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第1話 亀と青年(後編)

ちょっとグロいかも('-';)

シーン5 西小木(にしおぎ)駅前 バスターミナル


 登りつめた太陽がゆっくりと西へ向かい始めた昼下がり。

 健次郎はターミナル内のベンチに座り、眠い目をこすりながら道路を挟んだ向かい側の建物――宮崎屋百貨店の屋上をじっと見つめていた。


 ――「明日、奴らは必ずそこへ現れる」

 昨晩、別れ際に大地はそう言った。何故そんなことが言い切れるのかは分からないが、健次郎はそれを信じることにした。恐らく、大地やその仲間たち――激痛戦隊とやらもこの近くで待ち伏せている。彼らにあの亀を止めることができるのか、それを見届けねばならない。何故か健次郎はそう感じていた。


 宮崎屋百貨店の屋上は、通常閉鎖されている。そこには百貨店内にある飲食店全てに水を供給している巨大な給水タンクしか存在しない。亀がそこを狙う理由は、恐らくそのタンクに薬を入れるためだろう。

そういえば、あの路地も宮崎屋の裏手だった。

 健次郎は持っていたリュックを開け、小さなデジタルカメラを取り出した。ライターの仕事用に以前詩乃から借りたものだ。チャンスさえあれば亀の悪事や激痛戦隊たちの闘いを記録に収めようと考え、家から持ってきた。


 ――うまく撮れるだろうか?

 いや、それよりも彼らの戦いに近づけるだろうか? また奴らに捕まったらどうする?

 期待と不安、そして恐怖。健次郎は「戦場カメラマンって、こんな心境なのかな」とふと呟いた。


 バスが何台も行き交う中、健次郎は待ち続けた。

 そして、屋上にいくつかの人影が動くのを見た。

 健次郎はリュックを肩に掛け、宮崎屋の入り口に向かって走りだした。



 シーン6 宮崎屋百貨店 屋上


 「何故だ? 何故ここを狙うことが分かった!?」


 健次郎が屋上に通じる扉を開けると、聞き覚えのある声が響いた。健次郎は思わず物陰に身を隠し、声のした方をうかがった。

 まず目に入ったのは、あの亀と目出し帽をかぶった男たちだった。路地の時とは異なり、亀は二十近い数の男たちを引き連れている。その人数に健次郎は声を呑んだ。そして、彼らに対峙しているのはわずか三人の戦士だった。健次郎の位置からは戦士の横顔しか見えなかったが、彼らはそれぞれ異なる色のスーツを身に纏っていた。黄色、黒、そして、一瞬赤かと思ったが、三人目はピンクだった。これが大地の言った仲間たちなのだろう。路地で見た赤い戦士――大地はまだ現れていないようだった。


 「残念だったなあ 亀ちゃん、うちのリーダーがこういうものを拾ってね」

 三人のうち、黒い戦士が葉書大の白い紙を取り出した。汚い字で大きく

 「みやざきや くすりいれる」

 と書いてあった。亀はそれを見て周章した。

 「そ、それはっ……! 無くしたと思ってた、シャラーフ様の命令書っ!! それをどこで!?」

 「すぐそこの路地で拾ったとさ」

 「うう、落としていたのか……。」

 「まあ、気にするなよ 亀ちゃん。おかげでこっちは助かったし」


 一旦落ち込んだように見えた亀が青筋を立てて叫んだ。

 「亀ちゃんではない! 我が名は、アイアンタートル!! 栄光あるシャラーフ隊の小隊長だっ!!!」

 その気迫に空気がびりびりと震えた。物陰で見ていた健次郎だったが、その腕に鳥肌が立っていた。

 「おーお、(こえ)ーな、まったく」

 黒の戦士がどこからともなく長弓を取り出して構えた。次いで黄色とピンクの戦士も各々武器を取り出した。黄色は巨大な両手斧、ピンクは鞭を持っていた。


 「(ゆう)! 未代里(みより)! 大地たちが来るまでここを抑える。やれるな?」

 黄色とピンクの戦士がそれに答えた。「……了解」「りょーかーい!」


 アイアンタートルが右手を高く上げ、勢いよく振り下ろした。

 「かかれ! たった三人だ。捕らえて屋上から突き落としてしまえ!!」

 (とき)の声と共に二十人以上の男たちが一斉に飛び掛った。その迫力に、脇から見ていた健次郎はおもわず尻餅をついた。


 右手から迫り来る男たちを前に、黄色の戦士が両手斧を身体の右に構え、左足をぐっと踏み出して呟いた。

 「……イタイン、アックス!」

 次の瞬間、右翼から飛び掛った四、五人の男たちが後方へ吹き飛んだ。健次郎の髪が突風でなびき、彼は思わず目を細めた。黄色の戦士の斧はその身体の左側へ移動していた。――目にも止まらぬ速さで横一文字に巨大な斧を振りぬいたのだ。吹き飛ばされた男たちは、白目をむき、腹部を押さえ「く」の字になって横たわったまま小刻みに震え、動けなくなっていた。


 一方、左翼からは三人の男がピンクの戦士に向かって突進していた。その声と体系から、ピンクの戦士は小柄な女性であるように見えた。楽しそうに「ふふん♪」と笑い、ピンクの戦士は鞭を持った手を振り上げた。

 「いっくよー、イタインウィップ!!」

 鞭が空を切る音が幾重にも重なって聞こえた。一人の男は胸にその一撃を喰らい倒れた。着ている服の胸元が破れ、赤くなった皮膚、いや皮膚がえぐれて中には白っぽい何かが見えていた。また一人のおとこは右足と右腕に攻撃を受けて吹き飛んだ。倒れた男の右腕は、およそ人体が許容しない方向へ曲がっていた。そして最後の男は、その鞭に胴体を絡め取られて動きを封じられた。

 「ふふふー、つっかまえたー! そぉれ、エレキショーック!!」

 ピンクの戦士は嬉しそうに笑い、「えいっ!」という掛け声とともに鞭の持ち手にあるスイッチを操作した。すると、バチン!という音が上がり、鞭に絡められた男は「ぅううううぁっ!」と悲鳴とも絶叫ともとれぬ声をあげた後、一寸も動かなくなった。鞭と男の胴体の間からは白い煙がうっすらと上がり、辺りには何かが焼けたようなこげた臭いが充満した。


 そして正面からは十人近い男たちが黒の戦士に迫っていた。黒の戦士は長弓の弦を引いて構えた。

 「喰らいな! イタインボウ、ラピッドフレアー!!」

 まるで早送りで再生される動画を見ているようだった。わずか数秒の間に黒の戦士の弓から数十本の矢が発射された。戦士が手を止めたとき、十人の男たちは全身を矢で貫かれた状態で立っていた。そして、スローモーションのように次々と倒れていき、倒れた男たちの身体の下からは真っ赤な血がじんわりと広がっていった。スプラッタ映画も顔負けの情景に、健次郎は思わず目を背けた。リュックに入れたデジカメのことなど、とうに忘れていた。


 「ぬ、ぬぅうーーーー」

 アイアンタートルは怒りでうち震えた。その背後にはまだ二人の男が控えていたが、一瞬で倒された同僚たちの姿を見て気後れした様子だった。そんな部下の様子を見て、アイアンタートルは一喝した。

 「何をしておるか! お前らもかかれ!!」

 それを受け、二人の男たちは意を決して突撃した。――その時、彼らの頭上に二つの影が浮かんだ。

 次の瞬間、頭上から現れた戦士たちに側頭部と後頭部を蹴られた男二人は倒れこんだ。そしてそこには赤い戦士――大地と、もう一人、新たに現れた青い戦士が立っていた。


 「き、貴様はっ、イタインレッド……!」

 「待たせたな、怪人!」


 大地が左手を突き出し、右手を胸の前に構えて力強く叫んだ。

 「イタインレッド!」


 青い戦士は大地の右側に立ち、両腕を胸の前で交差させて叫んだ。声からすると女性のようだった。

 「イタインブルー!」


 黒い戦士が大地の左側に立った。右手の甲を前に出し、左拳を腰の横に置いた。

 「イタインブラック!」


 黄色の戦士は右端に立った。構えは無く、立ったまま両手をだらんと下げて名乗った。

 「……イタインイエロー」


 そしてピンクの戦士は左端に立った。右手を高く上げ、左手を真横にぴんと伸ばした。

 「イタインピーンク!!」


 ――バ、バラバラだっ……!!

 まるで統一性の無い彼らの決めポーズに、健次郎は軽くショックを覚えた。


 そして五人は声を揃えた。「激痛戦隊! イタインジャー……」

 と、言い終わるかどうかのタイミングで、アイアンタートルのひづめ(・・・)が大地の顔面めがけて飛んできた。すんでのところで身をかわした大地が文句をつけた。

 「怪人! 名乗り中は攻撃しないのが業界の暗黙のルールだろう!!」

 「ふざけろ! こんな隙だらけの状態で攻撃しない法があるか!?」

 イタインブラックがすかさず口を挟んだ。

 「連載初回くらい、ちゃんと名乗らせてくれてもいいんじゃないか? 亀ちゃーん」

 「う、うるさいっ! 亀ちゃんと言うんじゃない!! 俺様は、アイアンタートルだっ!!!」


 標的がブラックに変わった。右、左、右と繰り出されるアイアンタートルのパンチ。それを必死で捌くブラック。すかさずイエローが援護に入り、アイアンタートルの背後から斧を振り下ろした。

 斧が甲羅にはじかれ、がちん!と金属音が響き渡った。背後のイエローに気付き、アイアンタートルは後ろ回し蹴りを繰り出した。イエローはそれをすかさずかわし、少し驚いたように呟いた。

 「……イタインアックスがきかない」

 「グフフフフフ! 俺様自慢の甲羅だ! 背後からの攻撃などきかぬわ!!」


 「これは……、ずいぶんやっかいな相手ですね」

 ブルーが不安気に呟き、ブラックが答えた。

 「甲羅かぁ……。こいつは、攻略に時間がかかりそうだよなあ……。

 つか、連載初回に持ってくる相手じゃないよな。ただでさえ前フリで文字数使ってるのに」

 「確かに……これでは文字数が増える一方です。前中後編で書くつもりが四部作になっちゃいます!」

 「大地、面倒だ。さくっとやっちまおうぜ!」

 ブラックが長弓から黒い宝石のようなものを取り外し、それを大地に投げ渡した。


 「よし! みんな、ペインフル・スマッシャーだ!」


 大地の掛け声に応じて、他の三人の戦士もそれぞれ自分の武器から異なる色の宝石を取り外した。

 それを受け取り、大地は自分の武器――赤い片手剣にその四つの宝石を全て装着した。すると、剣に最初から付けられていた赤い宝石を含む、それら五つの宝石が強く光りだし、剣が燃えるような赤いオーラに包まれた。その様子を見てアイアンタートルは慌てた。

 「なっ!? ちょ、ちょっと待てお前ら!

  もう少しチャンバラをやりあってからの必殺技、というのが業界の暗黙のルールじゃないのか!?」

 「悪いが、もう今回は文字数ギリギリだ!」 

 「そんな勝手な! もう出番終わりとかひどすぎる!!」


 健次郎には、"文字数"や"出番"など彼らが何のことを言っているのかまるで見当がつかなかったが、大地の持っている剣の様子とアイアンタートルの慌てっぷりから、この闘いが終わりに近づいていることを予感した。

 そして、大地はその剣を構え、アイアンタートルに突撃した。


 「行くぞっ! これが正義の刃! ペインフル・スマッシャー!!!!」


 右上から左下へ一閃。アイアンタートルの身体を赤いオーラが包み込んだ。


 「う、うおおおおおおーーーーーーー!!!!」


 アイアンタートルの悲鳴がこだました。


 赤いオーラに包まれて倒れこむアイアンタートル。

 その手から、青い液体の入った三本の薬瓶がころころと転がった。

 大地はそれをそっと拾いあげてアイアンタートルに背を向けた。


 背を向けて立ち去る五人の戦士。


 ――終わった。終始物陰から闘いを見守っていた健次郎もそう感じた。

 その時だった。


 「グ、グフフフフ……」


 健次郎は驚愕した。

 立ち上がっていた。

 必殺技と思われる一撃を受けたはずのアイアンタートルが、立って戦士たちを睨み付けていた。

 「こ、こんなものか、イタインジャー! ペインフル・スマッシャーが聞いて呆れる……!」

 その様子から、アイアンタートルにはまだ戦える余力が残っていると健次郎は考えた。だが、戦士たちは誰一人としてその怪人の方を振り返ろうとはしなかった。そんな戦士たちに、アイアンタートルが呼びかけようとした――その時だった。


 「どうした、イタインジャー、俺はまだ…………うっ!????」

 突然アイアンタートルが膝から崩れ落ちた。その身体は遠目から見ても分かるくらい、強くガタガタと震えていた。アイアンタートルの表情はすっかり青ざめ、程なくして嘔吐した。硫黄のようなひどい臭いが辺りに漂った。そして、叫び声が響き渡った。


 「ぐ、ああ、あ、あああああーーーーーーーーーーー!!

 な、何を、何を、何をした、俺に何をした、イタ、イン……っううあああっっ!!!」

 アイアンタートルの身体の震えは増す一方だった。その手足には力が入らず、もう立ち上がることはできなかった。その目の焦点は不安定になり口からもれてくるのは悲鳴ばかりで、もはやまともに会話することすらままならなくなっていた。

 大地は、背中を向けたままでアイアンタートルの問いに答えた。


 「ペインフル・スマッシャーを受けた者は、死ぬまであらゆる苦痛に(さいな)まれる……。

 この世の全ての苦痛の中で、お前の罪を悔いるがいい!」


 「うぐ、あ、あああ、あう、

 そう、か……これが、ペイん、フ、る、スマッしゃ……

 も、もう、ここまで、、か……」

 アイアンタートルは全身を襲う激痛の中で自らの敗北を悟った。気を失うほどの激痛……しかし、失神してもなおその直後にさらなる激痛で叩き起こされる。終わらない無限の連鎖がその体内で繰り広げられていた。アイアンタートルは、過去にこの技を受けた同僚の怪人たちを見てきた。彼らは皆、全身を襲う痛みで眠ることも食べることもできず、そしていつしか衰弱し、エスクロンの医務室のベッドの上で目に涙をため、悲鳴を上げながら死んでいった。そんな彼らの様子が脳裏に浮かんだ。

 アイアンタートルは意を決した。必死ではいつくばり、己の身体を屋上の(ふち)まで運んだ。


 「し、死ぬまで苦痛を味わうなんざ、ご、ごめんだね……」

 そう呟き、口元ににやりと小さな笑みを浮かべた。そして次の瞬間、アイアンタートルはその身体を宙に投げ出した。数秒後、階下で大きめの果物がつぶれたような、ぐしゃという音が響いた。

 その姿を見届け、戦士たちは静かに去っていった――


 戦士たちが立ち去った後、健次郎は物陰から出てきた。彼は震えていた。口元からはカチカチと歯の鳴りあう音が響いていた。その目の前には、打ち倒された男たちの身体がいくつも横たわっていた。歪んだ右腕を押さえて苦痛に嘆く者。白目をむき、口から白い泡を吐いてびくんびくんと痙攣する者。身体に刺さった矢を握り締め、嗚咽を漏らす者。それでもこれらはまだ幾分マシな方だった。全身血まみれで、ぴくりとも動かない者もいた。あの亀が飛び降りた縁が目の前にあったが、そこから下を覗き込む勇気は無かった。

 健次郎はその場に居続けることにふと恐怖を覚えた。吐き気を覚え、思わず左手で口をおさえた。そして、そのまま階下へ通じる扉を開け、必死の形相で階段を駆け下りた。



シーン7 宮崎屋百貨店 (なか)2階 男子トイレ


 彼は洗面台に頭ごと突っ込んで、流れる水の冷たい感触を後頭部で感じていた。


 顔を上げ、正面の鏡を見た。

 青ざめた表情の、びしょぬれの男が立っていた。彼はつい先刻、この建物の屋上で見たものを思い出した。それは、あまりに残酷な、凄惨なものだった。そのイメージを振り払うかのように、彼はまた洗面台へ頭を突っ込んだ。


 ――『行くぞっ! これが正義の刃! ペインフル・スマッシャー!!!!』


 その台詞(セリフ)と共に、大地が赤い剣を振り下ろすシーンが脳裏に浮かんだ。

 『正義』――あのとき大地はそう言った。

 健次郎はゆっくりと顔を上げ、どうしても振り払えない疑問をぼそりと口にした。


 ――「正義って、何なんだ……?」


 開け放たれた蛇口から、洗面台に向けて勢いよく水が流れていた。

 健次郎は、白く透き通る その流れをじっと見つめていた――




第一話「亀と青年」全三編 脱稿です。


作中で"文字数"の話が出たので、ちょいと補足……。

一編を五~六千字程度で収めようとしています。

まあ、特に意味は無いのですが、一話=五~六千字×三編の構成でやりたいと考えています。

実際のヒーロー番組がCM二回挟んで毎回三十分で終わるようなもんだと思ってください^^;




 次回予告!


 無くしたデジカメを探すため、健次郎が再び大地に接触します。そして再び彼らの闘いに立ち会った彼が見たものは……、なんとも巨大な人型のロボットでした。


 次回、第二話「起動!イタイングレート!」にご期待ください。


 (なお、番組内容は予告無く変更されることもございます(笑))

 

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