第6話:鋼鉄の激突と神経の過負荷
「あ……、あぁぁぁぁぁっ!!」
結衣の悲鳴が、密閉されたコックピットの中で反響し、デジタル通信のノイズとなって新宿の蓮太の耳を打った。
アリエスの内部を流れる『ゼロ・リンク』のパルスは、もはや制御可能な領域を遥かに超えていた。結衣の視界には、パパの書いた青い論理回路が火花となって散り、代わりに剥き出しの神経が捉える「生の情報」が奔流となって流れ込んでくる。
ガリ、ガリと。
アリエスの外部装甲が、源三の『ギア・ファング』が放つ超振動ブレードに削られる感覚。それは結衣にとって、自分の皮膚を鋭利な刃物で撫で回されるような、生理的な嫌悪と激痛を伴う情報だった。
「どうした、一年生! その程度ので、我々の積み上げた三年間が崩せるとでも思ったか!」
源三の猛攻は止まらない。ギア・ファングの重厚なシールドが、アリエスの右腕を強引に押し込み、逃げ場を奪う。源三は結衣の不規則な挙動を目の当たりにしてもなお、冷静だった。彼は結衣が「自分自身を焼き切ろうとしている」ことを見抜き、あえて持久戦に持ち込むことで、彼女が自壊する瞬間を待っていた。
アリエスの関節部からは、過負荷に耐えかねた冷却液が白煙となって噴き出している。
『結衣、応答しろ! リンク深度を下げろ! 意識を保て!』
新宿のモニターの前で、蓮太は叫び続けていた。彼の目の前にある、結衣の神経系を模したグラフは、もはや論理的な解析を拒絶するようなカオス曲線を描いている。
「父さん、ダメだ。リンクが『定着』し始めてる。アリエスの駆動ログと、姉貴のシナプス発火が完全に同期しちゃってるんだ。今無理に切れば、脳が電気ショックで焼き付く……!」
颯太の指先も、初めて見る異常値に震えていた。パパが作った「劇薬」は、結衣という触媒を得て、製作者の意図を遥かに超える怪物へと変貌していた。
「……あ、つい。……お父さん、体が、燃えてるみたい……」
結衣の瞳は、過負荷によって黄金色の燐光を放っていた。
彼女には見えていた。アリエスの指先に伝わる地面の震動。ギア・ファングの駆動部から漏れ出す微かな熱源。そして、大気の中を駆け巡る無数の電子情報の糸。
それら全てを、結衣は「自分の感覚」として整理しようとしていた。だが、脳が処理できる限界をダムが決壊するように突破していく。
ド、ンッ!
ギア・ファングの左ストレートが、アリエスの胸部装甲を真っ向から叩いた。
結衣は激しい衝撃に肺の空気を強制的に絞り出され、一瞬、視界が真っ白に染まる。
「……っ、う、あ……!」
「終わりだ。論理も情熱も、時間の重みには勝てない。……君の負けだ、九条結衣」
源三が最後の一撃を放つべく、右腕のパイルバンカーを最大出力でチャージする。重厚な金属音が、死神の足音のように演習場に響き渡った。
「結衣っち! 動いて! マジで死ぬって、それ食らったらマジで死ぬから!!」
琥珀が、モニターを割らんばかりの勢いで叫ぶ。
「……琥珀、違う……。結衣さんは、もう『死』なんて怖がってない……。……ただ、アリエスが止まるのが、一番怖いんだよ……」
翡翠の瞳には、結衣の神経が、アリエスの駆動系と「癒着」していく痛ましいビジョンが映っていた。
激突。
パイルバンカーの杭が、超音速でアリエスの心臓部へと射出される。
だが、その瞬間に起きたのは、鉄の塊が潰れる音ではなかった。
――キィィィィィィィィィィィィン!!
アリエスの全身から、見たこともない密度の青白い放電が弾け飛ぶ。
結衣の神経が、アリエスの全モーターに「限界以上の出力を出せ」と、物理的な制約を焼き切りながら命令を下したのだ。
「……アリエス……私を、貸して……!」
鋼鉄と神経、論理と熱狂。
その全てが臨界点を超え、演習場の空気が一瞬で沸騰した。
次の一撃――それはもはや、学園のシステムが定義する「格闘」ではなかった。
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次回お楽しみに。




