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第3話 彼らの名はイタインジャー!(前編)

シーン1 株式会社 西小木(にしおぎ)ネットワーク 編集部


 「……何コレ?」


 詩乃(しの)は出社するやいなや、自分の机の上のノートパソコンの横に積まれた原稿用紙の束を見て思わずぼやいた。百枚、いや、百五十枚はあるだろうか……。それを持ってきた青年の目の下にはくま(・・)が出来ていた。

 「読んでみてよ詩乃さん! 会心の出来なんだから!」

 健次郎は、自信たっぷりにその束の上から数枚を捲りとって詩乃に差し出した。


 詩乃は眉をひそめた。

 「あたし、こんな原稿頼んだ覚えが無いんだけど……?」

 健次郎は笑顔で答えた。

 「頼まれてないけど書いてみたんだ! ほら、こないだの話のやつだよ」


 ――話って何だったかしら?

 詩乃はその記憶を辿ってみたが、思い当たるものは無かった。彼女は溜息を吐きながらも原稿用紙を手に取り、それを読み始めた――


 五分後、詩乃の頭の中に疑問符の嵐が吹き荒れていた。まだ読み始めて三枚目だったが、あまりに不可解なその内容に詩乃はふと目眩がした。詩乃は天を仰いで目を閉じた。そして読みかけの原稿用紙を机の上に伏せて置いた。そして、左手で目頭を押さえながら傍らに立つ青年にゆっくりと問いかけた。

 「えーと、健次郎、まず基本的なことを聞くけど、悪く思わないでね……?」

 詩乃は机の上に置かれた原稿を指差した。

 「これは、何なのかしら?」

 健次郎は耳の後ろをぽりぽりと掻いた。

 「え、原稿、だけど」

 「分かってるわよ! そういう意味じゃなくて――」

 詩乃の語調が速まった。彼女は一度うつむいて、両手で髪をかき上げた。

 「ジャンルを聞いてるの!」

 「や、やだな詩乃さん。最初に"ノンフィクション"って書いたはずだけど……」

 健次郎は一枚目の原稿を机から拾い上げ、その三行目を「ほら!」と指差した。

 詩乃はひとつ溜息を吐き、椅子の背もたれに左ひじを置いて上半身を健次郎に向けた。冷たい目で健次郎の顔を見つめた。

 「健次郎、"ノンフィクション"の意味って分かってる?」

 「え……?」

 想定外の質問に、健次郎は戸惑った。

 さらに詩乃は健次郎から一枚目の原稿を片手で奪い取り、それを見ながら捲したてた。

 「……まあ、仮にフィクションだとしても読めたもんじゃないけどね。

 そもそもこの冒頭の部分で突然『私は亀と言葉を交わした』なんて書いてるけど、これは、亀の気持ちをあんたが汲み取って会話形式で表現した、って理解でいいのかしら? それともあんたの想像上での出来事か、あるいは夢オチ、もしくは妄想って設定なのかしら? そうじゃなかったら、この『亀』ってのが何かを抽象的に表していて――」

 さらに続けようとした詩乃の言葉を慌てて制止して、健次郎が答えた。

 「い、いや、書いてある通りだよ! 本当に亀と会話したんだってば!」


 その言葉を遮るように、ばん!と机を叩き、詩乃は健次郎を睨んだ。

 「健次郎、あたし、あんたの冗談に付き合うほど暇じゃないんだけど……」

 彼女の修羅のごとき形相を目にし、健次郎の額から冷や汗が流れた。

 その迫力に気圧され、思わず「すいません……」と小さく呟いた。


 「編集部までわざわざ来たから何かと思えば……、まったくもう!」

 詩乃はノートパソコンをぱかっと開け、電源を入れた。

 「次の打ち合わせは来週の金曜! 西小木駅集合ね! わかった!?

 これで今日のあんたとの会話は終わりっ! さよならっ!!」

 苛立った口調で詩乃が叫んだ。健次郎はおずおずと聞き返した。

 「えと、集合時間は……?」

 「……十一時!!」

 詩乃の耳が少し赤くなった。


 とりつくしまも無くなった詩乃の様子に健次郎は落胆し、昨晩から徹夜で書き上げた原稿を抱えて編集部の扉へ向かった。すると、詩乃がパソコンの画面を見ながら声を上げた。

 「それ置いていって! 編集長が読むかもしれないから」

 「え……」健次郎は目を丸くした。

 「だって会心の出来なんでしょ? あたしはよく分かんないけど、編集長はそういうエンタメ系好きだから喜んで読むかもしれないし、そこに置いてってよ!」


 ――エンタメ系じゃなくてノンフィクションなんだけどな……。

 そう思いながらも、健次郎はその原稿の束を詩乃の机の上にそっと置いた。詩乃は健次郎に目もくれず、かたかたとキーボードを叩いていた。健次郎は彼女に「お願いします」と囁くような声で言い、ぺこりと一礼した。



シーン2 西小木市民公園


 二メートルを越えようかというほど巨大な昆虫の死骸が、紺色の大きな袋に入れられた。作業着を着た男たちは六人がかりでそれを持ち上げ、白い軽トラックの荷台へと積み込んだ。トラックの車体が大きく揺れた。警察官、鈴木はその様子を腕を組んで見つめていた。

 作業着の男の一人が鈴木の下へ駆け寄り、何やら書類を差し出した。

 「いつもすまんなあ」

 書類を受け取りながら、咥えタバコで鈴木が言った。

 「今日はあれ一体だけで終わりですかね?」

 作業着の男が尋ねた。その作業着の背中には黒字で『西小木市清掃局』と書かれていた。

 懐からペンを取り出し、書類にさらさらとサインをしながら鈴木が答えた。

 「ああ。怪人は一匹だけなんだがねぇ……」

 鈴木は顔を上げた。

 そこには、鉄球の山、砕けたアスファルト、倒れた木々、剥がれた芝生、土の塊などが乱雑に散らばっていた。公園では数十人の警官がそれら瓦礫の処理を行っていた。

 彼はふー、と煙を吐いて呟くように続けた。

 「こっちの処理が大変だわ。また署長に怒られるわな」

 「お察しします」

 書類を受け取ると、男性は帽子を被りなおしながら小走りで軽トラックの方へ向かった。

 程なく軽トラックと作業員たちを乗せた白いバンが動き出し、公園を後にした。


 鈴木はちびたタバコを灰皿に押し付け、変わり果てた公園の姿を見ながら呟いた。

 「これは、なんとかせんといかんな」



シーン3 富ヶ岡(とみがおか)ニュータウン 喫茶店『みなと』


 『Open』の札のかかった扉を開け、健次郎は恐る恐る店内を覗き込んだ。

 すると、そこでは白髪の男性が箒を手に板張りの床を掃いていた。彼は長く伸びた髪を後ろで束ね、ふち無しの眼鏡をかけていた。背は高く、細身で、黒いスラックスに白いシャツ、クマの刺繍のついた黒いエプロンを身につけていた。男性は健次郎に気付き、その手を休めてにこりと笑みを浮かべた。

 「おや、いらっしゃい」

 五十代後半くらいだろうか。初めて見るその顔に健次郎は少し戸惑った。

 「お一人様かな?」

 男性は健次郎に尋ねた。

 健次郎は店内に足を踏み入れ、あたふたとズボンのポケットから財布を取り出した。

 「あ、あの、俺、こないだここでアイスコーヒー頼んだんですけど、飲まずに帰っちゃって。慌てて店から出たんでお金も払ってなかったのを思い出して、えと、今日はそれを払おうと思って来たんです」

 

 しどろもどろな説明だったが、それを聞いた男性は「おお!」と声を上げた。

 「そら(・・)から聞いてるよ。大地くんの友達だね?」

 男性は目を細めて微笑んだ。

 「え……?」

 ――なんだかいつの間にか友達ってことになってるな。

 財布を片手に、健次郎の目が泳いだ。


 「お代はいいよ」

 男性が笑顔で言った。

 「で、でも……」

 「一口もつけないまま出てったのは分かってるし、私も大地くんの友達なら構わないから」

 「いえ、そんなわけにはいかないです! 払わせてください!」

 健次郎は財布から千円札を取り出し、男性に押し付けた。

 男性は若干困った様子で断ろうとしたが、健次郎が何度もそれを押し付けるので、結局受け取った。

 「んー、じゃあこうしよう」千円札を片手に男性が提案した。


 「とりあえず、アイスコーヒー代として四百五十円を頂いておくよ」

 男性はレジを開け、そこへ千円札を入れた。そして慣れた手つきで硬貨を取り出した。

 「はい、お釣り」と健次郎に五百円玉と五十円玉を手渡した。

 「で、君はここで私の入れるコーヒーを飲んでいきなさい。私の(おご)りでね」

 「……え?」健次郎は話の趣旨がいまいちつかめず聞き返した。

 「それとも、急ぎの用でもあったかな?」男性は微笑みながら質問した。

 「いえ、そういうわけでは……」

 「なら、決まりだ。最近新しいブレンドを開発してね。是非それを飲んでもらおうかな」


 男性は健次郎をカウンター席に案内し、椅子を引いた。健次郎は言われるがままにそこへ座った。

 健次郎はいまだに戸惑いながら質問した。

 「い、いいんですか?」

 男性はカウンターの内側に移動し、電動のコーヒーミルを操作しながら答えた。

 「構わないよ。大地くんの友達が訪ねてくるなんて滅多にないからね。いや、もしかしたらこれが初めてかな」

 「ははは」と男性は笑った。


 ――ま、まずいな。俺、板井の友達ってわけじゃないし、いやむしろあいつには嫌われてるような……

 健次郎は少なくとも誤解は解いておこう、と思い口を開いた。

 「あの、俺――」

 ――別に板井くんの友達ってわけじゃ……。そう言おうとした健次郎の声に被せるように、先に男性の質問が飛んだ。健次郎はおもわず口をつぐんだ。

 「大地くんとは、バイト先で出会ったのかな?」

 「え、あの、はい、『蒸気屋』っていう居酒屋で一緒になりましたけど……」

 「ああ、なるほど」と答えながら、男性はカップにコーヒーを注いだ。


 「大地くん、すぐ辞めちゃってびっくりしたろう?」

 そう語りかけながら、男性は健次郎の前にカップとコースターを置いた。そこから健次郎の鼻腔に柔らかく芳ばしい香りが届いた。男性は続けた。

 「ああいう性格だから、どこでもあまり長続きしないんだよ。私はウチの店を手伝ってくれるだけでいいと言ってるんだけど。少しでも他所で働いてウチにお金を入れようと思ってるらしくてね。」


 男性は右手で左の頬を掻きながら「ははは」と笑い、

 「まあ、ちょっと変なトコもあるけど、仲良くしてやってくれよな」と言った。

 「……はい」

 健次郎は思わず返事をしてしまった。


 しかし、これで健次郎が抱いていた疑問の一つが解けた。

 ――なんでヒーローがバイトなんかしてるのかと思ってたけど……そういう訳があったのか。

 自分の家も手伝いながら、バイトまでするなんて、いいとこあるじゃん、アイツ


 彼はふと大地のエプロン姿を思い出した。にやりと笑いながらコーヒーをすすった。コクと程よい苦味が口の中に広がり、最後にさわやかな酸味がわずかに現れて、そして潔く消えた。

 「あ、美味しい……」健次郎は思わず呟いた。

 それを聞き、男性は笑顔で語りかけた。

 「お口に合ったかな?」

 「あ、はい! コクがあって美味しいです。あと、酸味が広がった後にすっと消えるのが好きですね」

 健次郎のその言葉を聞いた瞬間、男性は思わず身を乗り出した。

 「おお! 分かるかい? その酸味を出すのには本当に苦労してね――。そうだ、こないだ良いマンデリンを仕入れてね。それを試しにブレンドしたやつもあるんだよ。こっちも是非飲んでもらいたいねえ」

 男性は根っからのコーヒーファンのようだった。健次郎もその仕事柄コーヒーには人一倍の知識を持っており、暫しの間コーヒー談義が続いた。


 がちゃり!と音を立て、入り口の扉が開いた。

 

 扉を開けて入ってきた人影を見て、男性は「おや、いらっしゃい」と笑顔で挨拶した。

 賑やかな話し声と共に店内に入ってきたのは女子高生と思しき四人組だった。健次郎はその制服と鞄を見て、西小木商業高校の生徒だと分かった。その中の一人が茶色のロング髪をなびかせながら店の中をくるりと見渡した。その短めのチェック柄のスカートがふわりと舞った。

 「あれ? 今日、そらちゃん居ない?」

 「ああ、そらはいま買出しに出てるよ。そろそろ戻る頃じゃないかな?」

 店内の時計を見ながら男性が答えた。

 「……そっか」

 腕を組み、女子高生はつまらなそうな表情をした。そして、ふとカウンターに座っている健次郎に気付き、その顔を覗き込んだ。

 「ああ、大地くんの友達だよ」と男性がその娘に紹介した。

 「え!?」と健次郎は声を上げた。そういやまだ誤解を解いていなかったことに気付いた。

 そんな健次郎をその娘はじっと見つめ、「ふーん」と呟いた。


 他の三人の娘たちは、賑やかに話をしながら二階へ登っていった。暫くすると「ミヨ! 二階の席空いてるよー!」と呼ぶ声がした。健次郎をじっと見つめた娘――ミヨは「今行くー!」と返事をし、「あ、じゃあ注文持ってくるから伝票ちょうだい、ハカセ!」と男性に言った。

 「ハカセじゃないって、いつも言ってるだろう?」と男性は注文伝票をミヨに手渡した。

 ミヨはそれを片手に、ぱたぱたと二階へ駆け上がった。二階からは賑やかなお喋りと笑い声が響いてきた。


 「……ハカセ?」

 思わず健次郎は問いかけた。

 「ああ、あの子が私に付けたあだ名でね。下の名前はヒロシっていうんだけど、それがハカセとも読めるものだから――」

 ――健次郎は"ハカセ"という漢字を頭の中で思い描いた。

 ……『博士(ハカセ)

 なるほど。この文字でヒロシと読むのか、と納得した。


 「ハカセー!! オレンジジュースよっつー!!」と二階からミヨの声が響いた。

 それを聞き、博士(ひろし)は「やれやれ、伝票持ってった意味がないな」と呆れながら、棚からグラスを四つ取り出した。

 そして、思い出したように健次郎に語りかけた。

 「ああ、大地くんも一緒に買出しに出てるから、そろそろ帰る頃だね」

 「え……」

 

 ――そうだ、誤解を解いておかないと……

 そう決意し、健次郎は口を開いた。

 「あ、あの、すいません。俺、板井くんの友達じゃあ――」

 「……ん?」


 その時、がちゃり!という音と共に扉が開いた。


 「ただいまー」と明るい声が響いた。

 そらは両手に買い物袋を持って店内に入ってきた。

 それを聞きつけたのか、すぐさま二階からミヨの声が響いた。

 「そらちゃん、おかえりー! ねえ、後で数学教えてよおー!」

 それを聞いたそらは、声の主がミヨであることが分かったようで「後で行くねー!」と返事した。

 「やったー!」という声と共に、二階から歓声と笑い声が上がった。

 

 そこで、ふと そらはカウンター席に座っている人影に気が付いた。

 「あれ……? 健次郎さん?」

 「あ、ども……」と健次郎は軽く会釈した。


 そして、そらの背後に立っていた男――大地もまたカウンター席に座る彼の姿に気付いた。

 健次郎もまた大地の姿に気付いた。大地の瞳を見た瞬間、彼は空気が凍りついたように感じた。 

 大地は両手に持っていた買い物袋を足元に置き、無言で健次郎に近づいた。

 健次郎は慌てて席を立った。

 「いや、その、板井……」

 しどろもどろになりながら、思わず後ずさった。その胸元に、大地の右手が伸びた。


 そして、次の瞬間、健次郎は世界がぐるっと一回転する様子を見た。大地に胸ぐらを掴まれて投げ飛ばされた彼の身体は、大きな音を立てて床に叩きつけられた。そらが驚いて、「きゃっ!」と小さな悲鳴を上げた。床に倒れこんだ健次郎を、大地は睨みつけた。そして、右手でその襟元を掴み、左手で入り口の扉を開けた。そしてそのまま右手を思い切り振りぬいた。健次郎の身体は宙に舞い、庭園にある白いアーチの手前の地面に顔面から墜落した。


 「け、健次郎さん!?」 そらが心配そうに声を上げた。

 「大地くん、友達にいきなり何をするんだ!?」と博士が制止した。

 大地は憤慨した様子で答えた。

 「叔父さんは黙っててください。あいつは友達なんかじゃないですよ」

 そして、外で倒れている健次郎を冷たく鋭い目で見つめ、怒声を上げた。

 「只野! もうここには来るな! 分かったな!?」

 その言葉と共に、喫茶店『みなと』の扉は閉じられた。

 健次郎は顔面のひりひりした痛みに堪えながら、呆然とそれを見つめていた。

 そして、いつしか顔の痛みも引き、健次郎は立ち上がった。

 ――あの野郎、なんて目で俺を見るんだ……。やっぱり嫌われてんのかな、俺……?

 ふらふらとした足取りで、健次郎は帰路についた。


 その頃、『みなと』の二階の窓際の席では、オレンジジュースを待つ女子高生たちがノートを広げ、階下の騒動をつゆ知らず宿題と恋の話題で盛り上がっていた。そんな中、その少女――ミヨは去っていく健次郎の様子を窓越しにじっと見つめていた。

 『ただの けんじろう』

 彼女はノートの片隅にその名前を小さく書き入れた。

 ――「そっか。あいつ、あの時の……」と彼女は呟き、笑みを浮かべた。



シーン4 西小木(にしおぎ)市内 とある建物の地下二階


 『西小木市民公園に不発弾!』


 そんな衝撃的な見出しがでかでかと載った新聞を広げ、仮面の男マルスは怒りにうち震えていた。当然、本当に市民公園から不発弾が見つかったわけではなく、不発弾発見の報はイタインジャーと怪人との戦いの痕跡を隠そうとする西小木市当局による隠蔽工作である。

 マルスは新聞を畳み、正面に立つ女を睨みつけた。

 「ローティア! ずいぶんと失望させてくれたな!」

 女は右手で扇を握り締め、心外とばかりに反論した。

 「そんな! ブレードマンティスはよくやりましたわ、マルス様! 聞けばブラックを倒し、ピンクとイエローも寄せ付けなかったとか!」

 「しかし、結局レッド一人に圧倒されたという話ではないか!」

 戦果をアピールしようとしたローティアだったが、痛いところを突かれ、ぎくりとした

 「ま、まあ、それは、レッドに剣で挑ませたワタクシの作戦ミスでした。でも、真の敗因は――!」

 ローティアは部屋の片隅に立つ英国紳士風の男をぴっ!と指差した。

 「ジーファーの用意した薬の副作用です! 巨大化するなんて、ワタクシ、聞かされておりませんでしたわ! ブレードマンティスもさぞや戸惑ったことでしょう!」

 ジーファーはそれを聞き、黒い傘の持ち手をそっとなでながらローティアを一瞥した。

 「私がそれを説明する前に、ローティア殿が薬を持って行ってしまいましたからな」

 「そ、そういうことは先に言っておくべきことでしょう……!?」

 「言う(いとま)も御座いませんでしたな。なんせ、ローティア殿はいかんせん気が早すぎるもので……」

 ジーファーはローティアの方を見ることなく、澄まして答えた。

 「い、言わせておけば!」

 ローティアは扇をぎゅっと握り締めた。扇からはミシミシと音がした。

 「やめんか、二人とも!」マルスが一喝した。

 それを聞き、ローティアは不満げな表情で、ぷい!とジーファーから顔を逸らした。


 「とにかく、巨大化したことは思わぬ誤算だった。そうだな、ジーファー?」

 マルスはジーファーに身体を向け、確認した。

 「ええ。ですが、巨大化することで一時はイタインジャーを追い詰めたと伺っております」

 「そうだ。これは嬉しい誤算と言えるのだよ。分かるか、ローティア?」

 ローティアは相変わらず不満そうな表情で沈黙していた。

 「今回はその大きさこそ及ばず、あの巨大ロボに敗北した。だが、薬の改良を重ねればあのロボの大きさを上回れるはずだ。そうだな、ジーファー!」

 「ええ、すでにそのような指示をし、開発に尽力いたしております」

 「さすがだ、ジーファー! して、それはいつ完成しそうなのだ?」

 ジーファーは、不敵な笑みを浮かべて答えた。

 「最初の試作品は明後日には完成する予定で御座います。前回よりは大きくなるかと存じますが」

 「すばらしい!」マルスはそれを聞いて歓喜した。ローティアは思わず「ちっ」と舌打ちをした。

 その時――

 「ならば、それはワシの怪人に使わせてもらおうかのお!」と声が響いた。

 

 三人は声のした方を見やった。恰幅の良い男が部屋に入ってきた。男は白衣にコック帽を身につけ、片手にはフライパンを持っていた。服装だけならまるで料理人といった風貌であったが、その顎からは料理人には似つかわしくない無精ヒゲが伸びていた。彼こそ、エスクロン四人目の幹部である――その名をエッセンといった。

 ローティアはエッセンの言葉を聞いて言った。

 「エッセン、あなたの部下にはイタインジャーの相手は荷が重いのではなくて?」

 エッセンは目を大きく見開き、大声で答えた。

 「シャラーフは謹慎中じゃし、あんたは怪人を使ったばかりじゃ! ワシの怪人しかおらんじゃろう? それとも、あんたが自分でその薬を飲むかね? スリーサイズも体重も大幅アップじゃぞ!?」

 「ゲハハハハ!」とエッセンは下品な笑い声を上げた。ローティアは軽蔑した目でエッセンを見た。

 それを聞き、マルスが言った。

 「それを言うなら、ジーファーの怪人もいるではないか。良いのか、ジーファー?」

 問いかけられたジーファーは、少し考えて答えた。

 「まあ、私の怪人はまだ調整中で御座いますので。エッセン殿が行くと仰るなら今回は譲りましょう」

 それを聞いたエッセンの大声が響いた。

 「すまんな、ジーファー! だが今回で終わるぞ! ワシの怪人がイタインジャーをやっつけてしまうからのう! ゲハハハハ!!」

 下品な笑い声が響いた。それを聞き、ジーファーは一瞬だが口元を歪めてほくそえんだ。また、ローティアは扇で口元を隠し「下品で、最低な男……!」と小さく呟いた。




最後の敵幹部エッセンと、謎の少女ミヨちゃんが登場です。

さて、ミヨちゃんは一体何者なのか? と、かなりバレバレな気もしつつ次回へ続く!


次回は4日午後10時投稿です。

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