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Dad is Online 〜落ちこぼれ娘が絶体絶命の瞬間、父の書いた「最強の一行」が機装(ギア)を覚醒させる〜  作者: ぱすた屋さん
第二章『共鳴するロジック』

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第10話:家族の温もりと平滑化のコード


 新宿の朝は、無機質なアラート音ではなく、キッチンから漂う香ばしい焼き魚の匂いで始まった。

 結衣はベッドの上でゆっくりと身体を起こし、自分の両手を見つめた。数日前までは鉛のように重く、どこか遠い場所にある石塊のようだった指先が、今は微かに、けれど確かに「自分の肉体」としての実感を伴ってそこに存在していた。


「……あ。動く」


 人差し指を曲げ、親指の腹でそっと撫でる。まだ指先が薄い膜に覆われているような違和感はあるが、シーツの柔らかな感触が脳に届くまでの遅延ラグは、劇的に改善されていた。

 リビングへ向かうと、そこには徹夜明け特有の異様な集中力を漂わせた蓮太と、淡々と朝食を並べる颯太の姿があった。


「おはよ、姉貴。……その様子だと、神経電位のパッチ、うまく当たったみたいだね」

「うん、颯太くん。すごく……手が軽いよ」

「よかった。……父さんが一晩中、姉貴の過去三年分のバイタルログと、アリエスの駆動摩擦係数を突き合わせて、変数を一つずつ手書きで潰してたからね」


 ワークステーションの前に座ったままの蓮太が、椅子のリクライニングを倒して大きく伸びをした。モニターには、結衣の神経系とアリエスのOSを繋ぐための新しい「架け橋」――平滑化のコードが映し出されている。


「……お父さん、寝てないの?」

「エンジニアにとっての睡眠は、デバッグが終わってから取る報酬だ。……結衣、ちょっとこっちへ。最後の調整だ」


 結衣が父の隣に座ると、蓮太は自分の荒れた手で、娘の細い手首を包み込んだ。

 モニター上の複雑な波形が、父の接触に反応して穏やかに凪いでいく。


「ゼロ・リンクの失敗は、入力があまりにも『鋭すぎた』ことだ。お前の神経を無理やりアリエスの高速演算に同期させた結果、脳が情報のオーバーフローを起こしてシャットダウンした。……だから、今回はこのコードを追加した」


 蓮太が指し示したのは、論理の美しさと、娘への慈しみが融合したような美しい数式だった。


$$L_{smooth} = \frac{1}{\Delta T} \int_{t-\Delta T}^{t} \left( Neural_{raw}(\tau) \cdot Weight_{logic} \right) d\tau$$


「『平滑化のコード』。アリエスからの過激なフィードバックを、お前の脳が受け入れやすい形に『丸める』フィルターだ。これがあれば、もう感覚が焼き付くことはない。……その代わり、ゼロ・リンクのような暴力的な加速は出せなくなるがな」

「……いいの。私、アリエスと『戦う』んじゃなくて、『お話し』したいから。……お父さんのコードが、私の心を守ってくれるなら、それが一番嬉しい」


 蓮太は一瞬、言葉を失ったように結衣を見つめ、それから照れくさそうに頭を掻いた。

 技術者として最強の武器を与えようとした父と、その技術の中に「優しさ」を見出した娘。

 朝食のテーブルを囲み、家族三人で囲む穏やかな時間。それは、殺伐とした聖エルモ学園のヒエラルキーの中では決して得られない、九条家という名のセーフティーゾーンだった。


「……あ、そういえば。姉貴、これ見た?」

 颯太がタブレットをスライドさせ、学園の公式ランキングサイトを開いた。

 そこには、三学期最初の大金星として、結衣の名が大きく踊っていた。


【Rank Update: [D-98] Yui Kujo → [D-62]】


「六十二位……。一気に、そんなに上がったんだ」

「三十六人抜きだね。三年生のAクラス、しかも『精密機械』の源三を倒したんだから当然だよ。……でも、これで姉さんは完全に『標的』になった。二年生進級までの残り三ヶ月、この順位を狙って、もっとえげつない奴らが来るよ」


 颯太の警告は現実的だった。九十八位までは「幸運なバグ」として笑い飛ばしていた上位ランカーたちも、六十二位という数字を見れば、もはや無視はできない。それは、猛獣たちが潜むジャングルの、より深い場所へ足を踏み入れたことを意味していた。


「大丈夫だよ、颯太くん。……私には、お父さんのコードと、陽菜さんたちがいるもん」


 結衣は自分の右手を強く握りしめた。

 感覚は戻っている。

 平滑化された論理ロジックは、今や結衣の血肉となって、静かに再起の時を待っていた。


 新宿の家を出る直前、蓮太が結衣の肩を叩いた。

「結衣。……無理はするな。お前が壊れるくらいなら、ランキングなんてゴミ箱に捨てていい。……エンジニアとしてではなく、父親としての命令だ」

「……うん。行ってきます、お父さん」


 結衣の瞳には、かつてのような迷いはなかった。

 六十二位。

 新しい自分を証明するための、そして本当の意味で仲間たちと肩を並べるための、三学期の第ニ章が幕を開けようとしていた。


 北倉庫へ戻る電車の中で、スマートフォンが激しく震える。

『結衣っちー!! 復活したってマジ!? ランク六十二位とか神すぎ! ウチら今、祝勝会用にマジでヤバいピザ発注したから! 早く来ないと全部翡翠が(無言で)食べるよ!!』


 琥珀の爆音のようなメッセージと、背後で「……食べてない」と小さく抗議する翡翠の声。

 結衣は微笑みながら、感覚の戻った指先で、素早く返信を打ち込んだ。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

いったんまとまった分だけ投稿です。

次はちょっと時間空きそうです。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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