第6話 うなれ戦斧!キャンパスに立つ戦士!(中編)
シーン4 西小木商科大学 校門前
「よろしくお願いしまーす、よろしくお願いしまーす」
そう連呼しながら、道行く学生たちにポケットティッシュを配布する男がいた。市内在住のフリーター 土居啓資である。今日は大学の校門前で自動車学校のチラシの付いたティッシュを配っていた。二千個用意したティッシュも、もう残り十個足らず。あとわずかで今日のノルマが終了する――彼がそう思っていたその時、ちょうど二十人ほどの男たちがこちらへ向かってくるのが見えた。彼は心躍る気持ちでティッシュを持ち、笑顔でその一団に差し出した。
「よろしくお願いしまーす!」
と、そこで彼の身体が固まった。その一団の全員が上下を黒い服で包み、頭には黒い目出し帽を被っていたからだ。彼はその服装に見覚えがあった。以前、商店街で同様のバイトをしていた際にこの服装をした一団に襲われ、無理やり口に生肉を押し込まれて気絶した記憶が脳内に蘇った。
彼がそのまま固まっていると、黒い一団の中から銀色の骸骨が姿を現した。土居はその骸骨を見上げた。骸骨の身長は二メートルを越えており、それは身長百七十五センチの土居をじっと見下ろした。二人の視線が合うと、骸骨は右手で土居の頭を乱暴に掴んだ。
「ちょ、何す……」
土居が思わず声を出した次の瞬間、彼の身体はぐいと引き上げられて宙に舞った。そのまま背中から路面に叩きつけられ、土居はその衝撃で小さく呻いた。土居が背中を押さえて身悶えていると、骸骨は彼に向かって錆びた万力のような音の唸り声をあげた。
「ギギギギギ!!!」
すると、それを聞いた黒服の男の一人――早坂がすかさず口を開いた。
「メタルスケルトン様は"邪魔だ、このクズ!"と言っておられる!」
そして倒れたままの土居を足蹴にして、彼らは校門をくぐっていった。
シーン5 西小木商科大学 大学会館――学生食堂
大勢の学生たちでにぎわう学生食堂の片隅で、今日も独り本を読みふける男がいた。雄である。
彼の座るテーブルの向かいの席に、"商大特製定食"の載ったトレーがことんと置かれた。雄がそれに気付いて顔を上げると、そこには健次郎の姿があった。健次郎がその席に座りながら口を開いた。
「や、やあ、藤木くん」
「……こんにちは」
雄は昨日同様、目を丸くして健次郎の顔を見た。
「……今日も、仕事ですか?」
「ま、まあね」
昨晩、この特製定食のレビュー記事を書こうと奮闘した健次郎だったが、その情報ソースが学生からの聞き込み内容だけではやはり不十分だった。そこで、今日はこの定食を食べるためだけにキャンパスを訪れたのだ。
「……さて、と」
健次郎はメモ帳を取り出して、トレーの上に並んだいくつもの料理の内容を事細かに記し始めた。そこでふと雄の前に置かれたトレーに気が付いた。すでに雄は食事を済ませており、そこには空の皿が載っていた。そこにわずかに残っていた茶色のルーを見て、健次郎は雄に問いかけた。
「今日はカレー食べたんだ?」
「……はい。一番安いので、いつもコレです」
「そ、そうなんだ」
健次郎は箸を取りながら、そういえば昨日もそういう話をしたな、と思い出した。しかし、毎回安いカレーを食べなければならないほど経済的に困窮しているのだろうか、とふと疑問に思った。そこで雄の身辺について知りたいという欲求がじわじわと沸いてきた。
「藤木くんは一人暮らし?」
「はい」
「実家はどこなの?」
「……実家は、ありません。日礼市に親の墓はありますが」
「え……」
健次郎の箸を持つ手が止まった。雄は依然として同じペースで本の文章を目で追い続けている。
健次郎は、雄の言葉の意味を理解して周章した。そして自らの軽率な問いかけについて謝罪した。
「あ、ごめん……」
「……いえ、気にしないでください」
雄は表情を変えずに本のページをゆっくりと捲った。そしてふと思い出したように口を開いた。
「昨日の、質問の答え……」
「え……?」
雄の口から突然言葉が出たことに健次郎は驚いた。雄はそのまま淡々とした口調で続けた。
「両親です。俺の、戦う動機……」
「えと、それって、どういう――」
聞き返そうとした健次郎の言葉は、女性の悲鳴でかき消された。その悲鳴は建物の外から聞こえてきた。
尋常ならざる様子の悲鳴を耳にし、食堂にいた学生たちはざわついた。その中で、雄は無言のまま食堂の出口へ向かって走り出していた。健次郎もその後を追った。
シーン6 西小木商科大学――事務棟前
「ギギギギギギ!」
「ははっ! では早速学生どもを捕まえてまいりましょう!」
骸骨の指示を受けた早坂ら戦闘員たちは、キャンパスを闊歩していた学生たちを次々と取り押さえた。その場に居合わせた学生たちは悲鳴をあげて逃げ惑い、事務棟の前からは一気に人気が消えた。
その結果、戦闘員たちは十人余りの学生たちを取り押さえることに成功した。骸骨は満足そうにカタカタと笑い、さらに多くの学生を捕らえてくるように部下に指示した。
するとそこへ掃除用具入れから入手したモップを振り回しながら健次郎が現れた。彼は勢い良く駆け寄って戦闘員の一人をモップの柄で突き倒した。戦闘員らが健次郎に注目した隙をみて、雄が彼らの背後から飛び出した。雄が見張りの戦闘員たちを次々と殴り倒すと、健次郎は「早く逃げて!」と捕らわれた学生たちに呼びかけた。学生たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていった。
それを見た早坂が二人を指差して叫んだ。
「貴様ら、邪魔をするな!
む……、そこのお前は、イタインジャーの金魚のフン!」
「んな……!? つか、お前こそ怪人の金魚のフンだろうが!」
健次郎がモップを振り上げて言うと、それを聞いた骸骨が胸を張って大声をあげた。
「ギガガガガ!!」
「メタルスケルトン様は、"なかなか的を射たことを言う奴だ"と笑っておられる!
……ってそりゃひどいです、メタルスケルトン様!」
そのやり取りを見た健次郎が思わず呟いた。
「何だあの骸骨……。喋れないのか……?」
「……だから、喋らないのもいるんですよ」
すると骸骨は不満そうに両腕を振って叫んだ。
「ギギギグギ!」
「"喋れないのではない。日本語ができないだけだ!"と言っておられる!」
健次郎は、骸骨の言葉を逐一通訳する早坂を見て首を傾げた。
「つか、なんでアイツはあの"ギギギ"を翻訳できるんだろ……そもそも何語?」
「分かりません。行きます……!」
雄は無表情のままで携帯電話を取り出し、それを頭上へ掲げて呟いた。
――「チェンジイタイン……」
携帯電話が光り輝き、雄の姿は瞬く間に黄色の戦士へと変貌した。雄は淡々と名乗りをあげた。
「……イタインイエロー」
それを見た骸骨が雄叫びをあげた。
「ギギギーー!」
「"イタインジャー、邪魔はさせんぞ!"と言っておられる」
「ギギッ!」
「"ゆけい、あいつらを叩きのめすのだ!"と言っておられる!!」
その命を受け、戦闘員たちが一斉にイエローと健次郎へ向かって走り出した。それを見送っていた早坂に、骸骨が声を掛けた。
「ギギギギ!」
「"お前も行かんか、早坂!"と言っておられる! ……はっ!? 申し訳ありません!」
そして早坂も戦闘員たちの最後尾について駆け出した。
一斉にこちらへ向かってくる二十人余りの戦闘員たちを見て、健次郎は足がすくんだ。だがそれでも気丈にモップを構えた。額から頬へ冷や汗が一筋流れ落ちた。
そんな健次郎を無言で制し、イエローは巨大な両手斧を取り出して呟いた。
「イタインアックス、……デッドリー・スピン!」
イエローは両手斧を身体の右側に大きく振りかぶり、戦闘員たちに背を向けたまま彼らの中へ飛び込んだ。そしてそのまま身体を反転させ、その勢いで斧を大きく一回転させた。イエローを中心にした巨大なつむじ風が巻き起こった。
そしてその風が収まったとき、そこには地に伏した戦闘員たちと、斧を手に佇むイエローの姿があった。早坂は足を止め、目の前に倒れこんだ戦闘員たちを見て頭を抱えた。
「だあー! また一撃で全滅!?」
すると骸骨が早坂の前に出てイエローと対峙した。
「ギギギー!!」
「"おのーれー、イタインイエロー! 我が必殺技、ボーンクラッシュを食らうがいい!"と言っておられる!」
早坂が骸骨の背後に隠れて通訳すると、骸骨は腰を落として左手と左足を前に出し、右手を腰に添えて空手のような構えをとった。その両手が黒いオーラで覆われ、そこからバチバチと弾けるような音が辺りに響いた。
そしてそのままイエローに飛び掛り、そのオーラを纏った右拳を激しく叩きつけた。
だが、イエローはそれをすかさず斧で受け止めた。斧と骸骨の拳がぶつかり合い、大きな金属音がした。
「……それは、効かない」
イエローがぼそりと呟いた。骸骨の必殺の一撃をもってしても斧には傷一つ付くことが無く、骸骨はそれを見て戸惑ったようだった。
「ギギ!?」
「"な、なんとー!?"と言っておられる!」
骸骨はさらに左の拳を、そしてもう一度右の拳を繰り出したが、イエローはその全てを斧で受けきった。幾度も攻撃を叩き込むも一切通用しない。骸骨はうろたえ、躊躇した。その隙を見て、イエローは即座にその斧を骸骨の腹部に叩き込んだ。身長二メートル超の骸骨の巨体が吹き飛んだ。
三メートルほど後方へ吹き飛んだ骸骨をイエローは素早く追撃し、さらに二撃目をその頭蓋へと打ち込んだ。それを受けて仰向けに倒れた骸骨に、イエローは馬乗りになって二撃目と同じところへ三撃、四撃と連続で叩き込んだ。さらに無言のままで骸骨の頭に斧を振り下ろし続けるイエロー。何度も何度も重い金属音が辺りに響いた。
スーツで隠れたその表情を確認することはできないが、恐らくは普段の雄と同様に無表情なのだろう。健次郎はそう思いながらイエローの姿を見ていた。敵とはいえ、無言のままで淡々とその頭上に斧を振り下ろす様子は、ひどく冷酷なものに見えた。健次郎は背中に冷たいものを感じた。
ひとしきり斧を打ち下ろした後、イエローは斧を思い切り頭上に振り上げて、ぼそりと呟いた。
「……もう、終わらせてもいいか、な」
幾度も頭に斧を受け続けて骸骨の頭蓋には大きなヒビが入っていた。イエローが大きく斧を振りかぶったのを見て、止めを刺されると感じた骸骨は、思わず大声で叫んだ。
「ギギギー!!」
「"一人で片付けるとか、業界のルールに反してる!"と言っておられる!」
早坂が叫んだ。それを聞いて、イエローは斧を振りかぶったまま健次郎を見て問いかけた。
「……そう、なのですか?」
「い、いや、業界のルールとかは、俺に聞かれても分かんないなぁ」
「そう、ですよね」
そしてそのまま怪人の頭目掛けて斧を振り下ろそうとしたその時、イエローの背後から声が響いた。
――「まあ、ルールというよりは、慣例、といったところですかな」
「え……」
声に気付いた健次郎がそちらを見やると、そこには長身の男が立っていた。男は白いシャツの上から黒い燕尾服を纏い、シルクハットを深く被っている。さらに晴天であるにもかかわらず黒い傘を携えていることに健次郎は妙な違和感を覚えた。
その姿を見た骸骨と早坂は愕然とした。
「ギギギ!?」
「こ、これはジーファー様! 何故ここへ!?」
燕尾服の男は静かに笑い、ゆっくりと彼らの元へ歩み寄った。
「な、なんだあいつ……?」
「……まさか、あれは」
健次郎は突然現れた英国紳士風の男に唖然とした。イエローはその姿を見て振り上げた斧をゆっくりと下ろして立ち上がった。斧を持つ手に力が入った。
その男――ジーファーは口元に笑みを浮かべ、目を細めておもむろに語りだした。
「久しぶりに部下を前線へ出したので、少しばかり気になりましてな。
それに、新しいイエローとピンクの方にはまだ挨拶を済ませておりませんので――」
そしてシルクハットを取り、イエローに向かって恭しく一礼した。
「イタインイエロー、お初にお目にかかりますな。エスクロン四幹部の一人、ジーファーと申します」
深々と頭を下げたジーファーを見て、健次郎は戸惑っていた。まさか敵の幹部がこれほど丁寧に挨拶に現れるとは思ってもみなかったからだ。また、健次郎は敵の親玉としておぞましい姿の怪物を想像していた。よって、幹部が普通の人間であったことにも驚いた。思わず口から言葉が出た。
「え、幹部……? 本当に……?」
戸惑う健次郎とは対照的に、イエローは怒りに打ち震えていた。シルクハットを取ったジーファーの顔を見るや、斧を持つ両手がわなわなと震えた。
「お前……そうか、お前……」
ジーファーはイエローのその様子に気付き、頭を上げた。そして、にこりと微笑んだ。
すると、イエローが突然怒声をあげた。
「お前はーーー!!!!」
その声に空気がびりびりと震えた。健次郎はその迫力に、思わず一歩あとずさった。だが、ジーファーは余裕の笑みを浮かべてシルクハットを頭に乗せ、済ました口調で問いかけた。
「おや? どうかされましたかな?」
「――カラミティ・ジャック!!!!!」
イエローが叫んだ。
すると、ジーファーの口元から笑みが消えた。
「ほう……?」
そしてジーファーはまじまじとイエローを見やった。怒りに燃えるイエローの身体は、今にも目の前の男へ飛び掛らんと全身から殺気を放っているようだった。それを見て、ジーファーは高々と笑った。そしてひとしきり笑った後、さも嬉しそうに口を開いた。
「なるほどなるほど! ここでその名を聞くとは思いもよりませんでしたな!!」
「ようやく見つけたぞ、カラミティ・ジャック……! お前は、俺が倒す!!」
イエローが雄叫びと共に斧を構えた。
「よろしい。ならば、お相手差し上げましょう、イタインイエロー!」
ジーファーが不敵に笑って傘の先端をイエローに向けたとき、戦いの火蓋が切って落とされた。
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