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第5話 回る運命、回る皿!はじけよ乙女!(前編)

シーン1 小見谷(こみや)通り 喫茶店『ライト』


 一通り原稿を読み終えた詩乃が、満足げに言った。

「よしよし、今回も上出来ね!」

 前回取材したイタリアンレストラン『カプリコーン』のレビューが書かれた原稿用紙を丁寧にたたんでクリアファイルにしまう詩乃に、健次郎が問いかけた。

「でも、本当に良かったのかな。あの店、リゾットを紹介してもらいたかったんじゃ……」

 即座に詩乃が答えた。

「いいのよー。こんな紙面の片隅にしか乗らない記事なんて、どうせ誰も読んでないし」


――分かってるけど、それをはっきり言われると辛いなあ……


 詩乃の性格から察するに、その言葉に悪気が無いことは健次郎には分かっていたものの、やはり面と向かって言われると、自分の原稿をけなされてるような気がして少しむっとした。

 そんな健次郎の様子に気付くこともなく、詩乃が「あ、」と何かを思い出したかのように話を始めた。

「そうだ。こないだ西小木港の近くに、新しい回転寿司店がオープンしたみたいよ」

「へー」

 健次郎はコーヒーをすすりながら興味無さげに返事をした。詩乃は構わずに鞄から一枚のチラシを取り出した。


 『回転寿司すしじぇんぬ 西小木フェリーターミナル前に本日オープン!』


 チラシに書かれた日付は七日前のものだった。それをテーブルに置き、詩乃が言った。

「なんかね、フランス料理の要素を取り入れた創作寿司が回ってるらしいのよ。さらに、あのセントローホテルの料理長が監修してるみたい」

 「ほら」と指差す先には『セントローホテル西小木 料理長 江須田氏監修!』と小さく書かれていた。

 先ほどまで興味の欠片も無かった健次郎だったが、それを見て沸々と興味が沸いてきた。"セントローホテル西小木"と言えば、西小木市の中央に建つ一流ホテルである。その最上階レストランは風格、味、接客全てが市内トップクラスとの評判が高かった。

 詩乃はさらに続けた。

「一応、取材候補になってるから、次の打ち合わせまでに様子見てきてよ」

「え、俺が?」

「あんたどうせ暇でしょ?」

 詩乃は悪戯っぽくにやりと笑みを浮かべた。この笑顔にはどうしても逆らえない健次郎だった。




シーン2 富ヶ岡ニュータウン 喫茶店『みなと』


「ねー、いいでしょー? 連れてってよー」

 喫茶店のカウンター席に座った女子高生――未代里が駄々をこねていた。それを突っぱねるように、カウンターの中で黙々とグラスを磨いていた青年――大地が答えた。

「……俺は仕事があるから駄目だ」

「けちー」

 未代里は不満げに頬を膨らませた。

 その時、がちゃり!と音を立てて入り口の扉が開いた。


「あ、ケンちゃんだ!」

 扉を開けて店内に入ってきた人影――健次郎を見て、未代里が嬉しそうに声をあげた。そして、席を立ってぱたぱたと健次郎へ駆け寄るやいなや、口を開いた。

「ケンちゃん、お寿司、好き?」

 突然の質問に、健次郎はやや戸惑いながら答えた。

「え、うん……」

「西小木港のそばにお寿司屋さんがオープンしたんだよ!」

 「ほら!」と未代里が一枚のチラシを取り出した。『回転寿司すしじぇんぬ』と書かれたそれは、先刻詩乃に見せられたものと同じものだった。それを見て健次郎が言った。

「あ、そうらしいね。確か、フランス料理と寿司の融合だっけ? 俺はまだ行ってないけど、評判良いらしいね」

 それを聞いて、未代里の目が輝いた。そして、笑顔で言った。

「明日、一緒に行こうよ!」


「……え?」

 いきなりの未代里の誘いに驚いた健次郎だったが、詩乃の依頼を思い出した。

「ああ、いいよ。俺もそのうち行こうと思ってたし」

 それを聞いた未代里は両手を上げて歓声をあげた。

「やったー!」


 それまでグラスを磨く手を休めることの無かった大地だったが、その様子を見てぴたりと手を止めた。彼は思わず口を挟んだ。

「止めておけ。間違いなく後悔するぞ……!」

「……え?」

 大地の目はこれ以上なく真剣だった。それを見た健次郎はどういう意味か分からずぽかんと口を開けた。

 すかさず未代里が二人の間に割って入った。

「大地は黙っててよ! 誘っても乗らなかったくせにー」

 未代里が大地に向かってべーと舌を出した。すると、健次郎がふと思いついて提案した。

「あ、じゃあ板井も一緒に行こうぜ」

「な、何ぃ!?」

 あまりに突拍子も無い健次郎の提案に、大地は持っていたグラスを落としかけた。すると、未代里もにやにやと笑みを浮かべながらそれに便乗した。

「そうだ、大地も一緒にいくのだー!」

 大地は落としかけたグラスを慌てて掴み、むきになって言った。

「だから、お、俺はここの仕事がっ――」

「いいんじゃないかな。行っておいでよ、大地くん」

 突然大地の背後――厨房の奥から声がした。それを聞き、大地はうろたえた様子で振り返った。

「…え、しかし、店が……」

 厨房から喫茶店のオーナー――博士が顔を出した。

「店のことなら心配ないよ。そらがいるし、いざとなったら光輝くんや雄くんも手伝ってくれるからね」

「い、いや、そういうわけには……」

 大地は何とか未代里の誘いに乗らずに済むように博士の提案を断ろうとしたが、博士は優しい笑顔で続けた。

「いつも店の手伝いじゃ気も滅入るだろう。せっかくだから楽しんでおいで」


 そのやりとりを見ていた未代里がまた両手を上げて歓声をあげた。

「やった! さすがハカセ!!」

「ハカセじゃないって言ってるだろう?」

 呆れたように博士が呟いた。その声が届いた様子もなく、未代里は明るい声で大地と健次郎に言った。

「じゃあ、明日12時に現地集合ね! 大地も絶対来るんだよー」

 そして、未代里は楽しそうに小走りで店を出て行った。

「……うう」

 がっくりと肩を落として大地が呟いた。健次郎はそんな様子の大地を見るのが初めてで少し驚き、何故彼は寿司を食べに行くだけでそこまで落ち込むのか、と首を傾げた。




シーン3 西小木市内 とある建物の地下二階――エスクロン本部


 仮面の男――マルスはまた憤慨した様子だった。だが彼は終始無言を貫いており、その前に跪くシャラーフの額から汗が一滴流れた。長い沈黙の後、ようやくマルスが口を開いた。

「シャラーフ、巨費を投じて開発した安眠枕が一つも売れなかったそうだな……」

 シャラーフはすかさず謝罪の言葉を述べた。

「も、申し訳ございません! 販売を開始すると同時にイタインジャーに阻まれまして……」

「言い訳など聞きたくない! 貴様の口車に乗って組織の資金を失ったことにどう埋め合わせをするのだ!?」

 叱責されてうろたえるシャラーフの横から、ジーファーの声が飛んだ。

「……都合、二百九十万五千八百円の損失となっておりますな」

 ジーファーは書類とペンを手にエスクロンの財務状況を読み上げたが、シャラーフがそれを制止した。

「う、うるさいぞジーファー! しかしマルス様、枕の在庫の大半は無事でございますので、またどこかで販売すれば……あ、そうだ、マルス様もぜひおひとつ試していただいて、ご家族や友人におすすめしていただければ……!」

 シャラーフは手にしていた枕をひとつマルスに差し出した。もちろんその枕とは、前回販売に失敗した『シャラーフ式 超!安眠枕』であり、それを一度頭の下に置いたが最後、死ぬまで目覚めないという自信の逸品である。

 だが、マルスは差し出された枕を手で撥ね退けた。

「いらんわ、そんな物騒な枕!」

 マルスに断られたシャラーフは、今度はそれをジーファーに差し出そうとした。

「……私も、要りませんな」

 ジーファーにもあっさりと断られ、シャラーフはがくりと肩を落とした。


 その時、大きく下品な笑い声と共にひとりの男が部屋に入ってきた。

「ゲハハハハ! まーた怒られとるな、シャラーフ」

 それを見やってマルスが口を開いた。

「おお、エッセンか。此度の作戦の出足は好調のようだな」

「お陰さまで、予想を大幅に超えて売上を伸ばしておりますわ!」

 エッセンはまた下品な笑いを浮かべた。ジーファーは、手元の書類からエッセンの実績を探し、読み上げた。

「……今回のエッセン殿の作戦のお陰で、この一週間でおよそ二百万の利益が出ております」

 それを聞いたシャラーフは絶句した。

「むむ……」

「ゲハハハ! わしの可愛い部下が頑張っておりますからのう!」

 エッセンはひとり満足げに笑い続けていた。

「うむ、今後も頼むぞ、エッセン」

 マルスがエッセンを激励する様を目の前にし、シャラーフは悔しそうに呟いた。

「くう……、俺の枕が回転寿司なんかに負けるとは……!」

 それに気付いたエッセンは、シャラーフを見てにやりと笑った。

「シャラーフも、一度来店して食ってみるといい! 食こそ最上の幸福だと知ることができるぞ! ゲハハハハ!」

 そう言って、エッセンはシャラーフに一枚のチラシを手渡そうとした。だがシャラーフはそれを無言で突っぱねた。

 ――『回転寿司すしじぇんぬ』

 そう書かれたチラシがひらひらと床に落ちた。




地の文が少ないせいか、前回までより文字数少なめですね。

「ここの描写がよくわからない」などご指摘ありましたら一言いただけると有り難いです。

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