第4話 スナイパー対決!射抜け狩人!(中編)
シーン5 "マリンウイング西小木"三階 インテリア専門店"ヒトリ"前
「なんだよ、学生時代からずっと片思いしてんのかよ?」
光輝は呆れたように言った。そしてにやにやと笑みを浮かべた。
「切ない話だねえー。健次郎って、実はかなり奥手な方か?」
「放っといてくれよ」
顔を赤らめながら、健次郎は頬を膨らませた。
「なんなら、俺が手伝ってやろうかー?」
光輝は悪戯っぽく笑い、健次郎の顔を覗きこんだ。
健次郎は、結構です、とばかり目をぷい、と横に逸らした。
「でも、そうやって躊躇ってると、いつか誰かに取られちまうぜ? ちらっと見たけど、結構美人じゃんか」
それを聞き、健次郎は慌てた様子も無く答えた。
「詩乃さんに限ってはあり得ないよ。彼氏欲しいとか言っても口ばっかりだし、実際は仕事の虫だし、あの鈍感さは天然記念物級だし……」
光輝がそっけなく言った。
「ま、健次郎がそれでいいなら俺は何も言わないけどなー」
このまま自分のことをいじられ続けるのはたまらない、と思った健次郎は、別の話題を切り出した。
「てか、瓜生はこんなところに一人で何やってるんだよ?」
光輝は、それを聞いてすこし戸惑った様子だったが、すぐに平然とした表情に変えて答えた。
「ま、まあ、散歩、だな……」
光輝は「ははは」とごまかすように笑った。
――その時、彼らはふと傍らのインテリア専門店の敷地内に人だかりができていることに気付いた。
――「さあ、みなさんご注目! この枕はすごいよ! 一度頭を乗せればあら不思議、すぐに深ーい眠りに誘われます!」
人だかりの中央から声が響いていた。
「お! なんか、面白そうだな。ちょっと見てみようぜ!」
光輝はその人だかりに加わろうと駆け寄っていった。健次郎は、ふとゲームコーナーにいる詩乃のことを思い出したが、「まあ、あの調子じゃまだゲームし続けてるだろうな」と思い、光輝の後についてその人だかりへ向かった。
――「さあさあ、どうぞ手で触って見てください! この肌触り! この感触! 究極の安眠枕だよ!」
人だかりの中央で男が枕を片手に雄弁を振るっていた。男の背後には不思議な形の白い枕が山積みになっており、その山の上には小さなパネルが置かれていた。パネルにはこう書かれていた。
――『シャラーフ式 超!安眠枕 二万九千円 ―死ぬまで眠れます―』
それを見て、健次郎は小首を傾げた。"シャラーフ"という名前に聞き覚えがあった。
「ほら、お母さん、安眠枕どうだい? 最新の技術で作られたこの枕、一度頭の下に置けば、文字通り死ぬまで眠れる心地良さだよ!」
健次郎は、集まった野次馬たちに一生懸命商品のアピールをする男をじっと見た。
――黒のビジネススーツで身を包み、腕には高級そうな時計がきらりと光っていた。その目は誠意に満ちていたのだが、残念ながらその表情は読み取れない……なぜなら、男は黒い目出し帽を被っていたからだ。
それを見て、健次郎と光輝は思わず顔を見合わせた。人ごみのなかでしゃがみこんで、ひそひそと内緒話を始めた。
「え、と、あれってもしかして……」
「戦闘員だよな、エスクロンの。……シャラーフってあいつらの幹部の名前だし」
「こんなところで、あんなバレバレな格好して、何やってんだろ……?」
「よく分からんが、まあ、普通の安眠枕じゃなさそうだし、とりあえず止めとくか……」
そして二人は立ち上がり、光輝が叫んだ。
「おうおうおう、エスクロンども! 天下の往来で何やってやがんでい!」
「なんか、時代劇に出てくるチンピラみたいな……往来でもないし……」
「う、うるせえ! こういう時に何て言えばいいのか、よく分からねーんだよ!」
思わずツッコんだ健次郎に、光輝は赤面した。
人ごみの中から突然聞こえた叫び声に、男と野次馬たちは驚いた様子だった。周りを取り巻いていた野次馬たちは、光輝と健次郎から一歩退いた。目出し帽の男は、うろたえた様子で光輝を指差して言った。
「な、なんだい、お客さん。突然叫んだりして……」
「ぅるせぇよ! 今度はどんな悪巧みだ、エスクロンさんよ!? その枕、ただの枕じゃねえんだろ?」
「え、ええ、まあ、一度使ったら二度と目覚めない、というステキな枕ですが……」
激しい剣幕で問い詰める光輝に、男はうっかり真実を答えてしまった。
「……やっぱりそういう物騒な類のやつじゃねえか! どうせまたシャラーフのくだらない計画だろ!?」
「う、うう、そこまでバレていては仕方ない!」
男はすっと右手を上げた。すると、店の奥から同様の格好をした男たちがぞろぞろと集まってきた。その人数、三十人ほどだろうか。異様な雰囲気に気付いた周りの野次馬たちは、次々と店から逃げていった。その場に残されたのは、目出し帽の男たちと光輝、そして健次郎だけになった。
「お前らが何者かは知らんが、我らの計画を知ったからには永遠の眠りについてもらう!」
商品説明をしていた男が力強く言った。
「……"お前ら"?」健次郎は思わず呟いた。
――い、いつのまにか俺も対象になっている! 何でこう巻き込まれるんだ俺!?
あたふたする健次郎の横で、光輝は笑みを浮かべていた。
「しかし、こういう悪巧みの現場って大体俺が最初に出くわすんだよなあ……。まあ、運命、ってやつかな?」
皮肉っぽく笑い、光輝は懐から携帯電話を取り出した。
そして、それを頭上に掲げ、叫んだ。
――「チェンジ! イタイン!!」
携帯電話が強く輝き、光輝の身体が光に包まれた。そして、そこに黒い戦士が姿を現した。
――「イタインブラック!」
ブラックが名乗りをあげると、目出し帽の男がうろたえて言った。
「貴様ら、イタインジャーか!?」
「"貴様ら"って!?」健次郎は声を上げた。
――いやいやいや、俺はイタインジャーじゃない! ただの一般市民だって!
このまま巻き込まれてはたまらない、とじりじり後ずさった健次郎だったが、すでに男たちに周りを囲まれていることに気付いた。健次郎は青ざめた。
「さーて、蹴散らしますかね! 健次郎はそこで見てな!」
ブラックは余裕そうに言った。
――その時
「これは失態だナ、早坂!」
どこからともなく声が聞こえた。その声を聞き、商品説明をしていた男が慌てて敬礼した。
「も、申し訳ございません、ファントムカメレオン様!!」
その声が続けた。
「まあ、イタインジャーに嗅ぎつけられたからには仕方あるまいナ。こいつラは私が始末しよウ……」
「……怪人か? どこだ? どこにいる?」
光輝が辺りを見渡しながらそう呟いた次の瞬間、ふいに衝撃音が聞こえた。
突然、健次郎の身体が吹き飛ばされた。
「……ぇうっ!?」
腹部に強い衝撃を受けて、健次郎の身体が宙に待った。彼はそのまま、遥か背後にあった寝具コーナーに詰まれた羽毛布団の山まで吹き飛ばされた。
「健次郎!?」
「シシシ、まず、弱そうなやつは片付けタ……!」
光輝は辺りを見渡した。しかし、健次郎を吹き飛ばした者の姿は見えなかった。
姿の見えない敵がいる……! そう感じたブラックは周囲の気配を探った。その時、ブラックは目の前の景色が歪んだように感じた。するとブラックのすぐそばで風を切る音が聞こえ、瞬時にブラックは両手で腹部をガードした。何者かに殴られたような、強い衝撃を感じた。
「ぐうっ!」
「……ガードしたダと!?」
ブラックの目の前から声が聞こえた。ブラックは即座に歪んだ景色の中へ右の正拳を繰り出した。すると、その拳は空中で止められた。
「シシシ、私の居場所を見つけるとは。さすがだな、イタインブラック! だが、私には勝てんヨ!」
ブラックの拳をその手で受け止めつつ、怪人はその姿を現した。巨大なカメレオン型の怪人は、不敵に笑った。
「ちっ、カメレオンか。なるほどね。背景に溶け込んでたってわけかい!?」
ブラックはすぐさま右足で蹴りを放ったが、怪人はひらりと後ろに身をかわした。
「近くに忍び寄って素手で倒してやろうと思ったが、貴様はそうもいかんようだな……ならばこれで!」
そう言って怪人はその口をぱかりと開けた。
「……スナイプタン!」
その声と共に、口から怪人の舌が勢いよく飛び出した。十メートル以上もあろうかというその舌は、ブラックの身体目掛けて襲い掛かった。
ブラックはすかさず身を翻して、その舌をかわした。すると、彼を取り囲んでいた男たちの一人がその舌の直撃を受け、遥か後方へ吹き飛ばされた。それを見た早坂が慌てて制止した。
「ファ、ファントムカメレオン様! ここでその技を使われては、部下たちが巻き添えに!」
「む、ならば、次はもっとよく狙って撃ツか」
怪人はもう一度口を開け、その舌を伸ばした。しかし、またもブラックは身をかわし、その舌先はブラックの背後にいた男を直撃した。それを見た早坂がまた口を開いた。
「あ、また……! ファントムカメレオン様、どうかご勘弁ください!」
怪人は少し苛立った口調で言った。
「むむむ……、というか、お前らがここから退けばいいだけではないのカ……?」
「そうも参りません。この場に居続けるのも我々戦闘員の重要な仕事ですから」
「……前回、それを放棄して真っ先に逃げ出したと聞いておるがナ」
「さあ、知りませんな?」
早坂は真顔でしらを切った。
「まあいい! ブラック! ここでは満足に戦えヌ! 場所を変えようぞ!!」
そして、怪人は店を出ていった。ブラックもまたそれを追っていった。
それを、戦闘員たちは呆然と眺めていた。そしてブラックと怪人の姿が店の外へ消えると、口々に不満を漏らしだした。
「おいおい、俺たちは邪魔者扱いかよー」
「なんだかなあ。俺らだって好きで巻き添えになってるわけじゃないのにな」
「これだけで出番終わりじゃ、やる気も失せますよ。早坂隊長!」
ぶつくさと不平を言い出した戦闘員たちを、早坂がなだめた。
「まあまあ、また次の出番があるさ。その時はきっと大活躍できるだろうし、それまで待とう――」
――その時、彼らの背後にあった寝具コーナーの羽毛布団の山が崩れ落ちた。その中に人影が見えた。
「う……あいててて……。何だったんだ、さっきの……?」
怪人に殴られた腹を抱え、健次郎が羽毛布団の山の中から現れた。それを見て、戦闘員たちは顔を見合わせた。健次郎が顔を上げると、目の前で大勢の戦闘員たちがこちらを見ているのが目に入った。
「え……?」
健次郎は思わず呟いた。そしてすぐさま光輝の姿を探したが、それはどこにも見当たらなかった。健次郎の顔がみるみる青ざめた。早坂が健次郎をすっと指差した。
「この男もイタインジャーの仲間だ! ひっとらえるぞ!」
「う、嘘だろーー!?」
健次郎は慌ててその場から逃げ出した。戦闘員たちは、ようやく出番ができた、とばかり嬉々とした表情で彼を追った。その笑顔がまた健次郎の恐怖を煽り、彼は捕まってはなるものか、と必死で走った。だが、戦闘員の中でも特に足の速い者が追いつき、彼の足元へ飛び掛った。健次郎は足をとられてその場に倒れこんだ。追いついてきた戦闘員たちは次々とその身体に覆いかぶさり、健次郎は数人の男たちの下敷きになった。
「わー! ちょっ、重! 俺、関係ないって!!」
悲鳴を上げる健次郎だったが、戦闘員たちはまるで聞く耳を持たなかった。もうこれまでか、と思われたその時、彼らの前に二つの人影が立ちはだかった。
「お、お前はっ……!?」
早坂はその二人に見覚えがあった。二人は口を開いた。
「……戦闘員だけか?」
「大丈夫ですか? 健次郎さん。ブラックはどこに?」
そこには板井兄妹が立っていた。健次郎はのしかかる戦闘員たちの体重に顔をゆがめながら、彼らを見上げて言った。
「う……ブラックは……どっか行っちまった……」
「ブラックはあちらでファントムカメレオン様が相手をしている!」
早坂がつい口を滑らせた。直後、彼はしまった、といった表情をした。
それを聞き、大地は懐から携帯電話を取り出しながら言った。
「ならば、ここで手間取ってはいられないな。いくぞ、そら!」
「はい!」
そらも携帯電話を取り出した。二人は同時にそれを掲げ、叫んだ。
――「チェンジ! イタイン!!」
レッドとブルーの姿になった二人は名乗りをあげた。早坂が口元をゆがめた。
「おのれ、イタインジャー! 今日こそは雪辱を!!」
レッドはイタインソードを取り出して構えた。
「一気に片を付けるぞ。――スカーレット・ライトニング!」
その技名を聞いたとき、そらが声を上げた。
「健次郎さん! 絶対に顔を上げないで下さい!!」
「……え?」
次の瞬間、店内に赤い刃が走った。その刃は戦闘員の一団を一直線に駆け抜け、そしてレッドが剣を収めたとき、戦闘員たちが同時に地に伏した。一瞬にしてその間合いにいる者全員に斬撃を与えて戦闘不能とする技、それがレッドの得意とするスカーレット・ライトニングだった。健次郎は自らの鼻先を掠めた刃に、思わずひやりとした。
しかし、他の戦闘員が倒れた中、一名だけその攻撃に耐えて必死に立ち続ける者がいた。その男、早坂は足元をがくがくと震えさせながらもその場に立ち続け、苦痛の叫び声を上げた。
「ぐはあああ! おのれええ!!」
「お前……戦闘員にしては目立ちすぎだろ」
そう言って、レッドは早坂の頭をイタインソードでこつん、と叩いた。それで止めを刺され、早坂はゆっくりと倒れた。
「せ、せめて、後編まで登場したか、った……! がくり」
――"がくり"って……!? まだ余力あり余ってるような気がするんだけど!
健次郎はブルーに引き起こされながらも、早坂の事切れる様子に心の中でツッコんだ。健次郎が立ち上がったのを見ると、レッドが呼びかけた。
「雑魚は片付いた。ブラックのところへ行くぞ!」
二人の戦士が駆け出した。当然、健次郎もその後を追った。
早坂は良いキャラになりそうです。
次回は10日午後の投稿を予定しております。