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第6話 うなれ戦斧!キャンパスに立つ戦士!(前編)

シーン1 西小木商科大学――大学会館内 学生食堂


 西小木商科大学――西小木駅の南西に位置するその大学は、市内を一望できる高台の上にあった。学部が一つしかない小規模な大学であるが、その歴史は古く明治時代から続いている。一応、国立大学であり、その定員数の少なさもあいまって合格にはある程度の偏差値を要求された。その敷地面積も大学としては非常に小さく、一つの研究棟と三つの講義棟、そして事務棟と、食堂・売店をその中に含む大学会館の六つの建物で構成されている。

 その大学会館の学生食堂――学生たちがにぎやかな雰囲気で昼食を食べている中で、詩乃と健次郎は一つのテーブルに座っていた。詩乃の手元にはホットコーヒーが、そして健次郎の手元にはカレーライスがあった。

 カレーライスを食べながら、健次郎が問いかけた。

「で、何で今日はこんなところで打ち合わせなの?」

「ここが次の取材先だからに決まってるじゃない」

「また……」

 詩乃の言葉を聞き、健次郎は深く溜息を吐いた。伝えるべきことを伝えずに勝手に物事を進める彼女のクセは相変わらずだ。呆れて頭を振る健次郎に目もくれず、詩乃はコーヒーについていたスティックシュガーを弄りながら続けた。

「なんかねー、ここの学長先生から、学校をアピールする記事を書いてくれって要望があったらしいのよねー」

「詩乃さん、そういう宣伝まがいの記事って嫌いなんじゃなかったっけ?」

「うん。あたしはそういうの嫌だから断ったんだけど、編集長がどうしてもって言うからさ」

 詩乃は小さく溜息を吐いて、そしてにやりと悪戯っぽく笑った。

「それで、あんたの記事でちいさーく紹介すればいいや、と思って」

「え……」

 健次郎のスプーンを持つ手が止まった。

 自分の書きたくない記事を他人任せにするところは、なんとも詩乃らしい行動であった。だが、それを当人の目の前で口にする詩乃の無神経さに唖然とした。

「あ、そういえば新メニューの"商大特製定食"ってのが一番人気とか言ってたわよ」

 詩乃が思い出したように口を開いた。それを聞いて健次郎はがくりと頭を垂れた。

「もう、そういうのは早く言ってくれよ。そうと知ってればその定食注文したのに……」

「いいじゃない。別にその230円のカレーのレビューでも全然構わないわよ、あたしは」

 相変わらず詩乃は健次郎の担当記事について無頓着だった。紙面さえ埋まれば何でも良い、とすら考えていそうなその態度に、健次郎は心底呆れ果てた。

「……よくないでしょ。これ食べたら、その特製定食っての注文してくるよ」

「わざわざ食べなくてもいいでしょ。その辺の学生つかまえて定食の情報聞き出せばいいんじゃない? 写真は入り口の見本を撮ればいいしさ」

「あ、そか」


 健次郎はメモ帳を片手に周囲の学生相手に聞き込みを開始した。

 さすがに人気の新メニューだけあって、学生の大半がそれを口にしたことがあるようだ。だが、どの学生に聞いてもその味の表現としては「旨い」「美味しい」「まあまあ」といった抽象的な感想ばかりだった。具体的なイメージが欲しかった健次郎としては、それらの答えには今ひとつ物足りない印象を受けた。


 そのとき、ふと食堂の片隅――窓際の席に座る男の姿が目に入った。

「あれ……もしかして……」

 見覚えのある顔がそこにあった。

 縁無しの眼鏡を掛け、寝癖がついたままの黒髪。グレーのパーカーに身を包んだ地味な雰囲気の男――イタインイエローこと藤木雄である。彼は一人で席に座り、静かに文庫本に読み耽っている。周囲の雑音を一切気にすることなく没頭するその様子は、まるで一人だけその活字の世界に入り込んでいるかのようだった。


 健次郎は聞き込みのついでに二人の男子学生に問いかけた。

「あの、あそこに一人でいるのって……ここの学生の子かな?」

 二人は健次郎が指差す先――窓際の席をちらりと見て答えた。

「あー、藤木?」

「あいつ、同じ学科だけど、一度も話したこと無いっすね。なんつーか、無愛想で」

 二人はさも興味無さそうに答えた。先ほどまでにこやかにインタビューに答えていた二人のその様子に、健次郎はわずかに戸惑った。

「そ、そうなんだ……」

「話しかけても時間の無駄だと思いますよ。誰とも会話しないっす、あいつは」


 健次郎は窓際の席に歩み寄り、雄に声を掛けた。何と呼べば良いか一瞬迷ったものの、ここは無難に苗字で呼ぶことにした。

「や、やあ、藤木くん」

 呼びかけられ、雄はゆっくりと顔を上げた。そしてぼそりと言った。

「……こんにちは」

 雄は突然現れた健次郎に少し驚いたようだった。その目を少し見開き、薬指で眼鏡をくいと押し上げて問いかけた。

「……何、してるんですか? ここで」

「い、いや、ちょっと仕事でね。藤木くんはここの学生だったんだねー。あははー」

「そうですけど」

「そ、そうかあ……。ちょっと質問したいことがあるんだけど、いいかな?」

「どうぞ」

 雄はその表情を平素に戻し、淡々と答えた。健次郎はいまいち盛り上がらない会話にやきもきした。

「え、えーと、藤木くんはここの"商大特製定食"って食べたことあるかな?」

「カレー以外は、食べたこと、ないです……」

「あ、そうなのか。カレー好きなの?」

「一番安い、ですから」

「あ、そうだよね、うん……」

 そして暫しの沈黙があった。

 健次郎はその間、必死で話題を探そうと考えていたが、結局それも見つからないまま別れの言葉を口にした。

「じゃ、じゃあ、また今度ね……」

「……はい」

 雄は手元の本に目線を戻し、またその世界へと戻っていった。


 頭を掻きながら詩乃の元へ戻ると、彼女はどこから調達したのか白いソフトクリームを手にしていた。それを小さな舌で舐めながら健次郎を見た。

「聞き込み完了した?」

「う、うん。まあ記事が書けるくらいにはなったかな」

 実際はそれほど実のある聞き込みにはならなかったのだが、とりあえずそのように答えた。

 詩乃は軽く伸びをして言った。

「ん、じゃあ帰ろっか。締め切りは明後日でよろしく!」

 そして二人は大学の敷地を後にした。




シーン2 富ヶ岡ニュータウン 喫茶店『みなと』――店内


「やあ、いらっしゃい」

 夕刻、健次郎が入り口の扉を開けると、博士の声が聞こえた。大地とそらは買出しに出ているようだった。

 コーヒーを注文してカウンター席に座ろうとした健次郎だったが、そこでふと店の奥のテーブル席に雄の姿を捉えた。

「あ、藤木くん……」

 昼に大学で出会ったときはろくに会話もできなかった。そこで健次郎は彼にもう一度接触を試みた。

「こ、こんにちはー」

「……こんにちは」

 雄は大学のときと同様に文庫本を開いてその文章を目で追っていたが、健次郎に話しかけられてその顔を上げた。無表情のままでじっと見つめられ、健次郎はややうろたえた。だが、気を取り直して続けた。

「相席、してもいいかな?」

「どうぞ」

 そう言うと、雄はまた本に視線を下げてそのページをぱらりと捲った。

「え、えーと、いつも一人で来てるのかな?」

「はい」

 その後、またも暫し沈黙が続いた。

 博士が健次郎の手元にコーヒーを静かに置くと、それを合図にしたかのように雄がおもむろに口を開いた。

「……いつ、召集がかかってもいいように、時間のあるときは、ここで待機しています」

「そ、そうなんだ。じゃあ、ちょっといくつか聞いてもいいかな?」

 雄は黙ったままだったが、また本のページを一つ進めた後に小さく頷いたように見えた。それを見て、健次郎は懐からペンとメモ帳を取り出して、そのページをぱらぱらと捲った。そしてそこに書かれた項目を一つ読み上げた。

「え、えーと、まず、イタインジャーになろうと思ったきっかけについて――」


 その時、二人の頭上から声が響いた。 

「あーー! ケンちゃんだ!!」

 舌足らずの可愛い声に気付いて健次郎が顔を上げると、二階の吹き抜けから未代里がこちらを見下ろしていた。どうやら友人たちと一緒に二階の席で歓談していたようだ。

「あ、やあ、未代里ちゃん」

「ねえ、ケンちゃん、英語得意?」

 挨拶を返すこともなく、不躾に未代里が問いかけた。健次郎は突然投げかけられた質問に戸惑った。

「え、まあ、一応文系だからなんとか……」

「じゃあ、ちょっと宿題手伝ってよー。分かんない英文だらけなの!」

「え、ああ、うん……ちょっと待ってて……」

 すると、雄が目線をちらりと健次郎に向け、小さく言った。

「……どうぞ、俺に構わずに行ってきてください」

「あ、うん。じゃあ、また後でな。藤木くん――」




シーン3 とある建物の地下二階――エスクロン本部


 薄暗い部屋の中央に仮面の男――マルスが立っていた。

 そこへ、部屋の隅からきらびやかなドレスを身に纏った妖艶な女性――ローティアが歩み出て言った。

「ねえ、マルス様。次はワタクシの部下を出撃させてもよろしいかしら?」

「勝算はあるのか、ローティア?」

「もちろん。ワタクシの最も信頼する部下を用意しておりますわ」

 ローティアは口元を歪めた。その血のように赤い唇がわずかに揺れた。

 すると、部屋の反対側から下品な笑い声が響いた。

「ゲハハハハ! お主はいつもそう言うのう!」

 白衣に身を包んだ料理人風の男――エッセンが茶化すと、ローティアが苛立ったように言った。

「うるさいわよ、エッセン! 貴方こそ前回は自信たっぷりだったじゃないの!?」

「ぬ、ぬう……そう言われると、そうかもしれんな……」

 痛いところを突かれたエッセンは、コック帽を取ってぽりぽりと頭を掻いた。すると、一人の男が部屋に入ってきて言った。


「これは一本取られましたかな。エッセン殿」

「ジーファーか。今日はどういう用件だ?」

 マルスは部屋に入ってきた英国紳士風の男――ジーファーに問いかけた。

「いえ、私の部下もようやく調整がつきましてね。次は是非私の部下にお任せ頂きたく参上致しました」

 ジーファーはシルクハットを取り、恭しくお辞儀をした。するとローティアが高々と笑い声を上げた。

「あら、ジーファー。次はワタクシの部下が行きますのよ。ねえ、マルス様?」

 マルスは少し考えた後にゆっくりとした口調で決断を下した。

「いや、次はジーファーに出てもらおう」

「な、なんですって!?」

 ローティアは驚いて思わず大声をあげた。それをたしなめるようにマルスが続けた。

「ジーファーは長らく作戦を実行しておらぬからな。ここは優先してやろうではないか」

「な、なら、ジーファーの後はワタクシで……!」

「まあ、それはその時考えよう……。して、今回はどういう作戦だ、ジーファー」

 問いかけられ、ジーファーは淡々と答えた。

「西小木商科大学を襲わせ、学生どもを拉致します」

「ほほう。それでどうするのだ?」

「学生を洗脳し、我々の意の向くままに動くコマとするのです。

 それが社会に出て、いつしか世の中の重要なポストに就けば我々がこの国を支配することも可能かと」

「随分と長期的な作戦だな。まあ、やってみるがいい」


 自らの出番を潰された不満を露にし、ローティアが悪態をついた。

「ふん、そんなのでどうやって世の中を幸福にできるっていうのかしら?」

「これは異なことを仰いますな、ローティア殿――」

 ジーファーは不敵な笑みを浮かべ、シルクハットを深く被った。その目が妖しく光を帯びた。


「――いつも言っているではありませんか。"支配されることが人類最上の幸福"だと」




 いよいよ四人目の幹部ジーファーが出陣です。

 エスクロン四幹部の設定がいまいち分かりづらいかと思ったので簡単にまとめてみました。


 シャラーフ:睡眠こそ幸福と主張する。痩せた研究者風の男。

 ローティア:美を愛でることこそ幸福と主張する。派手な水商売風の美女。

 エッセン :食こそ幸福と主張する。恰幅の良い料理人風の男。

 ジーファー:支配されることこそ幸福と主張する。長身の英国紳士風の男。


 彼ら四幹部は互いに相手を見下しており、協力し合うことはほとんどありません。

 これをまとめるのが首魁である仮面の男マルスです。



 さて、次回は6月2日、次々回は3日にアップ予定です。

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