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Dad is Online 〜落ちこぼれ娘が絶体絶命の瞬間、父の書いた「最強の一行」が機装(ギア)を覚醒させる〜  作者: ぱすた屋さん
第二章『共鳴するロジック』

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第16話:雪の演習場と初めての敗北



 演習場を覆い尽くす吹雪は、もはや視界を奪うだけではなく、生命の鼓動そのものを凍りつかせようとしていた。

 アリエスのメインモニターは、激しい衝撃とシステムエラーによって、不規則な砂嵐を撒き散らしている。

 お父さんがくれた『平滑化のコード』は、それでも懸命に結衣の感覚を守ろうとしていた。

 どれだけ外部装甲が引き裂かれても、どれだけ機体が無惨に地面を転がっても、結衣の脳に届く情報は、どこか遠い場所で起きている他人事のように、穏やかで、痛みのないものに加工されていた。


 だが、その「静寂」こそが、今の結衣には何よりも恐ろしかった。


「……あ。……動かない」


 結衣は操縦桿を力の限り手前に引いた。

 けれど、アリエスの右腕は、すでに肘から先が不自然な方向に折れ曲がり、雪の中に半ば埋もれている。

 駆動モーターは過負荷によって焼き切れ、油の焼ける臭いがコックピットの隙間から入り込んでくる。

 最短経路を示す青いラインは、もうどこにも見えない。

 ただ、真っ赤な警告ログが、吹雪よりも激しく視界を埋め尽くしていた。


「ぎゃははは! どうした九条! お前の『正解』はどこに行ったんだよ!」


 雪煙を切り裂いて、真紅の獣、ヴォルガが躍り出た。

 三雲嵐の操るその機体は、吹雪の中でさえもその獰猛な輝きを失っていない。

 四足歩行のまま地を滑り、アリエスの残骸へと一気に距離を詰める。


「ひよりちゃん! 敵の、次の位置を……!」


「……あぅ……ダメです、結衣さん! センサーが、吹雪と三雲先輩のノイズで……何も視えませんっ! スタビライザーが、限界です……っ!」


 通信ウィンドウの向こうで、ひよりが泣き叫んでいるのが聞こえる。

 北倉庫の仲間たちの声も、今では遠い霧の彼方からのように断片的にしか届かない。

 孤独。

 圧倒的な暴力の前に、結衣はたった一人で放り出されていた。


 ヴォルガの巨大な爪が、アリエスの胸部装甲を真っ向から踏みつけた。

 

 ――ガギィィィィン!!


 凄まじい衝撃。平滑化のコードがどれだけ情報を間引こうとも、機体全体を襲う物理的な破壊までは誤魔化せない。

 結衣の身体はシートベルトに強く拘束されたまま、内臓を揺さぶられるような激震に襲われる。


「……っ、う、あぁ……!」


「退屈なんだよ。お前のパパの書いたコードはよぉ。傷つかないように、痛くないように……そんな温いゆりかごの中で、本物の勝負ができると思ってんのか?」


 三雲の冷徹な声が、直接脳に響くようだった。

 ヴォルガの右腕が、アリエスの喉元――メインカメラが位置する頭部を強引に掴み上げた。

 地面から引き剥がされるアリエス。

 結衣の視界が、空を舞う雪と、こちらを覗き込むヴォルガの単眼だけで埋まる。


「いいか九条。本物の戦いは、泥を啜り、血を吐き、それでも相手を殺したいと願う執念で決まるんだ。……てめえには、それがねえ。お利口さんの最短経路なんて、俺の野生の前じゃただの餌なんだよ」


 ヴォルガの左腕が、アリエスの背部へと回り込んだ。

 そこにあるのは、アリエスの心臓部。動力源である高出力のパワーセルだ。

 

「お父さん! 逃げてって言って! アリエスに、逃げてって言って……!」


『結衣! ハッチを開けろ! 緊急脱出イジェクトだ! 今すぐ……!』


 新宿からの蓮太の叫び。

 だが、その声が届くよりも早く、三雲の指先が動いた。


 ――ベリ、ッ。


 鋼鉄が引き裂かれる、生々しい音が響いた。

 ヴォルガの爪が、アリエスの背部装甲を強引に剥ぎ取り、剥き出しになったパワーセルを掴み取ったのだ。

 そのまま、躊躇なく引き抜かれる。


 アリエスの全身から、最後の一滴の血が失われるように、電力が失われていく。

 モニターが一つ、また一つと、漆黒の闇に飲み込まれていった。


「……あ」


 結衣の指先から、力が抜ける。

 平滑化のコードが、最後の瞬間に「何も感じさせない」という慈悲を与えた。

 痛みはない。

 ただ、真っ白な吹雪の中に、自分という存在が溶けて消えていくような感覚。


 一条凱を倒し、源三を破り、自分が最強に近づいていると信じていた。

 けれど、それは父が用意してくれた魔法の絨毯に乗っていただけだったのだと、この極寒の雪の上でようやく気づかされる。


 自分は、弱かった。

 ただ、守られていただけの、お人形。


 演習場に、試合終了を告げる電子ブザーが虚しく鳴り響いた。

 けれど、結衣にはもう、それさえも聞こえていなかった。

 アリエスの全てのシステムが沈黙し、コックピットの温度が急速に下がっていく。


「……ごめんね。お父さん」


 最後の一言を漏らすと同時に、結衣の意識は深い闇の底へと沈んだ。

 

 ランキング五位、三雲嵐。

 彼が残した蹂躙の跡は、真っ白な雪原に、深紅のアリエスが無惨に横たわるという、残酷なまでの敗北の風景だった。

 

 九条結衣、初めての敗北。

 それは、彼女を支えていたすべての論理ロジックが、野生という名の現実に噛み砕かれた瞬間だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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