第5話 回る運命、回る皿!はじけよ乙女!(後編)
シーン11 西小木港第二埠頭
水平線にいくつか漁船の影が見えた。波が防波堤に打ち付ける音とウミネコの鳴き声がいくつも重なって響く中、大地と未代里は埠頭に佇んでいた。健次郎はメモ帳とカメラを手に、彼らの背後にあった船舶繋留用の鉄柱の影に隠れてその様子を伺っていた。
程なくして、二十人余りの戦闘員を引き連れた早坂と怪人が到着した。
「遅かったな、怪人!」
そう言った大地に、早坂が怒ったような口調で答えた。
「悪いか!? 店長はタコだから足が遅いのだ!!」
「タコちゃうわ! 余計なことは言わんでええ、早坂!!」
怪人が一本の足で早坂の胸元にびしっとツッコミを入れた。
一方、未代里はまだ口の中に残っている寿司をもぐもぐと咀嚼していた。店を出る際に一気に四貫の寿司を口に放り入れていたのだ。それに気付いた大地は、横目で彼女を睨みつけて言った。
「未代里、早く飲み込め」
「む、うぐぅ」
未代里は思い切ってそれを喉の奥へ追いやった。ごくり、と大きな音がした。
そして、二人は懐から携帯電話を取り出し、頭上へ掲げて叫んだ。
――――「チェンジ、イタイン!!」
二人の身体が光に包まれ、瞬く間に戦士の姿へと変貌した。
そして二人が名乗りをあげると、早坂が部下に命令した。
「相手は三人だけだ! かかれ!!」
指示を受けた部下の戦闘員たちが一斉に彼らに飛び掛った。健次郎が戸惑いを見せた。
「え゛、また俺が数に入ってる?」
「……それを覚悟の上でここに来たんじゃないのか、お前は」
戦闘員たちの攻撃を華麗に捌きながら、レッドが呆れたように健次郎に言った。
すると、ピンクが鞭を取り出して構えた。
「ケンちゃんは下がっててね。危ないから」
そう断りを入れるが早いか、彼女は鞭を持つ手を振り上げて叫んだ。
「そぉーれ! ウィップ・ストリーム!!」
鞭がまるで新体操のリボンのようにくるくると舞った。しかし、新体操のそれと決定的に異なり、その尋常ではない回転速度と鞭が空を切るびゅんびゅんという音は、見る者に畏怖を与えるものだった。
それを見て一瞬躊躇した戦闘員たちの中へ、ピンクは回転する鞭と共につかつかと歩み寄った。戦闘員がその回転に触れた途端、ばちん、という破裂音がし、その体は天高く弾け飛ばされた。彼らが悲鳴と共に次々と宙に舞う姿はまるではじけるポップコーンのようだった。
そして彼女が鞭の回転を収めたとき、二十人余りいたはずの戦闘員は誰一人として埠頭の上にはおらず、早坂とタコが二人で佇んでいるだけだった。埠頭から弾き飛ばされ、白目を剥いたまま海面にぷかぷかと浮かぶ部下たちを見て、早坂は周章した。
「な、なんと、一瞬で全滅!?」
ピンクは鞭を握り締め、嬉しそうにその場でぴょんぴょんと跳ねた。
「うふふー。やっぱり鞭が一番使いやすい! ハカセにもらったばかりの新品だよー」
そして楽しそうにまた鞭を小さくくるくると回した。
一瞬で蹴散らされた部下たちの情けない有様を見た怪人は、また一本の足で早坂の胸元をびしっと叩いて叱り付けた。
「早坂、もちっと部下の戦闘教育をしっかりせい!!」
「も、申し訳ございません店長……。このところ寿司の握り方の特訓ばかりしておりましたもので」
「もうエエわ! わしが行く!!」
ぺこぺこと頭を下げる早坂をよそに、怪人が一歩前に出た。レッドが身構えた。
するとピンクが驚いたように言った。
「およ、タコ戦えるの?」
「戦えるに決まっとるやろ! わしもエスクロンの怪人や!」
そう言って怪人は足をうねうねと動かした。
「ならば、遠慮はしないぞ、怪人!」
レッドが剣を片手に、怪人へ襲い掛かった。
「食らえ、イタインソード!」
力強く剣を振り下ろしたレッドだったが、怪人の弾力ある足でその刃が弾かれた。全力を込めた剣撃が跳ね返されたことでバランスを崩し、レッドは少しよろめいた。
するとそのレッドに向けて怪人のぬるぬるとした足が伸び、その体を捉えようとした。レッドはすかさず後ろに跳び、それをすんでのところでかわした。
「斬れないだと!?」
レッドが戸惑っていると、怪人が笑みを浮かべて言った。
「ぬはは! 軟体動物であるわしの体はあらゆる衝撃を跳ね返す! そう易々とは斬れんで!」
「なるほどな……」
誇らしげに高々と笑う怪人の前で、レッドはしばし考え込んだ。そしてピンクに向かって言った。
「未代里、お前の技でやれ」
「はーい」
ピンクはすぐさま鞭を持つ手を振り上げた。すると、鞭がするすると怪人へ伸び、その足の一本に巻きついた。怪人は高笑いの最中でその鞭が迫ってきたことに気付かなかったが、ふと身体にまとわりついた感触に気付き、足元を見た。
「ぬ!? いつの間に鞭が足に……?」
「いっくよー! エレキ・ショック!!」
そう楽しそうに言うと、ピンクは鞭の持ち手にあるボタンを押した。鞭に電撃が走り、怪人の全身を駆け抜けた。怪人はあまりの衝撃で言葉にならない叫びをあげた。
「うげばばばばばば!」
ピンクが電撃を止めると、怪人は全身からうっすらと煙を立ててよろめいた。
「な、なんちゅう攻撃……。全身にビリビリと衝撃が……」
「あれ? これは効いたかな? ね、効いた?」
ピンクが嬉しそうに怪人に問いかけた。すると、怪人はまだしびれの残る身体で懸命に強がりを言った。
「む、むむ、効いたわけないやろ……。こんなもん、痛くも痒くも――」
すると、またピンクが電撃のボタンを押した。
「うげばばばっばばばっばば!!」
再び全身を襲った電撃に、怪人はまた叫び声をあげて崩れ落ち、そしてそのまま地に伏した。その身体からはもうもうと白煙があがり、あたりには磯焼きのような香ばしい匂いがたちこめた。
それを見たピンクが歓喜の声をあげた。
「やっぱ効いてるんだ!? あはっ! それ、もう一度!」
またも電撃のボタンを押すと、怪人は倒れこんだままその身体をびくびくと痙攣させた。
「どぅっげばば、やめ、あばばばあ、やめてぇっべべ」
電撃の中で必死に懇願する怪人だったが、ピンクはそれを見て笑い声をあげていた。
「あははは! ちょー嫌がってるんだけど! あははははは!!」
腹を抱えて大笑いするピンクをカメラに収めつつ、健次郎が頬を引きつらせながら呟いた。
「未代里ちゃん、ドSだったのか……。しかし、なんと酷い……」
ピンクはなおも笑いながら電撃のボタンのオンオフを繰り返していた。電撃が走るたびに怪人の身体はびくびくと震え、いつしか全身が茹でダコのように鮮やかな赤色になっていた。
「……未代里、もうその辺で」
あまりに悲惨な怪人の有様を見かねてレッドがピンクを制止しようと声を掛けた。だが、ピンクはその手を緩めることなく、楽しそうに笑いながら答えた。
「えー!? もう少しいいじゃん! ねー、タコちゃん?」
「あばあっばばばば、もう、勘弁し、っうぇっばばば」
目に涙を浮かべて訴える怪人を見たレッドは、ピンクの肩に手を当てて黙って首を振った。
「ちぇー、楽しかったのに……!」
ピンクは不満そうにその鞭を怪人の身体から離した。
怪人は受けたダメージの大きさ故にしばらく地に伏したまま動けなかったが、しばらくするとゆっくりとその頭を上げて呟いた。
「ぜえ、ぜえ、お、おのれ、イタインジャーめ……。こうなったらわしの必殺技を使うしか……」
そう、怪人にはまだ必殺の攻撃があった。その威力は過去のどの怪人の攻撃をもことごとく上回るものであり、それさえ繰り出せばイタインレッドすら一撃で葬り去ることができる自信があった。
――必殺技を……! 必殺技さえ放つことができれば勝てる……!
その一念で己の身体を起こそうとしたその時だった。
「そんなもの、出させると思ったか?」
怪人の頭上からレッドの声が響いた。
「へ?」
怪人がその視線を頭上に向けると、そこには赤いオーラを纏った剣を携えたレッドの姿があった。そして、彼はそのままその刃を振り下ろした。
「ペインフル・スマッシャー!」
「おぎょおおお!! 何もさせてもらえなんだーーー!!!」
イタインジャーの必殺の刃を受けた怪人の身体に耐え難い激痛が走った。絶え間なく襲い掛かる痛みの中、怪人は必死に部下の名を呼ばった。
「は、早坂……、採石場へ……。早く……」
それを聞き、早坂は怪人の身体を抱きかかえて埠頭から足早に立ち去った。その様子を見届けていたレッドが言った。
「未代里、俺たちも採石場へ行くぞ」
「ちょ、ちょっと待て板井。光輝やそらちゃんを待たなくていいのか?」
ふと他の三人のことが気になった健次郎が口を挟んだ。すると、レッドはそっけなく言い放った。
「全員喫茶店『みなと』の応援中だ。俺たちで片を付ける」
「ちょ、二人だけであのロボ動かせるのかよ?」
「問題ない。グレートイタインは一人で操縦可能だ」
――じゃあ、毎回全員で乗り込まなくてもいいんじゃ……?
そう疑問に思ったものの、心の内にそっとしまうことにした健次郎だった。
シーン12 西小木採石場
「なんか、聞いてたよりもでかいんちゃうか?」
巨大化した怪人は眼前に立つ鋼鉄の巨人――グレートイタインを見上げた。まるで自分の身体の三倍はあるかと思えた。
事実、怪人の身長八メートルに対して、グレートイタインの身長は三十メートル。三倍どころか四倍近い身長差があった。その様子を見ながら、早坂が足元から拡声器で呼びかけた。
「店長、今回の薬は失敗作だったようです! 巨大化の比率が前回より下がってます。
この結果は必ずジーファー様にお伝えしますので、どうぞご安心を!」
「なんやて! ほな、わし、人身御供か!?」
「どうぞご健闘を、店長!」
そう言って早坂はそそくさとその場から立ち去った。動揺を隠せない怪人だったが、それでも気丈に胸を張って言った。
「そやけど、わしにはまだ必殺技がある! これさえ使えばたとえどんな身長差があっても――」
そう、彼にはまだ必殺技が残されていた。それさえ繰り出してしまえば、たとえ四倍近い身長差があろうと軽々と戦況を覆すことが可能だったのだ。そして、怪人がその構えをとろうとしたその瞬間――
「イタイン・ファイナル・アタック!」
掛け声と共に、グレートイタインの必殺技が怪人の脳天に直撃した。勝負が決した瞬間だった。
「ま、また何もさせてもらえなんだー!!!!」
無念の叫びをあげながら、身体を襲う激痛から逃れるために怪人は自爆用のスイッチを押した。その身体は爆散し、あたりには磯焼きの香ばしい匂いと共にその肉片が飛び散った。
怪人の最期を見届けて、飛び去ろうとしたグレートイタイン。その機内で、不意にピンクの携帯電話がコロコロとした音色を立てた。慌てて携帯電話を取り出してその画面を見たピンクがレッドに言った。
「あ、メール入っちゃった。みんな、お店であたしたち待ってるって! 大地、降ろして」
グレートイタインが跪き、その操縦席の扉が静かに開いた。変身を解いた大地と未代里が降りてきた。彼らは健次郎へ歩み寄り、大地が口を開いた。
「すまんが、只野。未代里と一緒に店に戻って寿司の会計を頼む。
俺はグレートイタインを基地まで戻さなければならない」
それを聞いた健次郎は耳を疑った。
「え、悪の組織の店なのに、会計払わなきゃいけないのか?」
「食べた分は払うのが一般的な常識だろうが。ほら」
そう言って、大地は健次郎に自分の財布を投げ渡した。
シーン13 みどりタクシー車内
寿司店に向かうタクシーの車内で、ふいに未代里が口を開いた。
「そうだ。ケンちゃんにまだお礼言ってなかったね」
「え……、お礼?」
「うん。市民公園であたしがやられそうになったとき、助けてくれたでしょ?」
「あー」
健次郎の記憶が蘇った。西小木市民公園で未代里が怪人に止めを刺されかけた時、彼は必死でその怪人の気を引いて、結果的に未代里を助けたことになったのだ。ちなみに第二話での出来事である。
「あの時は、ありがとね。変身もしないで怪人に立ち向かおうとするなんて、普通できないよ。
光輝や雄くんもすごい奴だって褒めてたよ」
健次郎はその言葉を聞き、かつて光輝と雄が喫茶『みなと』で自分を援護してくれた理由を理解した。なお、これは第三話のことである。彼は照れくさそうに鼻をぽりぽりと掻きながら言った。
「大したことはしてないよ。それに、あの時は無我夢中だったし……。
未代里ちゃんの方がすごいよ。女子高生なのに、正義のヒーローやってるなんてさ」
それを聞いて未代里は笑顔で言った。
「うん。あたしね、両親が二人とも拓守市で正義の味方やってるんだー」
「え、両親もヒーローなの?」
健次郎は目を丸くした。
「うん。おじいちゃんやおばあちゃんもそうだったみたい。代々やってるみたいで、お兄ちゃんは隣の日礼市の戦隊で頑張ってるよ」
「え、未代里ちゃん、兄弟いたんだ。つか、西小木市以外にも正義の味方が居るの?」
「大体の街には居るみたいだよ。もちろん、それぞれ違う悪の組織がいて、それと戦ってるみたい」
「へえー。なんか、俺らの知らないところで凄いことになってるんだな……」
今この瞬間でも日本のどこかの街で正義と悪の闘いが繰り広げられているのだろうかと想像し、健次郎は感嘆の溜息を吐いた。
「それで、あたしも両親みたいに立派な正義の味方になるのが夢なんだ!」
「夢、かあ。すごいな……。でも、もう立派な正義の味方じゃないか?」
そう言うと、未代里は頭をぽりぽりと掻いて小さく舌を出した。
「まだまだだよ。ハカセには武器壊してばかりって怒られてるし、今日も大地に怒られたしさー」
そう言って彼女が「えへへ」と苦笑いを浮かべた時、タクシーは回転寿司店前に到着した。
シーン14 喫茶店『みどり』 店内
翌日、大地は領収書の額を見て驚いたようだった。
「十六万八千円か……。予想以上だったな……」
大地に財布を返しながら、健次郎が深く溜息を吐いた。
「なんか、絵皿ばっかり食べてたみたいだな。特に未代里ちゃん中心に。
つか、もう貯金無い……今月どうやって暮らしてこ……」
健次郎はカウンターに両肘をついて頭を抱えた。財布の中に残っている二万一千円が彼に残された全財産であった。一方、大地は受け取った財布の中を確認した。昨日まではぎっしり詰まっていた札入れにはわずか三枚の紙幣しか残っていなかった。
「俺も手痛い出費だった。まあ、これにこりたら今後は未代里の誘いに軽々しく乗らないことだな」
そう呟くように言うと、大地もまた深く溜息を吐いてゆっくりとグラス磨きを始めた。
二人が落ち込んでいると、がちゃり、と音を立てて店の扉が開いた。光輝が悠々とした様子で店内へ入ってきた。
「おーす、大地! お、健次郎もいるじゃん。コレ見ろよ!」
そう言って光輝が持っていた新聞をカウンターの上に置いた。
『回転寿司店すしじぇんぬ 食中毒事件で営業停止』
新聞の一面にはそう書かれていた。大地と健次郎が記事を読んでいると、光輝が言った。
「あの寿司店、これを機に廃業だとさ」
「当然の結果だな」
大地がそう言うと、健次郎が残念そうに言った。
「でも、もったいないな。結構人気の寿司店だったみたいなのに」
光輝が一階の奥のテーブル席に座りながら口を開いた。
「まあ、一度見破られた陰謀は即座に諦める、というのが業界の暗黙のルールだしな」
「……ルール、ねえ?」
正義と悪の闘いというのは、どうやら色々と面倒な決まりごとがあるようだ。健次郎は小首を傾げた。
すると、またがちゃり、と音を立てて扉が動いた。扉の陰から未代里が顔を出した。
「あ! ケンちゃん居た!! 大地も!!」
二人の姿を見た未代里は嬉しそうに笑った。それを見た大地の顔が引きつった。
「う、何だ未代里……?」
「あのね、コレ見て!」
未代里はぱたぱたとカウンターに駆け寄り、一枚のチラシを置いた。
『高級焼肉店"上々園" 西小木店オープン!』
「……う、コレは」
健次郎と大地は顔を見合わせた。未代里がにこにこと笑みを浮かべて二人に言った。
「二人とも、焼肉好きだよね!?」
二人は思わず未代里から顔を逸らして言った。
「い、いやあ、俺、焼肉食べるとお腹壊すからさあー」
「お、俺も焼肉はあまり得意ではない!」
二人の顔から冷や汗が滴り落ちた。そんな二人の様子を見て、未代里は残念そうな表情をした。
「えー。一緒に行こうと思ったのになー」
唇に人差し指を当てて頬を膨らませた未代里は、ふと店の奥にいる人物の存在に気付いた。彼女の顔がぱっと明るくなった。
「あ、光輝もいた! ねえ、光輝、焼肉好き!?」
すると光輝は特に考えもせず答えた。
「おう、焼肉は大好物だぜ!」
「やったー! じゃあ、今度一緒に行こ!? 友達も一緒にいい?」
「オッケーオッケー!」
そのやり取りを見ていた健次郎が、思わず声を出した。
「ちょ、瓜生、止めた方が……!」
すると背後から大地の手が伸びて健次郎の肩をがっちりと掴んだ。それに気付いた彼が振り向くと、大地が首を横に振りながら言った。
「触らぬ神に祟り無し、だ」
「そ、そうだな……」
そして二人は黙って頷き合い、未代里と光輝が焼肉の約束を取り付ける様子を横目に、じっと押し黙っていた。
長らくお待たせいたしました。第5話脱稿です。
次回予告!
大学食堂の取材をすることになった健次郎は、そこでイタインイエローこと雄と遭遇します。時を同じくして、キャンパスに迫るエスクロンの陰謀の手。四幹部の一人、ジーファーがその姿を現したとき、雄の目には復讐の炎が燃え上がるのでした。
次回『うなれ戦斧! キャンパスに立つ戦士!』にご期待ください。