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Dad is Online 〜落ちこぼれ娘が絶体絶命の瞬間、父の書いた「最強の一行」が機装(ギア)を覚醒させる〜  作者: ぱすた屋さん
第二章『共鳴するロジック』

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第17話:泥の味と三雲の言葉



 真っ白な天井だった。

 視界の端で規則正しく点滅するバイタルモニターの緑色の光と、鼻を突く消毒液の匂い。

 そこが学園の医務室であることに気づくまで、結衣の意識は数分間の空白を必要とした。


 身体が重い。

 指先一つ動かそうとするだけで、全身の筋肉が悲鳴を上げ、神経の奥底にこびりついた疲労が鉛のようにのしかかってくる。

 けれど、肉体的な苦痛以上に結衣を苛んでいたのは、口の中に残る、消えない「泥の味」だった。


 負けたのだ。

 それも、手も足も出ない、完璧なまでの蹂躙。

 一条凱を倒した時のような奇跡も、源三を破った時のような執念も、三雲嵐という怪物の前では一瞬で霧散した。

 

 目を閉じれば、あの雪原の光景が嫌というほど蘇る。

 パワーセルを引き抜かれ、瞳を閉じるように機能を停止したアリエス。

 コックピットの中で、何もできずに震えていただけの自分。

 父のくれた平滑化のコードは、最後まで自分を痛みから守ってくれた。

 けれど、その優しさが、今の結衣には猛毒のように感じられた。


「……あ、結衣。気がついたか」


 傍らに置かれたパイプ椅子から、聞き慣れた声がした。

 顔を向けると、そこには数日間寝ていないかのような、酷くやつれた顔の蓮太がいた。

 新宿から急行したのだろう。その手には、まだアリエスの損傷ログが表示されたままのタブレットが握られている。


「……お父さん」


「無理に喋らなくていい。……災難だったな。解析の結果、三雲嵐の機体挙動に、学園のシステム側で重大なラグが発生していたことが分かった。……僕の最短経路ロジックは間違っていなかった。ただ、それを阻害する外部要因が多すぎたんだ。次はもっと、耐ノイズ性を強化したコードを書くから……」


 蓮太の言葉は、震えていた。

 愛する娘を壊されかけた恐怖を、彼は「技術的なエラー」という言葉で塗り潰し、懸命に自分を、そして結衣を納得させようとしていた。

 

 けれど、その言葉を聞けば聞くほど、結衣の心は凍りついていく。

 お父さんの言うことは正しい。

 ロジックは間違っていなかった。

 でも、あの戦場にいたのは、お父さんのロジックじゃない。

 泥を噛み、雪に転がされ、死の恐怖に晒されていたのは、結衣自身なのだ。


「……お父さん。もういいよ」


「結衣?」


「三雲先輩に、言われたの。……パパのコードは退屈だって。傷つかないように守られてるだけのお人形だって」


 蓮太の表情が、凍りついた。

 技術者として心血を注いできた自分の「論理」を、否定された。

 それも、自分の娘の口から。


「……三雲の言葉なんて気にするな。あいつはただの野蛮な……」


「でも、本当のことだよ。私、あのアリエスの中で、ただ座ってただけだもん。最短経路に沿ってレバーを動かして、お父さんの言う通りにスイッチを押して。……それで勝てなくなった途端、私は何もできなかった。……私は、パイロットじゃなかった」


 結衣の声は、震えていたけれど、はっきりとした拒絶の響きを持っていた。

 平滑化のコードが、結衣を痛みから遠ざけたのではない。

 戦うということの「現実」から、彼女を隔離してしまったのだ。


「……お前の身の安全を考えてのことだ! ゼロ・リンクの代償がどれほど大きかったか、分かっているのか!? 僕は、お前にあんな思いを二度とさせたくなくて……!」


「わかってる! わかってるよ、お父さんの優しさは。……でも、その優しさが、私を弱くしてるの。……三雲先輩は、泥の味を知ってる。自分の意志で、あの赤い獣を動かしてた。……私には、それがなかったの」


 医務室に、重苦しい沈黙が流れた。

 蓮太はタブレットを握りしめたまま、何も言えずに立ち尽くす。

 娘を守りたいという親心と、最強の機体を作りたいという技術者の自負。

 その両方が、結衣という一人の少女の「自律」という壁に突き当たっていた。


 病室のドアの外。

 陽菜や琥珀たちが、かける言葉も見つからずに佇んでいた。

 扉越しに聞こえてくる父娘の不協和音は、北倉庫の仲間たちにも重くのしかかる。


『……お利口さんの最短経路なんて、俺の野生の前じゃただの餌なんだよ』


 脳裏に響く三雲の嘲笑。

 結衣は、布団の中で感覚の戻りつつある自分の指先をじっと見つめた。

 まだ少しだけ、指先が冷たい。

 泥の味がする。


 パパの論理という名のゆりかごは、もう壊れてしまった。

 守られるだけの自分を、ここで捨てなければならない。

 そうでなければ、次に三雲の前に立った時、結衣は本当に「お人形」として砕け散るだろう。


 結衣はそっと目を閉じた。

 暗闇の中に、あの赤い獣の瞳が、今も獲物を狙うようにぎらぎらと輝いているのが見えた。

 敗北の味は、酷く苦く、そして、忘れがたいほどに鮮烈だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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