プロローグ「超常世界の歩き方」
ーーー研究都市第七区画・封鎖街
研究都市の外れ。
とうの昔に放棄されたコンクリートの建造物が、月光を浴びて無機質に佇んでいた。
壁は崩れ、天井に空いた大穴から射し込む蒼白い光が、一人の男を照らしている。
赤いマフラーを巻いた男だ。
「なあ、そろそろ追いかけっこは終わりにしようぜ」
男は瓦礫の影へ向かって、気だるげに声を投げた。
「こっちはずっと、あんたを補足できてる。隠れてる意味なんてないだろ?」
しばしの沈黙。
やがて、影の中から黒いローブを揺らしながら人影が姿を現した。
「最近さ、その格好の超常犯、やけに増えてない?流行ってんの?」
軽口にも、ローブの人物は反応しない。
ただ静かに、ローブの裾から一冊の本を取り出し、ゆっくりと開いた。
次の瞬間――本が淡く発光し、そこから二つの黒い影が飛び出す。
人ほどの大きさの鳥。そして、一般的な大きさの猿。
「猿と……でかいキジ?」
男は眉をひそめる。
「そのサイズ、どう見ても“超常体”だよな。人喰いの怪物を飼い慣らしてるってわけか? それとも、そういう能力?」
周囲に視線を走らせながら、男は続ける。
「で、三体目は犬? 桃太郎コンプリートってこと? それにしても俺が鬼扱いってのはひどい話だな。鬼どころか、仏のように慈悲深――」
ドシンッ!
地面が揺れた。
男の正面に現れたのは、三体目の超常体。
犬……と呼ぶにはあまりにも巨大だった。
トラックほどの体躯。
全身を覆う黒毛。
四つの赤く光る眼が、獲物を見るように男を見下ろしている。
白い息が夜気に混じった。
「……随分、頼もしそうなお供を従えてるじゃないか」
男は苦笑し、腰の機械仕掛けの刀に手をかける。
「これはさすがに、そう簡単には拘束できそうにないな……っと!」
抜刀と同時に、男は巨獣へ突進した。
巨体に似合わず、犬の動きは素早い。
剣撃をするりとかわし、鋭い爪で反撃してくる。
だが男も、怪物との戦闘には慣れていた。
躊躇なく懐へ飛び込み、接近戦を続ける。
「犬を前線に出して、他の二匹と本体は様子見か……」
息を切らしながら、男は状況を分析する。
「能力者相手に、無駄に手札を切らない。……あいつ、相当戦い慣れしてるな」
刀は次第に、前足や腹部に確かな傷を刻んでいく。
動きが鈍った一瞬――男は見逃さなかった。
首元へ、渾身の一突き。
力を失った巨体が、轟音を立てて崩れ落ちた。
「あんたらが見物してる間に、一匹仕留めちまったけど」
男は残る二体へ視線を向ける。
「そんな悠長にしてると、俺の能力を見る前に三匹とも狩られちまうぜ?」
だが挑発にも、ローブの人物は動かない。
ただ黙って男を見つめている。
「……降参ってことでいいのかな? それなら残りの2匹を本にしまって、両手を――」
その瞬間。
背後から迫る、殺気。
振り向いた男の視界に映ったのは――
倒したはずの犬の超常体だった。
傷は癒え、先ほど以上の殺意を纏っている。
「チッ……!」
男は舌打ちした。
「能力がない代わりに、致命傷からでも再生するタイプか! これはさすがに――」
爪をかわしながら、周囲を見渡す。
「……待機してたキジがいない。死角から来られるのは厄介だな」
次の瞬間――
男の身体が、突如として宙へ打ち上げられた。
「なっ――!? キジか!」
高度は三十メートル近い。
「シールドを張れば落下死は避けられるが……」
思考を巡らせた刹那。
「――うわっ!」
銃弾のような速度で、石が飛来した。
即座にシールドを展開。
地上を見ると、猿が再び投擲の構えを取っている。
「別種の超常体で連携とか……反則だろ、これ」
歯噛みしながらも、男は覚悟を決めた。
「本当は使いたくなかったが……出し惜しみしてる場合じゃないな」
空中で体勢を整え、マフラーの下――
首元のチョーカーに手をかざす。
―――アンロック。
チョーカーが発光し、それに呼応するように刀が眩く輝き始めた。
着地点で待ち構える巨獣。
大きく開かれた牙が迫る。
その瞬間――
男は、光を纏った刀を振り下ろした。
爆風と閃光。
次の瞬間、巨大な獣は跡形もなく消し飛んでいた。
追撃しようとしていた猿と、ローブの人物は、衝撃に顔を覆うしかなかった。
「頼りの前衛さんは今度こそ完全消滅だ」
男は息を整え、挑発的に笑う。
「さて、また俺を吹き飛ばすかい?」
ローブの人物は猿を腕に絡ませ、じりじりと後退する。
「……逃げる気か?」
男が追おうと踏み出した、その瞬間――
今度はローブの人物の身体が宙へと跳ね上がった。
キジの足に掴まったローブの人物は、そのまま夜空へ逃走していった。




