎は目を開けた。

 光輝の右手が健次郎の腕をがっちり握っていた。光輝の右手は凄まじい力で、大地の腕が健次郎を投げようとするのを抑えていた。それでも大地は健次郎を投げ飛ばそうとしたが、光輝はそうはさせじ、とさらに握る手に力を入れた。奥歯を噛み締めながら腕を振り上げようとする大地に対し、光輝は不敵な笑みを浮かべていた。

 「どういうつもりだ、光輝!」

 大地は問いかけた。その目には怒りの色が見えていた。その目をさらりと流すように光輝は澄ました表情で言った。

 「大地。もう一度言うぞ。コーヒー三つだ」

 「くそっ」と悔しそうに呟き、大地は健次郎の胸元から手を離した。それを見て光輝は大地の腕の拘束を解いた。大地はそのままさらさらと伝票に『正』の字の三画目まで記入し、伝票をばん!とテーブルの上に置いてその場を去っていった。その様子を横目で見ながら、光輝は両手を頭の後ろで組んだ。


 「さて、と」

 光輝は健次郎を見て、にやりと笑った。

 「何から話そうか?」

 「あ、じゃあ……」

 いまだ戸惑いが収まらずにばくばくとなる心臓を押さえながら、健次郎は懐からペンとメモ帳を取り出した。そこには『目指せ、ノンフィク!』という表題と共に、健次郎が思いつくままに記した"知りたいことリスト"が書いてあった。それをぱらぱらと捲り、健次郎は第一の質問を口にした。

 「えーと、まず、"何で亀やカマキリが日本語を喋れるのか?"について教えてください」

 それを聞き、光輝はきょとんとした。そして雄を見ながら質問した。

 「そういや、何で喋れるんだろうな、あいつら?」

 雄は眼鏡を拭きながら答えた。

 「……考えたこと、ないです。でも、喋らないのも……たまに、います」

 光輝は「うん」と頷いて、腕を組んで健次郎に答えた。

 「わからん! でも、たまに喋らないのもいる!」

 その答えを聞き、健次郎はぽかんと口を開けた。しかしすぐに気を取り直し、またメモ帳をぱらぱらと捲った。

 「あ、じゃあ、次の質問。"なんであのカマキリが巨大化したのか?"」

 光輝はまた目を丸くして雄を見た。

 「そうだよな、なんででっかくなったんだろな、アイツ?」

 「……わからないです。気付いたら、大きくなってました」

 その雄の言葉にまた光輝は頷き、健次郎に答えた。

 「と、いうわけで、それもわからん! 気付いたらでっかくなってた!」

 光輝は腕を組んだまま、笑顔で答えた。健次郎は暫し唖然とした。

 ――あ、もしかして、エスクロンの怪人のことはわからないのか? イタインジャーのことについて聞いたほうがいいのかな?

 そう思い、健次郎は質問を変えた。

 「じゃ、じゃあ次の質問。"あの巨大ロボは何なのか?"」

 「ああ、あれはグレートイタインだよな?」

 「……グレートイタイン、だったと思います。確か」

 「うん、グレートイタインだ! でも名前以外はよくわからん!」

 光輝は腕を組み、何故か偉そうに胸を張って答えた。健次郎は愕然とし、メモ帳のリストを見ながら固まった。

 ――こ、こいつら、もしかして何も知らんのじゃなかろうか?

 メモ帳を持つ手が震え、そんな疑念が沸々と湧き上がってきた。それでも、彼らが答えられそうな質問を探し、またぱらぱらとメモ帳を捲った。すると――

 「つか、さっきから何だよ、そのメモ帳?」

 光輝が健次郎の手元からひょいとメモ帳を取り上げ、そのページを捲った。そして感嘆の声を上げた。

 「うお、見ろよ雄! すげえ! 俺たちが想像もしなかったことが書いてあるぞ! ほら、ここなんて"彼らの戦いの始まりは何だったのか?"だってよ! こんなこと思ったことすらないよな!」

 光輝は嬉々としてメモ帳を開き、雄に見せた。

 「…………『目指せ、ノンフィク』?」

 雄は表題だけ読んで、無表情のまま小首を傾げた。一方、「すげえ、すげえ!」と声を上げ、楽しそうにメモ帳をぱらぱらと捲る光輝の様子に、健次郎は呆然と遠くを見るような目をした。

 ――聞く相手を間違えたか? いや、そもそもの題材の選択を間違えたか?

 健次郎の頭の中ではこの二日間の出来事がぐるぐると回っていた。大地に投げ飛ばされながらもしつこく店に通い、帰宅してからは懸命に考えて質問リストを作った。しかし、待っていたのはこの結末か……なんとも情けない……、と健次郎は軽く目眩を覚えた。


 そんな健次郎の様子に気付いたのか、光輝はメモ帳を閉じ、ぽん!とテープルの上に置いた。そして、両手を重ねて指をぽきっと鳴らしながら健次郎の目を見た。

 「まあ、俺は下っ端だから、あんまり詳しくないんだけど」

 そう前置きし、「俺の分かる範囲のことだけ教えとこうか」と光輝は話し出した。

 「さっきも言ったけど、俺はイタインブラック。で、こいつがイタインイエロー」

 光輝はちらっと雄を見た。そして、カウンターの中で苦虫を噛み潰したような表情のままコーヒーを淹れる大地をこそっと指差して小声で言った。

 「あそこにいる頑固者がイタインレッドな」

 「はあ……」

 「そんで、あと二人、ブルーとピンクがいる。そらにはもう会ってるんだよな?」

 「あ、はい……イタインブルーですよね」

 健次郎は公園で変身したそらのことを思い出した。目の前で見たとはいえ、華奢な女の子が一瞬にして戦士の姿に変身したことは、いまだに信じがたいことだった。

 「そう。そんで、ピンクなんだが……」

 光輝は店内を見渡して言った。

 「いつもならもう来る頃なんだがな、まあ、そのうち来るだろ」

 それを聞いた雄は、無言のまま、吹き抜けの二階をちらっと見た。二階から彼らを見下ろしていた視線がそれに気付き、さっとその姿を隠した。茶色の髪がふわりと舞った。それに気付いた雄だったが、静かに光輝の話を聞き続けた。

 

 光輝はにやりと笑みを浮かべ、健次郎の目をじっと見て続けた。

 「ピンクが来る前に言っておくが、俺たちは、あんたに感謝してるんだぜ」

 「え……?」

 予想外の言葉に、健次郎は戸惑った。

 「まあ、大地はどうか知らんが、少なくとも俺たち二人は――」

 そう言おうとしたとき、大地がコーヒーをトレイに載せてこちらへ近づいてきた。大地は鬱屈した表情でコーヒーを一つずつテーブルへ置いた。そして、剥いた刃のような鋭い目で健次郎を睨みつけて言った。

 「只野、悪いことは言わんから、コーヒーを飲んだらすぐに帰れ。このチャラ男は信用するな」

 光輝は思わず顔を上げ、大地を睨んだ。

 「なんだと? 大地、お前、人をチャラ男呼ばわりとは随分な態度だな、おい」

 大地は軽く溜息を吐き、光輝を見て言った。

 「光輝も関係の無いやつを簡単に連れ込むのはやめろ」

 「いいじゃねえかよ。ちょっと話をしてるだけだ」

 光輝は立ち上がり、大地に顔を近づけた。二人は睨み合った。

 「覚悟の無い奴を引きずり込むな、と言ってるだけだ、俺は」

 その言葉を聞き、健次郎は少し憤慨した様子で立ち上がった。

 「そんな、俺にだって覚悟くらいある!」

 「いや、お前には無い! お前には、命を賭ける覚悟が感じられない! この世界がどれほど過酷なのか、考えたことはあるのか?」

 

 その言葉を聞き、健次郎は思わずたじろいだ。――命を賭ける……。そんなことは考えてすらいなかった。彼の中にあったのは"覚悟"ではなく、ただ"意地"だった。自分の自信作を詩乃や編集長に揶揄(やゆ)されて悔しかった……、それだけが彼を突き動かした動機だった。健次郎は急に全身の力が抜けたように感じて椅子に座った。

 「分かったら、とっとと帰れよ」

 大地はテーブルに小さな砂糖入れとミルクポットを置き、背中を向けた。

 「待てよ大地!」

 光輝が呼び止めた。

 「お前はそうかも知れんが、俺は健次郎に覚悟を感じてるね! こいつは俺たちの闘いについて知る権利がある!」

 「何を言い出すんだ、光輝!」

 大地が驚いて振り返った。すると、雄も座ったままで突然その口を開いた。

 「……俺も、覚悟はある、と思う」

 「雄!」

 大地は、信じられない、という目で二人を見た。


 「あたしもそう思うなー」

 頭上から声が響いた。二階の吹き抜けから、茶髪の女子高生が下を覗き込んでいた。昨日、健次郎に話しかけた少女――ミヨと呼ばれた娘だった。それを見上げ、大地が怒声を上げた。

 「未代里(みより)! お前は口を挟むな!」

 ミヨは頬を膨らませ、「うー」と不満そうな声を出した。そして、健次郎に向けて話しかけた。

 「だって、助けてくれたもん、ケンちゃん。ねーっ?」

 ――未代里。その名を聞いて健次郎は思い出した。ピンクの戦士、彼女もまたその名で呼ばれていたということを。その少女――ミヨ、いや、未代里こそ五人目の戦士――イタインピンクだった。


 光輝は、ふふんと笑って腕を組み、目を細めて大地を見た。

 「さて、三対一だ。どうする、大地?」

 大地は歯軋りをし、光輝、雄、未代里の三人を順番に睨みつけた。三人はそれぞれ大地を見つめていた。大地はそこから視線を逸らし、唖然とする健次郎をじろっと睨み、言った。

 「……勝手にしろ!」

 大地はエプロンを脱ぎ、入り口横のハンガーから自身の赤いジャケットを取り出した。その様子に気付いたのか、奥の厨房から博士が出てきた。驚いた表情で、大地に問いかけた。

 「おや、どうしたんだい、大地くん」

 「外に出てくる!」

 大地は苛立った口調でジャケットを羽織り、扉を開けて外へ出て行った。扉がばん!と音を立てて閉まった。光輝は、やれやれ、といった感じで両手を上げて首を振った。博士はそんな光輝のしぐさを見て、「また喧嘩かい? 困ったものだな」と呆れた。そこでふと、光輝の横に座っている健次郎の姿に気付いた。

 「おや、君は……」

 博士は少し驚いたようだった。そして、健次郎と光輝を交互に見た。

 「光輝くん、君が彼をここへ連れてきたのかな?」

 「まあ、連れてきたのは俺だけど、雄も、未代里もこいつを認めたよ」

 その言葉を聞き、雄はコーヒーを片手に、黙って頷いた。未代里は二階の階段から顔を出して笑顔でVサインをした。それを見て、博士は「なるほど」と呟き、ふう、とひとつ深い溜息を吐いた。

 「さて、三人が認めたってことは、話をしなきゃいけないな。イタインジャーのことを……」

 博士はカウンターの上に両肘を付き、その両手を顔の前で組んだ。そして、ゆっくりと健次郎に問いかけた。

 「しかし、知ればもう戻れなくなるよ。健次郎くん、君は、その覚悟があるかね?」

 覚悟。先ほど大地が放った言葉だった。『命を賭ける覚悟が感じられない』――そう言われたとき、健次郎は己の心の中を見透かされたような気がした。だが、それは同時に彼がその心を正面から見つめ直した瞬間でもあった。先刻は思わずたじろいでしまった健次郎だったが、再びその言葉を投げかけられ、彼は意を決した。

 ――そうだ、俺はこの仕事――ライターとして生きていくことに決めたんだ! そのために命を賭けなかったら、この先の人生で一体いつ命を賭けるっていうんだ!?

 暫しの間を置いて、健次郎はゆっくりと、しかしはっきりと答えた。

 「はい!!」

 その目には、強い意志が宿っていた。



ついに5人の戦士全員が素顔で登場しました。

健次郎の動機付けも完了し、いよいよ第3話も佳境!

次回は怪人が登場し、彼らと戦闘を繰り広げます!


次回は5日午後10時投稿です

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