第2話 起動!グレートイタイン!(後編)
シーン13 西小木市民公園
健次郎は、中学・高校と陸上部に所属していた。当時は地元でもそこそこ有名な選手で、全国大会やインターハイにも何度か出場したことがある。高校を卒業してからも定期的な運動を欠かしたことは無く、脚の速さには人並みならぬ自負を持っていた。だが、今回はそれが脆くも崩れ去った。
喫茶店『みなと』から、西小木市民公園まではおよそ二キロメートルほど離れている。その道のりを大地とそらは全速力で駆け抜けた。一方、健次郎は全力で走ったが、二人の背中はどんどん離れていった。
――お、女の子に追いつけないなんて……!!
過去に経験したことの無い衝撃だった。大地に追いつけないのはまだ分かる。ヒーローと一般人では、脚の速さも違うのだろう、多分。しかしヒーローの妹とはいえ、か弱そうな女の子にすら追いつけないのは、元陸上選手の健次郎にとって もはや屈辱だった。 ――くそっ! 鍛えなおさないと! そう決意しながら健次郎は走り続けた。
とっくに二人を見失っていた健次郎であったが、大地が去り際に行き先を口にしてくれたことに救われた。息を切らしながら、市民公園の敷地内を走り回った。すると、不思議な光景が彼の目に飛び込んできた。
『西小木市民公園 第二駐車場』
そこにはそう書かれた看板が、いや、そう書かれていたであろう看板が立っていた。それは丸く切り取られ、『民公園 第二』という文字だけが残されていた。そして駐車場には、直径七~八十センチほどの鉄球と車のタイヤが大量に転がっていた。それが一体何なのか、健次郎には皆目見当もつかなかった。
その駐車場の奥で、健次郎は一つの巨大な影に挑む三人の戦士の姿を見た。
そこには両手に剣を携えた、巨大なカマキリが立っていた。その手が鎌では無いので、カマキリと呼ぶのは相応しくないかもしれない。だが、両手が剣ということを除けば、全ての特徴がそれがカマキリであることを示していた。そのカマキリに向けて、黒の戦士――イタインブラックは長弓の弦をきりきりと絞り、そして叫んだ。
「これならどうだ! イタインボウ! ラピッドフレアー!!」
それは以前健次郎が宮崎屋の屋上で見た技だった。ブラックの右手が凄まじい速度で動き、わずか数秒の間に百本以上の矢がカマキリに向けて放たれた。しかしカマキリは迫る矢を微動だにせず見つめ、その矢が身体に到達する寸前に両手の剣を目にも止まらぬ速さで振り上げた。その剣圧で全ての矢が叩き落され、カマキリの足元にぱらぱらと散らばった。それを見たブラックは周章した。
「へっへっへ! こんなもんじゃオラは倒せないだよ!」
カマキリは愉快そうに笑った。
――また日本語を喋っている……。
健次郎は戸惑ったが、
――まあ亀も喋ってたしな……カマキリも喋るよな……、
と妙な理屈で自分自身を無理やり納得させた。
よく見ると、カマキリと対峙しているのは、またも黒・黄色・ピンクの三人の戦士だった。
赤色の戦士――大地がいない……。健次郎は周囲を見渡したが、まだ彼は現れていないようだった。
「今度はこっちから行くだよ! 必殺! ブレードラッシュ!!」
カマキリの声が響き渡った。カマキリはその両手を高速で動かしながらブラックに飛び掛った。不意を突かれたブラックは、それを正面から受けてしまった。ブラックの身体に、無数の刃の雨が降り注いだ。そのスーツに剣が当たるたびに、鋭い金属音が響き、火花が散った。カマキリの腕は目にも止まらぬ速さで動き続け、連続した金属音と共にブラックの身体は火花で包まれた。いつしか火花の中に鮮血が飛び散り、ブラックの悲鳴がこだました。
ブラックの後ろで見ていたイエローとピンクは、カマキリの必殺技――ブレードラッシュの迫力に気圧されてしまい、彼の悲鳴を聞くまで動けなかった。そしてその悲鳴を耳にしてようやくイエローは意を決し、両手斧を振り上げてカマキリに斬りかかった。
カマキリはひらりと後ろに飛び、斧の一撃をかわした。ようやくブレードラッシュから開放されたブラックの上半身はぴくりとも動かず、そのまま膝から崩れ落ち、倒れた。スーツのところどころが破れ、赤い血が滴り落ちていた。
イエローはブラックの身体を抱きかかえ、その名を呼んだ。しかし、ブラックからの返事は無かった。
ピンクはそれを見て激昂したようだった。
「このぉー! 虫ィーーーーー!!!!!」
怒声とも、雄叫びともとれる声をあげ、ピンクはその鞭を携えてカマキリに突進した。
「あんたなんか、踏んづけて潰してやるっ!! イタインウィップ!!!!」
ピンクは鞭を振り上げた。その鞭はまるで獲物を狙う蛇のようにカマキリ目掛けて襲い掛かった。
――しかし、カマキリは平然とそれを見つめ、そしてまた両手を振り上げた。
次の瞬間、彼女の持つ鞭は一瞬のうちに切り刻まれてバラバラにされていた。
「そんな……!」
ピンクは愕然とした。
武器を失ったピンクの前に、カマキリが迫った。カマキリは憤慨した様子だった。
「オラを虫と呼ぶとはいい度胸してるだ! あんたもブレードラッシュをくらうといいだ!」
ピンクは素手で殴りかかろうとしたが、すかさずカマキリは鋭い突きを繰り出した。それを胸元にくらった彼女は軽く吹き飛ばされ、肩膝をついた。彼女が顔を上げると、カマキリはもうその目の前まで迫っていた。カマキリは口元を歪め、その両手を振り上げた。
その時、カマキリの背後から飛び掛る影があった。両手斧を振りかざすその影――イエローだった。だが、イエローが斧を振り下ろそうとした瞬間、カマキリはその頭を百八十度回転させ、イエローの姿を捉えた。そしてすかさず体を反転させ、イエローの右腹に強烈な一撃を見舞った。強い衝撃を受けてイエローの身体が宙を舞った。そのまま彼の身体は鉄球の山に強く打ち付けられた。
カマキリは不敵に笑った。
「えっへっへっへ! なんだ、イタインジャーとかいうやつも大したことないだな!」
そして再びピンクの方を向いて言った。
「あんたは死ぬだよ。オラを虫呼ばわりしたやつには、オラの作る美しい世界は見せてやらないだ」
ピンクはなんとか立ち上がろうとしたが、受けたダメージが大きすぎてそれはすぐには叶わなかった。カマキリは、ゆっくりと剣を振り上げながら呟いた。「……ブレードラッシュ!」
――その時、駐車場に声が響いた。
「待てっ! この虫野郎!!」
カマキリはその動きを止め、声のした方に顔を向けた。
そこには一人の青年が立っていた。
「お、お、お、お俺が相手だっっ! かかってこい!」
その青年――健次郎は、恐怖でこわばる身体を奮い立たせてカマキリに見栄をきった。何か計画があったわけではない。自分がこの怪人を相手に戦えると思ったわけでもない。ただ、これから目の前で起こるであろう惨劇を、何もせずに見過ごすことはできなかった。
カマキリは彼の姿を見て、首を傾げた。
「ん? あんたもイタインジャーだか? それにしちゃ、随分と弱そうだなー?」
そして、健次郎に向かって剣を構えた。
「でも、オラを虫呼ばわりしたからには、覚悟はできてんだべな!」
――怖い、怖い、怖い、逃げたいっ! できることならここから逃げ出したいっ!
健次郎は自身に向けられた刃を見て、両膝ががくがくと震えた。奥歯がカチカチと音を立てた。自分があんな怪物に喧嘩を売って、無事に済む可能性なんて無きに等しいことは分かっていた。あるとすれば、それはたったひとつだけだった。健次郎はそのひとつを心の中で祈り続けていた。
――板井ーーーーーーーー!!!!!
早く来い、早く来い、早く来い、板井!!!
お前の仲間がピンチなんだぞ!! あと、ついでに俺も!!
お前、俺より先にこの公園に着いてるはずなのに、なんでまだ現れない!
ヒーローらしく、みんなのピンチを救いに来るのがお前の役目だろーが!?
お前が来ないと多分俺はここで死ぬ! だから、早く助けに来い! 板井!!
カマキリは後ろ足を広げて体勢を整え、今にも健次郎へ飛びかかろうとしていた。
それを見た健次郎は、思わず大声で助けを呼んでいた。
「早く来い! 板井ーーーーーーーーーー!!!」
――まさに他力本願。我ながら非常にみっともなく感じた健次郎だったが、そんなことに構ってはいられなかった。足元の震えはさらに大きくなった。そのまま腰砕けになってしまいそうな状態で、健次郎は何度も何度も心の中で大地が現れてくれることを願った。そして、その健次郎の祈りが天に通じた。
「お前の相手はこっちだ! 怪人!」
カマキリの背後から怒声が響いた。
カマキリは首だけをくるりと回して後ろを見た。そこには、健次郎が待ちに待った男――大地と、その傍らには彼の妹、そらが立っていた。大地が現れたことで、健次郎は安堵した。だが、そこにそらも立っていることに気付き、目を丸くした。
「やれやれ、また新手だか? イタインジャーって何人いるだべか……?」
カマキリは呆れた様子で問いかけた。大地が答えた。
「俺たち二人で最後だ。行くぞ、そら!」
「はい!」
大地の掛け声にそらが応え、二人は携帯電話を取り出した。そしてそれを頭上にかかげ、同時に叫んだ。
――「チェンジ!イタイン!!」
二人の体は光に包まれ、瞬く間に戦士の姿へと変貌した。
大地は赤い戦士――イタインレッドに、そして、そらは青い戦士――イタインブルーへと姿を変えた。
二人は各々の決めポーズをとり、名乗りを上げた。
「めんどうだなあ、二人まとめて始末してやるだよ!!」
カマキリが二人に飛び掛った。
「喰らうだ! 必殺! ブレードラッシュ!!」
ブラックを一瞬で戦闘不能にした技を、再び繰り出そうとしていた。それを見て、健次郎は思わず叫んだ。
「避けろ! 板井!!」
だが、大地はそんな健次郎の忠告などお構い無しに、赤い片手剣――イタインソードを片手に単独でカマキリの刃の中へ飛び込んだ。降り注ぐ刃の雨の中、先ほど同様に連続した金属音が鳴り響き、多量の火花が舞った。そして、カマキリは手を止めた――
火花が地面に舞い降り、熱気でゆらゆらと空気が揺れる中、大地は毅然とそこに立っていた。その身体には傷ひとつ付いていなかった。それを見て、カマキリは狼狽した。
「な、何故……? 何故オラの技が効いてないだ!?」
大地はイタインソードを水平に構え、その刃に左手を添えた。
「コイツで全て受けきった……!」
それを聞いてカマキリは驚きの色を隠せなかった。
「そんな馬鹿な!? オラのブレードラッシュをたった一本の剣で受けきれるはずがないだ!」
「……お前の動きは無駄が多すぎる。俺が手本を見せてやろう」
大地は剣を無造作に構え、一歩、また一歩とカマキリへ歩み寄った。カマキリは思わず後ずさったが、意を決してもう一度ブレードラッシュの構えを見せた。そして、二人の間合いが縮まったとき、ほぼ同時にその剣が動いた。
三本の剣が目にも止まらぬ速さで二人の間を行き来した。鋭い金属音が鳴り響き、時折火花が散った。そして、いつしか緑色の体液が周囲に舞った。悲鳴をあげ、たまらずカマキリは後ろへ飛んだ。
「何故? 何故だ!? 何故たった一本の剣に負けるだ!?」
カマキリは息も切れ切れに、うろたえた様子で叫んだ。その身体のあちこちに切り傷ができており、胴体の一部がえぐられたように欠落していた。大地はカマキリの問いに答えた。
「お前とは背負っているものが違う」
「くぅー、聞いたような台詞をー!」
カマキリは四本の脚で地団太を踏んだ。
「背負ってるもんなら、オラにもあるだ!
オラはローティア様のために、この世界を美しいもので埋め尽くすだ!
美しいものを愛でてるときこそ人類の真の幸福だ、ってローティア様が言っただよ!!」
「それで、この公園の有様か……!」
「そうだ! 完全な円形こそ美しいだ! 美の象徴だ! 誰もオラの感性を否定できないだ!!」
それを聞いて健次郎は理解した。この駐車場のあちこちにある鉄球……。これも恐らくあのカマキリの仕業なのだろう。しかし、なんとはた迷惑な話だろうか。健次郎は、いつか大地の言った"独り善がりの幸福を押し付ける"という言葉がなんとなく理解できた。
「……ちなみに、地球は楕円形だって聞いてるだ。いつか完全な円にしてやるのがオラの最終目標だ」
「そんなことをさせると思うのか……?」
大地はイタインソードを握り締め、ブルーに呼びかけた。
「そら! ペインフル・スマッシャーだ!」
ブルーは仲間たちの介抱をしていた。「はい!」と返事をし、彼らの武器から宝石のようなものを抜き取って大地に投げ渡した。五色の宝石が光り輝き、イタインソードは赤いオーラに包まれた。それを見たカマキリは慌てて両手を構えた。
「やらせないだよ! 三度目の正直! ブレードラッ――!!」
しかし、ブレードラッシュを繰り出す暇もなく、右から左へ一閃。赤い刃がカマキリの身体を襲った。
程なくしてカマキリの全身は激痛に襲われ、絶叫が響き渡った。
大地は激痛に身悶える怪人に背を向け、仲間たちに歩み寄った。ブラックは怪我の痛みに耐えながらもゆっくりと身体を起こし、「来るのが遅ーよ、馬鹿野郎」と大地に悪態をついた。大地はその右手を握り、彼の身体を引き起こして肩を貸した。その様子を、健次郎は遠くから呆然と見つめていた。そんな彼に向かって、ブラックがぐっ、と左手の親指を突き出したように見えた。
戦士たちが立ち去ろうとしたその時、大地は背後にただならぬ気配を感じて振り返った。
そこにはカマキリが毅然と立ち、戦士たちを睨みつけていた。その足元には空の薬瓶が転がり、口元からは赤い薬液が滴り落ちていた。
「……倒れない?」
戦士たちは目を疑った。今までペインフル・スマッシャーを受けて倒れなかった怪人はいなかったからだ。
「え、えへっへへへ、イタインジャー……もはや、ペインフル・スマッシャーは効かないだよ!」
怪人は口元の赤い薬液を拭いながら、にやりと笑った。ジーファーの開発した新薬は、ペインフル・スマッシャーによる激痛を完全に打ち消していた。だが、その時――
ブルーは怪人の身体の変化に気付いた。
――身体が一回り大きくなっている?
見間違いかと思ったが、それは間違いなかった。他の戦士たちもその変化に気付いた。怪人の身体はみるみるうちに大きくなり、それは加速度的に速まっていった。そして、カマキリの身長が五階建てのビルほどの高さまで大きくなると、それは止まった。その身体は、公園の駐車場を半分ほど埋め尽くした。健次郎は慌てて駐車場から離れ、丸く刈られた植え込みの陰にその身を隠した。戦士たちは巨大化した怪人の身体を見上げながらも、戦う姿勢を崩してはいなかった。
この変化に最も戸惑った者がいた。巨大化した当の本人、カマキリだった。
「……あれ? イタインジャーはどこいっただ?」
彼の目線には西小木市の町並みと青空、遠くにそびえる山々があった。
「ここにいるぞ、怪人!」
大地の声を聞きつけ、怪人は足元を見下ろした。そして首を傾げた。
「なんで、お前らそんなに小さくなってるだ?」
ピンクが大声をあげた。
「あんたがでかくなったのよー! この、虫!」
「む、虫と言うなやー!!」
カマキリは四本の足で地団太を踏んだ。地面が揺れ、駐車場のアスファルトにひびが入った。
ブラックが慌ててピンクを制止した。
「し、刺激するんじゃない! あの大きさで暴れられたら大変なことになるぞ!」
「だって……、虫じゃん!」ピンクは不満そうに呟いた。
カマキリは、自分が大きくなったと言われたものの、暫しの間状況が把握できなかった。その大きすぎる身体をもてあましているようで、大きい頭をくるくると回して辺りを見渡していた。そして、何か思いついたように「あ!」と呟いた。――まあ、本人は呟いたつもりでも、真下にいるイタインジャーにとっては大音量で丸聞こえだったのだが。
「そうだ、オラの身体が大きくなったってことは。これは地球をまーるくするチャンスだべな!」
それを聞き、戦士たちは目を丸くした。
「ちょ、ちょっと、どうすんのよ。アイツ、とんでもないこと言い出したわよ?」
「まずいな、あれは本気でやりかねんぞ……」
「赤道あたりを削れば丸くなる……」
「そんな、赤道を削るなんて……地球の大ピンチですね!」
あたふたとうろたえ、口々に勝手なことを言い出した戦士たちを大地が一喝した。
「お喋りは後にしろ! やつを止めるぞ!」
その言葉に気を取り直した戦士たちは、巨大なカマキリに突進した。しかし、それはカマキリが足元に振り下ろした剣の一撃で敢え無く阻止された。カマキリは軽く剣を振り下ろしたつもりだったが、戦士たちはその風圧だけで数メートルは吹き飛ばされた。その様子を見て、カマキリは歓喜した。
「こりゃいい! 地球を丸くする前に、まずはお前らをやっつけてしまうだ!
きっとローティア様も喜ぶだーよ!!」
「くそ……!」
吹き飛ばされて地に伏した大地は、ゆっくりと立ち上がった。
――これでは勝てない! もっと力が欲しい!
そう思ったとき、どこからともなく声が響いた。
「大地! グレートイタインを使え! 解除コード、2-2-1-3だ!!」
健次郎はその声に驚いて真横を見た。そこに声の主が立っていた。それは浅黒い肌に、ぼさぼさの髪、制帽からはみ出したもみあげと襟足、そして猫背。――警察官、鈴木だった。
鈴木は健次郎の存在に気付き、口元に笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「よう、あんときの兄ちゃんじゃないか。やっぱり関係者だったか!」
――関係者? その言葉に健次郎は戸惑ったが、「いえ、ただの通りすがりです……」と答えた。鈴木は笑いながら健次郎の肩をぽんぽんと叩き、「ま、最近じゃ誰でも最初はそうだよな!」と笑った。
一方その頃、鈴木の言葉を聞いた大地は、携帯電話を取り出した。2、2、1、3――そう入力し、叫んだ。
「来い! グレートイタイン!!」
携帯電話が光り輝き、輝線が天空へまっすぐと伸びた。そして……
何も起こらなかった。
カマキリは首を傾げた。
「……ん? 何がしたかっただ?」
カマキリの剣がまたも戦士たちを襲った。吹き飛ぶアスファルトの破片を避けつつ、ピンクが叫んだ。
「ちょっとー! 何なのよさっきのはーー!?」
「皆、しばらくの辛抱だ。じきにグレートイタインが来る!」
その時――戦士たちは突然辺りが暗くなったことに気付いた。空を見上げると、真上には巨大な影が現れていた。健次郎もそれを唖然として見つめていた。――巨人。そこに浮かんでいたのは、銀色に輝く鋼鉄の巨人。巨人の目は緑色に光り、戦士たちを見つめているようだった。
程なくして、巨人は公園へ降り立った。その巨大な足に踏まれ、公園の木々がめきめきと音を立ててひしゃげた。巨人は銀色の身体を携え、静かに佇んでいた。その右手には剣を、左手には巨大な盾を持っていた。戦士たちは巨人へ駆け寄り、その手に飛び乗った。巨人の手は戦士たちを胸元へ導き、彼らはそこから操縦席へ入った。操縦席に座った大地は操縦桿を握り、呟いた。「よし! これで戦える!」
一方、カマキリは呆然と巨人を見上げていた。巨人のその大きさ、およそ三十メートル。片やカマキリの大きさ、およそ十四メートル。およそ倍。大人と子供ほどの大きさの違いがあった。
「え……?」
カマキリは狼狽した。
――いや、これは、なんか……ひどくない?
カマキリはどうも大きさの設定がおかしいことに疑念を抱いた。
――なんか、テレビで見たヒーロー番組の光景と違うな……。
健次郎は離れた場所から、カマキリとその倍以上の大きさの巨人が戦う様子を見ながらそう思った。思わず彼は呟いた。
「同じ大きさじゃないんだ……?」
カマキリは巨人に向かって懸命に剣を振り上げるが、その身長差を生かした巨人が、左手の盾でカマキリの頭上を抑えているせいでその攻撃は全く届いていなかった。鈴木はタバコを咥え、ライターをカチカチと鳴らしながら答えた。
「そりゃー、そうだ。何もわざわざ同じ大きさになるように設計図書いてるわけじゃないからな」
「……そういうもんか」
なんとなく納得したような気になった。
「それに、エスクロンが巨大戦を仕掛けてきたのは今回が初めてだ。
グレートイタインは元々エスクロンの規格に合わせて作ったわけじゃあないしな」
「……え? それってどういう意味ですか?」
鈴木は口からタバコの煙を吐き出した。そして、驚いた様子で健次郎を見た。
「おや、知らなかったかい? てことは、兄ちゃん、本当に通りすがりだねぇ」
「わはは」と笑い、鈴木は続けた。
「エスクロンは、どっちかっつーと、ここ二十年くらいで現れた新興勢力だな。今でこそ西小木の最大にして唯一の派閥だがね。だが、やつらが現れる前にも悪と正義でドンパチは続いてた。その頃に使ってたのが、あのグレートイタインさ」
健次郎が鈴木から話を聞いていたその頃、巨人とカマキリの戦いに決着が着こうとしていた。
「いくぞ! イタイン・ファイナル・アタック!!」
大地が操縦桿のスイッチを操作すると、巨人の持っていた剣が光り輝いた。そして、その剣をカマキリに突き立てると、カマキリの身体が光に包まれた。そして、光が収まった頃、カマキリはゆっくりと地に伏し、動かなくなった。
「あ……、やっつけた。殺したんですか?」
健次郎は戦いの結末に目をとられながら鈴木に問いかけた。
「イタインジャーが殺すわけないだろ。正義の味方なんだぞ」
「え……?」
「イタインジャーは悪と言えど殺しはしない。ただ懲らしめる、それがあいつらの理念だ」
「じゃあ、今のは……?」
健次郎は地に伏したまま動かないカマキリを見つめていた。カマキリの後ろには太陽が鈍く光っており、カマキリの身体はオレンジ色に染まっていた。気付けば、もう夕暮れが近づいていた。
「……ペインフル・スマッシャーの原理は知ってるか?」
タバコを携帯灰皿に押し当てながら鈴木が問いかけた。
「あ、はい、なんとなく……」
――それを受けた者は、死ぬまであらゆる苦痛に苛まれる。
以前、大地が語った言葉を思い出した。
「イタイン・ファイナル・アタックは、あれの数百倍の威力だと思えばいい」
「え、でも……」
健次郎はカマキリを見た。カマキリは痛みに悶える様子もなく、静かにその身体を横たえていた。
「よく見ろよ、兄ちゃん。カマキリの右手だ」
「あ……」
カマキリは、その右手で己の腹を貫いていた。その切っ先は身体を突き抜けて背中に飛び出しており、緑色の体液が剣をつたって滴り落ちていた。
「……あれって」
健次郎は愕然とした。鈴木は二本目のタバコに火をつけて言った。
「激痛に耐え切れず、自害したのさ。宮崎屋のときもそうだったんだろ?」
「そんな……」
痛みに耐え切れず自ら命を絶ったカマキリの心情に健次郎は思いを馳せた。その時、夕日の中でカマキリの身体が、まるで風船が萎むようにだんだんと小さくなっていった。その様子を見て鈴木が呟いた。
「急激な巨大化と、あの萎み具合……多分、薬品だな。作ったのはジーファーか、シャラーフか、それとも……」
健次郎にはその鈴木の呟きは聞こえなかった。巨人が轟音を立てて空に舞い上がったからだ。そして、その巨人は戦士たちを乗せたまま空の彼方へ消えていった。その姿を見て、鈴木は謎の言葉を意味深長に呟いた。
「解除コード2-2-1-3……。
我はアルファであり、オメガである。始まりの者であり、終わりの者である……か」
二人は、巨人たちに踏み荒らされてずたずたになった公園を通り抜けて駐車場に戻った。もう辺りはすっかり薄暗くなっていた。そこには元の大きさに戻ったカマキリの身体が横たわっていた。鈴木はタバコを咥えたままカマキリの身体を調べ、そこから何か金属板のようなものを取り出して読み上げた。
「ローティア隊所属、ブレードマンティスさん、ね……」
ふー、とタバコの煙を吐き、鈴木は健次郎の方を向いた。
「あとは警察の仕事だ。兄ちゃんはもう帰りな」
健次郎は黙って頷いた。すると、鈴木は何か思い出したように「おお、」と続けた。
「忘れるところだったな。これ、兄ちゃんのだろ?」
どこから取り出したのか、鈴木はリュックを差し出した。
「あ……」
それは健次郎が失くしたリュックだった。中を覗くと、そこには詩乃から借りた小さなデジタルカメラが入っていた。健次郎はそれを受け取ると、ぺこりと一礼して鈴木に背を向けた。鈴木は懐から携帯電話を取り出して、どこかに電話していた。恐らくこの公園も警察によって閉鎖されるのだろう、と健次郎は思った。
そこでふと健次郎はリュックからカメラを取り出した。鈴木に気付かれないよう、フラッシュライトを手で隠しながら、遠くからカマキリの身体を写真に納めた。
夕暮れの中、健次郎はただ黙って帰宅の途についた。
――悪と言えど殺しはしない。ただ懲らしめる――
リュックの持ち手を握り締めながら、健次郎は鈴木の言葉を思い出していた。
「それが、彼らの正義か……」
まだ納得はできなかったが、健次郎は少しだけ彼らのことが分かったような気がした。
第2話脱稿です。
第1話よりはキャラが動いたのでうまく書けたかな……?
ご意見、ご感想お待ちしてます!
次回予告!
健次郎はイタインジャーについて調査しようと意気込み、喫茶店『みなと』に向かいます。彼の入店を断固として拒否する大地! だが、そこに二人の青年と一人の少女が現れて……?
第3話「彼らの名はイタインジャー!」 にご期待ください。