第6話 うなれ戦斧!キャンパスに立つ戦士!(後編)
シーン6 西小木商科大学 校門前
「これは……?」
「雄が、ジーファーと!?」
大地ら四人がキャンパスに駆けつけたとき、そこではイエローとジーファーが交戦していた。だが交戦とは名ばかりで、それはあまりに一方的なものだった。イエローがその巨大な斧を振り回すも、ジーファーはそれを紙一重でかわしており、その斧は一度たりともジーファーの身体を捉えることはできなかったのだ。一方でジーファーはイエローの攻撃の間隙を縫い、傘の先端でその急所を的確に突いていた。その所為でもはや満足に身体を動かすことが出来なくなっていたイエローだったが、その怒りは収まることなく、依然として斧を振り回し続けていた。
健次郎はその様子をおろおろした様子で見つめていた。大地は健次郎に問いかけた。
「どうなっている、只野!?」
「あ、板井。藤木くんが突然逆上して……」
イエローは四人が駆けつけたことにも気付かず、一心不乱に目の前の敵の姿を追い続けていた。
「許さない、絶対に許さないぞ! カラミティ・ジャック!!」
ジーファーはその戦闘を楽しむように、口元に笑みを浮かべていた。ジーファーの攻撃のダメージによってイエローの動きは相当緩慢なものになっており、斧を振るう速度も当初よりかなり遅くなっていた。だが、ジーファーはそれでもあえて斧の攻撃を当たる寸前まで引き付けてかわしていた。まるで挑発しているかのようなその動きに、イエローは憤怒の叫びをあげた。するとジーファーは心底楽しそうに高らかに笑った。
「ハッハッハ! 私はジーファーですぞ。どちらかとお間違えではありませぬかな!?」
「黙れ! 見間違えるものか! お前は、俺の……っ!」
イエローは激情の赴くままジーファーの身体を追い続けた。それを見た四人は呆気にとられていた。
「珍しいな。あいつがあんなに感情むき出しになるなんて……」
「止めよう! あれじゃ相手になりません!」
「そうだな。行くぞ!」
四人は携帯電話を取り出し、頭上へ掲げた。
――「チェンジ・イタイン!」
携帯電話が強く輝き、四人が戦士の姿へと変貌した。
レッドがすかさずジーファーとイエローの間に割って入った。
「雄! 一人では無理だ!」
「邪魔をしないでください! ……あいつは俺がっ!!」
イタインジャーが五人揃った様を見て、ジーファーが不敵に笑った。
「おや、勢ぞろいですな。さて、あなた方も私と戦いますかな?」
レッドが即座に答えた。
「いや、今日はやめておく」
「……大地さん!? どうしてっ!?」
イエローが声を荒げた。レッドは冷静な口調でそれに答えた。
「まだ怪人がいるだろう」
「うっ……」
レッドはジーファーの遥か背後で様子を見守っていた骸骨型の怪人を指差した。
「怪人より先に幹部を倒してはならない。それが業界のルールだ」
「くっ……! でもっ!」
「聞き分けろ、雄! お前もヒーローなら、分かるはずだ!」
レッドが厳しい口調で怒鳴ると、イエローは首を横に振った。しかし、ブラックがその肩をがしりと掴むと、一言だけ「くそっ!」と叫び、その後、黙って小さく頷いた。
それを見たレッドがジーファーに話しかけた。
「そういうわけだ、ジーファー。ここは一時停戦といこう」
「なるほど。こちらも不服は御座いませんな。挨拶も済ませたことですし。
……おっと、イタインピンク殿!」
「ふえ? 何?」
ピンクは突然名を呼ばれて驚いた。ジーファーはシルクハットを取り、丁寧にお辞儀をした。
「四幹部の一人、ジーファーで御座います。どうぞお見知りおきを、お嬢さん」
「え、うん、よろしくー」
ピンクは脳天気に右手を上げてひらひらと舞わせた。それを見てジーファーはわずかに微笑んだ。
そしてシルクハットを被ると、また恭しく頭を下げた。
「それでは、ごきげんよう諸君! 早坂よ、しっかりと私の怪人をサポートするのだぞ」
「ははーっ! この早坂の命に代えましても!!」
早坂が敬礼すると、ジーファーは背を向けて傘を開き、くるくると回した。すると次の瞬間、突風が吹いた。
突然の風に驚き、その場にいた全員が眼を覆った。
そして風が止んだとき、ジーファーはとうにその姿を消していた。
健次郎は目の前で起こったことに我が目を疑った。
「な、なんだ!? どこいったんだよ、あの幹部……?」
レッドが腕を組んで呟いた。
「ジーファー、相変わらず妙な技を……!」
その時、彼らの背後で唸り声をあげる人物があった。怪人メタルスケルトンである。
「ギギギーーー!!」
すかさず早坂が解説を入れた。
「"貴様ら、ココから先はこの私が相手だー!!"と言っておられる!!」
すると、戦士たちはゆっくりと振り返った。健次郎は彼らの雰囲気が一変したことに気付いた。先刻までの緊張したそれとは異なり、全体的に緩んだような感じを受けた。ブラックが頭をぽりぽりと掻いた。
「あー、こいつ、ジーファーの部下だろ? 未代里、早いトコやっちゃえよ」
すると、ピンクがその鞭を怪人に向けて放った。
「えいっ!」
「ギ?」
その鞭の先端がするすると怪人の足に巻きついた。すると、ピンクは手元で電撃のボタンを押しながら叫んだ。
「エレキショーック!」
「ギギギ!」
鞭を伝って怪人の身体に電撃が流れた。早坂が目を丸くして叫んだ。
「な、なんとー!? メタルスケルトン様に電撃はご法度で……!!」
次の瞬間、怪人は微動だにせずそのままゆっくりと倒れこんだ。その身体はもうぴくりとも動かなかった。
それを見た早坂は、苦虫を噛み潰したような顔で倒れた部下たちに向けて叫んだ。
「む、むむ、作戦は失敗だ! みなのもの、退くぞ!!」
そして戦闘員たちは這々の体でキャンパスから逃げ出した。それを見届け、戦士たちは変身を解いた。
健次郎は倒れたまま動かなくなった怪人に近づいて、その様子を見た。身体の節々から黒い煙が上がっていた。彼は何が起こったのか分からず、傍らに居た光輝に問いかけた。
「え、何で一撃で終わったんだ?」
「なんせ、あのジーファーの部下だからなあ」
光輝が軽く溜息を吐いた。大地が怪人の身体を調べながら補足した。
「ジーファーの部下のほとんどは電撃で即死だ」
「即死、って……。イタインジャーって不殺主義だったんじゃ……」
「ロボットだよ。こいつは」
そう言って、大地が怪人の頭をこじ開けた。電子部品やコードの類が垣間見えた。
「あ、ほんとだ……」
「ジーファーって、電撃でやられると分かっててロボット繰り出してくる節があるんだよな。
電撃対策とかしてくる様子もないし。何を考えているのかよく分からんぜ、ホント」
光輝がそう呟いて、首を傾げた。
怪人の身体を調べる大地の背後から、よろめきながら雄が声を掛けた。雄は身体中をジーファーの傘で突かれ、所々に紫色のアザができていた。
「大地さん」
「……雄、今日は大変だったな。後で『みなと』で治療してもらえ」
「何も、聞かないんですか……?」
雄は俯いたまま大地に問いかけた。一方、大地は黙って怪人の身体から電子部品を取り出しながら落ち着いた口調で言った。
「俺が思うに、言いたくないことだろう。話したいときに話してくれ」
雄はしばらく俯いたままその場から動かなかった。そして、一つだけ質問をした。
「あいつが、あの男がジーファーって本当なんですか……!?」
「ああ」
「そう、ですか……」
「それがどうかしたのか?」
「いや、何でも、ないです……」
雄は大地から顔を背け、下唇をぎゅっと噛んだ。
シーン7 喫茶店『みなと』――店内
喫茶店のカウンター席で、健次郎は博士の話を聞いていた。
「雄くんの両親は、彼が幼い頃にとある事故で亡くなってね――」
博士は大地が持ってきた数々の電子部品を調べながら小さく囁くように言った。
「――なんでも、それが悪の組織の強引な作戦に端を発した事故だったらしいんだよ」
「悪の組織って、エスクロン、ですか?」
「いや、彼は隣の日礼市の出身だよ。
日礼市にはまた別の悪の組織がいてね。ルナなんたらっていったかな」
健次郎は黙って頷いた。日礼市にも正義と悪の組織があるという話は、先日未代里からも聞いていた。
「まあ、それが彼がこの仕事に就いた動機だよ。悪の組織が許せないそうだ」
「そうだったんですか……」
健次郎はそのあまりに重たい動機に言葉を失った。イエローが必死に叫びながら斧を振り回していた光景が脳裏によぎった。そこで、ふと博士に問いかけた。
「あ、マスター。"カラミティ・ジャック"って名前に聞き覚えはないですか?」
「カラミティ・ジャック……?」
その名を聞いた瞬間、博士が電子部品を触る手を止めて、その視線を健次郎へ移した。
「どこかで、聞いたような気もするね。どこでその名を?」
「藤木くんが、ジーファーって幹部をそう呼んだんです」
「そうか、ジーファーをね……。少し調べてみるよ」
そう言うと、博士は腕を組んで暫し考え込んでいた。
シーン8 とある建物の地下二階――エスクロン本部
薄暗い部屋の中にマルスとジーファーが立っていた。
マルスは周囲に他の幹部が居ないことを確認した後、ゆっくりと口を開いた。
「前線までご苦労だったな。どうだ? 新しいピンクとイエローは?」
「まだ若い上に経験不足ですな。前任者の穴は埋め切れていないものと思われます」
「ふむ。やはりここが攻め時か……」
「ですが、ひとつ気になることがありまして……」
「気になること、だと?」
仮面の下のマルスの目が細まった。ジーファーは、うっすらと笑みを浮かべて言った。
「イエローが、私を"カラミティ・ジャック"と呼びました」
マルスが目を見開いた。仮面の下の口がわずかに綻んだ。
「……ほほう。それは面白いな。その名を聞くのは十年ぶりか?」
「私も、久々にその名で呼ばれましたな。まさかイタインジャーに呼ばれるとは思っても――む?」
その時、部屋の中に入ってきた人影に気付いてジーファーは口をつぐんだ。
部屋に入ってきたのはシャラーフだった。彼はにやにやと笑みを浮かべてジーファーに話し掛けた。
「これはこれは、ジーファー殿ではないか!?」
シャラーフは皮肉っぽくジーファーの名の後に"殿"と付けた。そしてさも愉快そうに口元を歪めた。
そんな様子のシャラーフに、ジーファーは涼しい顔で答えた。
「おや、シャラーフ殿。どうかされましたかな?」
「なんでも、三ヶ月ぶりに作戦を遂行したが、簡単に打ち負かされたとな! お悔やみ申し上げるぞ! クハハハハ!!」
「いやはや、もうお耳に入っておりましたか。お恥ずかしい限りで御座いますな。
今、その件でマルス様からお叱りを受けていたところで御座います。そうですな、マルス様?」
ジーファーはシルクハットを取り、頭を掻きながらマルスを見た。だがその視線は鋭く、マルスは少し戸惑った様子で「ああ」と小さく返事をした。ジーファーはさらに続けた。
「せっかく作り上げた怪人もあっさりと破られまして……。
やはり私は後方支援に回ったほうがよろしいようですな」
それを聞き、シャラーフが満足そうに言った。
「ふん、そうだな。それが分かったらしばらく大人しくしていることだぞ!」
「ですな。それでは、私はこの辺で……」
「待て、ジーファー。もう一つ耳に入っていることがあるのだがな――」
適当に誤魔化して立ち去ろうとしたジーファーを、シャラーフが呼び止めた。その眼鏡がきらりと光ったかのように見えた。
「"カラミティ・ジャック"とは何者だ? 貴様がその名で呼ばれたと聞いている」
それを聞き、マルスが目を丸くした。だが、ジーファーの表情の変化に集中していたシャラーフは、そんなマルスの様子には気付いていないようだった。すると、ジーファーはその冷ややかな笑みをわずかにも崩すことなく問いに答えた。
「さて、そのような名前など聞いたことも御座いませんな。人違いで御座いましょう」
「ふん、そうか……」
「それでは、これで失礼を」
と一言添えて、ジーファーは部屋を出て行った。その背中を見ながら、シャラーフは舌打ちをした。
「ちいっ、あの男、どうも胡散臭い……」
そう呟き、シャラーフは黒縁の眼鏡をくいと上げた。
第6話脱稿です。今回はすらすら書けました。
次回前編は週末中に公開したいと思います。
次回予告!
健次郎は大地からイタインジャーに入るよう誘いを受けます。
その発端は、たった一人の妹を守りたいという大地の思いから出た一言でした。
次回、第7話「大地とそら、兄妹の誓い!」にご期待ください!