第4話:嘲笑と羨望
五月の晴天は、持たざる者にとって残酷なほどの輝きを放っていた。
学院中央のメインアリーナ。今日はAクラスとDクラス合同による『機装挙動見学会』が行われていた。
「見学会とは名ばかりの、公開処刑だな……」
結衣の隣で、Dクラスの男子生徒が吐き捨てるように呟いた。
Dクラスの生徒たちは、グラウンドの隅にブルーシートを敷いて座らされている。一方で、最新の防護スーツに身を包んだAクラスの生徒たちは、眩いばかりの陽光を浴びながら、整備の行き届いた機体へと乗り込んでいく。
「さあ、Dクラスの諸君。才能の差というものを、しっかりと目に焼き付けておくがいい!」
拡声器を通した五味教官の声が響く。
フィールドでは、進藤拓海が操る重量級機『タウラス』が、地響きを立ててデモンストレーションを開始していた。
『ははは! 見ろよ、このレスポンス!』
進藤のタウラスが巨大な模擬刀を振り回す。
最新の『シンクロ・ドライブ』によって制御された機体は、進藤の「斬りたい」という思考を即座に読み取り、流れるような円運動を描く。
観客席からは拍手が沸き起こり、Dクラスの生徒たちはただ黙って俯くしかなかった。
(……違う。あんなの、不自然だよ)
だが、結衣だけは違った。
中等部で実技理論を極めた彼女の瞳は、進藤の動きに潜む「歪み」を正確に捉えていた。
シンクロ・ドライブは確かに滑らかだ。しかし、進藤の驕りや雑念までをも機体が拾ってしまい、細かな震え《ジッター》が発生している。最新のOSがそれを「補正」しているが、その補正のせいで、実際にはコンマ数秒のロスが生じていた。
「サオリ、頑張って……」
次に登場したのは、親友のサオリが操る軽量機だった。
彼女の動きは丁寧だが、シンクロ率の限界か、時折カクついた挙動を見せる。
結衣は無意識に、指先を動かしていた。
(もし私なら、あそこの関節トルクを三%下げて、重心移動を先読み《予測》させて……)
頭の中で完璧なロジックが組み上がる。
だが、今の結衣には、それを証明する「道」がない。
そのもどかしさが、鈍い痛みとなって胸を締め付けた。
* * *
「――いい加減にしろ! この仕様書を書いたのは誰だ!」
同時刻、帝都システムソリューションズの会議室。
クライアントの担当者が、机を叩いて怒鳴り散らしていた。
「申し訳ありません。至急、修正案を……」
「至急、至急と言って、もう三日目だぞ! これじゃ週末のリリースに間に合わない!」
九条蓮太は、頭を下げ続ける佐竹課長の背後で、淡々と手元のノートPCを叩いていた。
彼の表情には、何の感情も浮かんでいない。
「……修正、完了しました」
「えっ?」
蓮太がキーを叩くと、会議室のモニターに表示されていたエラーだらけのシステム図が、一瞬で綺麗に書き換わった。
無駄なループを排除し、ボトルネックとなっていたデータベースへのアクセスを最適化した最新の構成図だ。
「なっ……なんだ、できてるじゃないか。九条くん、君はもっと早く……」
「失礼します。別の案件がありますので」
蓮太は驚くクライアントを置き去りにし、会議室を出た。
彼が向かったのは、ビルの非常階段だった。
「……仕事の『壁』を壊すのは、いつだって簡単だ。問題は……」
蓮太はスマートフォンを取り出し、学園のシステムログを覗き込んだ。
結衣のスマートフォンに送り込んだ『K-Shell』のプロトタイプは、まだ機体と接続されていない。学園のメインフレームが、外部からの未知のプロトコルを強力に弾いているのだ。
「頑固なセキュリティだな。だが、どんなに硬い門でも、鍵穴はある」
蓮太の指が、スマートフォンの仮想コンソールを叩く。
彼は、学園のシステムが定期的に行う「機体診断」のパケットに目をつけた。
「診断中だけは、機体への書き込み権限が一時的に解放される。……その、わずか〇・三秒の隙間」
満員電車の揺れの中でも、理不尽な会議の中でも、蓮太の脳は一刻も休まずに、娘の勝利への最短経路を演算し続けていた。
「待ってろ、結衣。お父さんが、その扉をぶち破ってやる」
* * *
見学会が終わり、Dクラスの生徒たちが北倉庫へと戻される。
皆が疲弊して帰宅準備を始める中、結衣だけは、例の『アリエス』の足元に跪いていた。
「……やっぱり、そうだ」
結衣は懐中電灯で、アリエスの脹脛にあるメンテナンス・ポートを照らした。
そこには、最新の機体には存在しない「物理レジスタ」の端子が、埃を被って眠っていた。
「最新のシンクロ・ドライブは、この古い端子を『不要』として切り捨てている。でも、ここを直接叩けば、OSの干渉を受けずにモーターを動かせるはず……」
結衣は確信した。
自分の低い同期率を無視し、マニュアル操作の精度をそのまま機体に伝える「バイパス」が、理論上は可能であることを。
「お前さん、まだそんなところを弄ってんのかい」
闇の中から、トメさんが現れた。
彼女は結衣の手にあるレンチと、アリエスの端子を交互に見て、鼻を鳴らした。
「そいつは骨董品だ。今のデジタル回路じゃ、信号を送ることさえできやしないよ」
「いいえ、トメさん。信号を送るんじゃないんです。……物理的な『力』を直接、この子の神経に叩き込むんです」
結衣の言葉に、トメさんの瞳に鋭い光が宿った。
「……ほう。言うじゃないか。だがな、小娘。その『叩き込む方法』を、お前さんは持ってるのかい?」
「それは……」
結衣が言い淀んだ、その時だった。
ポケットの中のスマートフォンが、これまでにないほど激しく振動した。
画面には、見慣れないダイアログが表示されていた。
『Dependency Injection: Success.』
『Module "K-Shell" is ready to deploy.』
『Target: G-Aries_04. Connection Path Found.』
「接続、成功……?」
結衣が震える指で画面をタップした瞬間。
錆び付いて動かないはずのアリエスの内部から、キィィィィン……という、高周波の駆動音が響き渡った。
「な……っ!? 電源も入れてねえのに、どうして出力が上がってやがる!?」
トメさんが驚愕の声を上げる。
アリエスのメインカメラが、一瞬だけ青く点灯した。
結衣は直感した。
あの日、父が掛けてくれた不器用な言葉。そして、この謎のアプリ。
全てが一本の線で繋がった。
「お父さん、なの……?」
嘲笑に満ちた昼は終わり、夜の闇の中で、反撃の鼓動が始まった。
それはまだ、小さな火花に過ぎなかったが。
聖エルモ学園の常識を、そして「才能」という名の呪縛を焼き尽くすには、十分すぎるほどの熱を帯びていた。
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次回お楽しみに。




