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Dad is Online 〜落ちこぼれ娘が絶体絶命の瞬間、父の書いた「最強の一行」が機装(ギア)を覚醒させる〜  作者: ぱすた屋さん
第二章『共鳴するロジック』

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第4話:最短経路の限界と経験値の暴力


 視界が真っ赤に染まっていた。

 アリエスのコックピット内に鳴り響く、けたたましいアラート音。それは機体の損傷を知らせる警告であると同時に、結衣の心が折れかかっていることへの悲鳴のようでもあった。正面に迫る源三の『ギア・ファング』。その巨大な右拳が、重力の底から引き抜かれるような重厚な動作で、アリエスの頭部を粉砕せんと迫っていた。


「……終わりだと言ったはずだ、九条結衣。君の論理は、美しすぎるがゆえに脆い」


 源三の声には、勝利への確信が冷たく滲んでいた。

 結衣は操縦桿を必死に引き寄せるが、モニターに映る「最短経路」の青いラインは、どこを指しても赤く塗り潰されていく。右へ逃げればパイルバンカーが、左へ逃げればシールドによる圧殺が、後ろへ下がれば学園のシステムによる出力制限が待ち構えている。

 パパのロジックは完璧だ。だが、その完璧さを「経験」という名のフィルターで濾過ろかし、不純物を全て予測し尽くしている源三の前では、それはただの「なぞり書き」に過ぎなかった。


「お父さん……当たらない。どこを走っても、あの人の壁があるの……!」


『結衣、諦めるな! 今、新しいバイパスを構築して……!』

 新宿からの通信。蓮太の叫びが聞こえるが、その背後で鳴り響く警告音は、新宿のサーバーさえも源三の予測アルゴリズムにオーバーランされつつあることを示していた。

 パパの書く論理は、あまりにも「正解」を選びすぎた。そして源三は、その正解を熟知した上で、三学期の冷徹な現実を叩きつけてくる。


「……マジ無理なんだけど! あのおっさん、人のパパの努力を馬鹿にしてんの!? 結衣っち、マジでカマして! そこで終わったらウチ、一生許さないからね!」

 通信ウィンドウで琥珀が叫ぶ。彼女の派手なメイクの下、瞳には涙が滲んでいた。隣で翡翠は、真っ青な顔でデータを指し示す。

「……結衣さん、ダメ。……アリエスの波形が、システムの『檻』に閉じ込められてる。……今のままじゃ、あと零点四秒で、消えちゃう……」


 零点四秒。

 死を予感した刹那、結衣の右手が、コンソールに輝く銀色の端子へと吸い寄せられた。冬休み、お父さんから託された最後のお守り。論理を焼き切り、感覚を直結させる禁忌のプログラム――『ゼロ・リンク』。


「……お父さん。私、アリエスと『一つ』になりたい」


 結衣がそのチップを押し込んだ瞬間、世界から音が消えた。

 鼓膜を突き破るような高周波の電子音が脳内を駆け抜け、背骨に沿って灼熱の火花が走る。それはパパの書いた優雅な論理回路ではなく、結衣自身の神経を剥き出しの電線に変え、アリエスの駆動モーターへと直接溶接するような、暴力的な接続だった。


$$S(t) = \int_{0}^{T} \Phi(Neural \cdot Logic) dt \quad \text{where} \quad \Phi \to \infty$$


 視界の端で、颯太が仕込んだ監視コードが激しくエラーを吐き出している。

 神経同期率、一〇〇%。

 身体へのフィードバックを遮断するリミッターが全て消失し、アリエスの装甲に触れる一月の風の冷たさ、源三の機体が放つ熱量、そして大地を這う微かな振動の全てが、結衣の皮膚感覚として流れ込んできた。


「あ、が……あぁぁぁぁぁっ!」


 結衣の叫びと共に、アリエスの挙動が一変した。

 それはもはや「機動」ではなかった。物理演算の限界を無視し、関節部から火花を散らしながら、アリエスはあり得ない角度で上半身を捻った。源三の『ギア・ファング』の拳が、結衣の鼻先数ミリをかすめて空を切る。


「……何だと!? 回避プログラムを無視しただと!?」


 源三の驚愕。彼の「経験」という名のデータベースに、今の動きは存在しなかった。

 機械ならば安全装置が働くはずの、自らを壊しかねない無理な捻転。最短経路を無視し、ただ「避ける」という本能のみに突き動かされた、システム上のバグ。


「お父さん……見える。最短経路じゃない……『私が行きたい道』が見える!」


 結衣の瞳は、過負荷によって黄金色のノイズを撒き散らしていた。

 アリエスは地面を蹴るのではない。結衣の足が地を蹴る感覚のまま、装甲を軋ませて跳躍した。源三の予測を「予測の土俵ごと」踏み潰す、野生のロジック。

 最短経路が描く直線の美しさを捨て、曲がりくねり、歪み、けれど誰にも先読みさせない「不完全な正解」。


 アリエスの右腕が、源三の死角へと吸い込まれるように突き出された。

 それは、父の書いた論理ロジックと、娘の熱い情熱エモーションが、システムの火花となって共鳴した瞬間だった。


「行くよ……アリエス!」


 鋼鉄の拳が、精密機械の心臓部へ向けて放たれた。


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