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第2話 起動!グレートイタイン!(前編)

シーン1 小見谷(こみや)通り 喫茶店『ライト』


 編集者、伊藤詩乃(しの)は、右手で角砂糖をいじりながらも目の前にある原稿に集中していた。それはわずか六百字程度の原稿でありながら、彼女が数日前に提示した洋食店の魅力の全てを見事に引き出していた。その原稿の華麗な文体と言い回しに、背筋がぞくぞくした。やはりこの男、才能がある……そう思いながらも、彼女の対面に座っているその男の姿を見て、思わず溜息が出た。


 「それで、それでさ、『正義の刃、ペインフル・スマッシャー!』って言って、その亀をさ――」


 彼女が原稿を読んでいる間、健次郎の熱弁がとどまることは無かった。彼が何の話をしているのかはよく分からない。ただ、なんとなく彼はここではないどこか――幻想(ファンタジー)の世界にいるような気がする――詩乃はそう感じた。


 「あー、ちょっと、健次郎……?」

 彼の話は盛り上がってきたようだったが、詩乃は思わず制止した。

 「何なの? さっきから、その話……?」

 健次郎は目を丸くした。

 「え、聞いてなかったの……? 三日前の話の続きだったんだけど……」


 詩乃は原稿を置き、左手で鼻の頭を掻いた。

 「あー、そういえばなんか言ってたわね……。たしか、亀がどうとか……」

 「そう! その話の続きでさ、あの後『蒸気屋』で――」

 健次郎が口を開いたその時、またも角砂糖がその中に飛び込んできた。健次郎が思わず口を閉じると、角砂糖が口の中で溶けて甘みが広がった。


 「ま、前回よりはリアリティ増したと思うわよー。中学生の妄想レベルにはなったかしらね。」

 詩乃は相変わらず健次郎の話をまともに聞いていなかった。皮肉たっぷりのコメントを口にしながら、健次郎から受け取った原稿用紙を丁寧にクリアファイルにしまった。

 

 「誤字がいくつかあったけど、あたしが直しとくから」

 「あ……すいません、詩乃さん」


 健次郎が書いた原稿をチェックするのは詩乃の仕事だった。しかし、健次郎は漢字の使い方やら禁則事項やらにまったく疎く、その辺りの校正などはほとんど詩乃に任せきりになっていた。

 詩乃は眉間にわずかにしわを寄せながら言った。

 「つか、あんたさ、そろそろパソコンとか買ったら?」


 健次郎はいつも四百字詰め原稿用紙に手書きで記事を書いて詩乃に提出する。それを編集部のパソコンでキーボードに打ち込むのも詩乃の仕事だった。

 「んー、なんか、苦手なんだよね、パソコンとか」

 「あんたって昔からそうだよねー、男のクセに機械弱くってさ」

 詩乃は口を尖らせながらコーヒーカップの縁を人差し指でくるくるとなぞった。


 「そんな調子だから、あたしの貸したデジカメもほったらかしなんでしょ?

 今回の店の写真も撮ってきてほしかったんだけどな……。ま、あんたの写真じゃ使い物にならないことが多いし、どうせあたしが撮り直しに行くことになるんだけどね」 

 詩乃は上目遣いで健次郎の顔を見て悪戯っぽくにやりと笑い、コーヒーを一口すすった。

 その言葉に、健次郎は何かを思い出した。


 「あ、デジカメ……」

 ――そうだ、あのデジカメ、どこにやったかな?

 三日前、あのイタインジャーと亀怪人の戦いを収めようと持ち出したデジカメ。リュックに入れたまま宮崎屋の階段を登った……。屋上で物陰に隠れたとき、右手にリュックを持ってたのを覚えている。結局、あのデジカメを使うことはなかったけど……。そういや、あのリュック、どうしたっけ……? 家に帰ったときにどこに置いたかな……。


 「……ああっ!!」


 思わず大声が出た。詩乃はその様子にぎょっとして、飲もうとしたコーヒーを少しコースターの上にこぼしてしまった。

 「ちょ、何……!?」

 詩乃が顔を上げると、健次郎の顔がみるみる青ざめていった。


 「ご、ごめん、詩乃さん……。俺、急用思い出しちゃった……」

 「え……うん……」

 これまでにない健次郎の様子に、詩乃は呆気に取られた。

 「だ、大丈夫? 健次郎?」

 思わず声を掛けた。健次郎は硬い表情のまま返事をした。

 「うん……大丈夫だよ、詩乃さん……」



シーン2 宮崎屋百貨店 1階


 ――まずい、まずい、まずい……!!!!

 健次郎は焦っていた。


――あのリュック、詩乃さんから借りたデジカメの入ったあのリュック! 屋上に登ったときは手に持っていた。それは覚えている。間違いない。でも、あの後トイレに入ったときには持ってなかった! 家に持ち帰ってもいない! それは、つまり……


 屋上に、忘れてきた……。


 その結論しか無かった。健次郎は愕然とした。

 屋上に直接向かう勇気は無かった。ひょっとしたら、そこにはまだあの二十余人の男たちの身体が横たわっているかもしれない……。そんな光景を想像するだけで背筋に寒気が走った。ならば、ここで聞くしかない……。健次郎は若干パニックに陥っていたせいか、正常な判断ができなくなっていた。


 宮崎屋のサービスカウンターの女性は、屋上に忘れ物をした、と主張する男性客に失笑した。

 「いえ、お客さま、屋上と申されましても……」

 「や、忘れてきたんです、屋上に、リュックを」

 「屋上は立ち入りを制限されてございます、お客さま。それに――」

 「それに?」

 「いま、屋上は警察の方がおられますので、そちらに直接伺った方がよろしいかと――」

 「……え」



シーン3 宮崎屋百貨店 中5階 踊り場


 『KEEP OUT』

 そう黒字で表記された黄色いテープが行く手をさえぎっていた。


 「本当にこんなテープ、日本でも使ってたんだな……」 海外の刑事ドラマでしか見たことのなかったそのテープを見て、健次郎は何故か感動した。しかし、警察が屋上を封鎖している――つまり、あの屋上での惨劇は国家権力の知るところとなっている。この場合、どうなるんだろう。やっぱり大地とイタインジャーとかいう連中は暴行罪や傷害罪とかになるよな……。あ、でも傷つけた相手が亀だとどうなるんだろ……。亀でも傷害になったりするのかな。分からない。

 そんなくだらないことを思いながらも、健次郎は意を決した。

 屋上へ向かうために黄色いテープをくぐろうとした、その時――


 「おいおい、駄目だよアンタ」

 背後から声がした。振り返ると、そこには小太りの中年警官が立っていた。

 「そこは立ち入り禁止だよ、ほら、テープに"きーぷあうと"って書いてあるだろが」

 「あ、すいません。その、屋上に忘れ物をしたので……取りに行きたくて……」


 その警官は額の汗をハンカチで拭いながら、小首を傾げた。

 「忘れ物? でも駄目だよ、屋上は危ねぇからなぁ」

 「え、危ない……?」

 「ああ、新聞にも載ってたろ? 一昨日の夜、屋上でガス爆発があったんだよ」

 「ガス爆発……?」


 ――そんなはずはない。屋上には給水タンクしかなかった。あそこには爆発するようなものは何一つ無い。ガス爆発なんて真っ赤な嘘……。何者かがガス爆発と偽って、あの事件を隠そうとしているのだろうか……? 健次郎でもそれくらいは推測できた。

 「屋上に、ガスなんかありましたっけ……?」

 健次郎はその答えを知っていたが、あえて聞いてみた。この警官がどこまで知っているのか、それを確かめたかった。

 「んなもん、ガス爆発っちゅうんだから、あったに決まっとる!」

 「はあ……、すいません」

 その警官の様子から、健次郎はどうやら彼は本気でガス爆発のことを信じているようだと感じた。


 「で、忘れ物って何だね?」

 「いえ、リュックなんですけど……」

 「それなら、署にあるかもしれんなぁ……」

 「え……」

 「屋上にあった物はいくつか署に運んだっていう話だからなぁ。

 ああ、でも爆発で吹っ飛んでなければ、の話だがのう。ムハハハハ!」

 「あ、じゃあ行ってみます」

 自分の話で笑い出した中年警官をよそに、健次郎はぺこりと頭を下げ、下の階へ降りていった。



シーン4 西小木(にしおぎ)警察署 受付


 「ありませんね」 

 受付の婦人警官は無表情に答えた。

 「いや、もっとちゃんと調べてくださいよ!」

 健次郎は食い下がった。


 「しかし、ガス爆発現場に忘れ物をされたと仰いましても、それが本当に只野(ただの)さんのものという確証もありませんし――」

 「いや、実物を見れば自分のかどうか分かりますし、屋上のどこに置いたかもはっきり言えます! 嘘だと思うなら、現場を調査した人に会わせてくださいよ!」

 「と言われましてもねぇ……」

 まるで話にならなかった。押し問答――そんな言葉がしっくりきた。

 そんな時だった――


 「あ、鈴木さん!」

 署の入り口から入ってきた男性を見つけ、受付の婦人警官が呼びかけた。

 それを聞き、健次郎は後ろを振り向いた。そこには中肉中背の中年警官が立っていた。猫背で浅黒い肌。やや伸びすぎた髪の毛はぼさぼさで、襟足ともみあげ(・・・・)がだらしなく制帽からはみ出して、ややみっともない印象を受けた。その鈴木と呼ばれた警官は、気だるそうに近づいてきた。

 「なんだよ、ミーちゃん。若い男に口説かれちゃってんのかい?」

 「そんなんじゃありませんよ。

  鈴木さん、確か宮崎屋のガス爆発の件で出動してましたよね?」 

 それを聞いた瞬間、鈴木という警官の眉がぴくりと動いた。

 「こちらの方が、あの屋上に自分のリュックがなかったか、ということでいらしてるんですよ」

 「……ほおー」


 鈴木はうっすらと笑みを浮かべながら、右手を顎に当てて健次郎の顔をまじまじと見た。

 「兄ちゃん、ちょっと向こうで話を聞こうか……」

 鈴木は健次郎の肩に手を当て、警察署の外へと連れ出した。

 署の正門の前まで出ると「生活安全課の鈴木だ」と自己紹介し、鈴木は小声で健次郎に質問した。


 「……で、どこまで知ってるんだよ、兄ちゃん」

 もちろん健次郎はその質問の意図するところが理解できた。

 しかし、まだこの警官が味方かどうかもわからない――ここはあえてしらばっくれることにした。

 「え、なんのことですか?」

 「とぼけんなよ、屋上で何か見たんだろ?」

 「い、いえ、俺はただリュックを忘れただけで……」

 「ほほぅー。……まあ、それらしいリュックは見たような気がするがなぁ……」

 鈴木は右手で顎をさすりながら、意地悪っぽく笑った。

 「え、それ、たぶん俺のです! デジカメ入ってませんでしたか!?」


 すると、鈴木は目を細めて「くくく」と笑った。

 「残念だがな、それが兄ちゃんのもんだって証拠が無いんでね。

 返してほしけりゃ、あそこで見たことを洗いざらい話してくれなきゃねえ……」


 健次郎は返事に窮した。そんな様子を察したのか、鈴木は

 「ま、話したくなったらまた来てくれよ。あ、最後にな……」

 そして健次郎に近づいて耳打ちした。

 「もしただの興味本位だったら、あまり深入りせん方がいいぞ。きっと後悔するからな」

 それだけ告げると、健次郎の肩をぽんぽんと叩いて警察署の中へ入っていった。



シーン5 西小木市 花野町(はなのちょう) 居酒屋『蒸気屋』厨房


 ――大地と話さなければ

 その思いが強まっていた。あの鈴木という警官、絶対何か知っている。怪しいにもほどがある。

 屋上を封鎖した以上、西小木市警がイタインジャーとエスクロンの闘いに一枚噛んでいるのは間違いないだろう。だが、彼らは一体どちらの味方なのか……。健次郎はそれが判断できず悩んでいた。


 ――大地に聞けば、きっと答えをくれるに違いない。いや、それ以外にもあいつに聞かなければならないことは山ほどある。イタインジャーのこと。エスクロンのこと。そして、あのあまりに残酷な武器や必殺技のこと……。

 健次郎は、この週2回のバイトの日を待ち焦がれていた。ここでなら大地と会える。ひたすら皿を洗いながら、彼が現れるのを待った。しかし、いつまで待っても大地はそこに現れなかった。

 健次郎はたまらず周囲の同僚を捕まえて聞いた。


 「あれ、只野さん、知らなかったんですか? あの新人、もうやめちゃいましたよ……?」

 その答えを聞き、彼は唖然とした。



シーン6 西小木駅前 バスターミナル


 翌朝、健次郎はベンチに座り、行き来するバスの動きをただぼんやりと見つめていた。


 ――望みが絶たれた……

 そんな思いで一杯だった。


 デジカメは諦めるべきなのだろうか。それとも、あのうさんくさい警官――鈴木に大人しく従うしかないのだろうか。しかし、それでもし鈴木が――または西小木市警がエスクロン側についていたりしたら……。健次郎の脳裏に、あの路地裏で睡眠薬を飲まされかけたときの記憶が蘇ってきた。鳥肌が立ち、思わず両手で腕を押さえた。


 その時、バスターミナルの向こうに、一人歩いている男が目に止まった。

 中肉中背のその男は、背中をくっと曲げてすたすたと歩いている。ぼさぼさの髪。だらしなく伸びた襟足ともみあげ。間違いなく、あの鈴木という警官だった。非番なのだろうか、鈴木は黒い短パンに白いポロシャツといういでたちだった。鈴木は急いでいるようだった。前へ、前へ――周囲の人より早く歩こうとする鈴木の様子に、健次郎は何か目的めいたものを感じた。

 

 ――どこかへ向かっている。それも何か強い意志を持って。


 そう感じた健次郎は、鈴木の跡を追った。 

 この男の跡を追えば、きっと何らかの答えがあるはず――そんな気がしてならなかった。



シーン7 西小木市内 とある建物の地下二階


 ――とある建物の地下二階。曲がりくねった廊下をずっと進んだ突き当りに、その部屋はあった。重々しい機械音が響き渡る薄暗い部屋の中に、一人の男が立っていた。男は黒いマントを羽織り、西洋風の仮面を付けてその素顔を隠していた。その仮面から垣間見える男の瞳は怒りに満ちていた。


 「シャラーフはどこか! シャラーフを呼べ!!」


 仮面の男は怒声を上げた。それを受け、部屋の入り口からひょろっとした体型の、黒縁(くろふち)の丸眼鏡を付けた男が入ってきた。その男はよれよれの服の上から研究用の白衣を羽織っていた。

 白衣の男は薬指で眼鏡をぐいと押し上げ、上目遣いで仮面の男の表情――しかしそれは仮面で隠れてほとんど読み取れないのだが――を伺い、その前へおずおずと歩み出た。


 「お、お呼びで御座いますか、マルス様」

 マルスと呼ばれた仮面の男は、白衣の男をじろっと睨みつけた。

 「シャラーフ! 貴様、また失態を犯したそうだな?」

 シャラーフと呼ばれた白衣の男の目が泳いだ。


 「い、いえ、決してそのようなことは……」

 「黙れ! またもイタインジャーにいいようにやられおって!!

 しかも、この私に報告も無いとは……! 随分と偉くなったものだな!!」

 「は……! 報告が遅れておりまして……、しかし、すでにご存知でしたとは……!」

 「当然だ! 私を甘く見るな!!」

 「も、申し訳ございません!」とシャラーフはマルスに深々と頭を下げた。


 ――しかし、何故バレたのだ……?

 あとでコッソリ報告書を出して済ませようと思っていたのに……!


 頭を下げながら、シャラーフはほぞを噛んだ。

 その時、部屋の片隅から「くすくす」と女性の笑い声が響いた。シャラーフは思わず顔を上げ、声のした方を見た。そこには、煌びやかな黄金色のドレスを身に纏った妖艶な女性が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。


 「あら、シャラーフ。随分とみっともないところを見ちゃったわね」

 「ローティア……! お前、いつの間に……!」

 「最初から居たわよぅ。アナタが、気付かなかっただけでしょう?」

 ローティアと呼ばれた女はにやりと笑い、右手に持っていた西洋風の扇を広げてそれを口元に当てた。その態度を見たシャラーフは、自身の失態が上司に漏れ伝わった元凶が何であるかを理解した。


 「ローティア、お前っ……!」

 ずりさがった眼鏡を薬指で押し上げ、シャラーフは怒りの形相でローティアを睨んだ。

 ローティアは、そんなシャラーフをにやにやと笑みを浮かべながら見下し、扇を仕舞った。その腰まであろうかという長さの赤髪がふわりと揺れた。そして懐から一枚の紙を取り出して読み上げた。


 「損害報告書。――怪人、一体死亡。名称、アイアンタートル――」

 「……なあっ!? それはっ……!!」

 「シャラーフ! そのまま読ませろ!」

 シャラーフがまだ書き上げていない報告書を、何故かローティアが持っていた。シャラーフは慌ててその紙を奪おうとしたが、マルスがそれを一喝した。歯軋りをしながらわなわなと身体を振るわせるシャラーフを尻目に、ローティアはゆっくりと続きを読み上げた。


 「戦闘員――重症十六名、うち全治六ヶ月以上が七名。

 重症且つ、重篤な後遺症の残る恐れのある者が二名――

 軽症五名。なお、軽症者のうち三名はすでに自主退職済み――残り二名も現在退職手続き中……」


 全てを読み上げた後、ローティアはその紙をシャラーフの足元へ放り投げ、吐き捨てるように言った。

 「大失態ね。報告書、代わりに書いといてあげたわよ」

 怒りにうち震えるシャラーフの足元に、ひらひらと報告書が舞った。


 「シャラーフ、これで報告は受けた。貴様は暫く謹慎だ。下がっていいぞ!」

 「くっ……承知しました……」


 マルスの命を受けたシャラーフは、歯軋りをしながら部屋を後にした。ローティアは笑みを浮かべ、扇で自分の顔を扇ぎながらその様子を見つめていた。


 シャラーフと入れ違いに、部屋に長身の男が入ってきた。男は黒いシルクハットに燕尾服を纏っていた。コートの下の白いシャツはシワ一つ無く、その胸元には赤色の蝶ネクタイが映えていた。男は室内であるにも関わらず、黒い傘を携えていた。その風貌は近代の英国紳士を彷彿とさせた。

 紳士風の男はマルスの前に歩み出て、その帽子を取り、(うやうや)しく一礼した。


 「マルス様。このジーファー、お呼びにつき参上いたしました」

 「うむ、来たか、ジーファー」

 ジーファーと呼ばれた紳士風の男は、部屋の中にいるローティアに気付いて丁寧にお辞儀をした。

 「これは、ローティア殿もいらしておいででしたか。ご機嫌よう、お嬢さん」

 「あら、ジーファー。御機嫌よう。今日も随分仰々しいことね」

 挨拶もそこそこに、マルスが切り出した。

 「……ジーファー、早速本題に入ろう。例の新開発の薬を見せてくれ」


 ジーファーは、懐から赤い液体の入った薬瓶を取り出した。

 「これが、今回開発に成功した新薬――イタインジャーの『ペインフル・スマッシャー』の特効薬で御座います。『ペインフル・スマッシャー』を喰らった後に飲めば、その効果を打ち消すことが理論上可能です」

 その言葉を聞き、ローティアが色めき立った。

 「完成したのね、ジーファー! すごいわ! これであのいまいましい五人組も敵じゃないわね!」

 「ええ、これで我々エスクロンの目指す理想の世界へ、また一歩近づきましたな」

 「すごい! すごいわ! ねえ、マルス様! これは是非、私の部下に使わせてくださいな。一人、あいつらと戦わせてみたい子がいるのです! いいでしょう!? ねえ?」


 ローティアは興奮し、マルスに懇願した。その様子にマルスは多少とまどいをみせたものの「まあ、いいだろう」と許可を出した。それを聞くやいなや、ローティアはすかさずジーファーの手元から薬瓶を奪い取り、意気揚々と部屋を出て行った。

 軽いステップを踏みながら出て行ったローティアを見送った後、マルスはジーファーに問いかけた。


 「良かったのか? あれは試作品では?」

 「試作品とはいえ、効果は本物です。但し……」


 ジーファーは持っていた帽子を頭の上に乗せた。帽子の下のジーファーの目が怪しい光を得た。

 「多少、厄介な副作用はありますがね……」




今回も前中後の三編構成です。


次回は1日の午後10時頃に投稿予定。

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