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Dad is Online 〜落ちこぼれ娘が絶体絶命の瞬間、父の書いた「最強の一行」が機装(ギア)を覚醒させる〜  作者: ぱすた屋さん
第二章『共鳴するロジック』

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第5話:ゼロ・リンクの試作とお父さんの迷い


 アリエスの鋼鉄の拳が、ギア・ファングの厚い装甲を叩きつけた。

 それは本来、源三の予測アルゴリズムによって一〇〇パーセント回避、あるいは最小限のダメージで受け流されるはずの軌道だった。しかし、その瞬間のアリエスは、学園の制御システムが定義する「ギアの動き」を完全に逸脱していた。関節部が限界を超えて軋み、火花を散らしながら、人間の肘がしなり、手首が返るような、あまりにも生々しい「バグ」のような機動。


 凄まじい衝撃音が演習場に響き渡り、源三の機体が数メートルほど後方へと弾かれた。

 その光景に、冷ややかだった観客席の三年生たちが一斉にざわめき立つ。精密機械の異名を持つ源三が、正面からの激突で競り負けるなど、彼らの常識ではあり得ない事象だった。


「……何をした、九条結衣。今の挙動、学園のモーション・ライブラリには存在しないはずだ」


 源三の声に初めて、計算外の事態に対する困惑が混じる。

 だが、結衣にはそれに応える余裕などなかった。コックピット内の空気は、過負荷によって焼き付いた電気回路の異臭と、結衣自身の荒い吐息で満たされている。ゼロ・リンク――。そのプログラムが起動している間、結衣の脳はパパの書いた優雅な論理をなぞることをやめ、アリエスという巨大な質量と文字通り「同化」していた。


 アリエスの指先が瓦礫に触れれば、結衣の指先にザラついた感触が走る。

 アリエスの排気熱が上昇すれば、結衣の全身が熱に包まれるような錯覚に襲われる。

 だが、その鮮明すぎる感覚の裏側で、恐ろしい「消失」が始まっていた。自分の指先が、操縦桿の感触を失い始めているのだ。


『結衣! リンクを維持しすぎるな! そのパッチは神経回路を強制的にバイパスしている……長く使いすぎれば、お前の指先は数日間、鉛のように動かなくなるぞ!』


 新宿のモニター越しに、蓮太の悲痛な叫びが響く。彼の目の前のディスプレイには、アリエスの機体状況ではなく、結衣の神経電位を示す赤いグラフが乱舞していた。

 それはかつて蓮太が、冬休みの深夜、人知れずこのプログラムを組んでいた時に最も恐れていた事態だった。


(……僕は、なんてものを作ってしまったんだ)


 蓮太の脳裏に、あの雪の降る夜の光景が蘇る。

 「お守り」だと言って渡したが、その実態は神経を焼き切る寸前まで酷使して出力を稼ぐ、パイロットの「感覚」を燃料にした劇薬だ。一度使えば、数日はペンを握ることも、キーボードを叩くことも、自分の娘に触れる感覚さえも奪われてしまう。技術者として、親として、絶対に踏み込んではいけない領域。


「父さん、安全マージンが消えてる。……このままだと、姉貴の神経節が焼き付くよ」

 颯太の冷静な、けれどどこか焦りを含んだ指摘が飛ぶ。

「分かっている! 結衣、いいか! その感覚は本物じゃない。機体から流れてくる情報の奔流に呑まれるな! 自分の『肉体』と『機体』の境界線を死守しろ! さもないと、戦いが終わった後にお前は……!」


「あ……が、あぁぁぁっ!」


 結衣は叫びながら、感覚の消えかかった手で操縦桿を「幻」のように握り直した。

 ゼロ・リンクがもたらすのは圧倒的な機動力と、それと引き換えに失われていく自分の身体の輪郭だ。アリエスが強くなればなるほど、九条結衣という少女の五感は、デジタルの海へと溶け出していく。


「……結衣っち! マジでもうやめて! その動き、見てらんないし! 翡翠、翡翠、どうにかしてよ!」

 琥珀がモニターを掴み、泣き出しそうな声で叫ぶ。彼女の派手なネイルが、コンソールに食い込んでいた。

「……無理だよ、琥珀。……結衣さんの『色』が、アリエスの中に吸い込まれてる。……今、結衣さんは自分の指がどこにあるか、もう分かってないんだよ……」


 翡翠の共感能力が見抜いたのは、勝利の代償として支払われる残酷な「対価」だった。

 演習場の中央。源三の『ギア・ファング』が、再び重厚な構えを取る。彼は経験という名のデータベースを瞬時に更新し、結衣の不合理な機動を再定義しようとしていた。


「……一時的な暴走か。だが、そんな無理な同期が長く持つはずがない。君が動かなくなるのが先か、私が仕留めるのが先か……。チェックメイトだ、一年生」


 ギア・ファングの全兵装が開放される。肩部のマイクロミサイル、右腕のパイルバンカー、左腕の超振動ブレード。それら全てが、アリエスを「解体」するために一斉に牙を剥く。


「……いける。私には、全部見える。……指が動かなくなっても、アリエスが私の指なら、それでいい!」


 結衣の瞳の中で、黄金色のノイズが収束し、一つの解を導き出した。

 それはパパが計算した最短経路ではなく、結衣自身が「感覚を捨ててでも勝ちたい」と願った、執念の軌跡だった。


$$\sigma_{overload} = \int_{0}^{T} \frac{F_{neural}}{S_{limit}} dt > Threshold$$


 数式が警告を吐き出し、論理が情熱に飲み込まれる。

 自分の感覚が消失していく恐怖を、結衣は「最強の加速」へと変換した。

 結衣の神経を媒介にして、アリエスが再び、物理法則を嘲笑うような、そしてどこか悲鳴に近いような加速を開始した。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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